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後編

魔道具編~夜の学園編です。

夢幻世界へ到着したカチュアたちはその足でメイザース家へ向かおうとした。しかし、ゲートから直ぐの街へ入ったときに、街中の様子がおかしいことに気が付いて足を止めた。明らかに街中に異様な活気があるのだ。

この街はゲートに近い場所に存在するため、いつか世界の狭間の無が漏れ出てきて飲み込まれてしまうのではないかという噂があり、その影響で見るからに寂れた街だった。元々がゲートを管理するために造られた街なので、最低限の人員が生活できるように整えられた形だけの街とも言える。ゲートを管理する仕事をする人間とその家族たちが生活できるだけの設備と店が立ち並ぶだけの淋しい街だった。

そんな街がわずか二週間で道に人だかりができるほどのにぎやかな街に様変わりしていればカチュアたちでなくても驚いただろう。けっして現実世界と夢幻世界の時間の流れが異なるわけではない。カチュアが向こうで二週間生活している間も、こちらでも同じように二週間という時間が経過している。

いったい、何があったのだろうか。それが今のカチュアの素直な心境だった。隣に居るケリィも驚いている様子が見なくても感じ取れた。カチュア自身はこの街に訪れるのは二度目だが、ケリィは仕事の度に使用している街だ。以前の街との違いに混乱してしまうのも仕方がない。

「おや、ブラックモアくんじゃないか。今、帰ったところかね」

呆然としていると一人の中年男性が声をかけてきた。どうやらケリィの知り合いのようである。黄緑色の髪に同色の髭を生やした男性で、白いシャツに黒のオーバーオールを来た男性で、手には白い軍手がはめられている。

「これは、ザイードさん。えぇ、後は彼女を家に送っていくだけです」

「ほぉ、こんな幼い子が現実世界に。それは珍しい」

ザイードと呼ばれた男は言いながらカチャアの顔を覗き込む。思わずカチュアは目をそらしてしまったが仕方がないだろう。ザイードの覗き方は視線に慣れていない者には不快に思わせてしまうものである。こんな近距離でマジマジと見られた経験のないカチュアには視線を逸らすなという方が無茶だろう。

「おっと、これは失礼、ぶしつけでしたな。ワシの名はザイード。ザイード・ギラジンスーだ。この街でゲートを管理する仕事をしている」

カチュアが視線を逸らしたことに気が付き、ザイードは謝りつつ自分の名を伝えることから始めた。何事においても相手を知り、自分を知ってもらうことから人間関係が始まるというのがザイードの考えだ。その考えにから、まずは笑顔で事後紹介をする。

「カチュア・メイザースです。えっと、魔法学校を卒業したばかりの新米魔法使いですがよろしくお願いしまう」

礼儀には礼儀をもって対応する。お爺様から教わったその教えを胸に、カチュアも返事を返す。

「ほぉ、メイザース。これは懐かしい名をこんな所で聞くことになるとはな。ワシも歳をとるはずだな」

メイザース家は大魔法使いに連なる家として有名な家系である。その名を知るものは数多い。しかし懐かしいというほど古くから知られているわけではない。お爺様が大魔法使いになったのもカチュアの両親が結婚する数年前くらいである。確かにもう十五年以上も昔だから懐かしいという言い方も間違ってはいない。しかし、言い方が気になった。まるでしばらく会っていない友人を懐かしむような言い方のようにカチュアは感じた。

改めてザイードを見ると三十代後半ほどだろうか。お爺様の知り合いにしては若すぎる。お父様より少し年上程度だろうか。本当に何者なのだろう。カチュアは悟られないようにザイードに警戒する。

「あぁ、誤解させてしまったようだね。ワシはバルバット家に縁のある者でね。君の母君が結婚して以来だから、つい懐かしくてね」

バルバット家。それはカチュアの母親であるマリア・メイザースの実家である。なるほど、確かにそれなら納得のいく話だとカチュアは思った。

「ワシは君の母君の従兄に当たるものだ。あまり親族会に顔を出さずに研究ばかりしておるから覚えがないだろうがね」

 親族会。それは上流家庭の魔法使いたちが年に一回行う行事だ。魔法使いたちは研究に明け暮れて引きこもりがちになる者が多い。特に金銭的に余裕のある上流家庭の魔法使いたちなどは特にそういう傾向にある。しかし親族同士のつながりは大切にしなくてはならないという考えから、親族と顔を合わせ、互いの健康と研究の日々を祝い会う日、親族会が生まれた。強制参加ではないが殆どの魔法使いが自分の生存報告も兼ねて出席する。それなのにカチュアに見覚えの無いということは、カチュアの物心がついてから一度も顔を出していないということだ。それにはカチュアは驚かずにいられなかった。魔法使いの死因で圧倒的に多いのが実験中の事故や孤独死である。それは孤独死してしまったと想われても不思議ではない状態なのだ。そこまで研究に没頭するなんて異常だとすら思えた。

「もっとも、研究もだがゲートの監視の仕事が忙しくて出られなかったというのもあるがね。それもこの街の活気を見てくれればわかるが少し楽になった。研究も昨年ようやく完成のめどついたからな、来年の親族会には出席する予定だったがね」

「それです」

「ん? なんだいブラックモア君」

「この街の活気はどういうことですか? 我々が現実世界に、向かう前はここまで活気があったわけではない。この短期間でどうしてここまでの街が人で賑わうようになったのですか」

ケリィはザイードに気になっていたこの街の活気について質問する。長い間この街に住んでいるザイードなら何か知っているのではないかと考えたのだ。

「あぁ、確かに急にこの街も騒がしくなったからな、驚いただろう。実は君たちが向こうに行っている間にある魔法具が流行りだしてな、それ以来どこへ行ってもこのような騒がしい状態が続いておる。何でもどの街にも平等に売りに出されているのじゃが、近隣の街では売り切れになってしまい、人数の少ないこの街に買いに来た者が大半だ」

「ある魔法具とは? そんなに凄いモノなのですか」

「あぁ、あれは凄い。何でも資質に関係なく夢幻の力を行使できる魔法具だそうだ。今は国中がその魔法具の話題で持ちきりでな。ほれ、あそこでも使っている者がおる」

そう言ってザイードが指差した先には巨大な氷柱を作り出してはしゃいでいる男性の姿があった。たしかに、あの規模の魔法は並みの魔法使いでは作り出せない。

資質に関係なく夢幻の力が使える。それを聞いた時は耳を疑ったが、嘘ではないようだ。資質が関係ない。それは今までカチュアが悩んできた問題が無くなったということだ。しかし、素直に嬉しいとどうしても思えなかった。何故なら夢幻世界がいかに万能に近い力であるとはいえ、法則があり、ルールが存在するのだ。その大前提が夢幻の力を使う資質の有無である。それは今まで上位に立っていた魔法使いの立場を危うくし、資質の乏しいモノが積み重ねてきた努力の歴史を否定するということではないのかと思った。

「ふむ、メイザース家の御嬢さんはあまり歓迎していないようだな」

ハッとして顔に出ていたのかと、慌ててザイードを見る。もしかしたら、カチュア自身の優位性が崩れたのが気に食わないと考えていると誤解されたかもしれない。

「心配するでない。それは普通の反応とは言わぬが、正しい反応だ。最近の若い者は、いあや、大人も居るか。とにかく、安易に飛びつきすぎだ。何かを得るには同等の代償が必要だ。資質に関係なく使えるようになった夢幻の力。それが何を代償にしているのか、それも分からずに手を出すなど愚の骨頂だ」

カチュアを誤解したかどうかはわからないが、ザイードも新作の魔道具に関して憂慮していたのだ。それもカチャアの発想の及ばなかった、代償について心配しているのだ。確かに資質に関係なく使用できるとしても、その魔力をどこから調達しているのかという疑問に行き当たる。さすがに魔力を消費せずに魔法を使用することは新作の魔道具であろうと不可能だろう。何かを消費して魔力に変換していると考えるのが妥当だ。

資質による魔法は、予め体内に溜め込まれた魔力を消費して使用している。資質という予め決められた器があり、その中の魔力をやりくりして使用するのが魔法だ。消費した魔力は大気中に存在する魔力を呼吸や食事と共に吸収して回復する。しかし、いかに回復しようと魔力は容量以上に回復しない。それが資質の差である。そこで新作の魔法具は何を消費して魔力に変換しているのかという謎に行き当たる。

新作魔道具が何かを消費して魔力に変換しても容量を超える魔力を容器にそそぐことはできない。つまり、容器に溜め込まずに、魔法を発動するときに直接変換して使用しているという仮説が立つ。なるほど、このやり方なら資質など関係ないのだろう。

では何を消費してか。空気中の魔力だろうか。空気中ある魔力は個人では消費しきれないほどある。夢幻の力のない現実世界に行ったとき、大気中に存在魔力が存在しないことに驚いた覚えがある。しかし、いかに膨大な魔力が存在しても使い続ければやがて無くなってしまう。そもそも大気中の魔力は世界を維持するために必要な存在であり、無くなるということは夢幻の力の消失を意味する。今までは魔法を使用するときに消費した魔力の数パーセントが大気に還元され、自然に大気中の魔力が回復していた、現在は国中に新型魔道具がばら撒かれている。もし仮説が正しければあっと間というほどではないが、数年もすれば回復が追いつかずに無くなってしまう。

「落ち着け、今考えることではない」

思考の海に没頭しているカチュアをケリィが呼び戻す。

「ザイードさん、何か新型魔法具について情報を知りませんか?」

「ふむ、詳しくはワシも知らんし、知ろうとも思わんかったからな。たいした情報は持ち合わせておらんよ。だた一つ、妙は噂を聞いた他はな」

ザイード自身、世の中の流れを無視した生活が長く、新型魔法具に対しても気に入らなくはあっても興味がわかなかった。何か問題が起きても誰かが何とかするだろうとさえ考えていた。そのため、情報を集めようとは思わなかった。その結果、噂を耳にした以外は知らないことだらけだった。

「妙な噂?」

ブラックモアもザイードとそれなりに長い付き合いのため、彼のそんな所を理解しており、あまりあてにはしていなかった。しかし、そんな彼の耳にまで届くほどの噂というモノには興味があった。

