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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第33話 グレンフィルト軍の旗

『ヴァルゼン公家歴11年 2月下旬 グレンフィルト 晴れ』


【公の右腕グレン子爵視点】


 春の訪れと共に、俺の軍――グレンフィルト軍は、出撃に向けた最後の仕上げに入っていた。

 街の広場では、真新しい軍旗が次々と作られ、兵士たちに配布されていく。


 俺の軍の旗は、我ながらひどく単純なデザインだ。

 無地の布に、ただ四つの丸が描かれているだけ。

 それぞれ、金貨、銀貨、銅貨、そして鉄貨を表していた。


(まあ、作るのが楽で助かるが)


 これは元々、俺がこのグレンフィルトを建設するために大商人ダリオ殿から背負った、莫大な借金への戒めとして使い始めたものだ。

 だが今や、この旗は「富と武力」の象徴として、兵士たちの間でも悪くない評判を得ていた。


 その傍らでは、兵士たちが時間を見つけては、自分の矢筒から矢を取り出し、その矢軸に思い思いの印を彫り込んでいる。

 俺が『ヘルデンの奇跡』で敵将カレドン侯を射抜いた時、矢に落書きをしていた。それを真似ているのだ。


「俺の矢には狼の牙だ」

「俺は妻の名前にしとこうかね」


 そんな賑やかな準備が進む中、訓練場の一角で、ひときわ熱心に弓矢の練習に打ち込む二人組がいた。

 先日兵士になったばかりの、ハンスとヨセフだ。


「訓練、頑張っているな」


 俺が声をかけると、二人は弾かれたようにこちらを振り返り、慌てて敬礼した。


「こ、これは、子爵閣下!」

「なかなか、的に当たらないのであります」


 ハンスとヨセフが、悔しそうに遠くの的を睨む。


「よし、二人とも、見てやるから射てみよ」


 俺が促すと、二人は緊張した面持ちで矢を番え、的がけて放った。

 だが、矢は力なく的の手前に突き刺さるか、大きく逸れていくだけで、どうにも届かない。


「ふむ、ちょっと貸してみろ」


 俺はハンスから弓を受け取ると、矢を番えた。


「遠くを狙ったり、動いている的を射る時は、『偏差打ち』と言ってな。まあ、この場合は止まっている的だから、狙いより少し上に向かって射るんだ。矢は落ちるからな」


 俺は慣れた手つきで弦を引き絞り、ヒュッと矢を放った。

 矢は、吸い込まれるように的のほぼ中央に突き刺さる。


「すごい!」

「おおっ!」


 二人が目を輝かせる。


「こんな感じだ。あとは慣れだな。体に覚えさせるんだ」


「「はいっ! ありがとうございましたっ!」」


 元気よく頭を下げる二人を背に、俺は商人レオの事務所へと向かった。

 戦は、兵士だけではできん。


「レオ、糧食のほうはどうだ? 集まったか?」


 事務所で帳簿の山と格闘していたレオは、顔を上げて頷いた。


「はい、なんとか集まりました。ヴァルゼン公が冬の戦の前に買い占めておられたので、市場の在庫が薄く、少々値は張りましたが……しばらくの軍事活動には支障ないでしょう」


「具体的には何日活動できる?」


「きっちり見積もって、二か月ですね」


「分かった。ありがとう。あと破城槌は?」


「はい、今朝がた工房から完成の報せが入りました。すぐにでも納品できるかと」


「助かる。これで全部揃ったな」




『ヴァルゼン公家歴11年 3月1日 グレンフィルト 晴れ』


 全ての準備は整った。

 この日、俺たちグレンフィルト軍は、義父シュタイン子爵の弔い合戦のため、ミュラーブルクへ向けて進発した。


 先頭を進むのは、イリア率いる『銀狼傭兵団』。荒くれ者たちだが、その突破力は信頼できる。

 中央は、俺が直率するグレンフィルト本隊。ハンスやヨセフのような新兵も多いが、この戦で鍛え上げねばならない。

 後衛は、ソフィア率いる『紅豹(こうひょう)傭兵団』。元帝国近衛の彼女たちに、背後の守りを任せる。


 そして、軍列の最後尾には、大量の荷馬車が続いていた。

 輜重(しちょう)隊(補給隊)だ。その指揮を執っているのは、なんと、あの異国の商人バルザフだった。


(「面白そうだから一口乗らせろ」とか言って、どうしてもついて来ると言うのでな……)


 レオの監督下という条件で、兵站の管理を任せてみたのだ。

 うまくやったら、褒美の一つでも考えてやろう。


 俺たちは、春のぬかるみに足を取られながらも着実に進軍し、何度か野営を重ねた。

 そして数日後、ついにあの忌々しいミュラーブルクの城壁が見えてきた。


 前回、人質を前に撤退した時とは違う。

 俺の心には、妻の涙と、義父の無念の死に対する、冷たい怒りだけがあった。


(もう、容赦の必要は無い)


 俺は、ミュラーブルクを半包囲する形で、全軍に布陣を命じた。

 暖かな春の日差しが、俺たちを祝福しているかのようであった。


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