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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第40話 王都レグニスにて~会見・王の条件~

『ヴァルゼン公家歴11年 3月下旬 王都レグニス 昼 晴れ』


【ヴァルゼン公視点】


 王都レグニスは、古いが、よく手入れされた街だった。

 ポルト村で見たのと同じように、ここにも戦火の傷跡は見当たらない。整然と敷き詰められた石畳と、落ち着いた色合いのレンガ造りの家々が、この街が長く平和であったことを示している。


 俺はグレンと共に、王城の門をくぐった。

 ミュラーブルクで見た、あの『赤地に緑竜の旗』が、城壁にはためいている。

 使者も立てずに押しかけたというのに、俺たちがヴァルゼン公とグレン子爵であると名乗ると、衛兵たちは顔色一つ変えず、すぐに中へと通した。


「お待ちしておりました。謁見のへお進みください」


 案内された謁見の間は、想像していたよりも質素だったが、磨き上げられた床には塵一つない。

 俺もグレンも、この場の主を待つ間、臣下の礼をとるつもりは毛頭なかった。ふんぞり返るわけではないが、対等な立場として、ただ堂々と胸を張って立っていた。


 やがて、広間の奥から、ドン、ドン、と腹に響く太鼓の音が二度、鳴り響いた。

 それを合図に、六人の屈強な衛兵に担がれた、巨大な輿が静かに入って来る。

 輿の上には、人の形をした肉塊――レグナリア王が、だるそうに鎮座していた。


 だが、その肉に埋もれた瞳かせこちらに向けられていた。

 病に蝕まれた体とは裏腹に、鋭い知性を宿した光が、俺とグレンの二人を値踏みするように、じろりと観察している。


「……よく来た、グレン殿。息災であったか」


 王は、まず顔見知りのグレンに声をかけた。


「して、その横におわすのが、噂に聞くヴァルゼン公かな?」


「そうだ! 余がヴァルゼン公である! 確か王と余は、先祖は同じであったな? 遠縁の親戚と聞いているぞ」


 俺がそう言うと、王はわずかに息苦しそうな呼吸を整え、ゆっくりと頷いた。


「そうだ。遠い昔、当時の王の弟が、その領地としてアイゼンブルクを与えられたのが始まり。……だが、記録によれば、その兄弟仲はひどく悪く、生涯顔を合わせることはなかったと言う」


