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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第82話 酔っ払いアヴァロン帝国軍、フェルグラントへ帰還す

【皇帝の右腕グレン視点】


『アヴァロン帝国暦2年 3月下旬 サジスの町 晴れ』


 ダリウス軍の包囲を力ずくで破り、ミュラーたちの補給隊と合流を果たした我々アヴァロン帝国軍であったが、事態は根本的には解決していなかった。


 最大の問題は「水」である。


 サジスの町の井戸は、すべてダリウス軍の手によって致死量の毒が投げ込まれていた。

 補給隊が運んできた干し肉やパンで腹を満たすことはできても、激しい戦いでカラカラに乾いた喉を潤すものが、何一つないのだ。


「陛下、このままでは不味いですな。兵たちは渇きに耐えかねております。近くの川まで水を汲みに行くにも、敵の伏兵が潜んでいる危険性が高すぎます」


 俺が渋い顔で報告すると、真紅の外套を羽織ったカール皇帝は、顎に手を当ててニヤリと不敵に笑った。


「案ずるな、グレンよ。水がないなら、補給隊の持ってきた酒を飲めばいいじゃないか!」


「……は?」


 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。


「ミュラーの奴、戦勝祝いのつもりか、荷馬車に大量の樽酒を積んでおったのだ。水がないなら酒を飲め! 全軍に気前よく振る舞ってやれ!」


 カール皇帝の豪快な命令により、サジスの町の広場に大量の酒樽が運び込まれた。

 渇ききっていた兵士たちは、歓声を上げて酒樽に群がり、兜や木の杯になみなみと酒を注いでは、一気に喉へと流し込んでいった。


 ゴクゴクゴクッ!

 プハーッ!


 あちこちで、良い飲みっぷりの音が響き渡る。

 だが、当然の結果がすぐに訪れた。


◇◆◇


 一時間後。

 サジスの町の広場は、凄惨な戦場から一転して、とんでもない有様になっていた。


「うぃーっ、陛下ぁー! 俺たちゃ無敵だぁーっ!」


「もう飲めねぇ……。ムニャムニャ……」


 空き腹に、しかも激しい戦闘の直後に強い酒を煽ったのだ。

 アヴァロン帝国軍の屈強な兵士たちは、ことごとく顔を真っ赤にして、千鳥足で歩き回ったり、道端でイビキをかいて眠りこけたりしていた。

 女傭兵のイリアやソフィアでさえ、樽を抱えながら機嫌よく肩を組んで歌を歌っている始末だ。


 俺は深いため息をつきながら、隣に立つカール皇帝を見遣った。


「……陛下。ご覧の通り、見事な酔っ払い軍団の完成ですな」


「うむ。皆、良い顔をしておる」


 カール皇帝は満足そうに頷いたあと、自身の杯に残っていた酒を飲み干し、ふっと真顔に戻った。


「だが、これでは戦えんな」


「ええ、まったく同感です。この状態でダリウス軍が攻めてきたら、我々は抵抗すらできずに全滅でしょう」


「仕方あるまい。此度の戦いはここまでだ。全軍に撤退の号令をかけよ! 帝都フェルグラントへ帰還する!」


 あっさりとした決断だった。

 カール皇帝は、引き際を決して見誤らない。勝てない戦、無意味な戦からは、躊躇なく手を引くのがこの男の強さでもあるのだ。


「はっ! ただちに撤退の準備を整えます!」


 俺は苦笑しながら敬礼し、酔っ払って使い物にならない兵たちの尻を蹴り飛ばして起こして回るという、新たな戦いへと向かっていった。


◇◆◇


 その日の夕刻。

 千鳥足でフラフラと歩きながら、アヴァロン帝国軍はサジスの町を後にした。


 泥だらけの街道を、大軍勢が陽気に歌いながら西へと遠ざかっていく。


 喧騒が去ったあとの国境の町サジスには、またもや不気味なほどの静寂が戻ってきた。

 主のいない空っぽの町と、空になった大量の酒樽だけが、夕日に照らされながら静かに残されていた。


 ダリウス小王国との本格的な激突は、また次の機会へと持ち越されたのである。


 幸い、陽気なアヴァロン帝国軍は、襲撃されることなく進軍していった。


 月が、面白がっているかのように、雲の隙間から覗き込んでいた。


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