転生の責任はとらせていただきます 1
正直、乙女ゲームをちゃんとやったことないです。なぜかアンジェリークの最初のタイトルだけ内容を知ってます(未プレイ)
皆様ごきげんよう。わたくし、チェリーナ・アルバトラスと申します。グラン王国序列第二位、由緒正しきアルバトラス公爵家の娘ですわ。
幼い頃より蝶よ花よと育てられ、将来は国母として国を背負って立つために、様々な教養を身につけて参りました。
法の定めに従い、十四歳を迎える年に、魔力を有する貴族の子息子女の一人として、王立魔法学園に入学いたしましたの。婚約者であるアルバート殿下と共に、勉学に勤しむ充実した毎日は、それはそれは有意義で満足のいくものでしたわ。
順風満帆な学園生活も三年を過ぎ、卒業までの残り一年を穏やかに過ごした後は、速やかに婚姻式を行い、名実共に王太子妃としてこの身を国へ捧げる未来が待っている……わたくしは、そう信じておりました。
なぜこのような曖昧な表現になるのかと申しますと、途中編入してきた元庶民の男爵令嬢サーヤ・マデリガル様が、アルバート様をはじめ、宰相令息のクリス様、近衛騎士のレオンハルト様、未来の筆頭魔法士のマルクス様の寵愛を、一身に受ける事態になってしまったからなのです。
「サーヤ様、何度申し上げればご理解いただけるのかしら? どんな理由があろうと婚約者のいる殿方と不用意に二人きりになるなんて、許されるものではありませんわ!」
授業終わりの閑散とした学園内。その中でも、特に人気のない場所でサーヤ様と殿方が『二人きりでお会いになっている』という状況に苦言を呈す。このやり取りも何度目かしら? 最早お約束と呼んで差し支えないでしょうね。今回はアルバート様がお相手のようですが……。
「チェリーナ! なぜお前は目の敵のようにサーヤに辛くあたるんだ? 私は彼女が困っていたから手を貸しただけで、後暗いことはしていない!」
「お止め下さいアルバート様! チェリーナ様はなにも間違っていません! 行動に気をつけるよう何度もご指摘いただいてるのに、今回もまた、アルバート様に守ってもらうなんて……」
ほら、ご覧になって? 涙ぐむヒロインと、その肩をそっと抱き、彼女を切なげに見つめる王子様の美麗スチルですわよ。本人達は無自覚なのでしょうけど、ことある事にいちゃいちゃいちゃいちゃと……。
その雰囲気にあてられて、彼女たちの周囲を彩るように舞う薔薇の花弁の幻覚まで見えてしまいそう。手を握って見つめ合うお二人は、この世界に自分たちだけしか存在していないかのようだわ。お熱いことね。
これでお分かりいただけたかと存じます。彼女が学園にやってきてからというもの、何度も似たような場面を繰り返し続けた結果、今では、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢という立派な構図のでき上がりというわけですの。
卒業パーティーという名の婚約破棄イベントはもうすぐ。ここまでのわたくしの悪役令嬢っぷりといったら、それはもう、完っ璧ですわ!
ここは乙女ゲーム『Fortune lover〜四葉の乙女〜』の世界。ありがちな設定のためか、あまり前評判は良くありませんでしたけれど、蓋を開けてみれば、適度な難易度とシナリオボリュームに、有名絵師様と人気急上昇中のイケメン若手声優のフルボイスという大盤振る舞いが功を奏し、乙女ゲー入門として最適だ! と、それなりに普及した作品ですの。
えぇ、そうです。わたくし、転生者ですわ。
以前は平凡な女子高生として生きていたのですけれど、ある日交通事故にあいましたの。その時握りしめていたスマホの画面に表示されていたのがこのゲーム、通称『エフラブ』でした。
魂というものは、デジタルデータのようなものかもしれないと、眉唾な説を聞いたことがありましたけれど、画像や動画をネットに投稿するように、ゲームの中にわたくしの魂がアップロードされてしまったのだと解釈することで、わたくしは自分の状況に納得した、というわけですわ。
痛みも何も覚えていないのだから、真実は分からないけれど、自分が日本人だという確固たる自己認識があるにも関わらず、鏡に映った姿があのチェリーナなんですもの……記憶持ち異世界転生と思った方が、幾分か気が楽になると思いませんこと?