「あぁ、何でもこの魔法具は魔法学校から出回っているそうだ」

その瞬間、カチュアとケリィの動きが止まった。二人の脳裏に浮かぶのは共通の一言だった。



風が騒いでいる。しばらく魔法学校に近寄るべからず



カチュアの祖父が伝言として伝えたこの言葉だ。魔法学校でいったい何があったのだろう。恐らく噂は正しいのだろう。新型魔法具の発生場所は魔法学校だと。

「リック…」

ふと、友人の顔が脳裏に浮かんだ。何だか胸騒ぎがする。地に足が付かないような感覚に襲われた。大切なことを忘れているような。

「どうした、メイザース。何か心当たりでもあるのか?」

そんなカチュアの反応に違和感を覚え、ケリィはしゃがみ込んでカチュアを見る。カチュアは自分の両肩を掴んで震えていた。

「わからない、急に友達の顔が浮かんで、消えていくの。こんなの初めてだよ。それに何か重要なことを忘れているようで、不安でどうしようもないの」

髪の毛を掻き毟るかのように頭を抱え込み、カチャアはその場にしゃがみ込む。今までケリィに対して話していた敬語も外れ、感情を、むき出しにして叫ぶかのように話す。

「ふむ、ミキヨミじゃな」

そんなカチュアの反応に心当たりのあったザイードは呟きがら、カチュアの頭に手を置く。同時にフラリと音もなくカチュアはその場に倒れ込んだ。

「催眠魔法じゃ。今は混乱しているが目が覚めれば情報の整理もできていよう」

 ザイードのかけた魔法でカチャアは眠らされたのだ。あのまま放置していてもどちらにせよ気絶していたとザイードは語る。

「ミキヨミとはいったい」

ケリィは眠っているカチュアを横抱きに抱えながら知らない単語であるミキヨミについてザイードに尋ねる。

「ミキヨミ。未来を読む、と書いて未来読みじゃ。文字通りに未来を断片的に見る魔法じゃ。かつて偉大な魔法使いが未知が来ることを読む魔法とたとえたことからその名がついた。魔法と言っても本質は超能力に近い。優れた素質を持った魔法使いが目覚める力とも聞く。本来は起きている間ではなく寝ているときに夢という形で未来を見るそうだが、どうもこの子の素質が高すぎたようだな。新型魔法具と魔法学校の関係性を知りたいと無意識に思ったことから発動させてしまったようだ。まぁ、寝ている間に未来読みで見た情報が整理されているだろう」

その子が起きたら親族会で会おうと伝えてくれ。そう言い残してザイードは去って行く。ケリィはそんなザイードの後姿を見送っていたが、しばらくして歩き始める。

「まずは仕事を達成しなければ、全てはそれからだ」

自分の仕事を果たしてこそのプロだ。その志を胸にケリィは案内役をやっている。正直に言えば、不可解なことが多いとケリィは考えている。カチュアやザイードのような生粋の魔法使いと違い、ケリィは護衛するための魔法、仕事に必要な魔法を覚えてきた。そのため、普段から考えることに向いている生粋の魔法使いに比べてこの件について調べる手段を持たない。カチュアの言っていた、忘れていることカチュアの祖父の伝言、魔法学校と新型魔法具。きな臭い話だとケリィは思う。

「もっとも、いくら私が考えたところで答えなど出ないがね」

自嘲ぎみにそう呟く。この仕事が終わればしばらく休暇が出る。どうせ暇なのだ。もし求められれば協力しても良いと思えるくらいにはカチャアのことを気に入っていた。もっともカチュアが調べないのならそれでも良い。ただし、調べるが手を貸さなくても良いと言われれば、勝手についていくつもりだった。

「少し向う見ずな所があるからな。私のような皮肉屋が傍に居るのがちょうどいいだろう」

思わず、笑ってしまう。本来なら仕事の客でしかないカチュアに入れ込むことなどないのだが、カチュアは不思議と見舞っていたくなる。

「やれやれ、危険だとか、陰謀だとか、私も考えすぎが移ったかもしれないな」

 そんな声を残して、ケリィは速足にメイザース家へ急いだ。




 メイザース邸に到着するまでカチュアは目を覚まさなかった。

「そうですか、ザイード兄様が」

現在、ケリィはメイザース家の客室にてカチュアの母、マリア・メイザースと向き合って座っていた。ケリィが今まで見たこともない高級品のソファーに柔らかい絨毯。高級そうな調度品で飾られた部屋にケリィは居心地悪くしている。

本来、ケリィはカチュアを送り届け、これまでの経緯を口頭で説明し、カチュアにもし自分の力が必要なら連絡するよう伝言を頼んで帰る予定だった。しかし、執事長に説明と伝言を頼んだその時、マリアが現れて客室に通された。それからカチュアが目を覚ますまで居るように頼まれ、その間に、カチュアの現実世界での様子を話すことになった。

 マリアは従兄であるザイードが生きていたことに驚いていた。元々ザイードは自分の仕事と研究を優先し、家から出た人間である。親族会に招待されているが、カチュアが生まれる数年前からまったく出席しなくなっていた。そのため、親族の間では亡くなったのではないかと噂されており、確かめようにも連絡先を告げずに引っ越していたため、足取りも掴めなくなっていた。そのため、マリアもザイードは亡くなっていると考えていた。しかし、今回の一件でザイードが生きていたことをマリアはとても喜んでいた。娘の成長に加えて、幼少期に兄のように慕っていたザイードの生存は吉報である。

「それで、カチュアはこれからどうすると?」

 ただ、マリアは心配だった。向う見ずな所があり、思い込んだら一直線な所のあるカチュアの行動だ。現実世界に行くことになったとき、マリアは眩暈がする思いだった。昔から現実世界に憬れていたのは知っていた。しかし、まさか主席卒業し、願いを使ってまで行くなんて想像もしていなかった。そんなカチュアだからこそ、新型魔法具を悪だと決めつけて何か危ないことをしでかすのではないかと心配でならなかった。

 事実、カチュアは新型魔法具に対して良い印象を持っていない。悪かどうかまでは考えていないが、その力の源が何であるかを見定めようとは考えていた。しかし、そのことを、マリアが知りたい情報をケリィは持っていなかった。

「申し訳ない、ご母堂。そのことは私もまだ聞いておらぬゆえ」

「そう…ですか。」

マリアはケリィの言葉に思わず落胆してしまった。話し合う前にミキヨミをしてしまい、ザイードに催眠魔法をかけて貰ったのだ。ケリィがカチャアの考えを知るはずがない。仕方ないことだとしても落胆してしまったのは親としては仕方のない心情だろう。

魔法学校に通う間の六年間。それがカチュアとマリアが離れ離れになっていた時間である。生まれてから半分の時間を共に過ごせなかったのだ。長期休暇などの時には帰ってきていたが、それでもカチュアの成長を直接見ることができなかったのは親として淋しいものだった。それだけ長い時間を離れて暮らしても、卒業すれば帰ってきてくれると信じていたマリアだが、カチュアは実家に帰らずに現実世界へ行ってしまった。二週間という短い期間とはいえ、卒業後に一度もカチュアは顔を出さずに行ってしまったのだ。

だからこそ、わずか二週間とはいえ、行動を共にしていたケリィの方が、長い時間離れて暮らしているマリアよりもカチュアについて知っているかもしれないと考えたのだ。親として正直妬ましく思わないこともないが、なんにしてもカチュアの考えを知りたかった。

「ただ、これは単なる推測でしかありませんが、メイザース嬢は少々思い込みの強いタイプの人間です。それに、どうも新型魔法具に対して良い印象をお持ちでないようだ。恐らくは過激か消極的にかまではわかりませんが、何らかの行動には出るでしょう」

 それはケリィがカチュアと行動してきたから考え出した推測だった。カチュアが何らかの行動にでる。これは間違いないとケリィは簡単に予測ができた。ケリィが予測できたことを実の親であるマリアが予想できない筈がないとも考えている。カチュアがこれからどうするか聞いてきたのだ。頭で理解していなくても直観で理解しているのだろう。それを頭で理解してもらうためにケリィはそう口にしたのだ。

「たしかに、そうでしょうね。カチュアは何かしらの行動に出てしまうでしょう。何をするかまではわかりません。それでも、きっとこの子の正義に従って行動してしまう。それが私には不安で仕方がないのです」

 調べるだけなら問題はないだろう。製作者に妨害されるかもしれないが、その程度ならケリィが傍に居れば対処できる問題だ。しかし、もし調べた資料から問題が出てきてしまったらどうなるのか? カチュアは恐らく国中にそのことを公開し、新型魔法具の所持を禁止してもらうように行動してしまう。そうなっては製作者の恨みを買い、さらには資質の乏しい者から怒りを買ってしまう。

 資質に乏しい者からすれば新型魔法具は夢の道具だ。自分たちのハンデ/を覆し、資質ある者と同等以上に渡り合えるのだ。そんな彼等からすれば、たとえ、カチュアがどれだけ正論を話し、訴えかけようとも、資質のある者が自らの優位性を守るために新型魔法具を廃止しようとしているとしか考えられないのだろう。その場合、カチュアは心に深い傷を負うことになる。

「ケリィ・ブラックモアさん。貴方にお願いがあります」

「はっ」

思考を巡らせていたケリィは突然発せられたマリアの凛とした声に顔を上げる。そこには子を憂う母の顔だけでなく、貴族の顔をしたマリアが真剣な表情でケリィを見つめていた。

「本来なら貴方に頼むのは見当違いでしょう。ですが、今の私には他に頼れる者は居ません。どうか、カチュアのことを守っていただけないでしょうか」

 その願いはケリィにとってもありがたかった。本来はカチュアをメイザース家に送り届ければ切れてしまう関係である。それをカチュアの母親であるマリア直々に頼まれたのだ。自主的に協力するよりもやりやすくなる。

「わかりました。私のような非才の者がどれだけメイザース嬢のお役に立てるかわかりませんが、ご協力させていただきます」

そう言ってケリィは頭を下げる。そんなケリィの姿にマリアは口元を緩める。

「ありがとうございます。ブラックモアさん。私もできうる限りの情報を集めてみます。何分、夫に内緒でのことになるので、公開されている情報以上のものは手に入らないかもしれませんが」

そう、マリアは夫であり、カチュアの父であるメイザース家現当主ケイネス・メイザースには内密にことに当たろうとしていた。それはケイネスが親馬鹿であり、貴族の当主だからだ。

ケイネスはカチュアのことを溺愛している。可愛い愛娘であり第一子。愛する妻によく似た自慢の娘である。次期当主の弟より可愛がっているくらいだ。そして同時に他家にいずれ嫁に出す大事な政略道具としても見ていた。

政略結婚とまでは言わないが、メイザース家よりも格下の家に嫁がせるつもりはなく、メイザース家と同等かそれ以上の家に嫁げばメイザース家の地位は安泰であると考えているのだ。

カチュアが危険な行動に出ようとすれば、ケイネスは本人の意思を無視して閉じ込めてしまうことは想像するまでも無かった。

愛する夫でもカチュアの自由意思を封じ込め、成長の機会を奪うような真似をマリアは許そうと思わない。だから、見つかるまでの間は内緒で行動させようと考えていた。どうせケイネスを説得しようとしても聞く耳を持たないだろう。そういうところはカチュアとよく似ている。だから、余計な足枷にならないように内密で行動させるのだ。

「それではよろしくお願いします」

「えぇ、では明日また来ます」

玄関先でケリィを見送りながら、マリアは思わずため息をついてしまった。思わず巻き込んでしまったが、他人を巻き込むのは心苦しかった。カチュアには不思議な魅力がある。求心力とも言っていい。

カチュアと付き合いのある人間は不思議とカチュアに引き寄せられ、人間的な魅力に魅了されるのだ。もしカチュアが男として生まれていれば、メイザース家はカチュアが継ぎ、そのカリスマ性からメイザース家はもっと大きくなっていただろうとマリアは考えている。

カチュアをつれてきたケリィを見たときに、マリアはカチュアに魅かれていると見抜いていた。だからそれを利用してケリィをカチュアの護衛につけたのだ。

悪いとは考えている。しかし、娘のためなら罵られ様とかまわない。

「どうか、カチュアをお守りください」

マリアは暗くなってきた外の窓に向かって手を組み、祈りをささげた。




翌日、カチュアとケリィは国立魔法図書館に向かって歩いていた。魔法学校を上回る書籍の量を誇る魔法図書館で新型魔法具について調べるためだ。

カチュアは腹を立てていた。自分が倒れたせいではあるとはいえ、いつの間にかケリィが同行することが決められていたのだ。確かにケリィは頼りになる人物である。カチュア一人で行動するより確実に楽になる。それでも自分の知らない所で決められてしまったことが気に入らなかった。なによりケリィを巻き込むことになったのが嫌だった。

