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白い結婚を言い渡された、元社畜令嬢の最適解と大誤算

掲載日:2026/06/21

洋画によくある、一度は言ってみたいセリフってあるでしょう?


「いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」って、結局どっちもあんまりいい知らせじゃないやつとか。

パスワードや鍵をこじあけて「ビンゴォ!」って呟いたり、善良な人の裏切りに「そんな、まさか…」って驚いたり。

「嫌な予感がする」って言ったあとに「こいつは罠だ、俺たちはハメられたんだ!」って驚いて、最後は大大大ピンチなのに「必ず戻る」ってサムズアップしたり。


一般人として普通に暮らしてたらまず言わない類の、ちょっと憧れるセリフたち。

ちなみに私はめちゃくちゃ致命傷なのに額に脂汗滲ませながら「なに、かすり傷だ」って言ってみたい。痛いのは絶対嫌だけど。


私、クララ・フェルマーは20歳にして今まさにそんなセリフを目の当たりにしているところだった。

ただし洋画じゃなくて異世界あるあるの、言う側じゃなくて言われる側。

ついでにいうと私の目の前にいるのはベッドの上でも銃の手入れを欠かさない屈強な男たちや、男社会の中で生き抜く日に焼けたタフな女性でもない。

騎士団の絶対的エースで、『金狼』の名にふさわしく見目麗しいエリアス・ヴァロワ様その人だった。


「クララ。君を愛することはない。この結婚は契約上のものだと思ってほしい。」


おっふ。


思わずヘンな声が漏れそうになったのをなんとかこらえた結果、悔しさで顔をゆがめてるみたいな顔になってしまった。

ヴァロア侯爵家に招待されて、庭を歩きながら話そうなんて妙にロマンチックだなと思ったけど、人には聞かれたくない話をするには散歩しながらの方が都合が良かったというわけね。

私は子爵令嬢のツラと平静を取り戻してたずねた。


「それは白い結婚、ということでしょうか?」

「そうだ。ただし3年経過しても離婚は認めない。」


なるほど、この国では3年関係がなければ白紙に戻せるものね。ふむふむ、と状況を整理していく。

「失礼ですが、他に愛する方が?」


「いや、そのような女性は誓っていない。祖父の遺言で、この家を継ぐためには妻を迎える必要があるのだ。しかし私はこの家の地位や財産目当てにすり寄ってくる女性と生涯をともにすることは望んでいない。それで、常々結婚したくないと公言している君に、婚約を申し込んだということだ。」


何かよほど嫌な目にあったのだろう。エリアス様は顔をしかめていた。

まばゆいほどの金髪と、澄み切ったエメラルドグリーンの瞳。整った鼻梁に長い四肢。顔も家柄もこれほどよければ、適齢期の貴族女性は放っておかないだろうなぁ。

ジェイソン・ステイサムがドストライクの私には全く興味のない方だったから、いつも遠巻きに見かけるだけだったけど。


そう、私の前世は日本人。こことは違う世界で、若くして事故死した。

そんな記憶がよみがえったのは14歳のころ。ただの映画好きだった社畜の記憶を取り戻して、しばらくは貴族の暮らしに震えていたっけ。

子どもの適応能力はすごいもので、半年もすぎればそれも慣れて妙に大人びた貴族らしくない令嬢になっていたけど。


この世界に映画がないのは本当に残念だし、貴族御用達の舞台は私にとって退屈なのものばかりだった。せめてリアルに特殊部隊や諜報部に接触できないかとお父様に無理を言って騎士団の事務職に就いたのが2年前のこと。

もちろんそんな組織は存在せず、結局普通に働いていたら第1部隊長であるエリアス様から突然婚約の申し入れがあって、なんやかんやと家が大騒ぎになっての今、白い結婚宣言というわけ。


「事情はお察しいたしました。ですが私もまたエリアス様を狙っていて、逆張りであえて結婚したくないと公言していた、とはお考えにならなかったのですか?身辺調査などを経て、もう少し慎重に申し入れをするべきだったかと。」


「その必要はない。君の日頃の仕事ぶりを見ていれば分かる。騎士団勤めを希望する貴族令嬢なんて、結婚相手を探すためだとばかり思っていたが、クララ嬢、君は本当に結婚に興味がなさそうだったから。」