転生を自覚した瞬間から今日この時まで、わたくしはわたくしの知るチェリーナらしくあろうと努力いたしました。プライドは高く、他者に厳しく、完璧な貴族令嬢……いえ、完璧な悪役令嬢たらんと邁進してきたというわけですわ。
それはなぜか。もちろん大好きだったゲームの世界を壊したくないというのもあるのですけれど、これはひとえに、前世最大の後悔である姉への贖罪……サヤお姉ちゃんのハッピーエンドのため……なのです。
誰もいない部屋で一人、令嬢らしからぬだらけた姿勢のままベッドに身を投げる。目を瞑り、意識を在りし日に飛ばせば、自然と足がプラプラと揺れる。小さな子供みたいに落ち着きがない! と、よく叱られていたわたくしの前世である、イチカの癖だ。
サヤお姉ちゃんは、アタシの二つ上。勉強が得意で、運動はちょっとアレだけど、ピアノとお菓子作りが趣味っていうアドバンテージを持ってて、漫画に出てくる色恋に鈍感な清楚系を地で行くそんな人だった。
学園のアイドルなんてことは流石にないけど、それでも、幼稚園から高校に至るまで、憧れの先輩の地位を不動のものにしていたから、紹介してくれって言ってくるアホが多くて、マジでウザかったんだよねぇ。
共働きで不在がちだったママとパパの代わりに、お姉ちゃんはアタシの面倒を本当に良く見てくれてたと思う。アタシの小さい頃といえば、そりゃあもうワガママだったし泣き虫だったし、成長しても寂しがり屋でかまってちゃんで。転生前の人生を思い返すと、アタシ、だいぶクソガキだったんじゃないかなぁ。アタシがアタシの相手してたら多分、秒でキレてる。
お姉ちゃんは困ったり怒ったりするけど、最後には必ず頭を撫でて笑ってくれた。それが嬉しくて、何でもかんでもお姉ちゃん、お姉ちゃんって言ってたら、ママとパパが、本当にイチカはお姉ちゃんにベッタリだって呆れてたっけ。
小学生の頃なんかは宿題が分からなかったら真っ先に聞きに行ったし、一緒にお風呂に入って百数える代わりに九九を教えてもらったし、怖い! 寂しい! って言って自分のベッドに入らず、お姉ちゃんの布団にむりやり潜り込んで一緒に寝たりしてた。
あぁ、シスコンの自覚はしっかりあるよ? お姉ちゃんに彼氏なんてできようもんなら、物理的に噛み付いてたかもしんないなぁ。
……そのお姉ちゃんを、大好きなサヤお姉ちゃんを、アタシが死なせてしまった。あの日……あの事故の日。受験勉強の真っ只中で、最近あんまり構ってくれなくなってたお姉ちゃんと、少しでも接点をもちたくて、塾の帰りに一緒に帰ろうって強引に合流したの。そしたら、お姉ちゃんが珍しく、普段やらないゲームに興味を持ってくれていた。
「勉強の息抜きにね、ゲームでもやってみたらって、さっき塾の友達から言われたの。イチカなら、あんまり難しくないゲームも知ってるかなぁって思って」
「お、お姉ちゃんの友達がやるんじゃなくて、ホントに、ホントにお姉ちゃんがゲームやるの!? 今までアタシが散っ々すすめても、やらなかったのに!?」
「だって、今までイチカが紹介してくるゲームって大変そうなのばっかりなんだもん! この前教えてくれたのも、やってる友達に聞いたらすっごい時間かかるって言ってたんだよ? 睡眠時間削ってるなんて話聞いちゃったら、私には無理だなってなるよぉ」
お姉ちゃんの言い分はもっともだ。アタシが面白いと食いつくゲームは基本的にキャラが多く、育成に時間がかかるものばかり。特にソシャゲはひっきりなしにイベントがあるものだし、慣れていないと面白さが分かる前に消しちゃうよね。
今までのことを思い出してみたら、布教するゲームがこれっぽっちもお姉ちゃん向けじゃないやつばっか。
「選ぶゲームを間違えてたかぁ……」
眉間に向かって顔のパーツがきゅっと集まり、しおしおの心の中のまんまで表情筋が変顔を作る。自分の好きなものをお姉ちゃんと共有したいって気持ちだけで、突っ走ってはイカンということですなぁ。反省。
「私だって息抜きにゲームするのはアリだなって思うし、イチカのやってる色んなゲームの話を聞くのは好きよ。でも自分でやるとなると、難しいのはちょっとね。……だから、初心者でも続けられるようなのを教えてくれたら、イチカと一緒に遊んだりできると思うんだけどなぁ?」
アタシより身長あるくせに、屈んで目線合わせてくんのあざとい! 耳に髪かけながらとか、我が姉ながら実にあざとい! ちょ、近い近い近い! でも……そういうの、嫌いじゃないよ!
