④
普通の人間よりもやや尖ったルナの耳を見た青年は、ルナが『ありがとうございます』と礼を述べようとした言葉を遮り、強い口調で言い切った。
青年の口調に飲まれてしまったルナは一瞬、自分に向かって放たれた言葉を理解する事が中々出来なかった。
だが、その言葉の意味を理解し我に返る。
「な!? ち、ちんくしゃ!?」
「頭の回転も遅いのか……魔法使いとしては致命的だな」
更に青年は追い討ちを掛ける様に言った。その口振りはとても冷めたもので、目付きも先程までとは随分違う。それはもう、最初の優しい言動とは一切かけ離れていた。
「あ、あなたにそんなコト言われる覚えは無いですっ」
腹を立てたルナは勢い良く立ち上がり、強い口調で言い返すと、その場を去る事にした。
「治療! ありがとうございました!」
二、三歩進んだ所で足を止めて振り返り、礼だけは忘れずに告げた。
その後は振り返る事はせず、怒っている気配を醸し出しながら、ルナはズンズンと森の奥へと歩いて行った。
「……オマケに短気だ。益々魔法使いに向いてねえ」
青年はボソリと呟くと、頭を掻きながら立ち上がる。
「モーザ」
振り向きモーザを呼ぶ。突然名を呼ばれ、当のモーザはびくつく。
「な、何だよ……3C」
モーザはびくつきながらもゆっくりと青年に近付き、彼を『3C(スリーシー)』と呼んだ。
「知らねえ奴の前で、その名で呼ぶなと言っておいただろう」
3Cは凄みを利かせた眼差しでモーザを見る。モーザは更にビクビクする。
「す……すまん、つい……」
本当に申し訳なさそうにモーザは謝った。
「あはは。モーザはホントにおバカさんだから仕方ないわよ、3C」
木々の上方から女の声がした。3Cもモーザも、この声の主を知っている様だ。動揺する事も、気にする風も無い。それどころか、見向きもしなかった。
「誰がバカだ!」
いや、気にも留めなかったのは3Cだけで、モーザは自分をバカにされたものだから、聞こえて来た方角に向かって声を荒らげた。
ガサガサッと枝や葉を揺らして女が木から下りて来る。
ドゥーグは彼女に向かって唸り声を上げた。
「あら、自覚してなかったの?」
小馬鹿にする様にクスクスと笑う女。褐色の肌、ピンッと長く尖った両耳。それはダークエルフの特徴に酷似している。
金色のボブカットの髪に赤い瞳。瞳と同じ色の服を着ていたが、布の量は少なく、上半身は胸だけを隠している程度で、背中や腕はその褐色の肌を露わになっている。スカート丈も短く、程好く引き締まった太腿が晒されていた。その容貌はとても美しく、妖しい。
彼女は鋭く赤い瞳でドゥーグを睨む。
負けじと、ドゥーグは唸り続けている。
「戻ったか、ミッテ」
3Cは彼女に食って掛かろうとしたモーザを左手で制し、割って入る。
「ええ、3C。首尾は上々よ。そっちは?」
モーザがまるで3Cに‘待て’をさせられているかの様に見える。それが可笑しくて、ミッテは更にクスクスと笑う。
「ああ、こちらも予定通りだ」
「そう。それは良かった」
ミッテは声に出して笑う事は止めたが、口元には未だ笑みが残っている。眼を細め、楽しそうにしているのがよく判る。
二人のやり取りを‘待て’の状態で見ていたモーザは、疑惑の眼差しでミッテを睨みながら3Cに問い掛けた。
「……ミッテに何か依頼したのか?」
「依頼……と言うより、協力だな」
モーザに‘待て’を強いた左手を下ろし、右手で自分の顎を摩る。
ふと、その手が止まった。視線を一度地面へ向けると、何やら考え始める。直ぐに視線をミッテへと向けた。
「ミッテ、調べて欲しい事が有るんだが」
「……さっきの小娘?」
口元に浮かべていた笑みと、楽しそうにしていた雰囲気が瞬時に消え、少し、嫌そうな表情になるミッテ。
「ああ。調べられるだろ?」
「……クライス、私を誰だと思っているの?」
嫌そうな表情があからさまに不機嫌へと変わる。
「ミッテ=シュヴェスター。信頼なる情報屋。だろ?」
ニヤリと笑う3C……いや、クライス。3Cはクライスのあだ名のようだ。
ミッテは一度クライスを睨んだが、直ぐに眼を伏せ、溜め息を吐いた。