「はぁ。」

何か今すごいディスられたのに、顔の良さですべてをうやむやにされた気がする。まぁいい、話を続けましょうか。


「つまり、自分にへんな興味を持たず、家柄もそこそこで都合の良さそうな令嬢がいた。結婚に興味もなさそうだし、それならお飾りの妻になってくれないか打診してみた、という解釈でよろしいでしょうか?」


エリアス様はしばらく悩んだ様子で黙っていた。


「そうだな、言い方はなんであれ君のいう事が正しい。最低な話だと自分でも思っている。もちろん断ってくれても構わない。慈善事業だと思ってもし受けてくれるのならば、生涯不自由のない暮らしを保証しよう。」


「あなたも私も貴族である以上、最低な話とは思いませんけれど。跡継ぎのほうはどうされますか?」

しまった、つい「ご一緒にポテトはいかがですか?」みたいなノリで聞いてしまった。

エリアス様もぽかんとした顔で驚いているけど、大事な話だよ。私だって好きでもない人の子どもを産めるほど貴族根性がすわっているわけでもない。


「それについては問題ない。もともと家は甥子であるエマニュエルに継がせようと思っている。私が侯爵家当主としてあるのは、彼が成人するまでの約15年だ。騎士団には在籍を続けるので、当主の座を退いたあとも生活に困ることはない。」


「なるほど。」

思っていたより悪い話ではないのかもしれない。家にいれば、毎日のようにお父様やお母様に結婚をせっつかれ、最近ではお兄様や妹たちからも人でなしのような扱いを受けているもの。


「不自由ない暮らしといいますけれど、社交などはどうされるおつもりですか?」

受けると決めたわけではないけど、そんなことを聞く時点で気持ちは固まっていたのかもしれない。


「最低限、夫婦として出席する夜会はあるだろうが、王族の絡むもの以外は出席しなくても構わない。もともと私も社交は得意な方ではない。」


私はしみじみと同情した。これだけ顔が良くてどんな服だって着こなせるのに社交が苦手だなんて、さぞ生きづらいだろうなぁと。

そしてふと思ってしまった。こんな時、ハリウッドではどんな風に答えるかって。


『オーケー。交渉成立だ。』

もちろんそう言って力強く握手を交わすよね。私は目元をゆるませてほほ笑んだ。屈強な雇われボディガードになったタフガイになったつもりで。


「わかりました。この話、お受けいたしましょう。」


こうしてあれよあれよと話は進み、私はエリアス様と結婚することになった。

結婚式は簡素なものだった。教会で式を挙げるだけで披露宴は行わない、というのはこの国の貴族としてかなりイレギュラーなことだったらしい。


「いくら向こうが格上だからって、こんな扱いはあんまりですわ…!」

妹のビアンカはそう言ってさめざめと泣いた。


私の性格を知り尽くしている両親は、とにかく変わり者の娘が侯爵家に嫁いだことに安堵して、パーティがあるかないかなんて気にも留めていなかった。


当事者の私はどうかって?日本人の感覚でいったら普通に豪華だし、世界遺産級の大聖堂でウェディングドレスを着れただけで大満足。むしろ披露宴がなくてラッキーくらいに思っているのだけど、周囲からはめちゃくちゃ哀れみの目で見られたからそこは黙っておいた。


無事に式を終えて侯爵家に向かうと、使用人が一同に列をなして出迎えてくれた。

ここでもやっぱり「披露宴もさせてもらえなかった可哀そうな花嫁」という認識らしく、腫物を扱うような対応に、なんだか私の方が申し訳なくなってきた。


「ようこそヴァロア家へお越しくださいました。使用人一同、クララ様のお輿入れをお待ち申し上げておりました。なにかございましたら私どもへなんなりとお申し付けください。」


とりあえず、「うちのお坊ちゃまをたぶらかした地味な格下貴族」みたいな目で舌打ちされなかったことに安心して私は微笑んだ。


白い結婚だからもちろん初夜もなし。

と思っているのは私たちだけで、お風呂でぴかぴかに磨き上げられて、信じられないほどうっすいネグリジェを用意されて、私はまな板の上の鯉よろしくベッドの上で待機していた。

飾りって、言ったよね?不安に思いながら待っていると、ガウン姿のエリアス様がはいってきた。


「あの…」

「すまない。別室を用意するはずだったのだが、屋敷の人間にも白い結婚ということは伏せていた結果こんなことになってしまった。君はベッドを使うといい。私はそこのカウチソファで寝よう。」


