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世界のほぼ中央に在る小さな島国、セルバ。国土の約六割を森に囲まれた、自然豊かな国だ。セルバには大きな都市は無く、港町が南北に一つずつ。その港町を繋ぐ様に二つの村が間に在る。そして最北端の森に【森ノ宮】と呼ばれるギルドが在り、北の港町ザクツの外れに住むルナは、今、そこへ向かって空を飛んでいた。
【森ノ宮】が在る森に差し掛時だった。ルナから見て十時の方向、森の中から十数本の矢が飛来した。鏃が日の光で煌めいたので、ルナは何かが飛んで来る事に気付き、咄嗟に避けれたが、ルナの後を追っていたポンバは避けきれずに一本の矢が当たり、森へと落ちて行ってしまった。
「ポン!」
落下して行くポンバに気を取られたルナは、第二の矢が放たれた事に気付くのが遅れ、慌てて避けようとして体勢を崩してしまった。そこを透かさず狙い撃ちされてしまう。三度目に放たれた矢の数本が箒に当たり、完全に体勢を崩したルナはポンバ同様、森へと落ちて行った。
「ひゃああああーー」
重力に逆らおうと抗うが、落下は止まらない。力は空回りし、身体は森へ引っ張られるかの如く落ちて行く。木々の間、枝を何本も折りながらルナは大地へと叩き付けられた。
「いっ……たぁ……あ……」
背中を強く打ち付けたルナは一瞬、上手く息が吸えず、吐く事しか出来なかった。口から零れる言葉も途切れ途切れになる。
背中の痛みが少しずつ和らいでいくと、次第に呼吸も楽になっていった。
「……はー……はー……ああ、ポン……!」
新たな酸素を肺と脳に送ると、先ほどの事が思い出された。森の上空で正体不明の矢に襲われ、付き従っていたポンバが落下した事を。
ポンバの姿を探すべく、ルナはゆっくりと上体を起こし立とうとした。そこで己の左足首に走る鈍い痛みに気付く。それまで強打した背中の痛みに神経が集中していて気付かなかったが、どうやら背中よりも左足首を強く打ち付けた様だ。
「挫いた? ああ、もう……!?」
ハッとして前方を見据える。誰かがやって来る気配を感じた。意識を痛みの走る背中よりも、左足首よりも、前方から向かって来る何者かへと向ける。
それは先程自分達を狙って矢を放った者かもしれないからだ。即ち、敵。と言う可能性が有る。ルナはゆっくりと臨戦態勢を取る。
次第に気配は影を帯び、ぼんやりと形を成し目視出来る様になると、それは人位と大きな獣の形として現れた。
(この感じ……まさか!?)
影は黒く重苦しい空気を纏っていた。ルナは危険な匂いを感じ取り、己の身を守る為に身構える。右手に魔力を集め、何かあった場合、直ぐに対応出来る様にする。
息を飲み、見据えていると、少しずつ影の正体が判って来た。
真っ黒でフサフサな髪の毛は肩まであり、浅黒い肌に先が少し尖った耳。真っ赤な瞳。一見して普通の人間ではない事が判る姿。右手には弓を携えている。
少し遅れて大きな獣の姿も見えて来た。先に見た者と同様に真っ黒な毛並みに、真っ赤な瞳。獣の正体は仔牛程はありそうな大きさの犬の様な姿だった。こちらも恐らく、普通の犬ではないと思われる。
(浅黒い肌……尖った耳……魔族!? こんな所で!?)
セルバ国内の森で、人に害を為す魔族の出る所は多くない。何より危険な魔族が出る様な所は、基本、近付けない様になっている。
まして人の行き来の多いギルドの森なら、尚更きちんと管理されているだろう。
二つの影がルナの近くにまで来た。
(――!!)
ルナは再度息を飲み、右手を強く握り締めた。額から頬へ、冷や汗が流れ落ちる。緊張がルナを支配する。
「んん~? おまえ、人間かぁ?」
目前に立った人型が間抜けな声で、間の抜けた言葉を発した。
「……は?」
呆気に取られて手の力が抜けてしまい、折角右手に集めた魔力は散ってしまった。透かさず人型がしゃがみ込んでルナに自分の顔を近づけて、クンクンと匂いを嗅ぐ。驚いたルナは急ぎ、痛む左足を引き摺りながら後ろへ下がった。
「あ、なんだ。ハーフエルフか?」
ルナの顔、耳を見て察した様だが、未だ不思議そうにしている。
「見ての通りよ! そう言うあなたは、どこからどう見ても魔族みたいだけど!?」
相手の態度に呆気を通り越し、怒気を纏ったルナは息も吐かずに捲くし立てた。すると相手はニタァと薄気味悪く笑った。
「魔族とはちょっと違うぜぇ。おれ様の名前はモーザ。ブラックドッグのモーザ。そんでこいつはおれ様の兄弟、ドゥーグだ」
モーザは超大型犬を指差す。ドゥーグと呼ばれた超大型犬はオォンと唸り声を上げた。
「ブラックドッグ……黒妖犬!? 冗談言わないで! そっちの大きな犬型なら判るけど、あなた人型じゃない! どこが犬なのよ!」
真っ直ぐに相手を睨み付けるルナ。モーザはニヤニヤと笑う。
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