第六話【溢れ出す想い】
あの出来事以来、景都さんは私を迎えに来てくれる様になった。
前も、モデルを終えた後に送ってくれていたけれど。
今は、どんなに早い時間だって、私を迎えに来てくれる。
今日も学校が終わる頃、校門前に景都さんの姿。
制服の群れに一人、サングラスをかけてスーツに身を包み。
明らかに目立ってる。
景都さんには似合わなさそうなコーディネートなのに、完璧なまでの着こなしは何故なんだろうか。
「景都さん!」
「エナちゃん。お疲れ様」
サングラスに隠れて、景都さんの確かな表情は伺えないけれど。
彼がいつもの様に、花の様な笑顔を浮かべてることは手に取る様に良く分かる。
「ちょ……ちょっとぉ! 誰よこの人、すんごいイケてんじゃん!」
私の斜め後ろから、友達の一人が驚愕の声を上げる。
ほんのり頬を染め、瞳を輝かせている彼女に、
「この人ゲイなの」
と打ち明けたら、きっとぶっ飛んでしまうだろう。
「まさか……エナの彼氏、とか?」
「え!? 違……っ」
「そうでぇす」
赤くなって、慌てて否定しようとしてる時に、景都さんが私の肩を抱き寄せる。
案の定私は、顔から火が出ちゃうんじゃないかってくらい、真っ赤っ赤。
「景都さん!?」
「あはは! 冗談だよ」
景都さんはパッと私から離れた。
冗談だと笑いながら。
それでも、嬉しいと思っちゃう私は馬鹿なのかな?
「なぁんだ。じゃあ、二人はどんな関係なの?」
「あー……っと、話すと長くなるからまた今度!」
私は友達の詮索から逃れる為に、その場限りの言い訳をして景都さんの背中を押す。
「景都さん早く行こ!」
「あ! ちょっとぉ!」
友達はまだ何か言ってたみたいだけど、まさかヌードモデルやってますとは言えるワケないし。
ゲイの彼に恋してるとか……もっと言えない!!
焦ってその場から逃げ出した私に、景都さんは苦笑していた。
「……ごめんね? 変な冗談言って」
私の顔を覗き込みながら、景都さんは笑顔を浮かべてる。
その行動が、本当に冗談だったと物語ってる様で。
「……」
「怒っちゃった? ……よね。私みたいな奴にあんなこと、冗談でも気持ち悪いよね」
「別に、そんなんじゃ……」
そんなんじゃない。
怒ってるワケでも……。
嬉しかったし。
ただ、景都さんに、お前なんかこれっぽっちも見込みはないって言われてるみたいで……辛い。
まあ、本当に見込みはないんだろうけど、僅かな希望に縋ってる私としては、すっごく痛いワケで。
ゲイのくせに……乙女心くらい理解しなさいよ!!
はぁ……。
この日は、モデルをしてる間中も、私は浮かない顔をしていたと思う。
その証拠に、景都さんもずっと困惑した表情だった。
見込みがないからって、景都さんのせいじゃないのに。
私って本当に嫌な女。
こんなんじゃ、見込みどころか景都さんに嫌われちゃうよ……。
「はぁ……」
「……今日はもう止めようか」
「え?」
カタ、と筆を置いて、景都さんが伸びをする。
時間を見てみると、まだ七時で。
約束の時間まで、あと二時間はある。
「エナちゃん、何か無理してるみたいだから……」
「な、何でもないんです! 平気です!」
「うん……。でも、今日は止めとこう」
肩と首を解しながら、景都さんは部屋を出て行く。
残された私は、一人呆然と、景都さんの出て行ったドアを見つめていた。
しん……と静まり返った部屋。
ポタリ。
雫が零れ落ちる音だけが響く。
景都さん……怒っちゃった?
私がずっと、嫌な態度とってたから。
本当に、嫌われちゃったのかな……。
私は何も身に纏わぬまま、羽織るバスローブさえ忘れて。
立ち尽くしたまま、溢れ流れ落ちる涙は耐えることが出来なくて。
血が滲む程唇を噛み締めて、泣いてしまった。
声だけは、殺して。
溢れて、溢れて。
止まることを知らない涙は、零れる度に染みを作り。
どうして好きになってしまったんだろう。
どうしてあの時、諦めなかったんだろう。
そんなことばかり、頭に浮かんでは消えて行く。
彼がゲイだと知った時に、諦めていればこんなに辛くなかった。
今はもう、引き返せない程に好きになっていて。
報われないこの想いをどうしたらいいのか。
私はもう、壊れてしまいそう。
「……っ、ひ……っく」
辛くて悲しくて、声を我慢なんて出来るワケないのに。
やっぱり馬鹿な私。
駄目……泣いちゃ駄目……。
声を上げちゃ駄目。
景都さんに気付かれてしまう。
泣いていること。
私の気持ちが。
でも、もう堪えられなかった。
「ふえぇ……」
その場にしゃがみ込んで、私は泣きじゃくった。
離れた所から、ガシャンッと言う音がして、走る騒々しい足音が近付いて来る。
「エナちゃん!?」
入口の枠につかまりブレーキをかけ、景都さんが部屋に飛び込んで来た。
泣いてる私に気付くと、鱗たえながら走り寄った。
「どうしたの!? こんな格好のままで……!」
景都さんは側に落ちてるバスローブを拾うと、慌てて私の肩からかけてくれた。
私の顔を伺ってオロオロしてる景都さんは、それでも私の頭を撫でてくれていて。
今は、景都さんの優しさが、何より辛い。
「うっ、うっ……ひっく、ふえぇ……!」
もう、止められない。止まらない。
好きの気持ちが。景都さんを想う心が。
景都さん。景都さん……。
「景、都さん……っ」
目の前に、私に合わせてしゃがんでいた景都さんに、私はギュッと抱き着く。
胸元に頬をくっつけて、落ち着こうと必死になってしがみついた。
景都さんは何も言わずに、そんな私を抱きしめてくれて。
景都さんの腕の中で、私は決めたの。
報われない想いであっても、告白しようって。
この想いが、行き場をなくして、私の中で膨らみ続けるから、こんなにも辛いんだ。
それならいっそ、ハッキリと振って貰った方が、きっと楽になると思ったから……。