「えっ、駄目ですよ。屋敷の使用人にスパイが紛れ込んでいて、これはどうも偽装結婚じゃないかってお義父様に報告していたらすべての計画がパーですよ。海外ドラマでよくあるじゃないですか。ここはひとつ、お互い腹をくくって同じベッドで眠りましょう。」


エリアス様は座ったまま深くうなだれた。

ええ、そうでしょうね。私のような格下地味令嬢と同衾するなんて屈辱の極みかもしれない。あとうっかり海外ドラマとか言っちゃったから、意味のわからなさに頭を抱えているのかも。


「大丈夫、エリアス様には指一本ふれませんから!」

「それはこちらのセリフだろうっ…!」


なぜ怒る?きょとんと見上げる私に、少し声を荒げたエリアス様は深いため息をついた。ああ、お気の毒に…。

「とにかく、今日は朝早くから挙式の準備でお疲れですよね。早く休みましょう。」


私は扉続きの私室に戻り、普段使いのナイトドレスに着替えてくるとベッドに入った。

侯爵家の大きくてふかふかのお布団はとろけるような心地よさだった。すぐそばにどえらいイケメンがいてしかも初夜だというのに、私は最上級のベッドの包容力と疲労に負けて目を閉じた。


「おやすみなさい、エリアス様。」

「ああ、おやすみ。」

なんだかとても甘い声で、頭を撫でられたような気もしたけど、きっと夢だったのだろう。

 

 

「君は一体何をしているんだ?」

朝、目が覚めてうっすいネグリジェをまるめてベッドの下の方におき、手櫛で髪をぼさぼさにしていると、エリアス様が固まっていた。


「何って、こう…事後感を演出しようかと。」

偽装結婚がバレないよう、裏工作には全力を注ぐべきだという私の意気込みがエリアス様には理解できなかったらしい。


「血痕も残したほうがいいですよね?うーん…どれくらい出せばいいかな…」

寝室のデスクにあった引き出しからハサミをとりだして足にあてた時には、エリアス様は叫び出しそうな勢いで私からハサミを奪い取った。


「そんなことはしなくていいっ…!」

「でも。」

「いいか。君はこのヴァロア家の女主人だ。みだりに体を傷つけることはこの私が許さない。」

「でも、シーツが綺麗なままだと怪しまれますよね?」

「それは…こ、個人差が大きいと聞いている。その、下着以外は思いのほか汚さずにすんだ、ということにしておこう。」


顔を真っ赤にしながら、ものすごく言いにくそうに小声で話すエリアス様は、とても金狼と呼ばれる騎士団のエースには見えなかった。うん。なんか、ごめんなさい…。

こんな恥ずかしい思いをしてまで偽装結婚を選ばなければならなかったエリアス様を心底気の毒に思いながら、私たちは朝の身支度を済ませた。


意外なことに、エリアス様は式から1週間、騎士団の慣例に従って休暇をとった。あんなに仕事人間だったから、てっきり翌日から仕事に行くものだと思っていたのだけれど。


「君と今後についての具体的な話し合いの場を設けてこなかっただろう。それに、白い結婚とはいえできる限り協力的な関係を築きたいと思っている。」


今の発言のどこに、はにかむ要素があったのか全く分からないけれど、エリアス様はなぜか照れくさそうにそう言って優雅に朝食を食べた。

まあ、上が休まないと下も休めないか。そう思いながら黄金色のオムレツにいそいそとナイフを入れていると、エリアス様がぽつりと尋ねた。


「君は、仕事を辞めて本当に良かったのか?」

「ええ。引継ぎもつつがなく終わりましたし、思い残すことはありません。」

「そうか。」


騎士団の事務方はかなりの人気職なので後任探しには困らなかったし、特殊部隊もなかったし。未練は1ミリもないのだけれど、エリアス様は私に仕事を辞めさせてしまったことを申し訳なく思っているみたいだった。


女性に囲まれているとかなりの塩対応だけど、実はすごく良い人なんだよね。でも、今日からは女主人として采配をふるうこともあるだろうし、前世の経験値も含めて、ここでもやれることはあるでしょう。こんなにいい条件で結婚できて、食べさせてもらってるだけじゃこっちの方が申し訳ない。


