Trick or Treat!
その日の夢はとびきり変わっていた。
気づけば私は魔女になっていて、ハロウィンを盛大に祝うお祭りの中、ぽつんと立ち尽くしていた。
どうして魔女だって分かったのかというと、何となく。夢って大体そういうものじゃない?
状況説明から何から『わかってて当然』の状態でいきなりスタートしちゃうの。
うわ~、やけにファンタジーな夢見てるな~、なんて感心しながら、ただぼんやり立っているのも勿体無いとあてもなく歩き始める。
食べられまいと身をよじる綿あめ。
耳と尻尾の生えた風船。
見たこともないへんてこなものを売ってる屋台に並んでるのは、吸血鬼や狼男、魔法使いにスケルトン。
私のハロウィンのイメージってこんなに賑やかなんだ。
おかしくなってクスクス笑ってると、急に誰かがスカートの裾を引っ張ってきた。
びっくりして慌てて振り向いた先には、かぼちゃ頭の子供が立っている。背丈はちょうど私のお腹のあたり。男の子か女の子かは分からない。だって細っこい身体には不釣り合いなほど大きなジャックランタンを、すっぽりかぶってるんだもん。
「とりっくおあとりーと! お菓子をくれなきゃ食べちゃうぞ!」
……ん?
後半部分が知ってる台詞と違うな。
「ごめんね。お姉ちゃん、手ぶらできちゃった。ほら、何にも持ってないの」
よいしょとかがみ込み、三角形の覗き穴に視線を合わそうとしてみる。
「そう、なんだ」
表情はまるで見えないのに、私の言葉を聞いた途端、ニタア、と笑った気がした。
金縛りにあったかのように体が固まって動けなくなる。
「じゃあ食べちゃってもいいよね。お姉さん、すっごく美味しそうだし。僕、さっきからお腹ペコペコなんだ」
小さな手がおおきなかぼちゃ頭に添えられる。
やめて、脱がないで。
本能が激しく警鐘を鳴らし始めた。コノコハキケン。
なにしてんの早く逃げなきゃ……ああでも、足も手も全然動かない。
――『お菓子をくれなきゃ食べちゃうぞ』
心臓の音だけがバクバクと響き、全身から血の気が引いていった。
「……ったく。なにやってんだか」
絶体絶命なピンチを迎え、夢でしょ! 早く覚めて! と泣きそうになっていた私の頭上から、ぶっきらぼうな声が降ってきた。
聞き慣れた声に、するり、と呪縛がほどける。
慌てて立ち上がり、その人物の後ろに隠れた。
「代理はダメなんだよ」
かぼちゃ君が拗ねたように吐き捨てる。
私をピンチから救ってくれた王子様は「それもそうだな」とあっさり頷き、なんと私を強引に押し出しやがりました。
「魔女だったら、菓子くらい出せるだろ」
小さく耳打ちされ、私はハッと自分の両手を見下ろした。
何がなんだかよく分からないけど、こうなったらヤケだ。
「お菓子よ~、でてこいっ!」
羞恥心に特大の蓋をかぶせ、両手を握り締めながら叫んでみた。
「わ、馬鹿!」
口の悪い王子さまが叫んだのとほぼ同時に。
バラバラバラバラバラ。
寒くもないし天気も悪くないのに、突然雹が降ってきて、私は慌てて帽子ごと頭を押さえた。ところが。
雹だと思ったものは、お菓子でした。
かぼちゃ君は「イタイ!イタイ!」とわめきながら逃げていってしまった。
当たる面積が大きい分、沢山ぶつかっちゃったのかな。
逃げていくその子の手には、しっかりチョコとキャンディーが握られてたから、心配はいらないんだろうけど。
「もっとスマートに出せないの?」
呆れ返った声の持ち主を振り返る。
「ほら、これ。違うやつにねだられた時用に持っとけ」
そういって彼は、拾い集めてくれたお菓子を私のエプロンの上に落としてきた。
「あ、ちょっと待って!」
そのままじゃこぼれちゃう。
受け止めようと急いでエプロンを持ち上げると、何が面白かったのかぶはっと噴き出した。
「――って夢をみたんだけど、どう思う?」
「どう思うって……。こっちが聞きたいんだけど。なんで真白の夢の中の俺はそんな偉そうなわけ?」
「トラウマなんじゃないかなー。ほら、小学生の頃の紅ってさあ」
「待った。……分かった、悪かった」
「えへへ。冗談だよ。そんなにしょんぼりしないでよ~」
「いや、反省してたんだ。上書きが足りてないんだなって」
「――うわがき?」
「そう。俺がどんなに真白を好きか、もっとしっかり分かってもらわないとだめだな。ほら、おいで」
「うわあああ、ちょっと、何やってっ! ナチュラルに膝に抱き上げないでよ!」
「やっと大人しくなった。――可愛い魔女さん。Trick or Treat」
「……何も持ってません、すみません」
「じゃあ、いたずら決定だね?」
落果さまが描いて下さったハロウィンイラストに、小話をつけてみました。
最後はやっぱりバカップル発動ということで。