第80話 奇妙な挟撃
【カール皇帝視点】
『アヴァロン帝国暦2年 3月下旬 サジスの町 晴れ』
昨夜の嵐が嘘のように、空は青々と晴れ渡っていた。
水たまりが光を反射するサジスの町の城壁の上で、余は西の地平線を見つめていた。傍らには、余の右腕であるグレンと、彼に付き従う二人の女将が立っている。
一人は『銀狼傭兵団』を率いる隊長のイリア。
もう一人は、滅びたコルネリア王国の元騎士団長であり、紅豹傭兵団団長でもあり、今はグレンの部下として槍を振るうソフィアだ。
「そろそろ、補給隊がくるはずだ」
余が静かに口を開くと、グレンが頷きながら西の空へ視線を向けた。
「ええ。補給隊は確か、客将となったミュラー元伯爵と、凄腕の傭兵ムンドの担当でしたな」
「でもさ、アタイが敵の将軍なら、真っ先にその補給隊を殲滅するよ!」
イリアが城壁に肘を突きながら、野生味のある笑みを浮かべて言い放つ。
すると、生真面目な顔つきのソフィアも、小さく首を縦に振った。
「残念ながら、イリアの意見に同意ね。孤立した城を落とすなら、兵糧を絶つのが戦の定石よ」
「そうだ。傭兵上がりに亡国騎士よ、オマエたちの意見は正しい」
余は鼻を鳴らして笑った。
敵の王がどれほどの知恵者かは知らぬが、この空城の罠を仕掛けたほどの相手だ。補給隊を無傷で通すはずがない。
「だから、もし補給隊が来なかったら、俺たちは打って出るしかない。……陛下、あと何日と見ますか?」
グレンが、真剣な眼差しで余に問いかけてくる。
水も食料もないこの町で、数万の軍勢が耐えられる時間は限られている。
「うむ、三日だけ待とう」
それ以上は、兵たちの体力が持たない。
余たちは眩しい太陽の下、遠く離れた味方の無事を祈るように、西の地平を見つめ続けた。
◆◇◆
【客将ミュラー元伯爵視点】
『同日 サジス西方の街道』
「てっ、敵だ! 伏兵だぞ! ムンド、やってしまえ!」
私は馬上で震えながら、声を裏返らせて叫んだ。
ぬかるんだ街道を進んでいた私の補給部隊に、森の中から突如としてダリウス軍が襲いかかってきたのだ。
あちこちで怒号が上がり、血飛沫が舞う。
「もうやってる! ミュラー、アンタは俺の雇い主だ! 安全なところに下がってな!」
大剣を振り回し、次々と敵兵を薙ぎ倒しながら、護衛の傭兵ムンドが怒鳴り返してきた。
ガキンッ! という鋭い金属音が響き、ムンドの剣が敵の槍を叩き折る。
「あ、ああ! 補給物資は私が守っておく! ムンド、絶対に死ぬなよ!」
私は荷馬車の陰に身を隠しながら、必死に兵たちへ指示を飛ばした。
カール皇帝陛下から任された大切な役目だ。ここで物資を奪われるわけにはいかないのだ。
激しい剣戟の音と怒号が、いつまでも街道に鳴り響いていた。
◆◇◆
【ダリウス小王国国王ゼノス視点】
『同日 サジス郊外 ダリウス軍本陣』
「なにっ! 敵補給隊の殲滅に失敗しただと?」
天幕に飛び込んできた伝令の報告に、私は思わず簡易玉座から立ち上がった。
完璧な奇襲だったはずだ。それなのに、敵の抵抗が予想以上に激しく、部隊は押し返されているという。
「クソッ! やはり、俺が直接指揮を執って行くべきだったか!」
将軍バランが、悔しげに拳を打ち鳴らす。
だが、軍師シオンの顔色は、バラン以上に青ざめていた。彼は神経質そうに眼鏡を押し上げ、地図を睨みつける。
「まずいぞ。サジスの町を包囲しているつもりが、これでは背後から来た補給隊によって、我々が挟撃されている形になります」
シオンの言葉に、場に重苦しい空気が漂った。
迫りくる敵の補給隊は、数にして五千あまり。
状況は一変した。我々に残された選択肢は、三つに絞られたのだ。
一つ、兵を割いて、先に背後の補給隊を殲滅するか。
二つ、一気にサジスの町を攻め落とし、カール皇帝の本隊を潰走させるか。
三つ、挟撃の危険を避けて、ダリウス軍が一時撤退するか。
判断を迷う私の視線の先、天幕の隙間から外の景色が見えた。
サジスの郊外に、新たな軍勢がゆっくりと陣を敷き始めている。
彼らが掲げているのは、かつてのレグナリア王家の紋章――赤地に緑竜が描かれた旗だ。
アヴァロンの客将軍が、自らの存在を誇示するかのように布陣を完了させた。
空城の罠に嵌めたはずの戦局は、ここで完全に膠着状態へと陥ったのである。
晴れ渡った空では、この様子を観戦するかのように、太陽が輝いていた。
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