私はエリアス様に屋敷を案内してもらいながら使用人のひとりひとりと挨拶をかわし、当主引継ぎを終えたエリアス様のお仕事の補佐について教えてもらったりした。


当主としてやるべき仕事の時間以外にも、なぜかエリアス様は私と一緒にいたがった。スパイ対策ですねっ?分かっていますとも、と無言でニヤリとして見上げると、なぜか目をそらされたけれど、所詮はお飾りの妻。そんな塩対応なんて気にしない。


こうしてなんだかんだ一緒に過ごした新婚休暇はあっという間に終わり、エリアス様はまた忙しい日々に戻られた。



どうもお屋敷の使用人たちの間で微妙に連携がとれていない。気のせいかもしれないと思って様子をみていたけど、数日観察してみて疑問は確信に変わった。


事務方、清掃、調理、庭師、メイド、フットマン、厩番…。

広いお屋敷なのに最低限の人数で回しているからか、どこかで連携ミスが起きると別の場所まで影響が出てしまう。


例えば洗濯。大物を洗う日に厩の大掃除が入って、結局シーツを外に干すことができなかったり。料理につかうハーブを、そうとは知らない庭師が思いっきり選定してしまったり。メイドが子連れで出勤する日を家令が把握していなかったり。

どれも小さなことだけど、タイミングが悪ければ大きな問題にもなりかねない。


この世界にインターネットがない以上、ちょっとした情報を気軽に共有できないし、エリアス様は1週間休んだ影響でなんだかとても忙しそう。

毎日夜遅くに還ってくるから、今は相談できる雰囲気でもない。


どうしたものか…。私はしばらく悩んで、ポンと手を打った。そうだ、だったら全部署集めちゃえばいいんじゃない?そうと決まれば善は急げで、私は家令のバートンのもとへと向かった。


「職員会議、ですか…?」

シルバーヘアと細身の燕尾服が素敵なバートンは、聞き慣れない言葉に首をかしげた。


「はい、各部署1,2名程度ずつ集まってもらって、今抱えている仕事の問題点や、他の仕事の担当者に知っておいて欲しいちょっとしたことなんかを報告し合うんです。なるべくカジュアルで全員が発言しやすい雰囲気にしたいので、お菓子やお茶を用意して週に1回くらいできればと。」


「なるほど、全部署の人間が一度に集まる機会を設けると…。良いアイディアですが、なかなか難しいでしょうね。なにしろ庭師や厩番が屋敷に入るなどありえないことですから…。それに茶菓子の用意となると料理人たちに相談する必要があるでしょう。」


現実的な意見を出してくれるバートンに、これはいけるとふんだ私はさらにプレゼンを続けた。


「温室で行うのはどうかしら?あそこにはもともと大きなガーデンテーブルがありますし、椅子さえそろえばとてもいい会議室になると思うの。あとお茶菓子は発案者の私が用意するから問題ないわ。街で流行しているものを買ってきてみんなで食べましょう。」


たまに下町のお菓子が恋しくなるんだけど、嫁ぎ先の料理人が手間暇かけてお茶菓子を用意してくれるのに、市販品が食べたなんて言い出せなかったのよね。

だからこれはすごくいい機会だし、私のポケットマネーを使うことによってささやかな福利厚生の一環になるということにしておけばすべて丸く収まるという天才的なアイディアなわけ。


「使用人が食べるものを奥様に用意させるわけには…。」

私はここで、お母様によって鍛えぬかれた貴族のほほえみを浮かべた。


「あら、ヴァロワ侯爵家を運営していくという意味では、私も職員みたいなものよ。それにこういう口実がなければなかなか街を自由に散策することもできないでしょう?」


「なんと…そのようなお考えを持っていらっしゃるとは。エリアス様は本当に素晴らしい奥様をお迎えになられましたな。」


ほろりとハンカチを目に当てるバートンさんには、罪悪感しかわかないけれど私は今からどんなお菓子を買おうかわくわくしっぱなしだった。


 

手探りで始まった温室での職員会議だったけれど、蓋をあけてみれば大成功だった。自己紹介から初めて、すこしずつ意見を出し合っていくうちに和やかな雰囲気で進むようになった。