ミキヨミで見たものはリックが数名の仲間と共に戦いに赴く姿だった。わずかそれだけの映像である。未来の情報はわずかなことでも膨大な情報として知覚されため、その情報量の多さに頭がパンクしそうになった。ミキヨミについて説明された時にカチュアは極力使わないことを決意する。

しかし、ミキヨミの情報でリックがこの件に関わっていることが分かった。リックといえば卒業式のある事件を思い出す。リックが閉じ込められていたあの事件。あまり重要なことではないと思い、深くリックに聞かなかったことが悔やまれる。もしかしなくてもリックだけでなくリカードとグレンも関わっているだろう。恐らく新型魔道具についても関わっているのかもしれない。断言はできないが、タイミングから考えるに無関係ではないはずだ。

リックに直接聞きに行く。その手もあるが、まずは情報を集めなくてはならない。生徒一人を閉じ込めるような相手だ。危険もあるだろう。そんな相手に対して他人を巻き込むのは気が引けていた。

「何を考えているかはだいたいわかる。しかし、そんなに私は頼りないかね?」

ケリィは歩きながらカチュアの頭に手を乗せる。思わずカチュアは足を止めてケリィを見上げた。

「確かに君に比べて私は非才だ。魔法の知識も圧倒的に劣っている。私では調べものをする手伝いもわずかにしかできないだろう」

「…別にブラックモアさんが頼りないわけじゃないですよ」

ケリィの言葉をさえぎってカチュアは声を上げた。

「ただ、私の都合でブラックモアさんを巻き込んだことが心苦しいだけです。それに都合と言っても別にやらなくてはいけないことでもないですし。もし危ない目にあったらと思うと…」

 カチュアは俯きながら呟く。それは独白である。ケリィが頼りないのではなく、ケリィを巻き込んでしまった自分が悪いのだと。

「ふぅ、まったく、君は」

ケリィはカチュアの頭から手を放し、視線を合わせるように屈みこむ。

「もう少し君は周囲に頼ることを覚えるべきだ。君がいかに才気に恵まれようと一人ではできないことは多い。だから君は後ろ向きに考える必要はない。私から君の力になりたいと思ったのだ。気に入らない仕事はしない主義だからな」

そういって軽くウィンクするケリィを見て思わずカチュアは吹き出してしまった。似合っていないわけではない。ケリィはカッコいい部類の顔立ちである恰好にさえ気を使えばさぞかし女性にモテることだろう。しかしそんなケリィの慣れていない感じのウィンクに思わず笑ってしまったのだ。

「そんなに笑わなくてもよかろう」

ケリィは仏頂面でそう抗議する。

「ごめんなさい。ちょっとおかしくって」

 ようやく笑いが収まったのか、仏頂面のケリィに笑顔でそう言う。

「ふっ、ようやく笑ったな」

「え?」

突然、柔らかい笑みを浮かべてケリィは呟き、カチュアの眉と眉の間に指をあてる。思わずカチュアは驚いてしまうが、動かないでケリィの様子をうかがう。

「どうも先ほどから眉間に皺ができていた。笑いたまえ。いかに困難なこと、自分の不都合なことが起こっても笑顔を忘れてはいけない。辛気臭い顔をしていればマイナスの結果しか出せなくなる。これから行動を始めるのだ。笑って行動したまえ」

そう言いながらケリィはカチュアの眉間から指を放す。

「ブラックモアさん」

カチュアはマジマジとケリィの顔を見てしまう。確かにそうだ、後ろ向きに考えていては何事も上手くいかない。前向きに考えなくては。カチュアはそう決意する。

「ケリィだ。それが私の名前だ」

そんなカチュアに対して、ケリィは改めて名前を名乗る。しかし、何故、今になって名前をもう一度名乗るのだろうかとカチュアは首を傾げる。

「これから仲間として行動するのだ。私のことはケリィと呼んでくれ」

その言葉でようやくカチュアは気が付いた。ケリィはカチュアが自分の名を預けるだけの価値のある人間であると認めているのだと。

名前というものは夢幻世界ではそれなりに重要な意味を持つ。名前はそのモノの存在を表し、手段さえあれば名前から相手を縛ることすらできるからだ。しかし、普通に相手の名前を聞くだけでは意味がない。名乗る名前は声であり音である。だから知ることはできるが、縛ることができるほどの力はない。重要なのは相手に名前を預けるという行為だ。魔力を込めて自分の名前を言う行為である。同じ口から出した名前であっても、魔力が込められたことで、縛ることができるほどの力を持つ。そのため、名前を預けるということは信頼した者同士でないといけないのだ。

ケリィはそんな名前を預ける行為をカチュアに対して行った。そのことにカチュアは驚きもあったが、歓喜する気持ちの方が大きかった。

「えっと、ケリィさん」

「なんだ」

「私のこともカチュアと呼んでください」

名乗られたら名乗り返す。そんな礼儀はこの夢幻世界には存在しない。しかし、カチュアは名乗りたかった。カチュアもケリィのことは信頼できる大人だと考えている。そんな彼に認められたことが嬉しくて、自分の名前を呼んでほしいと思ったのだ。

「…あぁ、わかった。これからよろしく頼むぞ、カチュア」

「はい、よろしくお願いします、ケリィさん」

お互いに手を出して握りあう。これからどうなるのか二人にはかわからない。しかし、それでも力を合わせれば乗り越えられると考えて。




「はぁ、振りだしか」

カチュアは図書館で新型魔法具についての情報を探している。現在、ケリィは新型魔法具を購入しに別行動をしている。現物があるのと無いのとは効率が違う。そう判断したケリィがカチュアに確認を取り、使わないことを約束して購入に向かったのだ。

正直な所、カチュアの調査は難航していた。新型魔法具についての新聞は勿論図書館に存在した。しかし、それだけである。新型魔法具が出回ったのはカチュアが現実世界に向かった二日後だった。つまりまだ十三日程しか経過していないのだ。新型魔法具関係の書籍などどこにも存在しない。しかし、それは予めわかっていたことである。

いかに便利なモノが出回ろうと、この夢幻世界では現実世界ほどの情報伝達力はない。それこそニュースペーパーが関の山。いくつかの魔法具に関する考察書や解析書は出回るが、まだ新しい技術である新型魔法具についての考察は書かれても、どういった原理で動いているのかまでは解析できていないだろう。

魔法の技術は秘匿される。新型魔法具、それも資質に関係なく魔法が使えるようなモノだ。原理を秘匿すれば、新型魔法具が出回れば出回るほど利益がある。それにいずれ需要と供給のバランスが取れなくなり、価格も上がってくる。本意は別にしても、それも目的の一つであるは予想できる。

個人で作成したのか集団で作成したのかまではわからないが、魔法学校から出回っているならたとえ集団だとしても少人数で作成しているだろう。現に、現実世界に行く一日前まで通っていたカチュアに心当たりがないのだ。噂の一つにもならなかったのだ、少人数か個人とみて間違いないだろう。そんな理由からいずれは需要に対して供給が追い付かないと判断している。

魔法図書館でも新型魔法具についてわからないことは説明したが、では何故カチュアが未だに図書館におり、調べ物をしているのか。それはここ二週間の大気中の魔力濃度についてニュースペーパーで調べているのだ。

この夢幻世界にも天気予報のようなものは存在する。それが天気占いである。もっとも、天気占いの的中率は天気予報と同じくらいでしかない。そんなあやふやな占いとは別に、大気中に存在するその日の魔力の濃度を計測した結果が毎日天気占いの記事の横に申し訳程度に書かれている。カチュアはその記事が新型魔法具の手がかりになると考えたのだ。

最初に新型魔法具を知った時、カチャアは自前の魔力ではなく、大気中の魔力を変換して使用するための魔法具だと考えていた。だから、魔力濃度を調べれば、何かわかるかもしれない。そう考えたのだ。

しかし、幸か不幸か、大気中の魔力濃度には細かい変動は出ていても減少しているとはっきり言えるほどの変化ではなかったのだ。

「結局魔力を大気中から補っているわけではないみたいだね」

 カチュアの出した結論はそれだった。外部から魔力を集めて魔法を発動させるには、魔力濃度の揺れ幅が少なすぎる。出回ってから十日以上経過している状態である。ニュースペーパーではもう数千もの新型魔法具が出回っていると書かれていた。そんな状態でいったいどれだけの魔法使いが、新型魔法具を試してみたのだろうか? 恐らく新型魔法具を手に入れた過半数がすでに使用済みであろう。

 大気中から魔力を集めて使用すれば、恐らく激減とまではいかなくても目に見えて減ってしまうだろう。よくよく考えれば大気中の魔力濃度の減少なんて目に見える結果が出ていれば国が新型魔法具の使用を止めている筈だ。では何を消費しているのだろうか?

「まさか、魔力の増幅機?」

呟いた瞬間、カチュアはいやいやと首を振る。それでは資質に関係なくという前提条件が崩れてしまう。夢幻世界には資質がゼロに近い人間もゴロゴロ居るのだ。そんな人間相手に増幅器を資質に関係ないという誇大広告で売りに出しても、意味がない。ニュースペーパーではそんな資質ゼロ近辺の人間が新型魔法具で膨大な魔力を消費しなくてはならない魔法を使用したと書かれていた。いかに増幅器でもさすがにそんなことはできない筈だ。

「なかなか難航しているようだな」

カチュアが様々な推論を立て、それをすぐさま却下するという悪循環を繰り返していると、ようやくケリィが戻ってきた。その手には純白のブレスレットと数枚の資料が握られていた。

「おかえりなさい、ケリィさん。それが、例の魔法具ですか?」

本とにらみ合いながら頭を働かせていたカチュアは顔を上げてケリィを出迎えるが、すぐにケリィの手の中のブレスレットを見て質問する。

「あぁ。思っていたより楽に手に入った。ついでにこれが今現在、この魔道具について出回っている情報だ」

そう言いながらカチュアに資料と共に手渡す。すると、カチュアは軽くお礼を言って、すぐに資料を読みながら新型魔法具を観察し始めた。そんな様子をやれやれという様子で見ながら、手ごろな椅子に腰かける。

実はケリィが持ってきた魔道具はカチュアの母、マリアが用意したものである。マリアはケリィとの約束通りに魔道具の情報と共に、実物を用意してくれていたのだ。カチュアの家に試供品として渡されたものだそうだ。そうでなくては今後、いつ手に入るかわからないほど、供給が追い付かない状態だった。

見た目は白いブレスレットである。装飾もされておらず、そうだと言われなければただのブレスレットにしか見えない。材質も現実世界にあるプラスチックに似たモノが使用されているのか、手触りがスベスベしており、軽い。まるで夜店で売っている子供用のブレスレットだ。

 そんなブレスレットを真剣な表情で眺めているカチュアを見ていると、まるで夜店で売っているブレスレットを欲しがる子供のように見えて微笑ましい気分になってくる。事実、カチュアは十二歳である。しかも同年代の子どもよりも幼く見えるカチュアはまさに夜店のブレスレットを欲しがる子どもと同じに見えてしまうのだ。

