馬鹿と無茶
遅れましたですー
魔石魔物狩りでもっとも危険な事。
それは予想外の魔石魔物が湧いた時である。
複数の魔石魔物より、1体の強力で未知の魔石魔物が恐ろしいのだ。
過去に、レベル70以上のメンバーが多数所属していた赤城の勇者同盟でも、1体のハリゼオイに半壊まで追い込まれた事がある。
あの魔石魔物、ハリゼオイは体の背に生えている刃が魔法を切り裂き、放出系WSまでも無効化していたのだ。放出系WSに頼っていた赤城達は、それにより一気に追い込まれ、倒す為の道筋を失っていたのだ。
倒す為の道筋、それは魔物弱点や有効な攻撃方法などである。
その道筋が解らないと言うだけで、それは脅威となるのだ。
そして今、始めて見る魔石魔物が湧いたのだった。
「っきゃぁ」
「ぐあぁぁぁぁ!」
「いきなりかよ!?くそぉぉぉ!」
「なんだよコイツ!?」
「誰だよ!こんな場所に魔石置いた奴は、馬鹿過ぎんだろ!
冒険者達のすぐ傍で湧いた狼男の上位魔石魔物は、身長3㍍の巨体から繰り出される豪腕で、冒険者達を枯れ木のように薙ぎ払い。そして威嚇でもするかのように周囲を睨め付けた。
「マズい!ラティは!?」
俺は咄嗟にラティを頼ろうとしてした。
今のラティならば、相手が未知の上位魔石魔物が相手でも、後れを取るとは思えなかったからだ。だが、現在彼女は狼型の魔石魔物を相手にしていたのだ。
もし、無理にラティを呼び戻せば。今、一緒に戦っているスペシオールさんが、ソロで狼型の魔石魔物と戦う事になる。スペシオールさんも魔石魔物戦に慣れてきたとは言え、それはアタッカーとして慣れてきたと言うモノだ。決して回避と攻撃の両方をこなせると言うモノでは無いのだ。
――駄目だ、
今はラティを呼べない!
仕方ないここは、
俺が一瞬悩み、そして決断をくだそうとした瞬間。
「ラティさんとスペシオールさんはそのまま狼型を倒してくれ!もう一匹は俺が縛り付ける。他の奴等は全員でトカゲに当たれ!そしてジンナイはその狼男を抑えろ!」
レプソルさんは俺よりも素早く指示を出していた。
そして、その指示は間違えていないと納得が出来るモノであった。
俺はすぐさま狼男に斬りかかる。
既に冒険者の半数が狼男に薙ぎ払われ、通路の壁側まで吹き飛ばされて動けなくなっていた。俺はソイツ等を庇うように、槍を振り回し狼男の注意を引きながら戦う。
「お前等、早く退け!そしてトカゲの方を何とかしろ!」
「は?へぁあ?」
「ああ、えっ?あぁぁ」
「お、おぅ、」
狼男の奇襲を受けていたとは言え、とても酷いモノであった。彼等は完全に浮き足立っており、トカゲの魔石魔物には1人だけしか向かっていなかったのだ。
他にも一応迅速に動いている冒険者もいたが。
その冒険者は脱兎の如く出口の方向に駆けていたのだ。
逃げる彼等に待てと言いたかったが、俺は今、狼男相手に正面から打ち合いを演じており、逃げる奴等に声をかける事も出来ないでいた。
――マズイ!?
あと、トカゲを止める手段欲しい、
2体の狼型には、ラティとスペシオールさん、それと魔法で縛っているレプソルさん。狼男は俺、あと1体のトカゲを勇敢な猫人の女冒険者が受け持っている。だが、1人で魔石魔物を抑えるのはキツイはず。すぐにやられてしまう。
そう思っていたが。
――やられそうな気配が無い?
しっかりと対処しているだと!?
最後に残っている猫人の女冒険者は、1人でトカゲの魔石魔物と戦えていたのだ。ちらりと横目で見た程度だが、その猫人は危なげなく戦っている。
そして――
「――っ今!」
それは始めて聞く声であった。
始めて聞くと言う事は、彼女は今まで他の冒険者が愚痴や文句を言っている時に、一度も文句を言っていなかったと言う事だろう。あまりにも何も喋らないので、俺はその存在に気付けていなかったのだ。
その彼女が発した一声の意味を理解した者が、終わらせる一撃を放つ。
「火系魔法”炎の斧”!」
魔石魔物さえも一撃で焼き斬る、白く燃える炎の斧が魔物を黒い霧へと変える。
広い通路とは言え、この狭さでは横薙ぎに炎の斧を振るえば味方を巻き込む。なので、どうしても縦斬りになるのだが、それだと横に簡単に避けられてしまうのだ。
だが、今のはきっと猫人の冒険者が、ソレを当てれる隙を作り出し、そして合図を送ったのだ。
「おほほーい!切り札のサリオちゃんですよ~です」
「良くやったサリオ!」
そして今度はそれを追い駆けるかの様に――
「行きます!」
「‥合わせる」
狼型の体勢を崩し、それにより出来た決定的な隙に、ラティがWSを捻じ込み、そして走り込んだスペシオールさんが、慣れた動作のようにWSを重ねていく。
――すげぇ!