わざわざ家令に報告をあげるほどでもないけれど、聞いておいてよかった!みたいなことは意外とあるもので、週に1度集まることでお屋敷の風通しがかなり良くなった気がする。

気になっていたけど食べる機会がなかったお菓子も色々あって、ちょっとしたお喋りとともに使用人たちのささやかな楽しみになっているみたい。


「奥様がいらっしゃってから、エリアス様のお顔がとても穏やかになりましたし、私どももこれまで以上に働きやすくなりました。心より感謝申し上げます。」


「バートンにそう言ってもらえるなら良かったわ。実は私も、町に出てお菓子を選ぶのがちょっとした楽しみなの。」


そう言って笑うけれど、実はちょっとどころかかなりのお楽しみだ。エリアス様は、きっと山ほど運び込まれる縁談から解放されて穏やかになっただけでしょうけどね。


そう、このところエリアス様はとても穏やかだ。私と同じベッドで眠るのにもすっかり慣れたようで、今ではおやすみとほほ笑みかけてくれる。


「君が屋敷にきてから、使用人たちの雰囲気もずいぶん明るくなった気がするよ。君の提案した職員会議というものも、功を奏したのだろうな。」


ナイトガウンに着替えて、カウチソファで蒸留酒を片手にくつろぎながらそう話すエリアス様は機嫌がよさそうだ。


「そう言っていただけて光栄です。お菓子の力は偉大ですよね。」

「いや。クララがいるからだろう。君が騎士団の執務室にいる日といない日じゃあ雰囲気が全く違ったよ。」

「そうなんですか?」

「ああ、見てれば分かる。君がこの家にやってきてくれて、本当に良かった。」


リラックスするのか、この部屋でお酒を飲むとエリアス様は饒舌で、私との距離がすごく近くなる。

甘えたがりなのかな?私の手をとってじっと見つめていたかと思うと頬に当てて摺りよせたり。やたら私の頭を撫でたがったり、スキンシップ過多でこっちが勘違いしそうなほど、なんていうか可愛らしい。


翌朝には一糸乱れぬ雰囲気の凛とした佇まいで部屋を出ていくんだけどね。

私の理性がもつか心配なほどデレてくるけど、勘違いしないようにこれからもますます仕事にまい進しなくちゃね!


私はベッドに入ったエリアス様に上掛けをかけると、うーんと伸びをした。

旦那様が可愛すぎて眠れそうにないので、執務室から持ってきた書類の決裁の続きを始める。

夜の仕事は捗るもので、けっこうな夜更かしをして翌朝エリアス様に寝室で仕事をするなと怒られてしまったけれど。


ぷんすか怒っている旦那様を見ても可愛いなと思ってしまうあたり、自分でもだいぶヤバいなぁと思う。おかしいな。私の理想はジェイソン・ステイサムだったはずなんだけど。

でもまあ、白い結婚も悪くない。おおむね経過は良好ということで!



騎士団の執務室では、3人の令嬢が言い争っていた。誰が第2部隊長に出張申請書を返却しにいくかで揉めているらしい。クララが勤めていた頃にはありえなかった光景だ。

姦しい声に辟易して、エリアス・ヴァロワは執務室を後にした。


「あれ、もう戻ってきたの?」

提出するはずだった書類を手にしているエリアスを見て、同期のフィンが怪訝な顔を見せた。

「取り込み中だったからな。」


その言葉で、何があったのか理解したのだろう。フィンは面倒くさそうに「ああ、またか。」と返した。

「誰かさんが優秀なクララちゃんを引き抜いちゃうからさぁ。」


フィンの憎まれ口に、エリアスは返す言葉もない。実際クララ・フェルマーは恐ろしく有能だったのだ。

彼女はいつも静かに仕事をしていた。誰かが話しかければにこやかに対応し、決して手を抜くことはない。いつも定時できっちり上がるのに、仕事はおそろしく早かった。


クララがエリアスとの電撃結婚で退職したあと。後任に3人の令嬢が入ったが、それでもすべての仕事をさばき切れているとは言いがたい状況だ。


「人の奥方にこんなこというのも何だけどさ、あの子だいぶ変だよね?」

「独創性に富んでいると言ってくれ。」


「いやだって。俺なんか出勤初日に人気のない場所に呼び出されて、てっきり狙われてるのかと思ったら。真顔で『特殊部隊や諜報部は一体どちらに』だよ?心底がっかりしてたけどさ、ねぇよんなもん。」