「わ、分かった。なら、ゲーム初心者であるお姉様に、イチオシの乙女ゲーを教えてあげる!」
ここぞとばかりにエフラブのプレゼンをはじめたアタシは、嬉しさのあまり興奮し過ぎて周りが全然見えてなかった。アプリを開いたり攻略サイトを表示させたり、SNSの投稿を見せたり。いわゆる歩きスマホだよね。画面操作に夢中になって、お姉ちゃんの声もあんまりちゃんと聞いてなくて。そしたら、横断歩道の手前で縁石に躓いちゃってさ、後ろ向きに車道へ倒れたんだ……。
痛みや衝撃は何も覚えてないけど、真横から照らされるトラックっぽい車のライトの眩しさと、アタシに覆い被さるように近づいて来る、お姉ちゃんの必死な表情だけは鮮明に思い出せるよ。そんでさ……お姉ちゃんもアタシも、アレは絶対に助からない状況だったってこともね、分かるんだ。
「……イチカがもっと思慮深い人間であれば、二人は死なずに済んだし、この世界に転生することも、巻き込まれただけのサヤが、ヒロインとして過酷な幼少期を過ごす必要もなかったのに……」
大きくため息をついて、意識をチェリーナである現在に引き戻す。乱れた室内着を整え、姿勢を正し、普段の令嬢然とした姿に戻る。
そう、途中編入してきた元庶民の特待生、男爵令嬢サーヤ・マデリガル様はイチカの姉、サヤの転生してきた姿なのよ。
書類上に記されたヒロインの名前を初めて目にした時、まさかと思いましたわ。もちろん、すぐに己の愚かさを恥たのだけれど。死に際に巻き込んでしまった罪悪感から、きっと自分に都合のいい夢を見たいだけ。サヤとサーヤは流石に安直すぎる、なにを寝ぼけた事を願っているのか。と、わたくしは淡い期待を一蹴したの。
それなのに、それこそ夢か幻かと驚愕したのは……顔とか声とか仕草とか、もうね、そっくりだったのよ。2Pカラーのサヤが目の前に現れた時、その場で取り乱さなかったわたくしを、誰か褒めて欲しいものね。
昼食後の休憩時間、中庭ではヒロインと和やかに談笑する攻略対象者たちの姿が、最近ではほぼ毎日確認できるようになっていた。
卒業まであと少し。わたくしの頑張りにより、ヒロインが不幸になるルートは尽く潰しきったわ。その代わりといってはなんだけど、多分、今のサーヤ様は逆ハールートに突入してしまっている。これはこれで、わたくしの中のイチカが大暴れよ。
中庭に隣接するカフェテラスの端で、極力モブに徹して静かに紅茶の入ったカップを傾ける。ちらほら他の生徒も利用しているのだから、わたくしがこの場に居ても不自然さはないわ。
それにしても、彼らは警戒心をどこに捨ててきたのかしら。身体強化魔法を耳に集中すれば、この程度の距離、聞き耳を立てることなど新入生でも簡単にできましてよ?
