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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第73話 影の教会の繁栄と、起死回生のコンクラーベ

『アヴァロン帝国暦元年 12月中旬 帝都フェルグラント 小雪』


【影の教会教祖、チェーザレ視点】


 帝都の下町にひっそりと佇む、元民家の質素な建物。

 だが、その前には、小雪が舞う寒さにもかかわらず、今日も長い行列ができていた。


「……正直言って、儲かっているな」


 私は、祭壇の裏で積み上がった寄進の山を見つめ、苦笑交じりに呟いた。

 『影の教会』は、私が予想していた以上の成功を収めていた。

 理由は単純だ。教義が驚くほど緩いこと。そして何より、身分差だろうが、駆け落ちだろうが、どんな理由があろうとも、愛し合う二人を拒まず、祝福するからだ。


 厳格なユニテス教会(女神教)から爪弾きにされた者たちが、救いを求めてここに集まってくる。

 彼らは感謝の印として、なけなしの金を置いていく。塵も積もれば山となる、とはこのことか。


「おい、チェーザレ。また金が増えてるぞ。床が抜けるんじゃないか?」


 裏口から顔を出したのは、私のスポンサーであるオルデンブルク公爵、グレンだ。

 私は彼に、寄進の入った重い革袋をいくつも押し付けた。


「頼む、グレン公。これの管理をしてくれ。私は聖職者だ、金勘定は君の領分の商人たちに任せたい」


「またかよ。……まあいいが。なあ、これだけ金があるなら、教会を建て直さなくていいのか? もっと立派な大聖堂にするとか」


 グレンの提案に、私は首を横に振った。


「いや、それは違う。ここはあくまで『影の教会』だ。立派な権威を持ってしまえば、またユニテス教会の二の舞になる。日陰者たちが、こっそりと安らげる場所……それでいいのだよ」


「ふーん。まあ、お前がそう言うなら」


 仕事を終えた私たちは、いつもの『闇バー』へと足を運んだ。

 ここもまた、我々の重要な拠点だ。

 ユニテス教会では禁忌とされる飲酒も、我が『影の教会』、通称『闇の宗教』では咎められない。

 おかげで、荒くれ者の傭兵や、夜の世界の住人たちまでもが、「酒が飲めるなら」と信者になってくれている。


 カクテルのグラスを傾けていると、隣の闇が揺らぎ、衣擦れの音がした。


「クククッ……。やはりお主を祝福して正解じゃったのう。繁盛しておるようではないか」


 いつもの指定席にふらりと現れたのは、黒衣の少女――自らを『ノクシア』と名乗った、謎の存在だ。

 彼女は、まるで最初からそこにいたかのように振る舞い、私の妻であるルチアが恭しく差し出すグラスを受け取った。


「どうぞ、ノクシア様」

「うむ、ルチアよ。苦しゅうないぞえ」


 ルチアは、この少女に対して、なぜか本能的な敬意を払ってお酌をしている。

 ノクシアは上機嫌で酒を煽り、私たちを眺めていた。


「妾も毎日、退屈せんで済むわ。人の愛と欲が渦巻く様は、見ていて飽きんのう」


 グレンが、氷の音をさせてグラスを置いた。


「……なあ、チェーザレ。そろそろじゃないか?」


「何がだ?」


「教皇猊下とやらに会ったことはないが、お前のこの繁盛ぶりを聞けば、激怒しているんじゃないのか? いつ軍隊が来てもおかしくないぞ」


 グレンの鋭い指摘に、私は静かに頷いた。


「ああ、そろそろだろうな。……覚悟はしている」


 ノクシアが、ニヤリと口の端を吊り上げる。


「来るぞえ。嵐がの」


 その言葉が予言だったのか、それともただの気まぐれか。

 私がバーでの集いを切り上げ、教会へと戻った時、そこには一人の男が立っていた。

 雪の中に佇む、灰色のマントの男。

 その徽章は、見覚えのある『聖槍軍』の士官のものだ。


「……チェーザレ様ですね」

「いかにも」


 士官は、周囲を警戒しながら、懐から一通の密書を取り出し、私に手渡した。


「セラフィオン総司令官より、極秘の書状です。『返事を待つ』と」


 私は震える手で封を開き、中身を読んだ。

 そこには、教皇イグナティウスの乱心ぶりと、無謀な出撃命令、そしてセラフィオンの悲痛な心情が記されていた。


(……やはり、あの男は狂ったか)


 私は天を仰いだ。

 教会の腐敗の元凶は、全てあの教皇にある。彼がいる限り、ユニテス教会は自滅の道を突き進むだけだ。

 だが、私には「影の教会」がある。放っておけばいいとも思った。

 しかし、セラフィオンは見捨てられない。それに、ユニテス教会そのものが崩壊すれば、大陸は精神的な支柱を失い、再び混乱に陥るだろう。


(ならば、どうする?)


 答えは一つだ。

 腐った頭をすげ替えるしかない。


(教皇選挙……『コンクラーベ』だ。あれを強行し、正当な手続きでイグナティウスを廃位に追い込むしかない!)


 私は、すぐさま懐から羊皮紙を取り出し、短い返事を走り書きした。

『時を稼げ。策はある。コンクラーベを行う』と。


「これを、セラフィオンへ」

「はっ! 確かに!」


 士官は一礼し、闇夜へと消えていった。


 私は、冷たい夜風の中で息を吐いた。

 これは、私一人で抱えられる問題ではない。

 国家を巻き込む大博打になる。


「……せめて、グレン公とカール皇帝には報告すべきか」


 この時間なら、二人は皇宮で牛の肉でも食らっている頃だろう。

 私はマントを翻し、雪の積もり始めた石畳を、皇宮へ向かって急ぎ足で駆け出した。


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