第85話 槍の密輸
【東方の商人バルザフ視点】
『アヴァロン帝国暦2年 4月中旬 帝都フェルグラント 晴れ』
俺たち商人の頭の回転は、いつだって金と直結している。
皇帝の右腕であるグレン公から、サジスの町で暴動を企てる民衆へ武器を密輸してほしいと頼まれた俺は、ダリオ商会の若き商人レオと共に、一つの完璧な策を練り上げていた。
俺はグレン公の執務室の机に、一本の立派な鉄槍をゴトンと置いた。
「バルザフ、お前まさか、これをそのまま荷馬車に積んで国境を越えるつもりじゃないだろうな?」
呆れたような顔をするグレン公の前で、俺はニヤリと笑った。
そして、槍の穂先をガチリと掴むと、力を込めて捻り、柄から引っこ抜いてみせた。
「へへっ、まさか。こうするんですよ、右腕殿」
俺は外した刃の部分と、ただの長い棒になった柄の部分を、机の上に並べて見せた。
「この穂先は、布でぐるぐる巻きにして『料理用の包丁』や『農具の刃』として申告します。そして柄の部分は、『木材』として運ぶんです」
隣に立つレオが、涼しい顔で俺の言葉を引き継いだ。
「そして、サジスの町に着いてから、現地の者たちに組み立てさせるのです。さらに安全を期すため、刃物はバルザフ殿が、木材は私、レオが担当し、別々の荷馬車で運びます」
「なるほど。バラバラの商人が別々に持ち込めば、ダリウス軍の国境警備も怪しまないというわけか。……見事だ」
グレン公は感心したように頷くと、腹の底から愉快そうに声を上げて笑った。
「ハッハッハ! まったく、お前たち商人を敵に回したくないな」
「最高の褒め言葉として受け取っておきますよ」
(商売も戦も、相手の裏をかくのが一番儲かるってもんだ)
俺は心の中でほくそ笑み、鼻を鳴らした。
◆◇◆
「とはいえ、お前たちを丸腰で危険な国境へ行かせるわけにはいかない。確かな腕の護衛をつけよう」
グレン公が指を鳴らすと、扉が開いて二人の女将が入ってきた。
真面目そうな顔つきの元騎士ソフィアと、野生味あふれる傭兵団長のイリアだ。
「ソフィア、イリア。お前たちはそれぞれ、レオとバルザフの荷馬車を護衛しろ。商人の護衛兵として振る舞い、絶対に正体を悟られるなよ」
「「はっ!」」
二人の力強い返事が響く。
頼もしい護衛までついてくれたのだ、これで準備は万端だ。
俺たちは早速、城下の広場で荷馬車の底に槍の部品を隠し込んだ。
その上に、カモフラージュのための干し肉や、ワインやエールなどの『酒』をたっぷりと積み込む。表向きは、戦乱で物資が不足している町へ売り込みに行く、強欲な商人たちの出立ちだ。
「さあて、ひと稼ぎしに行くか!」
俺が馬の尻をムチで叩くと、馬がいななき、前へと歩み始めた。
ゴトゴトと車輪の音を響かせながら、俺たちを乗せた荷馬車は、陽の光が降り注ぐ帝都フェルグラントの城門を堂々と出立していった。
◆◇◆
『数日後 ダリウス小王国 国境の町サジス』
サジスの町の門前には、ダリウス軍の厳しい検問が敷かれていた。
俺は荷馬車を止めると、もみ手をして見張りの兵士に近づいた。
「へへっ、お役目ご苦労様です。戦火で物資が足りないだろうと思いまして、酒と干し肉を運んできた商人でさぁ」
「中を改めるぞ。……なんだ、この大量の刃物は?」
荷台の奥を覗き込んだ兵士が、鋭い声を上げた。
すかさず、護衛としてフードを深く被っていたイリアが剣の柄に手をかけるが、俺は目でそれを制止した。
「ああ、そいつは料理用の包丁と、畑を耕すための農具の刃でさぁ。戦が長引けば、自給自足も必要になるでしょうからね。……おっと、これはほんの味見ですがね」
俺は荷台から極上のワインの小瓶を取り出し、兵士の手にそっと握らせた。
「……ふむ。確かにただの刃のようだな。通れ」
兵士は小瓶を懐にねじ込むと、あっさりと道を開けた。
商売において、酒と金ほど役に立つ通行証はない。
少し離れた別の門からは、レオとソフィアの組が検問を受けていた。あちらは「家屋を修理するための木材」として、難なく通過したようだ。
俺たちは町の中で合流すると、人目を避けて指定された裏路地の倉庫へと向かった。
◆◇◆
その日の深夜。
月明かりも届かない薄暗い倉庫の中で、俺たちはリュックや長老のトマたちと向かい合っていた。
「お待ちしておりました! 本当に来てくださるとは……!」
リュックが感動で声を震わせる。
俺とレオは、無言で荷馬車の底板を外し、布で包まれた刃と、ただの棒に見える木材を次々と床に並べていった。
「バルザフ殿の運んだ刃を、私の運んだ木材の先端に差し込み、この留め金で固定してください」
レオが涼しい顔で実演してみせる。
カチャリ、と小気味よい音が鳴り、ただの部品があっという間に鋭い鉄槍へと姿を変えた。
「おお……! これは立派な槍だ!」
「これならダリウスの兵どもとも戦えるぞ!」
武器を手にした住人たちの目に、暗い復讐の炎が灯っていく。
数は十分にある。あとは彼らの怒りが爆発するのを待つだけだ。
「俺たちの仕事はここまでだ。派手にやってくれよ」
俺がニヤリと笑うと、リュックは深く頭を下げ、槍を力強く握りしめた。
◆◇◆
そして、翌朝。
「さて、商売も終わったことだし、とっととお暇させてもらうかね」
俺たちは、空になった荷馬車を引いて、早朝のサジスの町を足早に出立した。
暴動に巻き込まれては、せっかくの商売も台無しだ。商人たるもの、引き際は鮮やかでなければならない。
町の門を抜け、しばらく街道を進んだところで、サジスの町の方角から微かに声が聞こえてきた。
「ウオォォォォォォッ!!」
それは、怒りに燃える民衆たちの、地鳴りのような鬨の声だった。
ダリウス小王国の内部から崩壊を告げる合図が、ついに上がったのだ。
(さあて、ダリウスの若き王様は、この火消しをどうするつもりかね)
俺は手綱を握りながら、背後で燃え上がるであろう反乱の炎に思いを馳せ、フェルグラントへの帰路を急ぐのであった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




