小話:豪放磊落
あふ。
石磊は欠伸をかみ殺した。
比武大会で見事勝利を収めた石磊は、帝直々に褒章を賜り、武官として取り立てられた。
とはいえ、平民育ちの卑賎の身、お側を守る用に就けるわけもなく、帝の御座なる予定の道の、さらに外縁で警備の任を担っていた。
今日は祭天の儀が行われているのだそうだ。
無学な石磊にはよくわからぬが、帝が天に祈りを捧げる大切な儀式らしい。
おかげで石磊も日が昇る前からここに立たされ、まあ、有体に言えば──暇なのである。
突っ立っているだけの仕事など、正直に言えば物足りない。
しかし、ちょうど金子が必要だったところで、手元不如意な石磊には僥倖だった。
あと一刻もすれば任務も終わる。
そうしたら、湯屋の帰りに一杯ひっかけて──。
もう一度大きな欠伸をしたところで、彼方から叫び声が上がった。
石磊は比武大会で賜った名刀の柄に手をかけながら、咄嗟に駆けだした。
「曲者か!」
叫びながら声の中心に躍り込むが、血のにおいはしない。
ただ祭服に身を包んだ美しい男が、道の真ん中で蹲っている。
内廷侍従が「だれか、歩輦を持て!」と声を張り上げ、
武官は戸惑ったように遠巻きに手を出しあぐねている。
「──なんだ、曲者じゃねェのか」
石磊が抜きかけた刀を鞘におさめると、宦官が迷惑そうに顔を歪めた。
「陛下のお加減が優れぬのだ。貴様は配置に戻れ。──おい、歩輦はまだか!」
石磊は返事もせずにずいと歩み寄り、帝をひょいと抱えあげた。
「なっ……。貴様、恐れ多くも龍体に触れるとは、不敬であるぞ!」
「あァ? じゃあ、ここまま病人を、朝露に濡らしとけっていうのかよ」
悲鳴をあげる内廷侍従を、石磊はぎょろりと睨みつけた。
「よい、構わぬ。……そちは、比武大会の勝者であったな。名は何と申す」
「石磊っス。姓は石、字は磊。生まれたときから岩みたいな赤子だってんで、こんな名前に」
石が、四つ。
そんな場合ではないのに、どこからか吹き出す音が聞こえた。
景明も一瞬声を失ったが、
「そうか、では、石磊。そこまで運んでもらえるか」
まさしく岩のような胸板に身を預けた。
ッス、と返事ともつかぬ声と共に、石磊は帝を抱え直して歩き出した。
「なんだ、猫の仔みたいに軽ぃな。ちゃんと飯食ってんのか」
「貴様!!」
侍従は殆ど卒倒せんばかりだ。
「よい。この者を不敬には問わぬ。──そち、比武大会で、敗者を嘲っていたか」
抱かれ運ばれながら、景明は聞いてみることにした。
礼儀も品もあったものではないが、この男が弱者を見下すようには見えない。
「ああ、石林っスね。あいつが負け惜しみ言いやがるからよォ」
「ふむ、ふたりは知己であったか」
なるほど。合点がいった景明は頷いた。
「ッス。おんなじ村で、石つながりで。俺には敵わねぇけどよ、その次くらいには強ぇ男っスよ」
「そう、か。……そうであったか」
天女のような唇が、悪童の如くにまりと歪んだ。
「……ところで、そちは近々、嫁を取る気はあるか」
「ん、まあな。馴染みの女がコレでよォ」
石磊は自分の腹に手を当て、弧を描くように動かした。
景明は虚を突かれたように目を瞬かせたが、
ふ、と笑って懐から菓子を取り出した。
「これを、奥方に。良い子が産めるように」
奥方、と口のなかで呟いて、石磊は照れくさそうに、しかしいそいそと菓子を懐に仕舞う。
「……末永く、大切にせよ」
「おうよ!」
石磊は豪放に請け合った。
丸太のような首に顔をうずめた、景明の顔は見えなかった。
お読みいた抱きありがとうございました。
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