第三夢十夜 到底入れない家(第二十一夜)
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私は仰天した。自分の目を疑った。何故なら私の眼前に見えた普通の民家には、高さにして二階三階の位置に玄関のドアがあったからである。私は全くその建物の意図をはかり兼ねた。無理である。どう考えてもあそこからその建物に入れというのは無茶だ。
「例えば大きくて背の高い車が此の建物に横付けしたとしよう。二階建ての乗合みたいなやつだ。その運転席や乗客が出入りするのがあれくらい高い位置にあったとしたら如何だろう」
と思ってみても、
「じゃあ私の様に普通に地面の道路を歩いて来た人間は入れないじゃないか。そんな家があって良いのか」
と至極当然の疑念が湧いてくる。
私は鉄道を降り元々殆ど人家の無い駅前を歩いて此処に来た。別に何か用事があった訳ではないのだが、駅前に降り立った私は何故かこの場所に以前来た事があるという感覚を覚えた。だから私の朧気で極めて頼り無い記憶、というよりは漠然たる感覚に従って歩いているうちに此処にまでやって来たのだ。しかし以前いつ頃来たのか、何の用事で来たのか、そして本当に此処だったのか、それらがどうしてもはっきりしなかった。だが何故か、
「あの道を左に折れてみよう。そしたら低い平屋の長屋が続いていた筈だ」
と思って其処に行ってみると本当にそうなっており、
「そして更に行って右に曲がると、何だったかは憶えていないけれども、何か『変なもの』があった筈だ」
と思って来てみると矢張その変なものは在った。これは即ち私が以前此処に来た事があるという事実を示しているとしか思えない。その変なものというのが二階三階の高さに玄関のある建物なのだ。
そうだ。意図が解らない。それが私に恐怖の念を起こさせた。好奇心と人は謂うかも知れないが、自分独り突然にそういう不合理で到底理解出来ないものの前に立たされた時には面白いなどという感覚が湧くどころではない。その不合理さその謎が私自身の生命に危害を及ぼさないという保証が何も無い。意図が全く推察出来ないという事はそういう事ではないか。私なら遊び半分の気分など吹き飛んで仕舞う。
「豪雪、又は、洪水」
幾ら私が自然に呟いてもこれは違う。洪水や豪雪に備えて最初から高い所に出入口を作ったのだとしても、洪水でも豪雪でもない普通の日には家に入れないしまた家から出られない。意味が無い。この発想は用心に心を砕いて基本的な常識を欠いている。
「矢鱈に背が高い人間」
ふざけている訳ではない。しかし私の口は本当にそんな事を喋ったのだ。周囲に誰も居ないのが良かった。こんな科白を誰かに聞かれた日には私はその人間との交際を断って仕舞わなければならない。それに第一ドアの取り付け位置が高いだけでドアそのものの全高は下から見上げる限り普通の高さなのであるから、この考え方にもどうしても無理がある。
「頭の変な人間が作った」
どうもこれが一番正解らしい感じがする。いや、実際これしか合理的な推察ではあり得ないのではないか。そう、この家屋は抑々(そもそも)実際の居住を念頭において築かれたものではなく、芸術家が奇を衒ってそういう奇態なものを創作するという目的を第一義に作られたものだ、そういう見方である。だとするとあまり長い時間真剣にその家を見上げているのは良くない事だろう。此方からは見えないがあの側面の幾つかの窓からその頭の変な芸術家が私を視ているかも知れないからだ。今にも歪んだ哄笑を溢れさせんばかりに堪えながら。
しかし私はこの時点で或る事を思い出した。それは私が此処にやって来た経緯の中の一つの事実、すなわち私はこの『変なもの』の存在を此処に来る前から知っていた、それがこんな馬鹿気だ家であるという事実は忘れていたけれども兎も角妙なものがあった事だけは記憶していた、以前にやって来た事があるという事を。私はこの正体不明の家の事を何とか思い出そうと努めた。しかし残念ながらこれは徒労だった。何も思い出さない。