 そんな風に、自分のプライドをズタズタに引き裂くような想像をケリィがしているとも考えず、カチュアは真面目に魔道具を調べていた。カチュア自身が使うのは母親から教わった人形使いの魔法である。そしてその魔法に使う人形というのは一種の魔道具である。魔道人形とも言われる魔道具は自作のモノである。他人の作った人形よりも自分の手作りの人形を使用する方が操りやすいからだ。

 人形とはいえ、魔道具を作り続けた経験を持っているとカチュアは言える。だからこそ新型魔道具を解析しようと試みている。しかし、魔道具と言っても様々な種類が存在することは言うまでもない。掃除機を作れるからと言ってテレビを作れるだろうか? ようするに分野が異なるのだ。カチュアが試みていることも同じ魔法使いからみればいきなり分野の異なることに挑戦していると言える。

「だめ、全然わからない。術式が難解すぎて専門書が無いとわからない」

 しばらく調べていたが、カチュアはギブアップして、目頭を押さえながらそう言う。まさにお手上げだ。魔道具を正しく作動させるための術式がブレスレットの内側に刻まれている。そこまでは良い。今まで見てきたどの術式とも異なるソレを見て、カチュアは手を出すべきではないと判断した。

魔道具に刻まれた術式は下手に弄ると危険である。昔、遠見の魔法の力の込められた魔道具の術式を弄って爆発させてしまう事件が起きた。それに似た事件は他にもある。だからこそ、知識もなく不用意に術式を弄るのは禁忌だという暗黙のルールが生まれた。

「それではどうするのだ? あてが無いのなら私の伝手を当たってみようとおもうが」

「あ、大丈夫です。魔道具の専門家には心当たりがあるので。ただ…ちょっと問題があって、どうしようか悩んでいるんです」

魔道具を専門に扱う家の出身者でカチュアの友人でもあるその人物に協力を求めれば、調査は進むどころか答えまで導きだせるかもしれない。しかし、カチュアはその人物に接触するつもりがわかなかった。むしろ接触したくなかった。その人物の名はリック・ダイソン。恐らくこの新型魔道具について何かを知っているだろう。

カチュアがリックに接触したくなかった理由。それはもし接触してリックの足手まといになってしまったらという後ろめたさだ。ミキヨミで見た何らかの戦いに赴くリック。恐らくは今は準備段階だろう。もしリックの目的が新型魔法具と関係のないことだったら邪魔してしまうかもしれない。だからカチュアは答え合わせがしたかった。もし新型魔法具の効果の秘密がわかれば、リックの戦いに関係しそうなら、その時はリックに協力するために接触していただろう。だが、今の段階では新型魔法具がきな臭いというだけしかわからないのだ。

「やぁ、どうしたんだい?」

そんなとき、カチュアでもケリィでもない、第三の人物が話かけてきた。




それはカチュアと同い年くらいの少年であった。カチュアにはその少年に見覚えがあった。しかし、まさかこんな所に居る筈がない。そう思ってしまうほど、この少年がここに居ることが不思議で仕方なかった。青い髪に赤い眼をした少年。そう、現実世界でカチュアが訪れた国の首都で出会ったあの少年と同じ容姿をしているのだ。

「あぁ、それだね」

暫く動揺で固まっていると、いつの間にかカチュアの傍まで着ており、カチュアの手元にある新型魔法具を眺めていた。その動きがあまりにも自然な動きにカチュアどころかケリィまで反応できなかった。

「くっ、君は何者だ」

ケリィは突然現れた謎の人物からカチュアを守るため、前に出てかばう体制をとる。

「やだなぁ、誤解しないでよ。ボクは君たちに危害をくわえない。むしろ君たちにヒントを上げに来たのさ」

赤い瞳を禍々しく輝かせながら少年は笑顔でそう言った。不思議とケリィとカチュアは少年が本当のことを言っていることがわかる。しかし、二人は底知れない不気味さを感じていた。

「まぁ、いいや。勝手に話させてもらうよ。これはボクの独り言だからね」

 そう言いながら、少年は新型魔法具を手に取る。

「この魔法具は新型というお題目で発表されているけど、実は古い時代にも同じモノがあってね。使用することも憚られるとして封印された技術で造られたものさ。まったくこんなモノを蘇らせるだなんてイカレてるよね」

 そう言いながら、人差し指でクルクルと回転させる。イカレていると言いながらも、少年の顔には不快感がなく、まるで面白がるような表情だった。

「それで、本題なんだけどね。この魔道具は魔法を使う資質に関係なく使える魔道具というのは間違いないよ。君たちの考える通りに自前の魔力をまったく使用しない。だってこの魔道具は寿命を魔力に変換して使用しているのだからね」

 思わず二人は絶句してしまう。寿命を魔力に変換する? それはどういう意味なのだ。いや、わかっていても理解したくなかった。命を削る技術を平然とばら撒くような人間がこの世界に居るなんて信じたくないからだ。

「うん、君たちの考えている通りにこの技術は命を削る。だった、その方が効率良いからね。資質と違って寿命はそれほど差が存在しない。まぁ、中にはアドルフのような規格外も居るけどね。ほんの一分、寿命を魔力に変換するだけで、資質の乏しく、初級の魔法で精一杯の者ですら中級クラスの魔法を一回使用できるようになる。そりゃぁ、使いたくもなるよね。だって知らないのだから。いや、知っていても使ったかもね。なんせ今まで抑圧されていたものが解放されるんだ。資質で人生が決まる夢幻世界において資質に無関係で高位魔法が使い放題だ。うん、しかたないよね」

 相変わらず、少年は笑っている。その姿にカチュアは恐怖を覚えた。まるで全ての人間を価値の無い物のように見るその瞳に、笑っているのに感情を感じさせない表情に。神秘的な雰囲気を持った少年そのものに恐怖を感じた。

「そこまでだっ」

ガシャンという音と共に執念の立っていた所に大人の拳ほどの鉄球が投げ込まれた。思わずカチュアは短く悲鳴を零し、ケリィにかばわれる。

再び、少年の方を見ると、少年の姿はすでになく。かわりに鉄球で破壊された図書館の机と、緑髪の少年がカチュアたちに背中を向けて立っている姿だった。

「リック?」

そう、その少年はカチュアの友人のリックだった。突然のリックの登場に驚きながらもカチュアが歩み寄る。リックは自身の後頭部をガシガシと掻き毟りながら、振り返った。

「よぉ、カチュア。奇遇だな。って、冗談が言えたら良かったのだがな。悪い、巻き込んじまったようだ」

巻き込んだ。その言葉を聞いて、カチュアはミキヨミで見た光景を思い出す。しかし、それが何の映像かまでは理解していない。それに、先ほどの少年を攻撃した意図も知りたかった。だから、思いきって聞くことにした。

「巻き込んだってどういうことなの? それにさっきの子にいきなり攻撃して」

そこまで言いかけたが、リックに手で制止され、口をつむる。そこでカチュアは初めてリックの恰好に気が付く。腕や頭には包帯が巻かれており、魔法に対する抵抗力を上げる力をもった魔道具が服の彼方此方に縫い付けられている。頬には切り傷があり、見るからにボロボロだった。そのことも問い詰めようかと再び口を開こうとする。

「ちゃんと話す。だから待ってほしい」

しかし、リックの少し悲しそうな顔から放たれた声で、再び口をつぐんだ。しかし、リックはなかなか話し始めようとしなかった。何故だろうかと首を傾げるが、リックの視線はケリィに向いており、その眼はあきらかに警戒の色が浮かんでいた。

「カチュア、どうやら彼は私のことが邪魔のようだ。君の知り合いのようだ、危害を加えてくる様子もなさそうだ。少し席を外させてもらおう」

ケリィはそう言って二人から離れていこうとする。正直ありがたいと思う気持ちと申し訳ない気持ちの半々だった。ケリィが居の間はリックが口を開きそうになかっただから誰から言い出すでもなく、自分から離れて行ってくれたのはありがたいと思う。しかし、せっかく協力してくれているのに部外者のように追い出してしまうのは申し訳なかった。カチュアがそう考えていると、ふと、ケリィの足が止まる。

「あぁ、言い忘れていた」

言いながら振り返ったケリィの視線はまっすぐリックを射抜く。

「万が一もないだろうが、もし彼女に手を出すことがあればどうなるか。わかっているな?」

ケリィがそう言った瞬間、ケリィの中から魔力が放たれ、リックに暴雨風のように叩き付けられる。思わず、数歩たじろいでしまったが、リックは何も言わずにケリィの目を見返して頷いた。それを見た瞬間、ケリィは魔力を放出するのをやめて、口元に笑みを浮かべる。

「ふっ、それならいい。ではカチュア、きちんと彼と話したまえ」

 そして、今度こそ背を向けて歩き去って行った。リックはケリィの姿が見えなくなった瞬間、盛大に息を吐いた。

「はぁ、悪いな、お前の知り合いを邪険にしちまって。でも、大人は信用できないんだ」

リックは苦々しい顔でそう言った。大人が信用できない。いったいこの二週間ちょっとの間にいったい彼に何があったのだろうか。

「話しというのはさっきの奴のことや卒業式の時のことだ。正直お前を関わらせたくなかったが、巻き込んじまった以上は知らないで置くのは危険だからな。まぁ、長くなるかもしれないけど聞いてくれ」

そう言いながらリックはカチュアに笑みを向ける。その笑みは魔法学校でいつも彼が浮かべていた笑みと同じだった。そのことにカチュアはホッとする。しかし、先ほどまでの切羽詰まったような彼の姿を思い出し、気を引き締めて、彼の言葉に耳を傾ける。




カチュアも気が付いていると思うが、俺はあの日、その魔道具についてリカードとハートフィリアが話していることを聞いてしまった。最初は何の話をしているのか理解できなかった。でも、聞いているうちに、ヤバいことだということは理解できた。止めようと思っても、正直二人の話の内容から黒幕は別に居ることはわかったし、カチュアの知っての通りに俺は見つかって反省室に捕まってしまった。

あの後、俺は結局魔道具が出回るのを阻止できなかった。そりゃそうだよな。向こうは俺が知るよりだいぶ前から準備をしていたんだ。俺が今さら妨害したところで時間稼ぎにもならなかった。だから今俺たちは信頼できるメンバーを集めてこの事件を何とかしようとしている。

正直大人は信用できない。最初俺はリカード以外の先生やそれなりに力のある大人たちにこの事を話して協力を仰いだ。でも結果は誰も手伝ってくれようとしなかった。俺とリカードのどちらを信用できるか、言うまでもなく理解できるだろう? あのリカードの態度がポーズだとは俺も思わない。でも、全てでは無いことも俺は知ってしまった。それに俺は魔法学校を卒業したばかりだ。所詮は子どもの戯言扱いだ。しまいにはふざけるなと言われて追い回されたよ。

確かにお前ほどじゃないけど俺みたいに資質のあるガキがそんなことをほざいて回っても自分の優位性が脅かされるのを恐れて行動していると思われてもしかたない。それはわかる。でも、大人はあてにならないことも理解できた。

あ、別に人間不信になったわけじゃねぇぞ。大人たちの事情も理解できるからな。だからこそ、今回の件では信用できないという意味だ。いくら寿命を削ると言っても効果は確かに大きい。自分の命削ってでも素質のある相手を見返してやりたいって連中はそこら中に居るからな。