複数人という点と、密室ではないという点は評価できるポイントではあるのだけれど、学園の中庭は校内で最も目立つ場所。それなのに、人目をはばかる様子もなく、全体的に距離が近いのよ。自分の行いを棚に上げるようだけど、攻略対象者側の全員が当たり前のように、サーヤ様の恋人気取りなのが腹立たしいわね……。
まぁいいわ。今日も取り留めのない話題ではあるようだけれど、ヒロイン周辺の情報はどんな些細なことでも大事ですものね。静かに耳をそばだてましょうか。……これは、断じてストーカー行為ではありませんことよ。
「私が今やってみたいこと、ですか? そうですね……今は勉強するのが一番楽しいです! 知識が増えるのは単純に嬉しいですから!」
えぇ、そうね。サヤもそう言って楽しそうに勉強していたわ。それに引替えイチカは、テスト前に慌てて勉強するのよ。普段だって、英単語を暗記帳に書くだけ書いて、書ききったことに満足してその存在を忘れてしまうくらい、勉強が不得意だったのよね。よくサヤに泣きついていたわ。
「あとは、以前は良くお菓子を作っていたので、こっちでもできたらなぁって考えてます。男爵家のキッチンを借りられないかお義父様と交渉中なんですけど、ちょっと難しいみたいで……。貴族といっても男爵家のキッチンは手狭だから、仕事の邪魔になっても嫌だし、そもそも貴族は料理をしないから中々許可がもらえなくて……」
あぁ、マデリガル卿の主張は最もなのだけれど、なんとかできないかしら? なんて、悪役令嬢の立場では無理よね。アルバート様かクリス様から男爵家へお声かけいただけないものかしら。
わたくし、チョコマフィンが食べたいわ! イチカが好きだからと言って、サヤがこれでもかとチョコを生地に入れてくれていたのよ。甘々で美味しんだから。
……そういえば、イチカの推しをイメージして作ってくれたアイシングクッキーってどうしたのだったかしら。推し祭壇に大事に祀ってたわよね? 生誕祭の後、ちゃんと食べたかどうか……記憶がないわ。
「それ以外だと……あ、教会で子供たちのためにピアノを弾いていました! 知ってる曲も少なくて簡単な曲ばかりだったから、せっかくなら本格的に習ってみたいです」
……一度だけ、彼女が気まぐれに弾いたピアノを聞いたことがあるわ。あの演奏で、サーヤ様は見た目だけでなく、中身もサヤ本人であると確信したの。
音楽室で一人、誰に聞かせる訳でもなく、彼女が控えめに奏でていたのは、サヤとイチカが好きだったアイドルのサビメドレー。カラオケにあるような在り来りのものではないわ。二百曲以上ある中で、選曲とメドレー順を決めたのはイチカよ。それを知っていて尚且つ弾けるということは、これはもう疑う余地もなく、サヤとサーヤはイコールで間違いない、というわけよ。
偶然、音楽室の近くを通りがかったわたくしは、その場で思わず崩れ落ちたの。お姉ちゃんが生きている喜びは、何物にも代えがたく、謝罪と歓喜が溢れて止まらなくて……。急いで物陰に隠れたのは良かったのだけど、感情のまま涙が零れるものだから、チェリーナである矜恃と根性をフル動員して、イチカとしての感情を落ち着かせる羽目になってしまったわ。
「サーヤ。君のやりたいこと、夢、願い。どんな些細なものでもいい、僕に教えてよ。これから先も君のそばで、ずっと叶えていきたいんだ」
わたくしの閉じた瞼の裏に浮かぶ、夕暮れの音楽室でピアノを弾くサーヤ様の姿。そこから無限に妄想が拡がりはじめた矢先でしたのに、誰かの甘い声によって遮らてしまったわ。友人としてキャッキャウフフと、学園生活をサーヤとチェリーナで満喫していたのに……全く、なんてことをしてくれるのかしら。ぼっちのカフェテラスという現実に引き戻されるなんて、落差が酷いったらないわ!
声の主に向かって密かに怨嗟の念を送っていたけれど、そういえば、あまり聞き覚えのある声ではなかったわね。……わたくしと接点の薄いマルクス様あたりかしら?
