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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第88話 リタのニワトリ

【毒見役のメイド・リタ視点】


『アヴァロン帝国暦2年 5月中旬 帝都フェルグラント・グレン公邸 晴れ』


 コッコッコッ。

 今日も中庭に、のどかな鳴き声が響いている。


 あたしは、グレン公邸で働くメイドのリタ。

 一応「毒見役」っていう、ちょっとコワイ肩書きを持っているんだけど……ぶっちゃけ、毎日めちゃくちゃヒマだ。


 というのも、あたしはいつの間にか古参メイドになっちゃって、今では後輩のシータちゃんがメインの毒見役をしているからだ。

 あたしの今の立場は、もしシータちゃんが毒に当たって倒れた時の「スペア」である。


(まあ、シータちゃんが倒れないのが一番なんだけどね)


 さらに言うと、激動の戦乱を生き残った「伝説の毒見役」として、なぜか他のメイドたちからやたらと尊敬されるようになってしまった。

 その結果、危険な仕事は後輩が気を利かせてやってくれるようになり、あたしは毎日ヒマを持て余すことになったのだ。


 そんな平和な公邸に、最近、ビッグニュースが舞い込んだ。

 なんと、エレーナ奥様がご妊娠されたのだ!


 お医者様の見立てによると、今年の一月頃にできた子ではないか、とのこと。

 一時期はつわりで食欲が落ちていた奥様だったけれど、最近はすっかり落ち着いたらしい。


 そこで、あたしはひらめいた。

 栄養をつけてもらうために、市場で元気なニワトリを一羽買ってきたのだ。もちろん、ちゃんとタマゴを産むメスのやつである。


 生のタマゴは、さすがに奥様には怖い。だから、お抱えの料理長に頼んで、しっかり火を通したアツアツの卵スープにしてもらった。

 これが奥様に大好評で、毎日美味しそうに召し上がってくれている。


(ニワトリ……これはイケる!)


 すっかり調子に乗ったあたしは、お給料を注ぎ込んでニワトリをどんどん買い増した。

 すると、どうだろう。毎朝、食べきれないほどのタマゴが産まれるようになったのだ。


 売り物になるほど増えたタマゴは、あたしにちょっとした財をもたらしてくれた。

 しかも、修羅場を生き残ったあたしが育てているということで、『ラッキーエッグ』なんていう縁起の良い名前までついちゃったのだ。

 噂によると、あのカール皇帝陛下も、たまに朝食でこのタマゴを召し上がっているらしい。なんだかすごいことになってきた。


 ニワトリの飼育は、本当に安上がりだ。

 台所で出た野菜くずも喜んでつつくし、そのへんを這っているミミズだって食べる。


(こんなに儲かる商売、なんで今までみんなやらなかったんだろう?)


 不思議に思って首を傾げたけれど、すぐに気がついた。


(ああ、そうか……。今まではずっと戦乱続きだったから、タマゴを待つ前に、ニワトリを焼いて食べちゃってたんだわ)


 平和になったからこそできる、素晴らしいビジネスなのだ。


◇◆◇


「リタさん、今日も精が出ますね」


 ニワトリの世話をしていると、背後から声をかけられた。

 振り返ると、ダリオ商会から独立して、新たに自分の商会を立ち上げたばかりの青年、レオさんが立っていた。


「あら、レオさん。今日も『ラッキーエッグ』のお買い上げですか?」


「ええ。うちの商会でも、縁起物として大変人気がありましてね。今日も籠いっぱいにいただきたい」


 レオさんは爽やかな笑顔で、チャリンと金貨の入った袋を揺らした。

 あたしはホクホク顔でタマゴを籠に詰めながら、世間話に花を咲かせる。


「そういえば、エレーナ奥様のお加減はいかがですか?」


「とっても良いですよ。お腹もずいぶんと大きくなられました」


「そうですか。それは何よりです。無事にご出産されたら、後で盛大な祝いの品をお持ちしましょう」


「はいはい、お待ちしておりますよー!」


 レオさんは丁寧に頭を下げると、タマゴの籠を大事そうに抱えて帰っていった。


 こんな感じで、最近のあたしはいつも中庭にいる。

 すると、屋敷を訪ねてきた商人やお客さんが、最初に庭先のあたしに声をかけてくるようになったのだ。


(いつの間にか、公邸の来客係みたいになっちゃったわね)


 あたしは足元でコッコッと鳴くニワトリを抱き上げ、その温かい羽毛を撫でた。

 戦場から遠く離れた帝都の片隅で、タマゴを売りながら赤ちゃんの誕生を楽しみに待つ。


 今日も元気!

 それが、あたしの最高に平和な日々だった。


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