こんなボクメロは嫌だ
エイプリルフール用に書いたお話の再掲です
届いたばかりの青鸞学院の制服に身を通し、私は鏡の前で一回転してみた。
焦げ茶色のショートジャケットに赤色のリボン。ボックスプリーツのグレンチェックはすごく上品な色目で、これぞお嬢様! って感じ。まあ中身は完全な庶民ですけど。
赤いリボンは『特待生』の証。持ち上がりの内部生は、濃いグリーンのリボン。
一目でその子の出自が分かるシステムは、ちょっとどうかと思ってしまう。
「なに、あの子。赤リボンじゃん」とか目をつけられるパターンなんでしょ、どうせ。上等! 受けてたとうじゃない。
今日は平日。
制服を見せる相手は誰もいない。父さんも母さんも仕事に行ってるし、お姉ちゃんは、もうこの家にはいない。スカートが皺にならないようベッドに浅く腰掛け、今日までの長い道のりを思い返した。
紺ちゃんと間違われて誘拐されそうになったり、NYで幽霊退治したり、爆弾のしかけられたバスに偶然乗り合わせて警察の爆弾処理班の人にトキめいたりした日々。
この日を迎えるまでに、本当に色々あった。……よく無事で生きてたな、私。
新学期が始まるのと同時に、いよいよ私の王子様探しもスタートする。
どんな素敵な出会いがあるかなあ。
もう金輪際、蒼&紅コンビには近づかない、と改めて誓う。
もう十分遊んでやった。あいつらには本当に散々な目に遭わされてきたよ。エベレスト登頂に無理やり付き合わされた時は、あのまま異国で氷漬けになるかと思ったわ!
――ピンポーン。
突然鳴り響いたチャイムの音に、ビクリと体が竦む。
もしかして……。
慌てて窓に駆け寄り、カーテンを薄く開けてみる。
黒塗りのベンツの脇に、ライフルらしきものを抱えた早くも戦闘態勢の水沢さんが立っていた。同じく防弾ジャケットにミリタリーパンツをお召しになった紅と蒼は、いかついゴーグルを装備している。
最近あいつらがハマってるのは、サバイバルゲームだ。
「やろう、やろう」と煩いので、あいつらからの電話はすべて着信拒否にしてやった。それに業を煮やして、実力行使に出たんだろう。
――ほんと、バカ。
この私が何も策を講じていないとでも?
3秒で制服を脱ぎ、黒いピッタリとしたボディスーツに身を包んだ。
ピンポーン。ピンポン、ピンポン、ピンポン。
「ましろー、いるんだろー?」
「ちゃんと分かってんだよ。早く開けろ!」
紅なんてやくざの取り立てのように、ガツガツと玄関をブーツで蹴っている。
ちょっとでも傷ついてたら、後でドアごと取り替えさせるからな!
私はこの日の為に紺ちゃんから用立ててもらった自動遠隔操作のリモコンで、玄関のドアロックを解除した。
低い腰だめの姿勢を取り、警戒しながら玄関に入ってくる紅と蒼。彼らの飛び抜けたルックスと相まって、まるでハリウッド映画の撮影シーンのよう。
私は庭の木の上に身を潜め、彼らの一挙一動を家じゅうに仕掛けた監視カメラと連動させた小型のモニターでチェックした。
「あれ? いなくない?」
「油断するなよ、蒼。確かにサーモグラフィで人を検知したんだ」
紅め、また衛星使いやがったな!
今日こそ、ぎゃふんと言わせてやる。
私の部屋のクローゼットに隠してあるべっちんを、リモコンで軽く動かした。
「っ!! 二階か?」
「いや、トラップかもしれない。固まって動くのは危険だ。二手に分かれよう」
しめしめ。
ほくそ笑みながら、檻に誘い込まれたウサギちゃんを確認する。
蒼の方か。
まあ、先にさくっとゲットしときましょうか。
あらかじめ細く空けておいた窓の隙間を狙い、手早くスナイパーライフルを組み立てる。何百回と練習を繰り返したおかげで、一分もかからない。
私の部屋のドアを長い脚で蹴り開け、油断なく辺りを見回しながら銃を構える蒼の足元を見て、全身の血が逆流しそうになった。
――土足とかっ!!!!
もう絶対に許さんっ。
狙いを腹部から心臓に変える。
「ましろ? 出ておいで? 一緒に遊ぼうぜ」
今だ!!
風でふわり、とカーテンが揺れる。ようやく窓が薄く開いていることに気づいた蒼が、ハッとした顔で外を向いた時にはもう、私は引き金を引いていた。
バシュッ。
確かな着弾の音に、口角を引き上げる。
「ヒット」
蒼は悔しそうに端正な顔を歪め、両手を上げた。
戦線離脱を見届け、私は木からヒラリと飛び降りた。そのまま太腿のホルスターに仕込んでおいたゴムナイフを引き抜き、生垣を飛び越える。
「そこですねっ!!」
水沢さんの射撃が始まった。発砲された弾数を心の中で数えながら、バク転でそれを躱していく。よし、弾切れだ。
新しい弾倉をセットする僅かな隙を見逃さず、私は彼の背後を取った。
「フリーズ」
彼の背中にナイフの柄を押し当て、小さく囁いてやる。
「ヒット」
水沢さんはライフルを下に落とし、両手を上げた。
「ましろ様、流石です」
「……そろそろ、転職したらどうかな」
溜息まじりに忠告したのだが、きっと彼は頷かないだろう。
長い付き合いのせいで、彼らのすることに違和感を感じなくなってるんだから。こうなったらおしまいだ、と背筋が寒くなった。
水沢さんの発砲音を聞きつけ、紅が家から飛び出して来た。
「これで、一対一だな、ましろ」
私の投げたゴムナイフを、紅は軽く首を傾けただけで避ける。
その一瞬、私は腰から銃を抜き、ピタリと紅の額に照準を合わせた。彼は最初から私に銃を向けているから、お互いに銃を相手に突きつけた形になる。
「ねえ、紅」
「なんだ」
「……いい加減、音楽やろうよ」