ふぅっと小さく息を吐き、冷めた紅茶を飲み干す。現実のわたくしは悪役令嬢ですものね、悲しいかな、ヒロインが抱くわたくしへの印象は最悪に違いないわ。妄想のように仲良くなれる可能性は皆無。儚い夢ね……。
遠目に見える麗しい殿方に囲まれた、笑顔のヒロイン。ゲーム特典の描き下ろしイラストを体現している彼女は、幸せそうね。
わたくしが王太子妃になるという未来を手放してでも得たこの選択は、決して間違いではないと胸を張れるわ。お姉ちゃんの笑顔、プライスレス。
さてと、いつまでも彼女の笑顔を眺めていたいところなのですけれど、午後の授業開始が迫っていますわ。彼らの解散に合わせて、わたくしもカフェテリアを後にいたしましょうか。
アルバート様のエスコートで、教室へと向かうサーヤ様を目で追う。この状態になるよう仕向けたのは確かにわたくしなのですけれど、それはそれとして、皆様それぞれの婚約者を蔑ろにしすぎではないかしら?
ゲームの仕様上、ライバルが必須なのは分かるわ。アルバート様ルートではわたくしが。その他の方々にも、婚約者やそれに類する女性がそれぞれいらっしゃる。政略的な意味でも蔑ろにしてはいけないお相手のはずなのだけれど、そこはゲーム補正とやらかしら、今のところ大きな醜聞には発展していない。本来であれば、大問題よねぇ、きっと。
今の段階で、卒業パーティーの婚約破棄イベントは確定しているわ。イベント前のルート選択で、ヒロインが逆ハーか、誰か一人に絞るのか選べるけれど……お姉ちゃんならどうするかしら?
逆ハーはきっとないわね。あの恋愛方面に関してだけ、驚くほどのポンコツさを発揮するお姉ちゃんのことだもの、逆ハー自体どういう状況か分かってないと思うのよ。と、なると……あの中の誰かと恋人になるの? 実質二股状態を維持して口説いてくる、あの四人の中から彼氏を選ぶってこと?
「え、普通に嫌なんだけど」
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「あ、なんでもないわ。今日の卒業パーティーのことを考えていただけよ」
危ない危ない。ここ最近はずっと、サーヤ様の隣に立つ殿方はどんな人物が相応しいかと考えていたものだから、うっかりイチカとしての本音を声に出してしまったわ。咄嗟に平静を装って誤魔化したけれど、上手くいったかしら? 化粧道具を片付けた侍女は、特に気にした様子もなく、わたくしの衣装部屋へ消えていく。ゲームで見た、悪役令嬢らしいドレスを運んでくるためね。
「よくよく考えても、卒業パーティーという晴れやかな門出に、赤と黒の派手なドレスというのはどうなのかしら。装飾品も大袈裟ではなくて? 見てこれ、随分ボリュームがあるわ。まるで夜会に行くみたい」
「そうは仰いましても、お嬢様に一番お似合いになるお色味ですし、ドレスも装飾品も、王妃様お抱えメゾンのオートクチュールでご用意頂いた、一点ものでございますから。王妃様のご好意を、直前になってお断りできるものではありませんよ?」
それはそうなのだけれど、ちょっとこれは……とイチカの感覚が難色を示す。『悪役令嬢のイメージでイラストを描いてください』と言われたら、十人中八人はこんな感じにするのではないか? と思ってしまうほど悪役然とした見た目の女性が、姿見の中に映っている。
磨かれた肌に華やかに纏められた金の髪。メイクは少しキツめで、このリップの赤は前世では絶対似合わなかったハッキリとした色だわ。確かにチェリーナには似合っているし、綺麗だと思うけれど、正直、もっと柔らかい印象になるようにしてもいいんじゃないの? と思わずにはいられない。イチカだった頃の自分の姿を思い出す。サヤはママ似で、イチカはパパ似だったのよね。
イチカだった頃のアタシは、お姉ちゃんの前下りストレートボブヘアがずっと羨ましかった。だけど、パパとお揃いのふわふわの癖毛は短くすると大爆発するから、仕方なく伸ばしていた。身長もあんまり伸びなくて、低い鼻も丸い輪郭も、全体的に子供っぽかったのがちょっとコンプレックス。それに比べて、今の自分であるチェリーナの容姿は格段に大人っぽい西洋風美人。ただゲームを楽しんでいた頃は、チェリーナのこの姿にも憧れていたんだったっけ。
今更、悪役令嬢らしくない衣装を選んだところで仕方がないかと、気を取り直して背筋を伸ばす。この山場を越えれば、ヒロインのハッピーエンドは確約されるのだもの。攻略対象の誰を選ぼうとも、お姉ちゃんの幸せは絶対にアタシが守ってみせるからね!