「ほう、さすがは王家、詳しいな。俺の城に残っている先祖の日記を読むと、その兄――つまり王の先祖の悪口ばかりが書いてあったぞ」


 俺の言葉に、王は喉の奥で奇妙な音を立てた。


「ファッ、ファッ、ファッ……。余のほうに残された書物も、似たようなものよ。弟の無礼と傲慢さが書き連ねてあるわ」


 しばし、奇妙な沈黙が流れた。

 俺も王も、互いの先祖が罵り合っていたことを思い、口元が緩む。


「我々の世代でこうして顔を合わせたのも、何かの縁であろう。場所を移そう。何か食べると良い。……牛でいいか?」


 その言葉に、俺の隣に立っていたグレンが、ぱっと顔を輝かせた。


「牛を食えるんですか! なんと! それはすごい贅沢です!」


「ファッ、ファッ、ファッ。ポルト村には行ったか? あそこは牛もミルクもうまい。王城でも存分に楽しんで行かれよ」


 王の言葉に、俺は(斥候が早いな)と内心舌を巻いた。


 通された食堂は、謁見の間よりよほど豪華だった。

 俺とグレンの前には、分厚く切られ、香ばしく焼かれた牛肉のステーキが惜しげもなく並べられる。

 この乱世、兵糧どころか貴族の食卓にさえ、これほどの肉が並ぶことはまずない。


 意外にも、レグナリア王は小食だった。

 目の前の肉にはほとんど手を付けず、果実を搾った水差しをゆっくりと傾けているだけだ。

 俺とグレンは、遠慮なくその乱世の珍味を頬張った。柔らかい肉から、上質な脂がじゅわ、と溢れ出す。


「……さて。余の目的を教えておこう。さすれば、無用な争いをせずに済むやも知れぬ」


 王が、肉を切り分けていた俺の動きを制するように言った。


「ほう? 聞こうではないか」


「……実は、ある程度は分かっておるのだ。そなたらが、何を望んでいるのかもな」


 王はそう言うと、手にした果実水を一口飲み、足元に視線を落とした。


「ミケ、食べるか?」


 いつの間にか、王の座る巨大な椅子の周りには、数匹の猫が集まっていた。

 王は、手元の皿から生の牛肉を一切れつまむと、それを三毛猫に与えている。

 見れば、キジトラ、白、黒、と色も様々だ。どの猫も毛並みが良く、人を恐れていない。


「ほう、猫とは珍しい。戦場ではとんと見かけんが」


「黒死の病にかからなかった村にはな、共通点があるのだ。ヴァルゼン公」


 王の知的な瞳が、俺をまっすぐに見据えた。


「ま、まさか……?」


 隣でグレンが息を呑む。


「そうよ。どこの村も、例外なく猫を多く飼っておった。猫が捕まえるのは、ネズミだ。……この事から察するに、おそらく、あの黒死の病はネズミが運ぶのだろう」


「なるほど……!」


 目から鱗が落ちる思いだった。

 戦のことばかり考えていた俺の頭には、そんな発想は欠片もなかった。


「……それは良いことを聞いた。悪いがレグナリア王よ。余の城でも飼いたい。一匹、分けてくれんか?」


「一匹と言わず、オスとメスを渡そう。そなたの領地でも増やすとよい」


「うむ、助かる。……それにしても、王は戦のことより、そのようなことばかり考えておられるのか。俺は戦うことしか能が無いが、王はよほど頭が回ると見える」


「なに、大したことではない。各地の諸侯に、そなたの右腕にしたように、貸しや借りを作っているだけよ。そうして、どうにか戦乱をやり過ごしてきたにすぎん。……本当は、病の解明と、書物の研究に専念したいのだがな」


 その言葉、待っていた。

 俺はナイフを皿に置くと、単刀直入に切り込んだ。


「ならば、話は早い。その王位、俺に譲っていただきたい」


 俺の無遠慮な申し出に、王は、またあの奇妙な声で笑った。


「ファッ、ファッ、ファッ。そうよな。そなたなら、そう言うと思っておった。……良いだろう。ただし、条件がある」


「ほう? 条件次第では、このレグナリアの王位を譲ってくれると?」


「うむ。条件は一つだけだ。――この大陸から、戦をなくしてくれ」


 静かな、だが重い言葉だった。


「方法は構わん。そなたが得意な力で全てをねじ伏せるのも良し。知略で諸侯を懐柔するも良し。余が望むのは、ただ平和だけだ。それが成った時、この王位、そなたにくれてやろう」


「そうか……戦をなくせ、か。……まあ、結局はそういうことになるか」


 大陸統一。口で言うのはたやすいが、その重みを改めて突きつけられた気分だった。

 その時、王が不意にグレンの方を向いた。


「グレンよ。そなた、子爵では格好がつかんな。伯爵を名乗らぬか? 余の名において、今この場で承認してやろう」


「えっ!? は、伯爵、ですか? よろしいのですか?」


 グレンが、食っていた肉を喉に詰まらせそうになっている。


「うむ。ただし、そなたに頼みがある。東方の商人がいるであろう? 先日、ミュラーブルクの城壁におるのを、チラッと見たぞ」


「ああ、バルザフのことですか」


「余は、あの男から薬の材料を仕入れておる。どうもミュラーの件以来、こちらに顔を見せんのでな。早く来るように伝えてほしい」


「かしこまりました。そのくらいで良ければ……って、アレ? 王、もしかして、ミュラーブルクでの『借り』のお返しが、この爵位とか……?」


 グレンの間の抜けた問いに、王は心底愉快そうに笑った。


「ファッ、ファッ、ファッ! この余の貸しは、もっと大きいぞ。伯爵程度の位で返したとは思わん。これは、わざわざ挨拶に来た者への礼よ。……ああ、そうだ。帰りに、ポルト村の牛も連れていくがよい。オスとメスをくれてやる。食べずに、増やすのだぞ?」


 俺は、あまりの展開に呆気に取られているグレンを見て、口を挟んだ。


「グレン、良かったな。……だが、王よ。俺の臣下に、そう勝手にちょっかいを出されると困るのだが? 伯爵位とは、大盤振る舞いではないか」


 俺が釘を刺すと、王は、はぐらかすように、ゆっくりと立ち上がろうと……いや、輿に戻ろうと従者を呼んだ。


「ファッ、ファッ、ファッ。すまぬな、ヴァルゼン公。余はそろそろ、食後の薬の時間だ。会談は、ここまでとしよう。……今日は、実に良い日であった」


(はぐらかされたか)


 俺の牽制を、自然体で受け流しおった。

 だが、こうして面と向かって堂々と言われれば、悪い気はしない。

 こうして、レグナリア王との、何世代ぶりか分からぬ会談は終わった。


(そうか、王位を譲るか……)


 旧王都の「正統性」と、この豊かな領地。それを手に入れるための条件が「大陸から戦をなくすこと」。

 それは、想像していたよりも、遥かに遠く険しい道のりに思えた。


 王城を出て、陽光の下に戻る。

 俺は、人払いをした城門の前で、我慢していたゲップを一つした。

 ぶわりと、あの牛肉の匂いがこみ上げてくる。


(いつか俺の領地でも、民が腹いっぱい牛肉を食えるようにしてやりたいものだ)


 そう思った時、従者が王から預かってきたカゴの中で、贈られた茶トラの猫が、返事のつもりか、ニャーン、と一声鳴いた。


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