第29話 グレンフィルトのあぶれ者たち~ハンスの場合~
『ヴァルゼン公家歴11年 1月中旬 グレンフィルト 昼 晴れ雪』
【農家の三男ハンス視点】
僕の名前はハンス。
しがない農家の三男……だった。
つい昨日までは。
冬を越そうとした家では、食べ物が足りなかった。
そこで僕は家を追い出された。
要は口減らしだ。
(寒いなぁ)
ボロボロのコートに顔をうずめて、僕はグレンフィルトの街を目指していた。
なぜ目指すかって?
行く場所が、他になかったからさ。
ようやくたどり着いたグレンフィルトの街は、外から見ると、城壁の下半分くらいが立派な石でできていた。
上半分はまだ土塁のままなのか、雪が積もっていてよく見えなかったけれど、あちこちに足場が組まれていて、今も職人さんたちが作業をしているのが見えた。
街の門には、長い行列ができていた。
(何の行列だろう?)
街に来たことなんてないから、よくわからない。
僕は、隣にいた大きなバッグを背負った、いかにも商人風の人に思い切って聞いてみた。
「あの、すみません。これは何の行列ですか?」
商人は、寒そうに鼻をすすりながらも、気さくに答えてくれた。
「ああ、坊主。これはグレンフィルトに入るための行列さ。ここで一割の税がとられるんだよ。あと、何のために来たかとか、簡単な事を聞かれるだけだ」
「お金……ないです、僕」
僕が不安になってそう言うと、商人は声を立てて笑った。
「はっはっは、何も持ってなけりゃ取られないから大丈夫だよ。ここは、そういう街だ」
僕はホッとして、行列に並び続けた。
やがて僕の番がきた。
槍を持った役人風の男が、僕のみすぼらしい姿を見ても馬鹿にした様子もなく、話しかけてくる。
「荷物はないようだな。グレンフィルトへは、何のために来たのかな?」
「あの、家を追い出されて、住む場所がなくて……口減らし、です」
役人は、僕の言葉に同情するどころか、ニカッと歯を見せて笑った。
「そうかそうか! そりゃあ、ちょうどいい時に来たな! それならおすすめの場所があるぞ! このまま道なりにまっすぐ進んで、広間に行ってみるといい。いろいろなヤツらが人を募集しているからな! 好きな仕事につくといいぞ!」
僕は、状況がよく理解できないまま、それでも役人の力強い言葉に背中を押されるようにして、言われた通り広間までやってきた。
そこは大きな市場になっていて、様々な商品が売られていた。
よく見ると、さっき行列で一緒だった商人さんも、もう荷物をおろし、威勢よく露店を開こうとしているところだった。
広間の隅の方から、ひときわ大きな声がした。
「さぁさぁ、大工になりたいヤツはいるか! 腕を磨けば、将来自分の家だってもてるぜ!」
「城壁工事の募集はこっちだぞ! 力仕事だが、腹いっぱい食わせてやる! ウチが一番だ!」
「ダリオ商会では荷運びを募集中だ! ちゃんとした賃金をもらいたいなら、こちらへ来い~っ!」
(うわぁ、なんか、すごいところだ……)
凍えていた体に、じんわりと血が通い始めるのを感じた。
希望が湧いてきた。
きっとこの街なら、僕でもなんとかなる。
そう思わせるだけの、すさまじい活気があった。
僕は、人を募集している親方たちのところへ近づこうとした。
「腹いっぱい食える」という言葉に、とてもひかれたのだ。
その時である。
急に、広間にいた人々がざわめき立ち、一点を注目した。
「おっ、グレン子爵がくるぞ~」
「グレン様だ! 領主様のおなりだ!」
「こないだは豚ごちそうさまでした! 今日は何の用事だろう?」
僕が、何事かと見物人をかき分けて最前列へ出ると、そこには立派な黒い礼服に、金糸の刺繍が入った服を着た男が立っていた。まだ二十代に見える、黒髪の若い男だ。
その後ろには、いかにも強そうな女傭兵らしき人物を二人連れていた。一人は見事な銀髪を編んでおり、もう一人は燃えるような赤髪をしていた。
三人は、広間の中央にあった少し高い台の上に立った。
おそらく、そこは領主様の専用の場所なのだろう。誰もその台を使っていなかった。
黒髪の男――グレン様が、集まった人々を見回し、腹の底から響くような大声で言った。
「兵士を募集する! この戦乱の世で、功名を立てたい者は来い! 農民だろうが、あぶれ者だろうが関係ない! どんなヤツでも一人前の兵士に育ててやる! 名のある将を討ち取った者は、騎士に任ずる! 敵兵の首をとった者には、金貨を出す!」
広間は、一瞬シーンと静まり返った。
だが、誰かがぽつりとつぶやいた。
「……『ヘルデンの奇跡』だ」
その一言が、引き金になった。
「そうだ、このお方も雑兵から成り上がったんだ!」
「俺は兵士になるぞ! 金貨を稼いでやる!」
「馬鹿野郎、どうせなら騎士になるんだ! 俺もだ!」
僕も、そのすさまじい熱気に飲まれて、偉い人のまわりに集まっていた。
周りの人の話を聞けば、あの人はグレン様といって、この街の領主で子爵という、とんでもなく偉い人らしい。
それなのに、雑兵からたった一人で成り上がった人で、めっぽう強いそうだ。
そして僕は、その熱気に浮かされたまま、叫んでいた。
「僕も、兵士になります!」
晴れ雪が頬に当たったが、僕の熱気ですぐに溶けた。
やがて雪も晴れ、冬にしては暖かな日差しが街を包んでいた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




