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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第75話 雷鳴、東へ轟く

『アヴァロン帝国暦2年 2月中旬 帝都フェルグラント 謁見の間』


【公爵グレン視点】


 聖都での「掃除」が見事に完了したとの報告が入ってから、一ヶ月。

 帝都は平和そのものだった。

 北の脅威だった旧教会勢力は、今や『女神教』と名を変え、我が帝国との友好関係を深めている。

 チェーザレ、いや、影の教祖の暗躍ぶりには舌を巻くばかりだ。


 だが、平和というのは、ある男にとっては退屈の同義語らしい。


「グレンよ。暇だ」


 玉座に頬杖をつき、欠伸を噛み殺しながら言ったのは、我が主君であり、アヴァロン帝国の初代皇帝、カールである。

 『雷鳴』の二つ名を持つこの男は、戦場にいないと死んでしまう回遊魚のような性質を持っている。


「陛下。内政の書類は山積みですよ。道路の整備計画に、新しい税制の確認、それから……」

「ええい、うるさい! そういうチマチマしたことは文官に任せておけ! 余がやりたいのは、こう、もっと……世界地図を書き換えるようなデカい仕事だ!」


 カールは子供のように駄々をこねると、壁に貼られた巨大な大陸地図を指差した。


「南の教会は片付いた。北方もいずれ切り取ってくれよう。西もあるが、まずは東だ」

「東、ですか」


 私は地図の東側に視線を移した。

 そこには広大な草原地帯が広がっている。


「東方にはかつて、豊かな穀倉地帯を持つ『商業国家コルネリア』がありましたね。確か、我が国とも交易があったはずですが」

「『あった』、だろ? 今はもうない」


 カールは不敵に笑い、地図上のコルネリアがあった場所を、バン! と叩いた。


「半年前に滅んだよ。奴らに食い荒らされてな」


 奴ら。

 その言葉だけで、私は誰のことか理解した。

 近年、東方の草原地帯で急速に勢力を拡大している遊牧騎馬民族だ。


「『黒狼族(こくろうぞく)』……ですね」


「そうだ。族長の『可汗(カガン)』・テムルとかいう男が率いる、戦闘狂の集団だ。コルネリアの都は三日で陥落し、今や東方は奴らの草刈り場になっているらしい」


 黒狼族。

 彼らは定住せず、移動しながら略奪を繰り返す。その機動力は凄まじく、風のように現れては、街を焼き尽くして去っていくという。


「……で、陛下はどうされるおつもりで?」

「決まっているだろう。喧嘩を売りに行く」


 カールは即答した。

 まるで「散歩に行く」くらいの気軽さで、戦争を始めようとしている。


「彼らは今のところ、帝国の国境を越えてはいませんよ?」

「甘いな、グレン。奴らはイナゴだ。コルネリアを食い尽くせば、次は必ず肥沃な我がアヴァロン帝国に目を向ける。向こうが来る前に、こちらから叩き潰して、ついでに奴らの自慢の馬を全部いただいてくる。それが『雷鳴』流だ」


 要するに、先手必勝ということか。

 それに、カールの目は輝いていた。強敵と戦える喜びと、新しい領土への野心で。


「それにな、ちょうどいい『案内人』が来ているんだ」


 カールの合図で、謁見の間の重い扉が開かれた。

 入ってきたのは、ボロボロのマントを羽織った一人の女性だった。

 美しい金髪は泥と油で汚れ、その顔には深い疲労が刻まれているが、瞳だけは決して屈しない強い光を宿していた。


「お初にお目にかかります、アヴァロン皇帝陛下。……私は、滅びたコルネリア王国の騎士団長、ソフィアと申します」


 彼女は片膝をつき、深く頭を下げた。


「我が故郷は、黒狼族によって焼かれました。民は殺され、生き残った者は奴隷として連れ去られました。……どうか、陛下のお力をお貸しください。あの野蛮な侵略者たちに、正義の鉄槌を!」


 ソフィアの声は震えていた。悔しさと、そして一縷の望みをかける必死さが伝わってくる。


 カールは玉座から立ち上がると、ゆっくりと階段を降り、ソフィアの前に立った。


「顔を上げよ、女騎士」


 ソフィアが顔を上げる。


「勘違いするなよ。余は正義の味方ではない。ただの欲張りな皇帝だ」


 カールの言葉に、ソフィアの表情が曇る。

 だが、カールはニヤリと笑って続けた。


「だが、余は『俺の庭』を荒らす害虫が大嫌いだ。東方の土地は、いずれ余が手に入れる予定の場所だった。そこを勝手に荒らされたとあっては、捨て置けん」


 カールは腰の剣を抜き放ち、高らかに宣言した。


「グレン! 全軍に触れを出せ! これより東方へ遠征を行う! 狙うは草原の覇者、黒狼族だ!」


「はっ! ……また忙しくなりそうですね」


 私はため息をつきつつも、内心では少し高揚していた。

 遊牧騎馬民族。その速さと強さは大陸中に轟いている。

 常勝のグレンとして、腕が鳴らないと言えば嘘になる。


「ソフィアよ。案内を頼むぞ。お前の復讐、余がついでに果たしてやる」

「……はいっ! この命に代えても!」


 ソフィアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


 こうして、アヴァロン帝国軍による東方遠征が決定した。

 目指すは東方の荒野。

 待ち受けるは、疾風のごとき騎馬軍団、『黒狼族』。

 新たな戦いの幕が、切って落とされようとしていた。


 (さて、まずは補給の確保から考えないとな……)


 私は馬上の人となりながら、早くも実務的な計算を始めていた。

 冬の終わりの風が、微かに剣の音を運んでくるような気がした。


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