第46話 ムンド傭兵団、ミュラー伯爵に雇われる
『ヴァルゼン公家歴11年 4月中旬 ミュラーブルク 昼 晴れ』
【傭兵団団長ムンド視点】
俺は傭兵だ。
それも、故郷の南の灼けた大地から流れて来た、ただの異国の傭兵にすぎない。
俺たち『ムンド傭兵団』が求めるものは三つ。
戦う場所。
金。
そして、全てを洗い流す美味い酒。
この三つさえあれば、そこが天国だ。
「さて、団長。どこか雇ってくれるところはねぇかな? できれば、他のデカい傭兵団が居ないところがいい」
馬上で副官がぼやく。
俺も同感だった。
傭兵団がいくつも集まると、それだけでろくなことにならん。
酒場で睨み合っただの、女を取り合っただの、報酬の分配が不公平だの……そんな下らない理由で、いとも簡単に争いの火種となる。
ぶっちゃけ、統率がとれんのだ。
いざ戦場で連携しようにも、あいつを出し抜いて手柄を立ててやろう、などと考える馬鹿ばかり。一体感もクソもあったものではない。
そういうワケで、今、大陸で一番金払いがいいと噂のグレンフィルトは、論外だった。
あの雑兵上がりの伯爵は、『銀狼』だの『紅豹』だの、すでに二つも抱えていると聞く。
「ならば、話は早い。敵対している相手につくほうが、よほど戦いやすい」
俺たちムンド傭兵団は、埃っぽい街道を進み、グレンフィルトの敵対勢力――ミュラーブルクの城門へとたどり着いた。
だが、城門をくぐろうとした俺たちを、槍を突き出して止めた衛兵の第一声は、最悪のものだった。
「止まれ! 街に入るなら、入城税だ! 荷の五割を置いていけ!」
(……やれやれだ。これは大ハズレの街を引いたか?)
俺は、ため息もつかず、ただ静かに、鞍の横に差していた愛用の大剣を抜いた。
南方の故郷に伝わる、大きく湾曲した片刃の剣――『シャムシール』だ。
次の瞬間、俺はそれを、衛兵の首めがけて、思いっきり振り抜いた。
ヒュッ、と空気を切り裂く音。
「ヒイイイッ!」
誰もが、衛兵の首が宙を舞うと思っただろう。
だが、刃は、震える衛兵の喉笛の薄皮一枚のところで、ピタッと止まっていた。
俺は、恐怖で腰を抜かした衛兵を見下ろし、冷たく言い放つ。
「オマエらじゃ話にならない。領主を呼んでこい」
「わっ、わわわ、分かった! すぐに!」
衛兵は、泥にまみれながら転がるように城の中へ消えていった。
それから一時間後。
俺たちが城の中庭で待っていると、ようやく、よろよろと覚束ない足取りの男が現れた。
ひどい酒の匂いと、甘ったるい薬物の匂いを振りまいている。
ミュラー伯爵、本人か。
酒と薬物で、完全に焦点が合っていない目で、俺たちを睨みつけた。
「……お、お前たち傭兵団か? ふぁ……。あの雑兵、成り上がりのグレンは倒せるか?」
「ふふっ、任せておけ。金さえ払えばな。……それよりも」
俺は、シャムシールを抜き放つと、伯爵が抱えていた酒瓶と、手元にあった奇妙な形のパイプを、まとめて両断した。
ガシャン! と甲高い音を立てて、酒瓶とパイプが真っ二つになる。
「なっ、何をするっ!? 無礼者!」
伯爵が、大事なオモチャを壊された子供のように叫ぶ。
「雇い主の健康も気を使ってやらないとな。その様子では、酒や薬をやりすぎている。見苦しいぞ」
「き、貴様、傭兵風情が!」
「それに、臭い。風呂に入って着替えてこい」
伯爵が激昂して何かを叫ぼうとする。
今度は、俺は伯爵に平手打ちを食らわせた。とは言っても、なでる程度の軽いものだ。
パシッ!
軽い音とは裏腹に、伯爵は驚きで完全に動きを止めた。
「深呼吸をしろ。腹の底からだ」
「ぐっ、ぐぬぬ……。すぅ~っ、はぁ~っ!」
「そうだ。何度か繰り返せ。そして、これを飲め」
俺が衛兵から奪った水差しを突き出すと、伯爵は、わけがわからぬまま、言われたとおりにした。
冷たい水が喉を通ったことで、ようやく、その瞳にわずかながら理性の光が戻ってくる。
「わ、分かった……。少し、頭がスッキリした……」
伯爵は、改めて俺の顔と、俺が持つシャムシールを見た。
「お前たちは……確かに強そうだ。その様子だと、ただの荒くれ者ではなく、知識もあろう。……よし、雇うとする。報酬は何がいい?」
「そうだな。とりあえず、メシと酒、そのあと女だ。お前は食べすぎ飲みすぎだが、俺たちには、そのどちらも決定的に欠けているものだ」
「……いいだろう。兵舎も食料も、好きに使うがいい。娼館なら好きに行け」
酒と薬が抜けてきた伯爵は、いともあっさりと承諾した。
「意外と素直だな? 噂によると、領民の女を狩り出すような、救いようのない外道だと言われていたが?」
俺がそう尋ねると、伯爵は忌々しそうに顔を歪めた。
「ふんっ! ……先日、レグナリア王にな、さんざん説教されてな。『お前は病だ』だの『薬に頼るな』だの……。最後に、『きちんとした家臣を持て』と言われたのだ」
「そうか」
まあ、あの肉塊と噂の王と、この薬中伯爵の間に何の話があったのかは知らん。
だが、雇い主が、こちらの言うことを素直に聞くというのなら、これほどやりやすいことはない。
この日、ミュラーブルクが、俺たちムンド傭兵団の新しい本拠地となった。
春だというのに、やけに日差しが暑い。
早く、あの伯爵が飲んでいたのとは違う、まともな酒でも飲みたい気分だった。
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