「優秀な彼女のことだ。俺たち騎士団の働きだけでは不足かもしれないと、国防を危惧しているのだろう。」


「絶対違うだろ。それにしてもなんでうちに働きにきたのかね。騎士団の誰が言い寄っても全くなびかないどころか、気付いてもいなかったし。」


「騎士団の男など取るに足らない連中だと思っているのだろう。俺が結婚できたのはほとんど奇跡みたいなものだ。」


「どんな令嬢でも落とせそうな顔して、よく言うよ。ま、相手があの子じゃ仕方ないか。しっかし、お前もよくやったよな。まさかエリアスがクララちゃんを狙っていて、あえて結婚に興味ないフリをして逆張りだったのは、実はお前の方だったなんて、さすがの彼女も気付かないだろうよ。」


「彼女と結婚するためとはいえ、本当に卑怯な手を使ってしまったと思っている。」

「だったら早くバラせばいいのに。つーか白い結婚だのごちゃごちゃ言わないで家格の高さにモノ言わせて普通に求婚すりゃよかったんだよ。とんだヘタレお貴族様だよな。」


「彼女は結婚そのものを望んでいなかった。やむを得なかったんだ。しかし、俺にそこまで言ってくる平民はお前くらいのものだな。」

「ああそうだよ。騎士団(ここ)を一歩でたら不敬罪で即投獄かもな。それでも言ってやってるんだ、感謝しろ。」


「しているさ。初めて腹を割って話すことができた仲間なんだ。お前がいなかったらクララに話しかけることすらできなかった。」


こういうところだ、とフィンは照れて顔をそむけた。高位貴族なのだから、いくら騎士団の中とはいえ偉そうにしていればいいのに。平民だからと下に見ることもなく、妙に懐かれてしまったから放っておけない。


「わかったよ。この大親友様が見定めてやるから一度うちに連れてこい。そんで二人の様子をみて、脈ありかなしか判別してやるから。」


「それはありがたい。彼女とは時間をかけて信頼関係を築いたのち、俺の本当の気持ちを伝えられればと思っている。真実を知った彼女に捨てられてしまうかもしれないと思うと、いつまでも今の関係のままでいいかとも思うが…。」


「抱きしめたいのを必死で我慢してる奴がよく言うよ。さっさと彼女に打ち明けて、それで捨てられたら俺が慰めてやるよ。」


エリアスは唯一無二の親友に心から感謝した。

どんなに顔の広い貴族社会にいたって、こんなに頼れる存在はいなかったのだ。彼がいなければ、本当にクララに近付くことすらできなかっただろう。



後日、エリアスはクララを伴ってフィンの家を訪問した。

平民であるフィンの家には、何種類ものワインや蒸留酒、果実酒などの酒がそろっていた。それを見た彼女がなぜ「落ち着く~」と言っていたのかは謎だったが、楽しそうにしている彼女を見ているとエリアスの心が凪いだ。


いつもそうだ、彼女といると穏やかになれる。まぁ、たまに心底驚かされることもあるけれど、エリアスは人生で今が一番幸せで楽しいと思う。


自宅にやってきた二人の様子をみて

「どう見ても大丈夫なやつじゃねぇかよ!何だこの茶番は、さっさと言っちまえ!」

とキレたフィン立ち合いのもと、その場で真実を暴露させられたのは言うまでもない。


全てを聞いたクララが「良かったぁ」とほっとした顔で笑ったのを見て、エリアスは泣きそうになった。

金狼の名はどこへやら、最後まで不格好ではあったが無事にお互いの本心を確認しあえて、エリアスはフィンに抱き着いてありがとうと何度も感謝の言葉を述べ、クララには謝罪の言葉を述べ続けた。


こうして白い結婚は、大量の酒とともに終わりを迎えたのだった。


珍しく深酔いしたクララがうっとりと口にした「ジェイソン・ステイサム」なる男が誰なのか、エリアスが聞き出せずにしばらく悩んだのはまた別の話である。



最後までお付き合いいただき大変ありがとうございました。

このお話のほかにも、短編や完結済の長編、中編でいろんなお話を書いています。


もしよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

また別のお話でお目にかかれることを願って。どうもありがとうございました。


夕波

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