第八話【展覧会の前に】
想いが通じ合って、数日後。
景都さんは絵を描き上げて、それは審査を受ける為に、家の画廊から姿を消した。
審査の結果は、展覧会で発表されるらしい。
「あー! 疲れた……」
ソファに大の字に凭れかかり、目元に手の甲をあてて景都さんは安堵にも似た溜息を吐く。
絵を完成させ、後は評価を待つのみとなった今、全てをやり遂げたと言った感じなのだろうか。
「本当……疲れたぁってオーラが出てますね」
「……」
…………。
何故か、沈黙が流れる。
私変なこと言った?
気まずくって、耐え切れずに口を開こうとしたら、景都さんがポツリと呟いた。
「ゲイのふりするのが一番疲れた」
「え?」
すると、景都さんはいきなり凭れていた背をガバッと起こし、ソファ横に立つ私へと視線を向けた。
「だってさ、なよなよするのも女言葉も気持ち悪いし、ボロが出ないかビクビクするし……」
真剣に見つめてるくせに、力説するのはそんな事で。
私は笑いそうになるのを堪えながら、景都さんの愚痴を聞いていた。
「それにね」
「はい?」
はぁ、と深い息を吐いたと思ったら、景都さんは頭をガシガシ掻き出して。
再び私に向けられた景都さんの顔は、微かに眉が下がって、頬が赤かった。
「エナちゃんを心底描きたかったから嬉しかったんだけど……。やっぱり裸見ちゃうと、耐えるのが大変と言うか……」
「……へ!?」
話しながら徐々に赤くなる景都さんなんか比にならないくらい、私はお馴染みの茹蛸に。
でも、恥ずかしいと思う気持ちとは逆に、私を見て平気なふりをしていただけなんだと思うと、嬉しくなってしまう。
「あは……ごめんね。俺まったく普通の男でした」
「景都さん……」
何だか照れ臭いけど、私は怖ず怖ずと景都さんの隣に腰掛ける。
赤い顔を俯かせていると、ふわりと肩を抱かれた。
「あ……」
「エナちゃん、本当に俺でいいの?」
景都さんのいきなりの質問に、私の頭上には複数のエクスクラメーションが浮かんで見えたことだろう。
何で急に、そんなこと?
「俺とエナちゃん、九つも離れてるし……本当に俺なんか、好きでいてくれるの?」
え……歳のこと、気にしてるの?
私も最初は、そんな考えもあったかもしれないけど。
本当に好きな相手なら、歳なんて……。
「歳なんか関係ないです! それに景都さんは見た目高校生でも通用しますし、もしかしたら私より幼い顔してるかも……」
まだ言い終わらないうちに、景都さんの表情がどんどん沈んで行く。
遂にはどんよりと俯いてしまった。
「あ……あの……?」
「はは……すっごいコンプレックスなんだ、この童顔」
「え!? ご、ごめんなさい!」
必死に頭を下げて、自分の軽率な言動を謝った。
コンプレックスだったなんて……魅力的な人だから、凄く好きな人だから、気付かなかった。
「いいよ、そんなに謝らないで?」
「でも……っ」
「だってエナちゃんは、俺のコンプレックスな所も引っくるめて、好きになってくれたんでしょ?」
景都さんはそう言って、本当に嬉しそうに笑うから。
私は顔が熱くなって、何度も頷いた。
「ありがとう……」
その言葉と同時に、私の唇に触れた景都さんの唇。
前触れのないキスに固まって目を見開いていたら、その気配に気付いたのか、閉じた瞼を開けた景都さんと目が合って。
あまりの恥ずかしさに、私は慌てて後退した。
「……エナちゃん可愛い!」
「うひゃ!?」
ぎゅっと抱きしめられて、心臓は爆発寸前。
それでも、優しく髪を撫でる景都さんの手が、凄く心地良い。
「エナちゃん……展覧会、俺の絵の評価を、一緒に見に行ってくれる?」
「……うん」
景都さんの絵。
結局私は見せて貰えず、初めて見るのは展覧会か。
一番最初に見たかったなぁ。
きっと他のお客さんが先に見ちゃうんだろうな。
景都さんに抱きしめられたままそんなことを考えてると、また、私の唇にキスの雨が降った。
「その時に、聞いて欲しい話しがある」
唇が触れたまま、景都さんが囁く。
私が何か言う前に、深いキスに蹂躙されて。
話しって、何だろう…。
それだけ浮かんで、その後は、頭が真っ白になって行った。