私は諦めて元来た道を駅に向かって戻ろうとした。その瞬間私は心臓が口から飛び出す程に驚愕した。その二階以上の高さに在るドアが普通に開いて腕に籠を提げた頭巾をした小学校二年生か三年生くらいの小さな娘が出て来たからである。彼女は家のドアの奥の方に向かって笑顔で、
「行ってきまーす」
と声を掛けたかと思うとその高さから道に飛び降りた。そして体操の選手の様にすたっと何ら衝撃無く着地した。そしてそのままふんふんと鼻歌を歌いながら向こうに向かって歩いて行って仕舞った。私は身動き一つ出来なかった。見事な着地に感心する気には到底なれない。私は自分の目が映して私に伝えたものを信じる事が出来なかった。
すると今度は郵便配達がやって来て赤いバイクをその家の前に停めた。配達夫は手紙を握ったまま軽く地面を蹴って二階部分の玄関前まで飛び上がり、その滞空時間内に見事にそのドアの横に在るその家の郵便受けに郵便物を押し込み、また何らの問題無く着地した。そしてバイクに跨るとそのまま私の前を走って行こうとする。
私は私を徹底的に小馬鹿にしたふざけた事態を到底許す事が出来ず、配達夫を呼び留めて尋ねた。
「一体どういう事なんですか? 此処に住んでいる人達は全員あんなにジャンプ力があるのですか」
郵便配達夫は却って私を不審の目で見ながら、それでも一応の愛想を保って答えた。
「別に、普通の事じゃないですか。何だってあなたはそんな事を気にするんですか? 誰だって、あなただって、普通にあれくらい飛べるでしょう?」
そう言って最早私の返事を待つ事もせず彼は行って仕舞った。私は地面から軽くジャンプしてみた。しかしいつもと同じだった。あんな重力が月面並のジャンプなど矢張私には出来ない。
私は不安に駆られ始めた。他の人間が普通に出来る事が私には出来ないというのならこの後私は諸々の事に苦労する事になるだろう。就職だって結婚だって人並に出来ないかも知れない。いや、かも知れないどころではない。この世界では家の出入口のドアさえも私の手の届かないところにあるくらいだ。暮らし生活人生の全部で私は違和感具体的不便を感じて本当に困り果てるだろう。私は自分の人生を生きていく事が出来るのか。
その後は誰も通りかからなかった。私は心細くまた解し兼ねる気持ちになっていたが、そのうちその場所を見捨てて本当に帰路に就いた。すると歩いているうちに何だか心が落ち着いてきた。何となく不安らしいものが消えていく。軈て歩きながら私は口にした。
「『頭の変な人間』じゃなかった。おかしいのは、世間の常識から外れているのは、完全に私の方だった。私は他の人間が普通に出来る事が出来ない。金輪際、出来はしない。でも私にはあんな事が出来る必要は無い。あれが出来なくても何にも困らない。若しもあんな家で困るというのなら、一階の道から中に入るドアのある普通の家を探して住んだらいいだけの事だ。私が困るのは、本当に困って仕舞って身動きが取れなくなって仕舞う事というのは、もっと全然別の事だ。何だ、あれだけ飛べたからといってそれがどうした。人間それで幸せになれるのか。そんなもんじゃあるまい。御前らは勝手に好きなだけ地面から飛び上がっていればいい。私は自分に本当に必要な事が出来ない時にだけ、私自身を恥じる」
その時私は不意に思い出した。昔私がこの場所に来た時の事を。その時も私はこの高い所にドアのある家を前にして落ち込んでいたのだ。私には他の人に出来る事が出来ないと。だがその時も私は気を取り直して此処を後にしたのだった。私が悩み苦しむべき事はちゃんと他にあるのだと、そう堅く心を結び直して。
そうだ。何度此処に来てもいいのだ。私は何度でも落ち込み、また何度でも立ち直る。私が自分を恥じなければならないのは、私が怖気付いて人並に何かを実行出来ない事実を故意に視ない様にし始めた時だ。
此処で目が覚めた。
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