もう、完全に”重ね”をモノにしているな、
俺をそれを視界の隅で確認しつつ、目の前の狼男との戦いに集中する。
身の丈3㍍はある魔物を相手に、俺は互角の勝負をしていた。
――魔物の動きが見える!
何だか、人型相手の方がやり易いな、
俺は狼男の攻撃を捌き切っていた。
此方に攻撃を仕掛けてくる狼男の攻撃は、常にテレフォンパンチのようであり、どのような軌道で攻撃が来るのか、完全に見切れていた。
上位魔石魔物だけの事はあり、爪での攻撃には鋭さや速さ、そして力強さがあった。だが、イワオトコのような堅さや重さが無いのであれば、それは俺の槍で十分に抑えきる事が出来た。
そして、ラティ達が狼型を1体倒した事により、レプソルさんに余裕が生まれ、いつの間にか俺に強化魔法が掛けられていたのだ。
力と鋭さが湧き出てくる感覚が、指先まで巡っていく。
先程まで互角に戦えていた俺は、狼男の攻撃を防ぐだけではなく、弾き返す程にまでになっていた。
――よしイケるっ!
後はこのまま2~3分でも耐えていれば、ラティ達なら狼型を倒せるな、
他の魔石魔物を全部倒して、この狼男は皆でボコれば終わる‥
「―ッフシャァァァァァァ!」
それは突然であった。
俺と戦っていた狼男が、狼らしくない雄叫びをあげたのだ。
周りに響く雄叫び。だが、遠くまで届くといった音量では無かった。
それはまるで、近くにいる誰かへの合図をするような、そんな雄叫びであった。
最初は威嚇かと思った。
だが、すぐにソレでは無いと気付かされる。
「ええ、そんなぁ‥」
聞こえて来た声は、壁際に吹き飛ばされていた冒険者達に、回復魔法を掛けていたミズチさんから聞こえて来る絶望に満ちた声であった。
俺は視界の隅でその声の方を確認する。そして其処には、新たに2体の狼型の魔石魔物が湧いていたのだ。まだ湧くには早すぎる時間なのに、俺が置いた魔石から湧いていたのだ。
そして、その魔石魔物に合わせるように、数体の狼の魔物まで。
――マジか!今の雄叫びで呼んだのか!?
まさか、時間より早く魔石魔物を呼び湧かしたってのかよ!
終わると思っていた戦いが再び振り出しに戻ったのだ。
しかも、今度は他にも魔物を増やした形で。
「ミズチさん!回復させた冒険者達で魔物を相手にさせて!」
「は、はい!」
咄嗟にレプソルさんがミズチさんに指示を出し、そして再び魔石魔物相手に束縛系魔法で縛りつけようと試みる。
サリオもすぐに、炎の斧で狼型の魔石魔物を仕留めようと魔法を放つが‥。
「ぎゃぼー!やっぱ当たらないです~」
「サリオちゃん頑張って!」
素早さのある狼型の魔石魔物と、サリオの相性は最悪に近かったのだ。
狼にはかすりもせずに悠々と回避されていた。
「テイシさん、1体の魔石魔物を何とか抑えてくれ」
「ん、わかった!」
追加で湧いた2体の狼型の魔石魔物の内、1体は魔法で縛り。もう1体は、猫人の女冒険者が引き受けるようにレプソルさんは新たに指示をだす。
しかし、形としては先程と同じ流れになっていたが、トカゲ型よりも狼型の方が強く、回避力も狼型の方が高いので、前よりも厳しい状況になっていたのだ。
普通の魔物相手に苦戦をしている冒険者達、これもミズチさんの回復魔法が無ければ、すぐに瓦解してしまいそうに脆く見え、何とかラティとスペシオール組だけが善戦している状況。そして何より最悪なのが―
――この狼男が、
また雄叫びで魔物を呼ぶ可能性があることだ、
もし、再び魔物を呼び出されたら、同じ事の繰り返しになるのだ。
ラティ達が狼型の魔石魔物を倒して、俺と合流して狼男の魔石魔物に挑むと言う作戦は使えないかも知れないのだ。下手すると、今すぐ雄叫びで呼び出す可能性さえあるのだ。
そしてすぐに、その予想が正しかった事を知ることとなった。
新たに、もう1体の狼男の魔石魔物が湧いたのだ。
状況は絶望的となった。
すでに捌くのが限界なまでに魔石魔物が湧いている所に、駄目押しのもう1体が湧いたのだから。また1人冒険者が武器を捨てて逃走を開始する。
