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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第81話 決まっておる、突撃じゃ

【皇帝の右腕グレン視点】


『アヴァロン帝国暦2年 3月下旬 サジスの町 晴れ』


 サジスの町の城壁から見下ろす景色は、わずかな時間で劇的な変化を遂げていた。

 我々を完全に包囲し、余裕の構えを見せていたダリウス軍の陣形に、明らかな動揺と焦りが広がっているのが見て取れた。


 無理もない。彼らの背後――サジス郊外の街道に、五千を超える軍勢が忽然と姿を現したのだから。

 春の風に煽られ、赤地に緑竜が描かれた旗がバタバタと力強くはためいている。

 かつて我々が滅ぼしたレグナリア王家の紋章。それを掲げて戦場に駆けつけたのは、他でもない、客将となったミュラー元伯爵と、凄腕の傭兵ムンドが率いる補給隊だった。


(よくやってくれた、ミュラー、ムンド……!)


 ダリウス軍の奇襲を撥ね退け、逆に敵の背後を脅かす位置に陣を敷いたのだ。これで戦局は完全にひっくり返った。

 内には我らアヴァロン帝国本隊、外にはミュラーの補給隊。ダリウス軍は完璧な挟撃に遭い、身動きが取れなくなっている。


 張り詰めた沈黙が戦場を支配する中、隣に立つ男の喉の奥から、低く漏れるような声が聞こえた。


「ふ」


 カール皇帝だった。

 燃えるような真紅の外套を風になびかせながら、眼下の敵陣を見下ろすその顔には、隠しきれない愉悦の笑みが浮かんでいた。


「……敵の動きが完全に止まりましたな。この膠着状態、どう動かしますか? 相手が撤退を始めるのを待ちますか?」


 俺が問いかけると、カール皇帝は腰に差した愛剣の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜いた。

 チャキィン! という鋭い鋼の音が、静まり返った城壁の上に響き渡る。


「愚問だな、グレンよ」


 カール皇帝の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。


「決まっておる、突撃じゃ」


 短く、しかし大地を揺るがすほどの覇気を込めたその一言に、周囲の空気がビリッと震えた。


「総員、武器を取れ! これより城門を開き、打って出る! カール皇帝陛下に続け!」


「「「ウオォォォォォォッ!!」」」


 飢えと渇きに苦しんでいたはずの帝国兵たちが、堰を切ったように腹の底から雄叫びを上げた。

 ギゴゴゴゴゴォォ……! と重厚な音を立てて城門が開かれると、我々アヴァロン帝国軍は怒涛の勢いで泥濘の戦場へと飛び出していった。


◆◇◆


【ダリウス小王国将軍バラン視点】


 サジスの町の城門が開かれ、そこから吐き出されるように飛び出してきたのは、飢えと渇きで弱っているはずのアヴァロン帝国軍だった。


「な、なんだあの勢いは……!」


 私は馬上からその光景を目の当たりにし、思わず声を荒げた。

 先頭を駆けるのは、真紅の外套を翻すカール皇帝。

 背後には敵の補給隊、正面からはカール皇帝の本隊。完全に挟み撃ちにされた我々ダリウス軍の陣形は、またたく間に崩壊し始めていた。


「ここは俺が防ぐ! ゼノス陛下とシオンは、すぐに退避してくれっ!」


 私は愛用の鉄槍を強く握り締め、背後にいる若き王と軍師に向かって叫んだ。

 二人が護衛の兵に守られながら後退していくのを見届けた直後、眼前に一騎の恐るべき将が迫ってくるのが見えた。


「我はグレン・フォン・オルブンブルク也! いざ尋常に勝負っ!」


 腹の底に響くような大音声とともに、黒い鎧をまとった男が馬を躍らせて突っ込んできた。


 ガギィィィン!


 槍と槍で一合打ち合う。激しい金属音が鼓膜を打った。


(こいつが噂の皇帝の右腕かっ! 強い!)


 一撃が桁違いに重い。防いだ両手から、ビリビリとした痺れが肩まで駆け上がってくる。

 体勢を立て直す暇もなく、グレンは馬上で鬼神のごとき気迫を放ち、さらなる追撃を仕掛けてきた。


「ぬうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 裂帛の気合いとともに、目にも止まらぬ速さで連撃が繰り出される。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 私も負けじと声を振り絞るが、速いッ!

 一合一合を防ぐのがやっとであり、反撃の隙など微塵も与えてくれない。


(なるほど、これは並みの兵では瞬殺されるだけだ……!)


 そう覚悟した瞬間――グレンの手の動きが、ほんの一瞬だけピタリと止まった。

 空城での疲労が出たのか、それともフェイントなのかは分からなかったが、私は瞬時に判断を下した。


「皆、引けっ! 引けっ!」


 私は痺れた手から思い切り槍を投げ捨てると、馬の腹を蹴り、一目散にその場から逃げ出した。


◆◇◆


【皇帝の右腕グレン視点】


 俺の顔に向かって飛んできた鉄槍を払いのけ、視界が開けた時には、すでに敵将の姿は遠ざかっていた。


(ふうっ、戦利品はこの槍か)


 俺は馬から降りると、地面に落ちた敵将の武器を拾い上げた。

 装飾こそ少ないが、実戦向けに鍛え上げられた立派な鉄槍であった。


 俺はその槍を肩に担ぎながら、悠々と自軍へと馬を歩かせ戻る。

 ふと視線を上げると、青空の下、泥だらけの戦場には無数の味方の旗が翻っていた。


「陛下万歳! アヴァロン帝国万歳!」


 戦場では、サジスの町から打って出た本隊と、合流を果たした補給隊から、地鳴りのような歓声があがっていた。

 死の淵に立たされた空城の罠を、我々はついに力ずくで打ち破ったのだ。


 だが、物事は根本解決していない。


 町の井戸には毒が入っているのだ。

 いくら食料が届いても、水が飲めないと厳しい。


 この場は勝った。

 だが、俺たちアヴァロン帝国軍は、進むか引くか、またもや判断を迫られた。


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