あの青髪の奴が言っていたことは本当なのか? あぁ、アイツが言っていることは本当だ。ならアイツの正体から話さなきゃな。

アイツの名前はメビウス。本名なのかまではわからないが、そう呼ばれているらしい。一言でいえば黒幕、いや、スポンサーと言った方が正しいか。リカードたちに資金や技術を提供しているのがアイツだ。アイツが提供した技術からリカードたちが選んで組み上げたのが、その魔道具らしい。あんな外見だが学園長より長生きらしい。

そんな奴がなんでお前と接触してきたのか、何でお前とアイツが接触するタイミングを見計らったかのように俺が接触することができたのか。それは言えない。だが、奴はお前を狙っている。これだけは覚えていてくれ。

正直な話、アイツの力は底が見えない。大魔法使いクラスであることは間違いない。さっきだって、アイツは逃げたわけじゃない。見逃してくれたんだ。だから良いな? アイツと会ったら逃げてくれよ。さっきのオッサンが護衛みたいだけど腕が確かなら時間稼ぎをしてもらえ。その隙に逃げるんだ。

わかっている。自分が最低なことを言っていることくらい。でも、それだけアイツはヤバいんだ。俺は戦いが得意だとは言えないけど、アイツには誰も勝てない。それだけはわかる。だから、頼む。もしもの時は誰を、何を犠牲にしても逃げてくれ。

正直、何でリカードとハートフィリアがこんな魔法具を出回らせたのかわからない。でも、必ずこの魔法具を夢幻世界からなくしてみせる。




リックは三十分ほどカチュアと会話した後、去って行った。自分にはやるべきことがあるのだと言い残して。正直、カチュアも情報を整理したかったので、ありがたかった。彼について行って仲間になる。その発想はあったが、自分は何故か狙われている。そんな人間が仲間内に居るのはリックたちにとってデメリットだろう。

行動を進めながらも、常に護衛対象であるカチュアを意識しなくてはならない。それも大魔法使いクラスの相手に対してだ。そんなことになれば、精神的にも厳しくなってしまうだろう。リックもそのことが分かっているので何も言ってこなかった。だから別行動をとることにしたのだ。

淋しい気持ちはあったが、彼らと行動を共にできなくてもやれることはある筈だと、今は前向きに考える。リックも同様にカチュアを誘いたかった。しかし、それをしてしまっては仲間が不利になる。だから名残惜しいが、連れて行くのを諦めたのだ。彼はまだ少人数とはいえ曲がりなりにも一つの組織を預かる身だ。不用意な行動はできない。だからこそカチュアを誘うことはなかった。

その後、ケリィが戻ってくるまでに、用意していた紙に今までの情報を書き込んでいく。今日一日で驚くほど情報が集まった。無論、口伝のため、資料を集めて正しいことを証明できなくては、せっかくの情報も意味をなさなくなる。恐らくはリックたちはそう言った行動をしていないのだろう。

もし本当なら口で話すのではなく、資料を直接渡しているだろう。何故ならその方が効率的で、わかりやすいからだ。しかしリックは口で語った。情報を秘匿する為だと考えた可能性もある。しかし、リックの持っている情報はむしろ積極的に広めた方が良いものだ。新型魔法具が寿命を削るものである。そんな資料が公開されれば、国も動かざるをおえない。しかし、リックの様子から資料は存在しないのだろう。

だからカチュアは魔道具の危険性をまとめた資料を作ることにした。カチュアはリックがどんな行動を起こすかわからない。しかし、どれだけ正しいことを主張しても危険であることが証明できなくては世間からは受け入れられない。このままいけばリックたちは難癖つけて新型魔法具の営業妨害をする傍迷惑な連中というイメージのままいつの間にか忘れられていくだろう。

そんな事にはさせない。そう決意を新たに資料作りに取り掛かろうとする。

「なるほど、君は彼らに協力するんだね」

そう背後から話しかけられ、慌てて振り返る。そこには青髪の少年。メビウスがそこに立っていた。

「いやぁ、さっきは邪魔されてしまって本題に入っていないことを思い出してね。慌てて戻ってきたよ。君もあれだ。なんでボクが君に接触したのか気になるだろ? その疑問に答えてあげるよ」

 メビウスはそう言って笑みを浮かべた顔をカチュアに近づけ、カチュアの瞳を覗き込む。その笑顔は外見相応に可愛らしい笑顔なのだが、カチュアは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

「そこまでにしてもらおうか」

次の瞬間、カチュアは首根っこを掴まれて後ろに引っ張られる。同時に少年に向かって無数の刃物が降り注いだ。

「け、ケリィさん、何を」

カチュアを引っ張った人物、ケリィはカチュアを抱き寄せ、いつでも走りだせる体制で、無数の刃物が突き刺さった場所を睨みつける。

「やれやれ、物騒だね」

 しかし、少年の声が背後から聞こえると、カチュアをかばうようにしながら、振り返ってメビウスを睨む。

「いきなり攻撃するなんて野蛮だよ。それにしても召喚魔法、とは違うみたいだけど、恐ろしい攻撃だね。少し反応が遅かったら穴だらけにされていたよ。はぁ、どうもボクは警戒されやすいようだね。どうでもいいことだけどね。ボクは話をしに来ただけだよ。君たちも知りたいだろ? 君自身が狙われる理由を」

 確かに気になる話である。しかし、鵜呑みにしても良いのだろうか。リックの話では彼は大魔法使いクラスであり、リカード先生たちのスポンサーだ。つまり、敵対する相手になる。そんな相手の話を聞いても本当のことを話しているとは考えにくい。しかし、それでも話を聞きたいと思った。たとえウソでも真実を何割か混ぜ込まれている筈だ。騙されないようヒントだけを聞きわける。そのためにも彼の話を聞くために、ケリィの腕を振りほどき、前に歩み出る。

「へぇ」

「カチュア、彼は危険だ」

そんなカチュアの行動にメビウスは感心し、ケリィは動揺する。

「大丈夫です。ケリィさん。彼は話をしに来たんです。恐らく今回は何もしてこない筈です。それに何かするつもりならとっくにやっている筈です。違いますか?」

ケリィを安心させるために、言いながら、メビウスに問いかける。ケリィはその言葉にしぶしぶ納得し、刺さっていた刃物を魔法で回収する。

「うん、君の言うとおりだよ。ボクは今日は何もしない。いや、できないと言っても良い。なんせこのボクは幻影だからね」

幻影。遠くに居る対象にメッセージを送るための魔法で、立体的な映像を相手に見せる魔法だ。幻影には触れることができないが、幻影からも触れられない。ただ音と映像を伝えるためだけにある。メビウスは幻影だという。つまり、彼本人はここには居ないということだ。それじゃぁ、何もできないだろう。ケリィの攻撃が効果無かった理由も納得できた。

「なるほど、幻影なら仕方ない。話せ、貴様らの目的を」

ケリィは壁にもたれ掛り、腕を組みながら話をさとす。そんな彼の姿にメビウスはまるで面白い玩具を見るかのような笑みを浮かべながら口を開く。

「まぁ、さっきダイソン君が話してくれていたみたいだからね、あまり話すこともないのだけど、そうだね、テイラーの目的、何故君が狙われるのか、ボクの目的、こんなモノかな?」

メビウスの口ぶりからすると、先ほどのリックとの話は聞かれていたようだ。もっとも、向こう側に聞かれても問題ない内容だったのでリックに迷惑はかからないだろう。しかし、これでは迂闊に会話もできなくなる。

しかし、メビウスのあげた三つの話はどれも気になる内容だった。とくにリカード先生の目的。あれだけ生徒思いだった先生がリックを閉じ込めてまで寿命を削る魔道具をばら撒くなんてどういうつもりなのか。それが今カチュアの知りたいことだ。

「ふふ、気になっているようだね。良いよ。話そう。テイラーの目的。それは夢幻世界の格差をなくすことだ。無論だけど、身分の格差のことじゃない。資質の格差のことさ。彼は教師だ。毎年多くの生徒が生まれ持った資質に捕らわれ、挫折していく姿を見ている。どれだけ頭が良くても、態度が良くても資質がなくて挫折してしまう。そんな生徒を救うにはどうすれば良いのか。彼は真面目に考えた。その結果が」

 そこまで言って、メビウスは口を閉ざし、ニヤニヤと笑みを浮かべる。そこまで言われればわかる。その結果があの魔道具の復活なのだろう。たしかにこの魔道具なら資質は無くなるだろう。しかし、それはマヤカシだ。寿命を削ってまで魔法を使いたいのだろうか? カチュアには理解はできても納得できなかった。

カチュア自身も資質の格差をなくしたいと常々思っていた。しかし、他人の寿命を削ってまでそれを叶えたいかと聞かれれば、首を横に振っただろう。現実世界で学んだように人間の格差はなくならない。資質の格差がなくなれば今度は才能の格差、頭脳の格差など、様々な問題が出てくるのだから。資質さえどうにかできれば問題がなくなるわけではない。

「ははは、なかなか難しそうな顔をしているね。まぁ、ここまでだったら確かに納得できないだろうね。でもね、この魔道具はテイラーの目的のための通過点でしかないよ。はっきり言えばこれは試作品だ。完成品のための予行練習と言っても良い」

 これが試作品だって? カチュアは思わずマジマジト魔道具を見てしまう。

「そうだよ。ここで二つ目の話になる。何で君を狙っているのか? 君たちはボクが君をさらいに来たと思っているだろ? でも実は違うのさ。君を狙っているのは正しくリカードだ。ボクは単に君がどのような人物で、真実を知ったときにどう行動するのか。それが知りたいと思って接触しただけだよ。本当に君を狙っているのは正しくリカードたちだ。では何故だろうか? 君には心当たりがあるかい」

 心当たりと言われても、カチュアにはまったく心当たりが無かった。無論、ケリィも同様である。何故狙われているのか。皆目見当もつかない。しいて上げるのなら資質だろうか? 人よりも優れ資質が彼の目的に関係するのだろうか。

「だいたいわかっているみたいだね。そう、資質さ。はっきり言おう。君の資質はこの夢幻世界でも上から数えた方が早いほど大きなものだ。それに女の子でもある。ここまで言えばだいたいわかると思うけど。君の血液をテイラーは欲している」

自分の血液。そう聞かされたとき、カチュアはとっさに自分の腕をかばう。知っている。魔法使いの女性。それも処女の生血には膨大な力が宿るとされている。その力は資質の有無にも左右される。この世界で有数の資質を持つカチュアの生血。さぞかし強力な魔力を宿しているのだろう。

「なんでテイラーは君の血を欲しているのか、それは魔道具を完成させるためだ。これ単体でも効果はある。まぁ君たちの知っている通りにね。でもこれは副産物であって本来の性能ではないんだ。これは実は受信機なんだよ、別の場所で生成した魔力を魔道具で持ち主に供給するそれが本来の性能だね。でも、発表前に完成させることができなかったから、魔力を供給できないんだ。仕方ないよね。最後の最後で必要なものが用意できなかったんだ。そう優れた魔女の生血がね。そういうわけで魔力を供給するための魔力炉を作るのに必要なのが君の血さ」

ゾッとした。まさかそんなことの為に自分が狙われているなんて。確かにカチュアの血液は高い魔力を宿している。自分も魔道具を作るときに自分の血を利用することもある。でもそれは自分の血であるから良いのだ。他人の血を利用しようなんて考えは狂気の考え方だ。