逃げ出したくなるのは仕方ない事だろう。だが、いま逃走をしても狼相手に逃げ切れるモノではないのだ。逃げるのであるなら、誰かを生贄にして逃げるしか無いのだ。
逃げ出した冒険者は、ある意味正しい判断を下したのであろう。
だが、それでは俺が守りたいモノが守れないのだ、逃げる訳にはいかない。この魔石魔物を殲滅させるしかない。
それなら――
「こいつ等2匹は俺が一人で倒す!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
オレはこの状況に絶望していた。
仲間の半数は逃げ出し、追加の上位魔石魔物まで湧く始末。
ギリギリ保っていたが、追加の上位魔石魔物が致命的だ。
どう考えても無理なのだ‥
勝てる訳が無いのだが、だが――
彼は‥
オレは優秀なアタッカーさえ居れば、いくらでも戦えると自負していた。
冒険者となり、後衛支援役として生きてきた。
だが、支援役は援護するアタッカーが居てこそ生きるのだ。どんなに巧く援護や支援を行っても、ボンクラ前衛ではどうしよも無かったのだ。
しかし、強い前衛には大体がすでに固定の仲間がいる事が多かった。強くてソロだったり支援役のいない冒険者は少なかった。少なくともオレは見た事がなかった。
だが、そんなある日オレは見てしまった。
魔石魔物相手でも正面から打って出て、そして勝てる奴を。
あの魔石魔物暴走の時にも、彼は魔石魔物と正面から戦えていた。
それは何とも、玄人好みの戦い方であったのだ。
WSを使わずに戦う姿。派手さなどは無いが、その強さは本物であった。
魔石魔物暴走が起きる前の日、その彼の戦いを盗み見をしていた。強い奴がいるなぁっと。
後衛支援役でオレを売り込めないかな~と。
その時に、狼人の奴隷少女が言っていた。
『あの、ご主人様の強さは単純な攻撃力ではないのです。どんな魔物でも倒してしまうのがご主人様の強さなのですよ、サリオさん』
この言葉の意味を完全に理解し切れてはいないが、解る事がある。
後衛役をやっているオレは、数多くの前衛を見てきたから解る事。
それは、彼が先読みと言うよりも、相手の動作から次の動作が解っているように動いていると言う事。
相手のモーションから、次にどんな攻撃や行動をしてくるのかを、正しく理解出来ているのだ。
先を読むと言うより、”先を知っている”。そんな動きをしているのだ。
魔石魔物に囲まれ絶望的な状況下。
本来なら、万に一つも助からないと諦め。そして絶望に足掻く事を止め、もしくは無様にも逃げ出すべき場面でもあるのだが。
「こいつ等2匹は俺がソロで倒す!」
歴代勇者が残した格言に”馬鹿が無茶をする”と言うモノがある。
まさに、それを彼は実行しようとしていた。
確かに、彼に強化魔法を掛けると、何処までも魔法が浸透していくような不思議な感覚があり、普通以上の効果を発揮していた。
だが、ソレがあるからと言って、2体の上位魔石魔物を倒せるモノでは無い。
決して倒せるようなモノでは無いのだ。
彼は凄まじい雄叫びをあげながら、2体の狼男を圧倒し始めていた。
2体同時の相手にしないように立ち回り、無造作に振り下ろされてくる圧倒的な暴力を弾き返し、そして切り裂いていったのだ。
後から湧いてきたサイズが小さめの狼男を彼は呆気なく黒い霧へと変えていった。そして、その勢いをそのままに、残りのもう1体にぶつけていく。
最初は絶望しかなかったこの戦い。
だが今では、絶対に勝てるとさえ思える光景であった。
それはまるで、英雄譚のワンシーンを魅せられているかのような感覚。
狼男が左手を槍で穿たれ、怯える感情の無いはずの魔物が後ろに逃げる。
そして、焦りなど持ち合わせていないであろう魔物が、助けを呼ぶように遠吠えをしようと顎をひらくが。
其処に槍を捻じ込まれ、そしてそのままその槍は、文字通りに捻り込まれ後頭部まで貫いたのだった。
黒い霧が霧散していく中、その中心にいる彼を見ながら、心で呟く。
英雄のようだと‥
読んで頂きありがとうございます
リアル多忙の為に、今後更新が遅れるかもです。
更新は続けますので、今後もお付き合い頂けましたら、幸いです