卒業パーティーは、学園の講堂を開放して行われるのが伝統となっている。在校生は中に入ることはできないけれど、外から様子を伺うことはできるので、実質、全ての学園関係者が見守る中、婚約破棄イベントは起きるというわけね。
衆人環視の中で恥をかかされるって、貴族社会云々以前の話ではないかしら。ゲームだから許させるのであって、現実なら、ただの公開処刑よ。
「アルバート・グラン様、ご入場です!」
日本の卒業式よろしく、一人一人名前を呼ばれ、講堂の中へ招かれる。流石に名前順で呼ばれるのではなく、そこは封建制度の序列に則り、王族であるアルバート様がまず入場し、順にわたくしや攻略対象の面々が続く。
会場内は夜会と同等の形式なので、決まった席などはなく、各々好きな位置へ移動し、卒業生全員の入場を待つ。わたくしは学園長と並び立つ殿下のそばには寄らず、前もって決めていた目立たない隅の方で待機する。
「サーヤ・マデリガル様、ご入場です! 以上をもちまして、卒業生全二十二名の皆様、ご出席でございます!」
男爵令嬢で元庶民、更には養子であるヒロインは最後の入場となりますわ。柔らかなシフォンを何層にも重ねたスカートが可愛らしいAラインのドレスを纏った彼女は、主役に相応しい愛らしさで会場の注目を集めている。
予想はしていたけれど、心の中で、イチカが大興奮で転げ回っているわ。チェリーナとしての自分がなんとか抑えているけれど、今にも走り出してスマホで写真を撮りまくりたい衝動がすごい。まぁスマホや写真といった技術は、この世界にないのだけれど。
学園側からの祝辞は手短に済ませ、各々自由に楽しみだしてからしばらく、アルバート様の周りに散り散りになっていた主要メンバー達が集まりだした。そろそろですわね。わたくしは離れた位置で飲み物を片手に、それを静観する。
「皆、パーティーを楽しんでいる所すまないが、少々時間をもらいたい。学園を去る前に、この場でハッキリさせたいことがある」
クリス様の良く通る声は、声を荒らげずとも皆の意識を集めるのに最適ね。彼の父親である宰相閣下もそうだけれど、声が良くないと宰相職にはつけない決まりでもあるのかしら? 確かに、議会での進行には役立ちそうだけれど。
会場にいる全員が手を止め何事かと伺い、アルバート様方を取り囲むように人垣ができていく。さわさわと落ち着きのない雰囲気の中、わたくしとアルバート様の目が合った。いよいよなのね。さぁ、断罪劇の幕開けですわ!
「チェリーナ・アルバトラス嬢、こちらに来ていただきたい」
音もなくわたくしの前にいた人達が、道を作る。まぁ、なんて統率の取れた動きかしら。皆様、事前に打ち合わせでもしてらして? なんて、少し驚いたけれど、これも予定調和よね。
「チェリーナ・アルバトラス、御前に参じましてございます。お呼びでしょうか、アルバート様」
声をかけてきたのはクリス様だけれど、わたくしに用事があるのは十中八九アルバート様だもの。まどろっこしい問答は不要と直接対決に最短ルートで挑むわ。気高い悪役令嬢らしく、寸分の隙もないカテーシーを披露して差し上げましてよ。
「あぁ、チェリーナ。お前に話があるのは違いないが、相手は私ではない」
は? と、なんとも不敬な声が出そうになった所を気合いで抑え、笑顔で小首を傾げるだけに留める。決戦の場で完全武装の淑女スマイルを崩すことはしませんわ。
そんなことより、どういうことですの? 婚約破棄の話をアルバート様以外にされるということ? そんな場面、ゲームにあったかしら……?