かつて、カチュアの生まれるよりずっと前、夢幻世界である事件が起きた。その名は【魔女狩り】である。現実世界の魔女狩りのような弾圧ではなく、その生血を利用するために捕まえ、生きた道具として利用するために多くの魔女たちが犠牲となった。そのために一時期夢幻世界の魔法使いの人口が激減するという事態になり、国によってある法が発令されたことで事件は収束していった。その法は他人の血液を本人の意思に反して利用することを禁ずる。というものだ。

そもそも確かに純潔の魔女の生血には膨大な魔力が宿っている。しかし、純潔でない魔女や男性魔法使いの血液にも魔力は宿っているのだ。たしかに純潔の魔女ほどではないだろうが、それでも儀式や魔法薬、魔道具の作成には申し分のない程度には力があるはずだ。それに自分の血液を商売道具として売りに出すために生涯純潔を守っている魔女が居るという話を聞いたこともある。そのため少数だが魔女の生血という商品は夢幻世界に存在しているのだ。それなのに何故自分の生血を狙うのだ。

「まったく嫌になるよね。完成すれば確かにテイラーの言う資質による格差は無くなるね。でもそのために大事な生徒を一人犠牲にしようとするなんて矛盾もここまでくれば笑えてくるよ」

 いかにも愉快だというようね、とメビウスは笑う。カチュアはその言い回しにある疑問を覚えた。犠牲にする? この場合自分のことだとはわかる。しかし、生血を利用するだけで何故自分が犠牲になるのだろうか。普通はどんな魔法具を作るときでも血液は数滴、多くても十ミリリットルほどあれば上質な魔道具が作れる。だからカチュアは多くてもその程度の生血をリカードが狙っていると考えていた。

「うん、わかるよ。犠牲って意味がわからないようだね。簡単なことさ。魔力炉は普通の魔道具と違う。君のもつ常識と異なり多くの生血を欲している。少なくとも致死量以上の血液を流してもらうことにはなるだろうね。単品では持ち主の寿命を削り、魔力路を作るためには優れた魔女を犠牲にする。恐ろしいだろ? だから古い時代では制作されなかったんだ。」

 メビウスの言葉にカチュアは恐怖する。他人の血液を利用するだけでなく犠牲にする? どうして、わけがわからない。足が震えだし、立っていられなくなる。

「致死量を超える量の血液が必要だと? そんな馬鹿な話があるか。貴様の部下は何を考えている」

 ケリィが射殺すような鋭い眼でメビウスを睨む。

「部下? 何を言っているんだい。テイラーはボクの部下でもなんでもないよ。面白そうだから手を貸しただけさ。君たちに会いにきたのも面白そうだからだね。計画を伝えて君たちが抵抗して計画が頓挫したときのテイラーの顔を見たくてね。そもそも手は貸したけど結果が気に入らないんだ。だって考えてもみなよ。テイラーの魔力炉が完成したら何を楽しみにしていればいいのさ。資質の差がなくなって皆万々歳。これからは魔法の研究のために皆で魔力を共有して頑張りましょう。そんな世界の何が面白いんだい?」

 なんて勝手な言い草だ。ケリィはそう思わずにはいられなかった。面白いから手を貸した? だというのに、それが成功すると面白くないから邪魔しにきただと。まるで世界が自分の玩具箱であるかのような言い草だ。

「ふふ、その通りさ。世界はボクの玩具箱だよ。長く生きているとね。常人の考え方ができなくなってくるんだ。狂ってきてしまうと言っても良い。アドルフだって昔は真面目な男だった。それが今では全校生徒に知られるほど悪戯好きになっているだろ? ボクもそうさ。アイツより長く生きている分その傾向がある。時間が常人に比べて多い分、退屈な時間が存在する。ボクのような存在にとって退屈は死に至る病だ。だからボクは楽しいことを求めるよ。それが世界の崩壊に繋がろうと、自分自身の死に繋がろうとね」

 そんなメビウスの言葉にケリィは何も言えなかった。確かにメビウスの考え方は愉快犯や悪と呼ぶにふさわしい所業だ。しかし長く生きている者はそういった考えに至ってしまうのかと思うと虚しく思えた。自分はメビウスや学園長のように長い時を生きることはないだろう。そんな自分では彼らの苦悩は理解できない。かつての自分と異なる自分になってしまう。それがどれだけの苦痛なのだろうか? それも予想ができない。長く生きた末に己が愉悦の為に世界や自身を犠牲にしても厭わない。それはどれだけのことなのだろう。

「おっと、話すぎてしまったね。さて、じゃぁ、ボクはそろそろ行くよ。君たちが何をするのか楽しみにしているよ」

カチュアもケリィも何も言えなくなっていると、メビウスは初めて表情を崩して苦笑すると、再び元の笑みを浮かべて消えてしまった。恐らく、彼にもう会うことはないだろう。基本的に彼は傍観者なのだ。ちょっかいはかけてきても舞台には上がらない。自分たちがどう行動するのかを見て楽しみ、話が進まないようなら手を加える。だからここまで来た段階で彼の仕事は終わったのだろう。後は敵対も味方もせずにただ眺めるのだろう。

「今日はもう遅い。送っていこう」

暫く沈黙していると、ケリィが唐突に口を開く。よく考えるともう夕食時をとっくに過ぎている。マリアはともかく事情を知らないケイネスは心配しているだろう。そう考え、カチュアはケリィに送ってもらい、家に帰ることにした。

深夜、自室で寝ていると、窓が開いて誰かが入ってくる感覚に気が付き目を開く。泥棒かと考えたが、今一番可能性のある相手はリカードたちだ。とうとう自分を誘拐しにきたのかと身構え、自分の愛用している魔道具であり、いつも抱いて寝ている人形を抱きしめる。まだ、相手はカチュアが起きたことに気が付いていない筈だ。奇襲すれば相手がリカードでも取り押さえられる。そう思い、相手がカチュアの寝ているベッドに近づいてくるのを待つ。侵入者は一歩一歩音を立てないようにカチュアに歩みより、ベッドまで到着すると、ゆっくりとカチュアのシーツに手を伸ばしてきた瞬間、カチュアは飛び起きて人形を侵入者めがけて放り投げる。

「いけっ」

カチュアの手から離れた人形、手縫いのクマのぬいぐるみは瞬く間に巨大化し、侵入者に飛び乗り、間接技をきめて取り押さえる。カチュアは相手が何をしてくるのかを警戒しながらベッドから降りて部屋の明かりをつける。

「は、ハートフィリア君?」

「や、やぁ」

そこに居たのはカチュアの同級生だったグレン・ハートフィリアだった。グレンは取り押さえられながら苦笑いでカチュアに挨拶をする。

「何で、ハートフィリア君が……そうだったね。ハートフィリア君もリカード先生の仲間だったね」

寝起きであることと、リカードの印象が強かった為、しばらく思い出せなかったが、グレンもリカードの仲間だったことを思い出し、警戒を強める。

「あはは、やっぱり知られていたんだね。じゃあやっぱりあの人形は君のだったんだ」

一瞬、何のことを言っているのかわからなかったが、そういえばリックを反省室から脱出させるのに使用した身代わり人形を回収できなかったことを今さらながら思い出す。やっぱり人形遣いである自分が犯人だと疑われてしまっていたようだ。

「何しに来たのか、って聞くのは無粋だよね。私をさらいにきたの?」

カチュアはグレンを見下ろしながらそう聞く。質問の形式をとってはいるが、断定している。こんな夜中に女の子の寝室に侵入してくるのだ、普通の用事なわけがない。

「まぁ、そんな所だよ。君を捕まえに来た」

カチュアの問いに戸惑いを見せることなくグレンは頷く。今もなお取り押さえられているというのに涼しい顔で答えたのだ。そんなグレンの態度にカチュアは戸惑う。現状身動きがとれない状態でさらいに来たと本人に言うのは自殺行為だ。もしかしたら何かあるのかもしれない。そう判断し、カチュアは熊之介に拘束を強めるように指示を出そうとした。

「ざんねん、それは囮だよ」

その瞬間、背後からグレンの声が聞こえる。慌ててカチュアは人形にグレンを放すように指示し、カチュアが振り返ると同時にパンチを繰り出させる。

 しかし、そこには誰も居なかった。あるのは丸いボールが一つ、宙に浮かんでいるだけである。カチュアはそのボールに見覚えがあった。そうそれは、地下室で見た…

「ごめん、そっちが囮さ」

カチュアが覚えているのはそこまでだった。




気を失ったカチュアをグレンは横抱きにして見つめる。

「軽い、同い年のはずなのに」

思わず、声がこぼれる。それほど、カチュアは軽かった。そんな彼女に思うところがあったのか、グレンは暫く佇んでいたが、ゆっくりとカチュアを連れて窓へと向かう。

「そこまでにしてもらおうか?」

その瞬間、上空から無数の巨大な剣が降り注ぎ、まるで檻のようにグレンを包囲する。その間に、人形の中からケリィが姿を現し、カチュアを抱えるグレンを睨みつけた。

「これは」

見たことのない魔法とケリィの登場の仕方に驚きの声を零すグレンだったが、新たに現れた人物であるケリィを見据えて、目を細める。周囲は剣の檻、通り抜けられる隙間はない。どう脱出しようか冷静に考えるが思いうがばない。

「メイザースさんのボディーガードかな? 聞いてますよ。昼間はあなたが目を光らせていて近づけなかったとね」

グレンは余裕の表情でケリィに笑いかける。まるで、こんな拘束は余裕で突破できると言いたげに。ケリィはそんなグレンに警戒心を強める。

ケリィが現れたのは事前にカチュアと打ち合わせていたからだ。リカードたちがカチュアを狙っているのなら、一番狙われやすいのは睡眠時と入浴時である。特に睡眠時は困難だ。なんせ意識が無い状態で襲われるのだ。

だから、カチュアは一つの魔法を自分にかけることにした。その魔法は狸寝入りの呪法と呼ばれるものだ。一見普通に眠っているようだが、完全に眠りに落ちず、周囲の気配などが感じとれるようになる魔法である。眠っている間に魔力を消費するなどのデメリットはあるが、普通に眠っているときと同じように脳を休めることができる便利な魔法だ。その魔法を使い、侵入者に警戒しつつ、もし現れたときの為に、カチュアが熊之介を強大化させたらケリィに知らせが届くようにしていたのだ。

そしてもしカチュアの意識が無くなるか、危機に陥った時には熊之介からケリィが召喚できるようにと魔法を組み込んでいたのだ。それがケリィがこのタイミングで現れることができた理由である。

因みに熊之介を巨大化させた場合だけの時もすぐに駆けつけることができるようにとケリィは現在メイザース邸に泊まっている。

「君はカチュアの同級生なのだろう? 何故教師の味方をしてまでカチュアをさらいに来た。そんなにも資質に関係なく魔法を使えることが魅力的か?」

ケリィは警戒しながらもグレンの真意を訊ねるために口を開く。正直な所、まだ魔道具に対して資料が作成できていない。そんな状態でカチュアをさらわれてしまえば、取り返すことができ、罪に問えたとしても誘拐でしか扱われず、魔道具はそのままになってしまう。だからこのタイミングでの襲撃はいささか不利である。

