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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第79話 国境の町サジス逆封鎖

【皇帝の右腕グレン視点】


『アヴァロン帝国暦2年 3月中旬 ダリウス小王国国境の町サジス 雨』


 天は荒れ狂い、容赦のない豪雨が我々アヴァロン帝国軍の鎧を激しく打ち据えていた。

 冷たい泥濘に足を取られながらも、我々はダリウス小王国の国境にある町、サジスを完全に包囲した。


 カール皇帝の号令が、雷鳴を切り裂いて響き渡る。


「かかれっ! 一気に城壁を乗り越え、この町を制圧せよ!」


 その声に応え、帝国兵たちが雄叫びを上げて突撃を開始した。

 ドワーッ! という地鳴りのような歓声とともに、城壁へと殺到し、次々と丸太のハシゴをかけていく。


 だが、俺の背筋には冷たい汗が伝っていた。


(どこかおかしい……。いくらなんでも、静かすぎる)


 通常であれば、城壁の上から雨あられと矢が降り注ぎ、煮え湯や石が落とされるはずだ。

 しかし、反撃の気配はまったくない。兵たちの怒声と、甲冑がぶつかるガチャガチャという音、そして激しい雨の音だけが空しく響き渡っている。

 不気味なほどの静寂が、サジスの町をすっぽりと包み込んでいた。


 嫌な予感が確信へと変わっていく。

 気になった俺は、先陣を切る兵たちに紛れながら、自らハシゴを掴んで城壁を登り始めた。


 雨水で滑る足場に気をつけながら、一気に壁の上へと這い上がる。

 そして、胸壁から身を乗り出し、町の内側を見下ろした。


「なっ……!」


 俺は思わず息を呑み、目を疑った。

 そこには、防衛の兵士はおろか、逃げ惑う民衆の姿すら見当たらない。

 家々の窓は板で固く閉ざされ、広場には荷車一つ残されていない。町は完全に死に絶えたように静まり返っていた。

 もぬけの殻だ。


 俺は慌ててハシゴを滑り降り、泥を激しく跳ね上げながらカール皇帝の元へと駆け戻った。


「カール皇帝! 罠です! すぐにお逃げください! 中は空城(からじろ)です!」


 雨音に負けじと、声を張り上げる。

 俺の悲痛な叫びを聞いたカール皇帝は、鋭い眼光で周囲の森や丘陵地帯を睨みつけた。


 直後、雨のベールの向こう側、我々を囲むようにして無数の軍旗が立ち上がるのが見えた。

 ダリウスの『黒狐』の旗だ。


「むうぅ! もう遅いわ! 三方から敵が迫っておる!」


 カール皇帝が忌々しげに舌打ちをして、愛馬の手綱を強く引き絞った。


 完全に包囲された。敵は最初からこの町を餌にして、我々を深く誘い込んだのだ。

 この泥濘の中で退却戦を行えば、背後から無防備なところを蹂躙されてしまう。


「ええい、背に腹は代えられぬ! 全軍、ただちにサジスの町へ突入せよ! いったん立てこもるぞ!」


 カール皇帝の決断は早かった。

 撤退ではなく、目の前の空城を一時的な防衛拠点とする道を選んだのだ。


 号令を受けた帝国軍は、雪崩を打つように城門を開け放ち、サジスの町へと雪崩れ込んでいく。

 だが、敵が用意したこの空っぽの町に、果して我々を助けるものなど残されているのだろうか。


(いや、考えている暇はない。今はとにかく生き延びるのが先だ!)


 俺は剣を抜き放ち、兵たちと共に薄暗い町の中へと駆け込んでいった。

 雷光が閃き、サジスの町を青白く照らし出していた。


◆◇◆


【ダリウス小王国国王ゼノス視点】


 サジスの町を一望できる西の丘陵。

 冷たい雨が降りしきる中、私は雨風を凌ぐ天幕の下で、眼下に広がる光景を見下ろしていた。


「クックック……。うまくいったな」


 思わず、愉悦の笑みが口からこぼれ落ちる。

 私の視線の先では、アヴァロン帝国軍が泥にまみれながら、自ら進んでサジスの町へと雪崩れ込んでいくところだった。


「見事な采配です、陛下。敵は完全に我々の罠に飛び込みました」


 傍らに控える将軍バランが、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出す。


「ええ。あの中に、あのカール皇帝もいるはずです」


 軍師シオンが眼鏡を光らせながら、淡々と事実を口にした。


 強大な武力を誇るアヴァロン帝国軍。

 正面からぶつかれば、我々に勝ち目はなかったかもしれない。だが、奴らは自ら閉ざされた檻の中へ入ってくれたのだ。


「食料は一粒残らず引き上げ、井戸には毒を放ってある。泥濘に足を取られ、飢えと渇きに苦しむがいい」


 私は黒狐の毛皮で作られた外套を翻し、鋭い視線をサジスの町へと突き刺した。


「獣は、檻に閉じ込めてからじっくりと仕留めるに限る。アヴァロンの獅子よ、このダリウスの地で無様に朽ち果てるが良い!」


 罠は、完全に作動した。あとは網を絞り上げるだけだ。


 ドゴォォォン!


 私の宣言を祝福するかのように、ひときわ大きな雷鳴が轟いた。


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