「チェリーナ様にお話があるのは、私です」
声の主が、アルバート様の横から静かに現れた。まぁアルバート様でないというのなら、当然と言えば当然なのだけれど、サーヤ様が恐る恐るといった風でわたくしの正面に移動する。
婚約破棄イベントで、ヒロインと悪役令嬢が直接対峙するなんて、ゲームではなかった事だけれど、現実として考えれば、まぁ流れ的にはおかしくないわよね。婚約破棄の前に、今までの文句の一つでもと思っても不思議ではないわ。
先程までとは打って代わり、とても近い距離で花の妖精のようなサーヤ様を見てしまったことで、心の中のイチカが感動のあまり言葉をなくしている。涙ながらに拝み出しそうな勢いだけれど、わたくしは今、チェリーナとしてこの場に立っているのだから、ちょっと落ち着きましょうか。とっちらかった思考のままでは先に進めませんもの。
「まぁ、失礼いたしました。わたくしの早とちりでしたのね。……それで、サーヤ様のご要件とはなんでしょう?」
「チェリーナ様……あの、今から変なことを聞くんですけど、落ち着いて聞いてくださいね? その、間違っていたらごめんなさい」
ん? 文句ではないの? この場でわたくしに聞きたいことなんて、なにかあるかしら……? 見当もつかないわね。
サーヤ様は余程言い出しづらいのか、口を開けては閉じてを繰り返す。パクパクと金魚のようなそれは、ともすれば間抜けにも見えてしまう仕草でしょうに、流石はお姉ちゃん。周りが助け舟を出したくなるような健気な印象に早変わりよ。
「……その、チェリーナ様は……」
ふぅっと小さく息をつき、サーヤ様は覚悟を決めた瞳で正面からわたくしを見る。色んな可能性が頭を駆け巡るせいか、こくりと、知らずに喉が鳴った。
「チェリーナ様は、私の妹、イチカではありませんか?」
「……は?」
今度は衝撃のまま口から素直な音が出た。淑女云々、悪役令嬢云々とかどうでもいい。今、確かにイチカって言った? お姉ちゃんが、アタシの名前を呼んだ、の?
「あの! 違ってたら本当に申し訳ないんですけど、でもどう考えても、チェリーナ様はイチカなんじゃないかって思えて仕方なくて! あ、妹っていうのはサーヤの妹って意味ではなくて、日本人のミヤモトサヤの妹の、ミヤモトイチカの話なんですけど!」
ちょっと待って。理解が、追いつかない。だってアタシは……わたくしは、エフラブの悪役令嬢、チェリーナ・アルバトラスを完璧に再現していたはずよ。前世がバレるような行動も発言も……アタシしてないよ!?
飽き性で勉強嫌いのイチカとは違って、小さい頃から貴族令嬢としての勉強もマナーも、王妃教育もすごく頑張ったもん! イチカだった頃をハッキリ思い出してからは、生活態度も性格も、まるで違う人間にならなきゃいけなくて、めっちゃ辛かったけど、それでも! 一生懸命、頑張ったんだから!
「……な、なにを仰っているのやら、わたくしにはサッパリ分からないわ。ニホンジン? とはなにかしら。サーヤ様ったら、あなたは本当におかしな方なのね」
ダメだわ、サーヤ様を直視できない。それに、動揺が声に出てしまう。こんなしどろもどろの受け答えでは、怪しさ満点よね。誤魔化すために笑ってみせるが、必死さが更に疑惑を産む悪循環。完全にやらかしたわ……。
もう! このイベントでわたくしを追い詰める手札は婚約破棄でいいの! 突然サヤの妹なのか聞いたって、意味が分からないわよ!
