第91話 フィオラヴァンテの評議会~商業都市国家連合はアヴァロン帝国を警戒する~
【フィオラヴァンテ評議会議長マルチェロ視点】
『アヴァロン帝国暦2年 6月上旬 商業都市フィオラヴァンテ 晴れ』
アヴァロン帝国の西に位置する、水と黄金の都フィオラヴァンテ。
複数の商業都市が集まって形成されたこの巨大な連合国家の頂点に立つのが、我々「十人評議会」である。
大運河を見下ろす豪奢な議事堂の一室。
分厚いマホガニーの円卓を囲み、私を含めた数人の評議員たちが、声を潜めて密談を行っていた。
「――東の風は、酷く血生臭い報せを運んできたようだな」
議長である私、マルチェロが重々しく口火を切ると、情報網を束ねる評議員のサルヴィアティが、顔をしかめて頷いた。
「はい。東方のダリウス王国が、完全にアヴァロンの軍門に降りました。……いや、降伏の条件として『公国』へと格下げされたとのこと。かの国は今や、カール皇帝の完全な属国です」
「あの堅牢な国境の町サジスを、いとも容易く内部から崩壊させるとは。皇帝の右腕と呼ばれるグレン公……そして、背後で暗躍している得体の知れない工作部隊。まともな軍隊同士のぶつかり合いすらさせてもらえんとはな」
財務を担当する恰幅の良い評議員コルシーニが、冷や汗を拭いながら唸った。
我々商人は、情報と数字に最も敏感だ。ダリウスが落ちたという事実がもたらす意味を、ここにいる全員が正確に理解していた。
「やはり、アヴァロン帝国は我々にとって最大の脅威となる」
私が扇子をパチンと閉じ、円卓の上に置くと、軍事を担当する血の気の多い評議員バルディが身を乗り出した。
「マルチェロ議長の仰る通りだ! 奴らは今回、東へ向かった。だが、あの野蛮な皇帝が、すぐ背後にある我々の豊かな財産を狙わない保証がどこにある!? このままでは、いずれ西へ牙を剥くのは明白だ!」
バルディの怒声に、部屋の空気がピンと張り詰める。
帝都フェルグラントからフィオラヴァンテまでは、決して遠くない。もしカール皇帝の気まぐれ一つで進軍の矛先が西へ向かえば、この美しい商業都市は蹂躙されてしまうだろう。
「落ち着き給え、バルディ。我々は野蛮な帝国兵とは違う。血を流すのは我々の仕事ではない」
「……ならば、どうするおつもりで?」
「決まっている。我々の最大の武器を使うのだ」
私は立ち上がり、窓の外に広がる豊かな街並みと、運河を行き交う無数の商船を見下ろした。
この街には、大陸中の富が集まっている。
「コルシーニ。我々の国庫を開けば、どれほどの戦力を『買える』?」
問われた財務担当のコルシーニは、ニヤリと商人特有の狡猾な笑みを浮かべた。
「金に糸目をつけないのであれば、大陸中の名だたる傭兵団をすべて雇い上げることも可能でしょう。……ざっと見積もって、数万。いや、二万の精鋭は即座に動かせますな」
「二万の傭兵か。素晴らしい」
私は満足げに頷き、評議員たちを振り返った。
「アヴァロン帝国が力を蓄え、西へ目を向ける前に、我々は圧倒的な『金の壁』を築く。大陸中の優秀な傭兵を我々が独占し、帝国の武力を金の力で封じ込めるのだ」
「なるほど! 傭兵たちを買い占めてしまえば、帝国側は兵力を外から補充できなくなりますな」
情報担当のサルヴィアティが感嘆の声を漏らす。
「その通りだ。さっそく、密かに使者を放て。南の『赤蠍』、北の『氷狼』……名のある傭兵団には、現在の相場の倍の金貨を積んででも我々の陣営に引き入れろ。カール皇帝の野望は、このフィオラヴァンテの黄金で溺れさせてやる」
「「「はっ!」」」
評議員たちは力強く頷き、足早に部屋を後にした。
残された私は、再び窓の外に視線を向ける。
暴力で世界をねじ伏せようとするアヴァロン帝国と、黄金で世界を操ろうとする我々フィオラヴァンテ。
(さあ、カール皇帝よ。どちらの力が真に世界を支配するのか、とくと勝負しようではないか)
私はグラスに注がれた極上のワインを掲げ、まだ見ぬ強敵に向かって冷たい祝杯をあげた。
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