表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/95

第83話 毒された故郷

【サジスの町の長老トマ視点】


『アヴァロン帝国暦2年 4月上旬 サジスの町 曇り』


 アヴァロン帝国軍が陽気に撤退していってから数日後。

 私たちサジスの住人は、身を隠していた避難先の森から、ようやく自分たちの故郷へと足を踏み入れた。


 町は、恐れていたような惨状にはなっていなかった。

 家々は焼かれておらず、広場には空になった酒樽がゴロゴロと転がっているだけだ。どうやら、帝国軍はここでしこたま酒を飲んでから帰ったらしい。


「長老! 家は無事でした! 何も壊されていません!」


 血気盛んな若者のリュックが、顔をほころばせて駆け寄ってきた。

 私は深く安堵の息を吐き、杖をつきながら頷いた。


「おお、そうか。アヴァロンの兵どもは、野盗のように町を荒らしたりはしなかったのだな。……さあ、皆も疲れただろう。まずは井戸の水を汲んで、喉を潤そうじゃないか」


 長旅で喉はカラカラだった。

 リュックが木の桶を手に持ち、広場の中央にある大きな井戸へと駆け寄る。


「おい、待て! その水を飲んではならん!」


 その時、鋭い制止の声が響いた。

 見ると、ダリウス小王国の正規軍の鎧を着た男が、数人の部下を引き連れて広場に入ってくる。この国境の町を管理するために派遣された、サジスの代官ゲイルであった。


「ゲイル様。飲んではならんとは、どういうことですか?」


 私が尋ねると、ゲイルは冷ややかな目で私たちを見下ろした。


「ゼノス陛下とシオン軍師の偉大なる策により、帝国軍を干上がらせるため、この町のすべての井戸に致死量の毒を投げ込んだのだ。飲めば血を吐いて死ぬぞ」


 その言葉に、広場に集まっていた住人たちが一斉に息を呑んだ。


「ど、毒を……? それでは、私たちはこれからどうやって水を飲めばいいのですか!?」


 リュックが青ざめた顔で抗議する。

 水は命だ。井戸が使えなければ、この町で暮らしていくことなど不可能なのだ。


「町から一時間ほど歩けば、川があるだろう。当分はそこから水を汲んでこい。帝国軍を撃退するための、尊い犠牲だ。お前たちもダリウスの民ならば、誇りに思え」


 ゲイルはそれだけ言い捨てると、スタスタと踵を返して去っていった。

 広場には、絶望的な沈黙だけが残された。


(誇りに思え、だと……?)


 ふざけるな。

 私の胸の奥で、ドス黒い怒りが沸々と湧き上がってきた。


 アヴァロン帝国軍は、私たちの家を焼かなかった。それどころか、ただ酒を飲んで帰っていっただけだ。

 だというのに、私たちが信じるべき自国の王は、自分たちの策のために、我々の命綱である井戸をあっさりと潰したのだ。


「……ふざけやがって。俺たちを囮にした挙句、水まで奪うのかよ」


 リュックが桶を地面に叩きつけ、ギリッと歯ぎしりをした。


「長老。俺は行商人の噂で聞いたことがあります。アヴァロン帝国じゃ、あのカール皇帝って人が、民に仕事を与え、兵士には腹いっぱい飯を食わせているって」


「ああ、私も聞いたことがある。あそこの兵は、皆が笑顔で撤退していったとな」


 私は、転がっている空の酒樽を見つめた。

 あちらには活気があり、こちらには毒にまみれた井戸と、我々を切り捨てる冷酷な王しかいない。


「……長老。俺たちの国が、俺たちを見捨てるって言うならさ」


 リュックが、声を潜めて周囲を見回した。

 他の住人たちも、暗い怒りを宿した目で、リュックの次の言葉を待っている。


「フェルグラント……アヴァロン帝国についた方が、よっぽどマシなんじゃないか?」


 その危険な言葉を、誰も否定しなかった。

 むしろ、皆の瞳に「その通りだ」という強い同調の光が宿るのを、私ははっきりと見た。


 サジスの町に落とされた毒は、井戸の水だけでなく、我々ダリウスの民の心までも深く蝕み始めていた。


 これは、遠からず大きな反乱の火種となる。


 そんな予感が、暗い雲の下で確信へと変わっていくのだった。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
焦土作戦はこれだから末期か狂気が必要になる難しい戦略だよな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