第七話【決意と真実】
鳴咽が酷くて、中々落ち着かなかったけれど。
抱きしめてくれる景都さんの手が、私の背中を撫でてくれていて。
次第に、呼吸も調って行った。
「……」
「……落ち着いた?」
私が頷くと、景都さんはそっと私の体を開放する。
景都さんは開けてるバスローブの胸元を閉じてくれて、心配そうに私を見つめてる。
何か、聞きたそうな顔。
そりゃそうだよね、いきなり自分の家で女の子が泣き出したんだもん。
「景都さん……」
「ん……?」
私は、固く拳を握る。
震えない様に。
決心が鈍らない様に。
どっちみち、景都さんの前で泣いてしまったのだから、後戻りは出来そうにない。
私は顔を上げて、景都さんの瞳を見つめながら。
今、想いを告げる。
「私、好きな人がいるんです……」
いきなりは、言えないから、遠回しに伝え始める。
突然そんなことを言い出した私に、景都さんは目を丸くして驚いてる。
でも、直ぐに優しい瞳になって
「その好きな人のことで、何かあったの?」
私の話しを、聞いてくれようとしてくれた。
「私、片思いで……失恋決定なんですけど、まだ好きで……」
「……告白したの?」
「……してません」
今、しようと思ってるんです。
でも何だか、好きな人本人に恋愛相談してるみたいで、情けない様な……。
「告白してみなきゃ、失恋決定じゃないでしょ? 何もしてない内に諦めたら、勿体ないよ?」
やっぱり情けない。
本人に背中押されちゃってさ。
私ってば、馬鹿過ぎる。
景都さんは私を見つめながら真剣に聞いてくれて、アドバイスをくれた。
好きな貴方に後押しされたら、もう。
言うしかない。
「告白、してみます……」
「……うん、そうだよ。行動に移さないと、何も分からな……」
「好きです」
景都さんの言葉を遮り、私から発せられた想いの言葉。
景都さんは真顔で、私を見ながら止まってる。
急だけど、伝わったかな。
緊張と不安に押し潰されそう。
けど、負けずに景都さんの言葉を待つ。
景都さんは相変わらずポカンとしてたけど、突然動揺の表情を浮かべた。
「え? エナちゃん……それって……」
「景都さんが……好きなんです」
「エナ……ちゃん……」
景都さんは信じられないと言った表情で、じっ、と私を見つめてる。
それはそうだろう。
ゲイである自分が、まさか女の子に好きだと告白されるなんて、予想も出来ないだろうから。
景都さんは黙ったまま、俯いてしまった。
「……」
「……」
二人無言のまま、時が過ぎて行く。
時計の音だけが、カチカチと耳を掠める。
景都さん、きっと凄く困ってるだろうな。
女性が女性に告白されてる様な感じなのかな……。
振られること、私は覚悟してる。
悲しいけど、それでこの辛さから開放されるなら。
それで、いい……。
そう思いながら、私の涙は、再び視界を濁らせた。
「景都さん……早く、私のこと振って下さい。じゃないと、報われない想いを抱え続けて……辛い……っ」
鳴咽が邪魔して、うまく喋れない。
涙が次から次へと溢れてきて、もう、言葉を紡ぐことさえ困難になっていた。
肩を震わせ、拳を造り目頭にあてて、流れる涙をせき止める。
けれども、隙間から零れる雫は、じわじわと拳を濡らすだけ……。
何故、黙っているの?
早く私を突き放して。
この想いを、諦めさせて。
もう、辛いの……!
そう、叫びたいのに……。
「――ごめん」
ふいに聞こえた、景都さんの声。
その言葉に、ビクリと微かに体が揺れた。
覚悟はしていた。
辛い苦しみから開放されたかった。
私はそれを、望んでいた。
なのに、景都さんの
「ごめん」
の言葉は私を貫いて。
カタカタと震える体を制御出来ず、勢いを増した悲しみに、そのまま飲み込まれてしまいそうで、怖くて。
私は、その場から逃げ出そうとした。
「待って!!」
立ち上がり走り出そうとした時、がしっと手首を掴まれる。
景都さんの手は私の手首をきつく握り締め、逃げることを許さない。
「放して!」
「エナちゃん!! 話しを……聞いてくれ……」
景都さんの必死のその瞳に、私の体が、停止する。
強い眼差しに捕えられて、目を逸らすことが出来なかった。
ふぅ、と小さく息を吐いた景都さんは、ゆっくりと口を開いた。
「そんなに、苦しめてるとは思わなくて……本当にごめん」
「……」
何で、景都さんが謝るの?
そんな必要、ないのに……。
私は言葉が出なくて、頭の中で疑問を繰り返す。
景都さんは、話しを続けた。
「どうしても、君をモデルに描きたかった。断られたくなかったから……」
景都さんの表情が、どんどん雲っていく。
辛そうに眉間に皺を寄せ、俯いてしまった。
「あの……?」
私は、景都さんの話しが、全く理解出来なかった。
何故、今更そんな話題を持ち出すのか。
「君が、俺を男だと意識しない様にすれば、引き受けてくれるんじゃないかと思って……」
――ん? 何? どう言うこと?
景都さん……今、
「俺」
って言った。
もしかして……?
「……景都さん?」
「ゲイだなんて言うのは、嘘なんだよ……」
「あ……」
夢……、夢みたいな、現実。
景都さんは、普通の男の人? 本当に?
そうなら、騙されてたことになるけれど、そんなこと、もうどうでもいい。
私、好きでいていいの? いいんだよね?
頭を抱えてしまった景都さんの前で、また、涙が止まらなくなる。
ひとつ、またひとつ。
ポロポロと零れる涙は、先程のものとは違っていた。
「景……っ! ひっ、う……っ」
声が、漏れる。
あんなに頑張って堪えようとした泣き声が、枷がなくなってしまった様に、止まらない。
「エナちゃん……」
景都さんは、いつのまにか顔を上げていて、泣き出した私を困った顔をして、見つめてる。
さらりと、私の髪を梳く様に撫でる景都さんの手。
涙で頬に張り付いた髪を、優しく別けてくれる。
「ごめんね……許してくれる……?」
その言葉に私が何度も頷くと、景都さんはクスッと笑って、私の頭を強く引き寄せた。
「……!」
唇に、温かく柔らかいものが触れた。
景都さんの、閉じた瞳が見える。
触れているのは、景都さんの唇……。
初めての、キスだった。
「景都、さん……」
唇が離れた時、私は恥ずかしいとか嬉しいよりも、何よりもビックリして。
目を丸くしてる私を見て、景都さんは笑った。
「俺も、好きだったよ。ずっと……」
そう言って、再び唇が触れたキスは、頭のてっぺんから爪先まで痺れてしまいそうな程の、大人のキスだった。