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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第45話 ユニテス教会、本気になる

『ヴァルゼン公家歴11年 4月中旬 浄火の都 昼 晴れ』


【枢機卿チェーザレ視点】


 なんと見事な晴天だろうか。

 この『浄火の都』の大神殿から見下ろす広場では、今日も今日とて、狂信者どもが五体投地で祈りを捧げている。

 太陽の光が、彼らの流す歓喜の涙を、まるで真珠か何かのように輝かせていた。


 反吐が出る。


 私、チェーザレは、枢機卿の深紅の衣をまといながら、その光景を冷ややかに見下ろしていた。

 彼らが祈りを捧げる相手――教皇イグナティウスが、昨夜も若い修道女を寝室に呼びつけ、今頃は「神の務め」でお疲れだという事実を、この者たちは知る由もない。

 そして、その教皇が、私の『父親』であるという、この上ない喜劇も、この者たちは知る由もない。


 もちろん、血のつながりを公言するつもりは毛頭ない。

 あの好色で貪欲なだけの男を「父」と呼ぶくらいなら、私は喜んで舌を噛み切るだろう。


「チェーザレ枢機卿。猊下が、至急お呼びにございます」


 侍従の呼びかけに、私はバルコニーを離れ、あの男の元へと向かった。

 大神殿の最奥、教皇の私室は、焚かれた高価な香の匂いと、微かに残る昨夜の酒の匂いが混じり合い、不快な空気をよどませている。


「……お呼びでしょうか、猊下」


 教皇イグナティウスは、山積みの金貨が載った机を前に、苛立たしげに指を鳴らしていた。

 あのヴァルゼン公による、ザンクト・ブリギッタの完全殲滅の報せが、よほど堪えているらしい。


「チェーザレか。来たか」


 あの男が、私を呼びつける時は、決まって面倒事の押し付けだ。


「セラフィヌスは失敗した! 東の異端者ども、ヴァルゼン公のことだ! 奴らを甘く見すぎたわ! だというのに、今度は南の『アウステル』の街が、神への納税を拒否しおった! 反乱だ!」


 ほう、反乱か。それは面白い。


 ザンクト・ブリギッタの連中が、狂信の果てに無様に餓死したというのに、今度は神の足元で反乱とは。

 あの男の「神威」とやらも、地に落ちたものだ。


「それは、まことにお労しいことで、猊下。神の威光も、空腹には勝てぬと見えますな」


「……貴様、相変わらず口だけは達者よのう」


 教皇が、忌々しげに私を睨む。

 だが、他に使える手駒がいないのだろう。あの男は、重々しく立ち上がった。


「チェーザレ。我が息子よ。……貴様を、本日付で『教皇軍総司令官』に任命する」


「……拝命、いたします」


「ただちにアウステルへ出陣し、反乱者どもを根絶やしにせよ! セラフィヌスのような無様な負け方は許さんぞ!」


 こうして、私は教皇軍の指揮権という、新たな「玩具」を手に入れた。


 私は、その足で教皇軍――『浄火の騎士団』の兵舎へと向かった。

 反乱の鎮圧だ。せいぜい一週間もあれば終わるだろう。

 ……そのはずだった。


 兵舎の練兵場に足を踏み入れた瞬間、私は自分の楽観主義を呪った。

 そこにいたのは「軍隊」ではなかった。


 ……なんだ、これは。


 時刻は、とうに昼を回っているというのに、兵士たちは訓練もせず、鎧も磨かず、ただ日向で祈りの言葉を唱えているだけ。

 武器庫を検分すれば、槍の穂先は錆びつき、弓の弦は湿気で緩みきっている。

 北の帝国軍の残党と睨み合っているという最前線の部隊はまだしも、この都に残された兵は、ただの穀潰しの集まりだった。


「司令官閣下! 兵站長がお目通りを!」


 呼び出された兵站長は、高価な法衣がはち切れそうなほど太った、豚のような男だった。


「兵糧の備蓄は? アウステルへ向かうぞ」

「はっ! 帳簿上は、三か月分が!」

「帳簿などどうでもいい。現物はどこだ」


 私がそう詰め寄ると、男は脂汗を流し、視線を泳がせた。


 なるほど。横流しか。


 思った以上に、ガタガタだ。

 腐っている。頭の教皇から、足の先まで。

 これでは反乱軍どころか、ヴァルゼン公の右腕とかいう、あの雑兵上がりの伯爵にさえ、赤子の手をひねられるだろう。


 私は、アウステルへ向かう予定だった全軍に、練兵場への即時集合を命じた。


「……おい。反乱の鎮圧は、少し延期だ」


「はっ? し、しかし猊下からは、至急と……」


 私は、隣にいた副官の肩に手を置き、耳元で静かに囁いた。


「このゴミ溜めを『軍隊』と呼べるようにする方が先だ。まずは、内部の綱紀粛正から着手する。……ああ、そうだ。あの豚、兵站長のことだ。そいつを兵士全員の前で吊るせ。それが、私の最初の命令だ」


 神の軍隊の「浄化」は、まず、神に仕える者どもの血を流すことから始めねばなるまい。

 私は、集まり始めた兵士たちの怠惰な顔を見ながら、冷たく笑った。


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