「そうですね。確かに魅力的だ」

 そんなケリィの問いを聞いたとき、グレンは下を向きながら答える。

「資質に関係なく魔法が使える? 大いに結構じゃないですか。革新ですよ。でもね、僕の望みはそれじゃ無いんですよ」

グレンがそう言った瞬間、グレンを囲んでいた剣は氷が溶けるかの様に霧散してしまう。

「なにっ」

思わずケリィは驚いてしまい隙ができる。しかし、グレンはその場を動かなかった。否、動けなかった。何故ならカチュアがグレンの首に抱きついていたからだ。

「な、んで。催眠術は確かにきいていたはず」

「う、ん。けっこう、今でも、眠いよ。でも、きかなくちゃ、いけない、から」

カチュアは必死に睡魔に抗い、たどたどしく話しかける。少しでも気を抜けば眠ってしまう。グレンに抱きついたのも、体を動かせる範囲でとれるぎりぎりの行動だった。何としてもグレンをこの場に引き留めなくてはならない。そんな思いからの行動だった。

「何をかな?」

「ハート、フィリア、君は、私を、リカー、ド、先生の、所に、つれて、いかない、つもり、だよ、ね?」

質問の形式だが、確信していた。あの宙に浮かんだボールを見た瞬間、グレンが何を考えているのか、理解したのだ。

「はは、何をいっているのかな? 僕はリカード先生の仲間だよ。折角君を捕まえたのに先生の所にいかないのさ」

グレンは笑いながら話ているのだが、その表情は引きつっていた。まるで嘘が見つかった子どもが誤魔化すように話す姿だと、ケリィは思った。

「だっ、て、私、を、リックの、所、まで、連れて、行ったのは、君、でしょ?」

そう、宙に浮かんでいたボールと地下室で見たボールはまったく同じモノだった。だから確信したのだ。グレンの目的は先生の計画を阻止することだと。思えば廊下で会った時からおかしかったのだ。明らかに誰が見ても挙動不審で何かにおびえるような姿。それだけではわからなかった。でもボールを使った行動や、カチュアを抱きかかえたときに見せた複雑な表情など、様々なヒントを組み合わせれば答えは出てくるものだ。

「くっ」

グレンはイライラしていた。まさか自分のそんな些細なミスでバレてしまうだなんて。しかし、それならもう、演技は必要ない。そう考え、カチュアにかけた催眠術を解除して床に卸す。

「ありがとう、解いてくれたんだ、催眠術」

 カチュアは背伸びをしながらお礼を言う。そんなカチュアを半眼で見ながらグレンはため息をついて口を開く。

「あのまま聞いていたら、君が話しきる前に寝ちゃいそうだからね。もう演技しても無意味みたいだし。それで、僕が先生の計画を阻止しようとしていると気が付いたみたいだけど、どうするんだい」

もうウソを言っても信じてもらえないだろうから開き直ってそう聞く。元々ウソは苦手なのだ。バレないように気をつけていたのにあまり接点のないカチュアに見抜かれるなんて本気で落ち込みそうだった。

そもそも、グレンは巻き込まれる形でリカードの仲間になっていた。魔道具の性能が寿命を削るものであること、魔力炉を作るのに人ひとり犠牲にすること。あまりにもグレンには賛同できないことばかりだった。卒業式の日の行動は藁にもすがる思いだった。先生でも生徒でも誰でもいい誰かが気が付いてリカードを止めてくれることを願った。しかしそれは叶わず、魔道具はばら撒かれてしまった。ならばせめて人命を守るために、今回、カチュアの誘拐を自ら志願し、彼らから見つからない場所にカチュアを隠そうと考えてここまで来たのだ。しかし、それをターゲット本人に見抜かれてしまった。もうどうにでもなれだ。

「ハートフィリア君、この魔道具の作成に関わっているよね?」

そう言いながら、カチュアはブレスレットを見せる。それに対してグレンは肯定する。

「だったら、何か資料を持っているよね」

良い笑顔だとから笑をしながらグレンは思う。何をたくらんでいるのかわからないけどろくでもないことだと、確信した。

「やぁ、ミス・メイザース。私に用事とはなんですか?」

カチュアは魔法学校の講堂にてリカードと対面していた。相談に乗ってほしいことがあるという名目で彼を呼び出したのだ。無論、カチュア一人ではない。グレンやリック、その仲間たちが隠れて待機している。リカードもグレンが帰ってきていないことからカチュアが相談に来たのではないことくらいは御見通しであろう、それでもリカードは余裕の表情を浮かべている。

「こんにちは、リカード先生。さっそくなんですけど、新型魔法具に欠陥があったと言って、全部回収してもらえませんか? 制作に関わっている貴方ならできますよね」

カチュアは満面の笑みを浮かべながら聞いた。傍で聞いていたケリィたちも、あまりのストレートな物言いに絶句してしまう。しかしリカードは眉ひとつ動かさず笑っている。

「どこで調べたのかは、まぁ、おいて置きますが、たしかに制作に携わっている私が公開すれば残らず回収されるでしょうね。ですが、その予定は今の所ありませんよ、ミス・メイザース。なぜならアレに欠陥などないのですからな」

「欠陥がない? でも、未完成なんですよね」

魔道具の機能に欠陥は確かに存在しない。しかし、未完成だ。これはどれだけ言い訳しようと覆すことのできない事実だ。しかもそのことを公開していないのに市場に出回っている。それが回収の理由になるかと聞かれれば、少し理由として弱いことくらいは理解している。しかし、そこから隙を見つけていかなければならないのだ。

「よくご存知ですね。えぇ、確かに未完成です。といっても、外付けの魔道具が未完成であってブレスレットの方は問題なく使用できますよ。外付けの魔道具も近いうちに、いえ、もしかしたら今日にでも完成するかもしれません」

リカードの言葉に思わず左足が下がる。言外にお前を今日生贄にすると言われているのだ。いくら自分から乗り込んできたと言っても恐怖はある。しかし、カチュアは拳を握り、自分を奮い立たせる。

「こういった騙しあいのような会話は好きではないので、単刀直入に聞きます。あの魔道具は現時点では寿命を削るもの。それなのにばら撒いたことに何も感じないんですか?」

カチュアはどうしても聞きたかった。自分を殺す。恩師がそう考えていることも怖かったが、それ以上に恩師が何を考えているのか理解できなかったからだ。寿命を削ってまで魔法を使いたい。カチュアはそう考えたことはない。何故ならカチュア自身の資質が大きいからだ。苦労しなくても知識さえあれば大魔法が使えるカチュアには一般の魔法使いの苦悩や葛藤が理解できないのだ。だからリカードが何故寿命を削る魔道具をばら撒いて平気でいるのか理解できない。魔力炉が完成してからでも良いのではないか。

「えぇ、魔法使いなら寿命を削ってでも強い魔法が使いたいものです。その手伝いができて嬉しいと思えても、後悔なんてありませんよ」

涼しい顔で肯定するリカードにリックとその仲間たちが憤る。しかし、カチュアに手どころか口も出すなと言われているので自制して抑える。

「ミス・メイザース。君は無知で傲慢だ。君は魔法使いが行き詰る壁を知らない。だから寿命などというものにこだわるのですよ。魔法使いの苦悩。そう、資質だ。生まれ持った資質に誰も抗えない。私も、君の友人も、君のお爺さんでさえもです。限られた資質の中で自分にできる魔法を極める。それが魔法使いの人生。それがどれだけ悔しく、みじめなことか、恵まれすぎた君には理解できない」

 まるでできの悪い生徒を叱責するかのようにリカードは言い放つ。カチュアには想像もできないほど、資質による差は一般の魔法使いにとって大きな問題だった。アイツにできるのに自分にはできない。自分にもっと魔力があれば、魔力さえあれば更なる研究ができるのに、そういった魔法使いたちの苦悩。

そういった苦悩があることを知ることはできても経験することができないのだ。どれだけ苦しいのかわからない。どれだけ嫉妬の視線を浴び続けても、嫉妬する側の心を知らないのだ。

「それにだ、外付けの魔道具、いや、知っている君にわざわざ遠回りに言う必要はないですね。そう、魔力炉さえ完成すれば寿命を気にせずに魔法が使えるようになります。わかるでしょう、ミス・メイザース。ここが魔法使いの命運を分ける分かれ道であるのだと」

リカードの言葉にカチュアは黙り込むしかない。もともと、カチュアは嫉妬の視線が嫌で現実世界を逃げ道にしていたのだ。そんなカチュアだからこそ、負い目を感じていたのだ。カチュアの様子を見てリカードが手を差し出す。

「だからミス・メイザース。私に協力してくれませんか? 君も知っての通り、君の生血をささげることで魔力炉は完成する。君には新しい夢幻世界を作る礎になってもらいたいのです」

リカードは本当に優しい笑みを浮かべながらカチュアに歩み寄る。本気でカチュアが協力してくれると信じているのだ。だが、それにカチュアが反応するより先に、我慢できなくなったリックが飛び出し、リカードの襟首を掴んだ。

「てめぇ、カチュアを生贄にしようってだけのくせに、何が協力だ、礎だ。生血が必要なら自分の血を使えばいいだろ」

そんなリックに一瞬、驚きの表情を浮かべるも、リカードは悲しそうな顔で首を振る。

「ふぅ、わかってないですね。それじゃぁダメなんですよ。私の生血で補えたらどれだけ良かったか。しかし、それでは魔力不足なんですよ。ミス・メイザースの生血を必要としているのは魔力炉に火を灯すのには膨大な魔力が必要だからです。魔力炉は永久機関です。一度動き始めれば半永久的に魔力を生み出し続け、魔道具を介して魔道具の持ち主に魔力を注ぎ続けます。しかし、魔力炉を動かすためには最初に膨大な魔力を一気に注ぐ必要があるのです。狂気の研究と古い時代に言われた理由がよくわかります。本来なら人ひとりを犠牲にしてもとても賄える量ではない。何故なら純潔の魔女を十人以上犠牲にする儀式ですから。ですが、ミス・メイザース。君の生血なら一人の犠牲で条件を満たすことができる。だから招き入れようとしたんです」

リカードはいかにも悲しそうにそう演説する。事実、彼は悲しかった。いかに自身の崇高な目的のためとはいえ、生徒を犠牲にするのだ。悲しくないわけがない。それはこの場に居るリカードの生徒だった全員が本心であると察することができた。リカードの人となりは卒業前と何も変わっていない。しかし、行き過ぎた生徒への愛情が彼を暴走させているのだ。

「リカード先生、私は自分の命が惜しい。だから協力できません」

そんなリカードを見据えながらカチュアははっきりと断言する。一種とはいえ、後ろめたさもあって自分一人が犠牲になるだけで多くの魔法使いが救われるのなら良いと考えてしまった。しかし、自分の為に怒ってくれるリックを見て、その考えを振り払った。たしかに自分は嫉妬されるような存在かもしれない。それでも自分のことを想ってくれる人間が居るのだ。そんな彼らを悲しませたくないと思ったのだ。

「そうですか、ならば仕方ありませんね」

納得したようにリカードは言った。何故なら自分の命が惜しいなど当たり前のことなのだ。自分のためか、それとも他者のためかはわからない。それでも一度限りの人生を惜しむのは当然だろう。

カチュアはまだ若い。幼いともいえる。これまでの人生より長い時間生きて様々なことを経験する。その可能性を摘みとり、犠牲になれと言われて、はい。そうですか。と言えるのは人生に絶望しているか聖人だけだろう。良くも悪くも普通の考え方のカチュアは受け入れられないだろう。

