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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第59話 枢機卿チェーザレ、アウステルを包囲す

『ヴァルゼン公家歴11年 8月上旬 アウステル近郊 昼 晴れ』


【教皇軍総司令官チェーザレ枢機卿視点】


 真夏の太陽が、容赦なく大地を焼き尽くしていた。

 私の率いる『教皇軍』――かつて『浄火の騎士団』と呼ばれたものの残骸と、新たに徴兵された信徒たち――は、南方の反乱都市アウステルを取り囲むように布陣していた。


 白を基調とした陣営は、遠目に見れば神聖で、整然としているように見えるだろう。

 だが、その内実は、恐怖によって辛うじて繋ぎ止められているに過ぎない。


(……遅い)


 私は、騎馬の上で焦燥を噛み殺していた。

 あの日、練兵場で太った兵站長を吊るし上げ、腐敗した士官たちを次々と粛清した。横流しされていた物資を回収し、最低限の装備と食料を兵に行き渡らせた。

 それだけの事をするのに、夏の前半を費やしてしまった。


「閣下。アウステルの城壁より、反乱軍の矢が届いております。いかがなされますか?」


 副官が、緊張した面持ちで尋ねてくる。

 私は、眼前の小都市アウステルを一瞥した。神への納税を拒否し、独立を叫ぶこの街は、堅牢とは言い難い。噂に聞くヴァルゼン公の軍ならば、半日もあれば踏み潰せるだろう。


「……予定通りだ。全軍、包囲陣形を維持せよ。散発的な攻撃を繰り返し、敵を疲弊させるのだ」


「はっ! 総攻撃はなされないので?」


「しなくていい。……いや、するな」


 私は冷たく言い放った。

 作戦は単純極まりない。

 蟻の這い出る隙間もないほどに包囲し、時折、矢を射かけ、喚声を上げて威嚇する。相手が恐怖と飢えで降伏するのを、ただひたすらに待つ。それだけだ。


 なぜ、そんな消極的な策をとるのか。

 答えは簡単だ。それ以上の高度な軍事行動が、この軍には不可能だからだ。


 先日の行軍訓練でさえ、右翼と左翼が交錯して大混乱に陥った。複雑な機動を命じれば、敵と戦う前に自滅するだろう。

 個人の武勇に頼ろうにも、『聖槍軍』の精鋭は北の帝国軍との睨み合いに張り付けられている。ここにいるのは、昨日まで鍬を持っていた農民や、祈ることしか知らぬ狂信者ばかりだ。


「放てぇっ! 異端者に神の鉄槌を!」


 前線の指揮官が叫び、矢の雨がアウステルへと降り注ぐ。

 だが、その狙いは甘く、大半が城壁の手前に無意味に突き刺さるだけだ。


「……チッ」


 私は、誰にも聞こえぬように舌打ちをした。

 腐った土台を削り、恐怖という杭を打ち込んで、どうにか形だけは整えた。だが、中身はまだスカスカだ。

 東では、あのヴァルゼン公や、成り上がりのオルデンブルク伯爵といった傑物が、精強な軍を率いて覇を競っているというのに。


(私の手札は、これか)


 父親である教皇イグナティウスは、寝室で女を侍らせながら「吉報を待つ」などとほざいているだろう。

 アウステルごときを落とすのに、ひと月はかかるかもしれん。

 だが、今はこれしか手がない。


「……続けさせろ。夜になっても休ませるな。銅鑼を鳴らし、経文を唱えさせろ。敵を眠らせるな」


「は、はっ!」


 私は、じりじりと肌を焼く日差しの下、眼下で繰り広げられる鈍重な包囲戦を見下ろした。

 この戦、勝つことはできるだろう。だが、その先にある「大陸の覇権」への道は、気が遠くなるほどに険しく、ぬかるんでいるように思えた。


 これでは、先が思いやられる。

 私は、深紅の法衣を翻し、前線視察へと馬を進めた。少なくとも、総司令官である私が睨みを利かせていなければ、この張りぼての軍隊は、暑さと怠惰であっという間に瓦解してしまうだろうから。


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