あぁもうほら、会場中が戸惑ってるわ。この空気、どうしたらいいのよ……。どうにか軌道修正しないと……そう、そうだわ。このまま婚約破棄の流れに持っていけばいいのよ!
「それで? わたくしがその妹なのか確認して、サーヤ様はどうしたいのかしら? この場で聞いてくるのですもの、きっと深い理由がおありなのよね? 例えば……そうね、その妹のイチカでは、アルバート様に相応しくない、とか……?」
サーヤ様の後ろで、腕を組んでことの成り行きを伺っていたアルバート様の眉間に、深めの皺がよる。彫りの深い美丈夫の険しいお顔は怖いですわぁ。ヒロインの前では絶対に見せない表情ね。
王族の圧なのか、魔力の圧なのか……多分両方でしょうね。わたくしから婚約破棄を促したのが気に障ったのか、怒気が溢れていらっしゃる。アルバート様はフラれるよりフリたい派だったのかもしれないわ。
「それは、その……ただの自己満足、です。学園を卒業してしまったら、私とチェリーナ様では身分の差がありますし、多分、もう会えないじゃないですか。だから、アルバート様に相談して、この場で確かめさせてもらったんです」
ちょっと大袈裟になっちゃったけどと、申し訳なさそうにするサーヤ様には、先程の相応しくない云々という部分は届いていないようだわ。お姉ちゃん、スルーしないでちゃんと聞いて!? そこが一番大事なのよ!!
わたくしが肯定も否定もきっぱりとできないせいで、なんとも微妙な時間が過ぎていく。これは……どうしたらいいのかしら? 肯定しても、お姉ちゃんは婚約破棄を願ってくれる雰囲気ではないわ。だからといって否定も失敗している。チェリーナとして毅然な態度を貫いていれば、ゲーム通りに進んでいたかもしれないのに……。
そもそも……なんでチェリーナがイチカかどうか確認してきたの? 普通、自分が死んだ原因になんて……二度と会いたくなくない? お姉ちゃんはアタシを許しちゃいけないんだよ……。アタシがちゃんとしてなかったから……だから、お姉ちゃんは……お姉ちゃんはさ……。
「……イチカのせいで死んだんだって、恨んだり……してない、の?」
アタシの声にもなっていないようなつぶやきをしっかり聞いていたサーヤ様は、いつの間にか距離を詰め、胸元で震えているアタシの手をすくい上げて自分の方へ引き寄せた。
「そんな……そんなことない! イチカのせいで死んだなんて、一度も思ったことないっ! 恨んでないし、怒ってもいないよ!」
包み込むように握られた手に、視線が釘付けになって離れない。暖かい。お姉ちゃん、生きてるんだなぁ。
本当に、お姉ちゃんが……ここにいるんだ。アタシのこと、怒ってないって。恨んで……ないって。
見つめていたお姉ちゃんの手に、涙が落ちてはじめて、自分がぼろぼろと泣いていることに気づいた。もう、ダメだ。アタシはもう、チェリーナでいられない。
「ずっと……ずっと、謝りたかったの。アタシがあの時立ち止まってたらって。スマホなんて触ってなかったらって。お姉ちゃんが、し、死んだのは……ア、アタシのせいだってぇ、ずっと、お、おもっててぇ……」
ごめんなさいって声を上げて、ただただ泣いた。子供みたいに泣いてたら、お姉ちゃんが昔みたいに抱きしめてくれた。
涙でぼやける視界に映るお姉ちゃんの髪は、2Pカラーのピンクがかった淡い茶色だけど、ストレートのボブヘアに変わりはなくて。背中を撫でる手も、大丈夫だよって言ってくれる声も、なんにも、なんにも変わらなかった。
チェリーナとサーヤではなく、アタシはイチカとして、お姉ちゃんとやっと話すことができた。お姉ちゃんに責められるんじゃないかってずっと怖くて……。お姉ちゃんに責められる夢まで繰り返し見て、その度に汗びっしょりで飛び起きた。
イチカだって言い出せなくて、ごめんなさい。事故に巻き込んで、ごめんなさい。世界は違うけど……生きててくれて、ありがとう、お姉ちゃん。