だが、自分の目的のためにも、止まるわけにはいかない。多勢に無勢だが、この場所なら勝機はあるとリカードは考えている。もしものために入念に準備したトラップがいくつも存在するからだ。だが、今はお互いに警戒しており使用できない。リックのように何人か潜んでいるかもしれない。そんな考えからリカードは動けなかった。

それはカチュアも同じだった。実力的にもリカードの方がカチュアとリックが協力しても上である。隠れている全員で飛び掛かれば取り押さえることはできる。しかし、リカードを確保してもあまり意味はない。カチュアたちの実力では長い間捕まえておくことはできないし、そもそも、目的は魔道具を無くすことだ。そのためには手ではなく口でリカードに勝つしかないのだ。それに勝利のための鍵は用意している。




「カチュア、話が付いたぞ」

互いが動けない状態の中、講堂にケリィが入ってきた。それはカチュアが賭けに勝ったということだ。ケリィはカチュアに頼まれて別行動をし、ある人物と接触していた。そして、その人物の協力を取り付けることができたからこそ姿を現したのだ。

「リカード先生。あの魔道具ですけど、やっぱり回収することになりました」

ケリィの登場に気を取られている隙に、トラップを起動しようとしたリカードに対して、カチュアはまるで世間話でもするかのように言う。

「それは、いったい」

どういう意味なのか?リカードが尋ねる前に、ボフンという音と共に座っていたグレン隠れていた場所が煙をあげて爆発し、人形が転がる。その手には水晶玉が抱えこまれていた。

「なっ」

思わず声を上げるリカード。身代わり人形と入れ替わって脱出し、助けを呼びに行かせたのか? しかし、まだこちらは何もしていない。このタイミングで助けを呼びに行くなど無意味だ。頭の中に推論を巡らせる。

「替え玉人形。人間そっくりに変身する人形です。あそこにはハートフィリア君の代わりに隠れて貰っていました。本物は」

「ワシの所に来ていたよ」

講堂の扉が開かれ、グレンと共にアドルフが現れる。その手にはグレンが用意した魔道具に関する資料と水晶玉が握られていた。

何故グレンの身代わりを隠れさせていたのか。それはリカードに作戦を気取られないようにするためだ。リカードは風を操る魔法使いである。そして風の魔法使いは気配に敏感であるのだ。だから講堂と狭い空間に誰かが隠れていることくらいは最初から知られていた。気配に敏感だからこそ、リカードのよく知るグレンも此処に居ると誤認させておけば計画がバレる心配もないと考え、最初から存在の知られていないケリィとアドルフの元に行かせたのだ。

カチュアはアドルフを仲間に引き入れるためにグレンとケリィを向かわせていた。何故ならグレンの話では今回の計画はリカードを含む数名の教師陣が手を組んで行われたことであり、学園長であるアドルフはノータッチである。だからこそ、夢幻世界でも発言権をもつアドルフを引き入れたかった。

大人は信用できないとリックが言った。その理由はリックの話を信じなかったからだ。でもそれは証拠を持っていなかったからだとカチュアは考えた。大人は証拠を欲しがる。だからカチュアは資料が手に入ったことで賭けに出たのだ。

更にカチュアは保険をかけていた。人形とアドルフの手にある水晶玉。それはお互いの周囲の状況を映し出すことができるという魔道具だ。つまりアドルフは講堂でのカチュアとリカードの会話をリアルタイムで見ていたのだ。

「学園長」

リカードは目を見開き、膝をつく。計画の失敗。アドルフの登場でそれを理解してしまった。リカードが何をしようと、大魔法使いであるアドルフには敵わない。いかにトラップをしかけていてもである。アドルフに拘束され、解放されたころにはアドルフの名のもとに全ての真実が白日の下にさらされることになるだろう。このままでは捕まってしまったら、カチュアを犠牲にしようとしたこと、多くの魔法使いの寿命を削ってしまったことの罪で裁かれ、目的が達成できないのだ。

「ずいぶんと勝手なことをしてくれたモノだ。あ奴の口車に乗せられ追って」

あ奴、というのはメビウスのことだろうか? 確かにそうだ。彼が居なければリカードも現状に不満はあっても行動には移さなかっただろう。彼がリカードに接触したからこそ、こんな事件になったのだ。

「申し訳ありません。学園長。でも、私は止まるわけにはいかないのです」

リカードはアドルフの登場で全てが終わったと完全に油断しきっていたカチュアを捕まえ、転移する。その事態にアドルフは慌てる。

「いかん! ハートフィリア君。魔力炉はどこにあるのかね?」

そう、彼は魔力炉のある場所に転移し、最後の悪あがきにカチュアの生血を炉に注ごうとしているのだ。リックとその仲間たちも慌てるが、グレンはその比ではなかった。

「わかりません、リカード先生以外は誰も知らないんです」

そう、魔力炉は完成した時点で他者に奪われ利用されるのを避けるためにリカードが誰の目も届かない場所に隠したのだ。そうでなければグレンは魔力炉を爆破するという手もとれたのだ。それができなかったからこそ、カチュアを誘拐しようとしたのだ。

「くっ、すまん、ワシがもっと早く気付いておれば」

アドルフは悔しげに拳を握る。悪戯好きとして知られるアドルフだが、長い時を魔法学校で過ごしてきたのだ。生徒への想いはリカードにも負けていない。そんなアドルフだからこそ、リカードの目論見を阻止して、カチュアを助けたかった。

「よかった」

そんな中、ケリィの安堵の声が彼等の耳に届く。

「てめぇ、カチュアが危ないってときに、何がよかっただ」

 思わず、リックはケリィに詰め寄るが、ケリィは冷静に答える。

「発信機だ。もしもの為にカチュアには発信機を取り付けてある。今のカチュアの場所はまだ近いぞ。こっちだ」

そう言って、ケリィは駆け出す。発信機。それは現実世界のものを参考に夢幻世界でケリィが趣味で組み上げたものだ。魔力を使わない物だからこそ、気付かれることはないと考え、カチュアが狙われていると判明した時から身に着けてもらっていたのだ。今回はこれが功を奏した。




転移した先は見たことのない部屋だった。教室に似ているが、机も椅子も、窓も扉もなく、中央に杯のようなものが鎮座しているだけの部屋だった。

「これが魔力炉です。この部屋は魔力炉を隠すために作った隠し部屋とでも言いましょうか。私以外にこの部屋の存在を知る者は居ません」

その言葉にカチュアは戸惑う。自分とは比べるまでもなく高位の魔法使いと助けが来ない場所で二人きり。だれが見ても危険な状況だ。

「もう時間もないでしょう。学園長が相手では時間稼ぎにしかならないでしょうね」

たしかにその通りだろう。探知魔法など、特定の誰かを探すための魔法は幾らでもある。それを使われれば隠し部屋なんてすぐに見つかってしまう。気が付くと、リカードの手にはナイフが握られていた。

「申し訳ありませんね。最期のお別れもさせてあげることができなくて。でも貴女の犠牲で夢幻世界は大きく変わります。貴女がその礎となるのです」

わめくようにリカードは言う。生徒を手にかける行為だ。冷静ではいられなかったのだろう。すでにカチュアは動けなかった。リカードに転移した瞬間、体が動かなくなる魔法をかけられていたのだ。逃げ出すことも悲鳴を上げることもできず、カチュアは現実を否定するように目を硬く瞑った。

夢幻世界が変わる礎になんてなりたくない。そんなものより生きて大切な人たちともっと長く居たかった。今までの思い出が走馬灯のように思い出される。

しかし、リカードのナイフはカチュアに届くことは無かった。恐る恐る目を開けると、そこにはリカードのナイフを人差し指で受け止めるメビウスの姿があった。

「まったく、危ないね。もう少し遅ければ死んでたじゃないか」

いつものように笑みを浮かべながらメビウスは言う。

「な、なんであなたが止めるのですかっ」

カチュアが聞きたかったことをリカードが代弁する。そうだ、何故あなたが助けてくれたのだ。

「あはは、簡単なことだよ。カチュアちゃんが惜しいからさ。うん、ここで彼女が死んでしまうより、カチュアちゃんが生きていてくれた方がずっと面白そうだからね。君のその暴走っぷりも面白かったけど、カチュアちゃんの行動力も面白かった。君が魔力炉を完成させちゃったら、それまでだし、だったらカチュアちゃんに生きて貰って事件に巻き込まれてもらった方が面白いでしょ?」

なんだ、それはとカチュアは思ってしまう、さりげなく自分が今後も事件に巻き込まれるなんて言っているし。結局は彼の掌の上だったということだろうか。助かったという安堵で思わず気が抜けて座り込んでしまった。

すでにリカードには抗議する気力も無かった。一世一代の、全てを犠牲にした賭けに負けたのだ。悔しげにその場に座り込んでいる。

「まぁ。ハッピーエンドで良いんじゃない?」

そう言ってメビウスがチラリと見た壁が破壊される。その先にはアドルフたちの姿があった。

「はぁ、何がハッピーエンドよ」

思わずため息が出てしまう、確かに誰の犠牲もなかった。でもまだ終わりじゃないのだ。魔道具はまだ回収されていない。危険性を知らしめても手元に所持し続ける魔法使いは多いだろう。これからが本当の始まりなのだ。

カチュアは自分を心配して駆け寄ってくる仲間たちを見ながら考える。資質を取り除くだけが夢幻世界を変える方法ではない。自分に何ができるのかわからない。しかし夢幻世界を変えるためにこれから頑張っていきたいと。




後に魔法学校の暴走と呼ばれる事件はこうして幕を閉じた。魔道具の危険性をアドルフはカチュアの祖父と協力しながら夢幻世界全土に訴えかけた。カチュアの作成した資料の穴を埋めるかのような、カチュアの祖父が何処から集めてきたのかわからない資料が存在したことも大きい。結局リカードを含め、計画に参加した教師たちは全員が魔法学校を辞め、裁かれることとなった。グレンも内部告発したことで罪が軽くはなるが、彼の家に伝わる魔道具の知識が今回の魔道具を作る助けになったということで彼も裁かれることになる。

「まぁ、自分のしでかした事だからね」

 そう言って、悲しげに笑いながら自らの罪をグレンは認めた。償って釈放されたら夢幻世界の為に働くそうだ。

 ケリィやリックもそれぞれの場所に戻って行った。事件を解決したカチュアたちは、自分たちが事件を解決したとは名乗り出なかった。懸念していた通り、自分たち資質ある魔法使いの立場が脅かされるから魔道具を無くそうとした。と言い出す人物が居たからでもあるが、何よりリカードを通して自分たちが何を夢幻世界のためにすれば良いのか考えるようになったからだ。表彰なんてされたら動きにくくなる。だから名乗りでずに各々ができることをやろうと話あったのだ。

 カチュアは夢幻世界にNPO団体を作ろうと考えていた。現実世界で見た無償で他者のために働く人々。今回の事件や現実世界を見て回って自分がいかに自分本位だったのかと痛感した。では自分に何ができるのかを考えたときに思い出したのがそれだった。

「はぁ、大変そうだな」

ボランティアという概念のない夢幻世界でどこまでできるのかわからないが、頑張ってみよう。そう決意し、さっそくお爺様に報告しようと歩き出した。


終。


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