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第8話 戦場に咲く婚礼

『ヴァルゼン公家歴10年 8月下旬 グレンフィルト』


【シュタイン家令嬢エレーナ視点】


 私の婚礼の日は、雲一つない晴れやかな空の下で始まりました。

 父が病床にあるため、シュタイン家から持参できたのは、母の形見であるささやかな銀の髪飾りだけ。式も、新しく建てられたばかりの小さな聖堂で、ごく内々に行うものとばかり思っておりました。政略結婚ですもの、贅沢など望むべくもありません。


 ですが、その予想は良い意味で裏切られることになります。

 式の前日、街の入り口がにわかに騒がしくなったかと思うと、ヴァルゼン公家の紋章を掲げた立派な馬車が到着したのです。


「ヴァルゼン公殿下より、グレン男爵様、並びにエレーナ様へ、祝辞にございます!」


 使者が恭しく捧げ持ってきたのは、目もくらむような美しい純白の婚礼衣装と、公の銘が刻まれた一対の腕輪、そして金貨がぎっしりと詰まった箱でした。

 さらに、間を置かずして、今度はダリオ商会の荷馬車が何台も列をなして現れ、最高級のワインや食料、さらには街の建材に使えるという木材までを山と運び込んできたのです。


「ダリオ様より、『これで借金も少しは軽くなるでしょう』との伝言にございます」


 あっけにとられる私と、どうしていいか分からず頭を掻いているグレン様。その周りで、街の人々や『銀狼傭兵団』の方々が、我がことのように歓声を上げていました。

 特に傭兵団の女団長イリアは「あたいも囲ってほしいねぇ」と、夫に色目を使っていました。

 こうして、私たちのささやかだったはずの結婚式は、思いがけず、街を挙げての盛大なお祝いとなったのです。



 ヴァルゼン公から贈られたドレスに身を包み、グレン様と並んで神父様の前に立った時、私はこれが夢ではないかと、そっと自分の頬をつねりました。

 誓いの言葉を述べる彼の声は、少し上ずっていましたが、その瞳はどこまでも真っ直ぐに私を見つめていました。


(ああ、私はこの人の妻になるのだ)


 没落した家のため、ただそれだけだったはずの決意が、温かい喜びに変わっていくのを感じました。


 式の後の宴は、夜更けまで続きました。

 その喧騒のさなか、侍女がこっそりと私の元へ来て、一通の封蝋された書状を差し出しました。


「……ゲルハルト伯の使者を名乗る方からです」


(ゲルハルト伯……!? なぜ、あの人が)


 驚きを押し殺し、人目を忍んで書状を開くと、そこには短い言葉が記されていました。


『表立って貴殿らの婚姻を祝うことはできぬが、カレドン家とシュタイン家の旧交に免じ、密かに贈り物を届けさせよう。良き門出を』


 敵であったはずの人物からの、謎めいた祝福。

 私は、その書状を握りしめ、しばし呆然と立ち尽くしていました。



 宴が終わり、ようやく二人きりになった寝室で、私は夫となったグレン様に、今日の出来事と密書のことを全て打ち明けました。

 彼は、私が差し出した書状に静かに目を通すと、しばらく難しい顔で考え込んでいました。


「……そうか。敵とも味方ともつかんな」


 不安になる私に、彼は「心配するな」と優しく微笑んでくれました。


「この件は、明日にでもレオと相談してみる。一人で決められることじゃないからな」


 その言葉に、私は心の底から安堵しました。この人は、決して一人で全てを抱え込むような人ではないのだ、と。


(この人なら、きっと大丈夫)


 窓の外では、まだ街の陽気な音楽が微かに聞こえています。

 政治の嵐が、すぐそこまで迫っているのかもしれません。

 ですが、今、私の心を満たしていたのは、夫への確かな信頼と、始まったばかりの穏やかな幸せだけでした。


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