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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第23話 枢機卿セラフィヌス、東へ

『ヴァルゼン公家歴10年 12月中旬 ザンクト・ブリギッタ近郊 雪』


【セラフィヌス枢機卿視点】


 雪は、浄化の色だ。

 私、セラフィヌスは、公都アイゼンブルクへと続く街道を進みながら、降りしきる雪に覆われていく東の地を冷ややかに眺めていた。

 ここは、ヴァルゼン公が治めるという「蛮族の土地」。神の教えも届かぬ、野蛮な者どもが欲望のままに争う場所だ。


 我が主、教皇イグナティウス猊下の御命令はただ一つ。

 この地に「神の統一」をもたらすこと。そのために、まずはヴァルゼン公の横暴によって弾圧された信徒たちを束ね、揺るぎない拠点を作らねばならない。


 私が率いるのは、「浄火の騎士団」から選りすぐったわずか五十騎。

 本当ならば、一個師団を率いてアイゼンブルクを焼き尽くしてやりたかったが、そうもいかない事情があった。


 その時、北の街道から、凍りついた外套を羽織った伝令が馬を駆ってきた。

 彼は私の前で馬から飛び降りると、片膝をついて報告する。


「枢機卿猊下! 北の帝国軍監視所より緊急連絡! 『老将軍ヴラディッチ』率いる帝国第十軍団が、再び活動を活発化させたとの報せ! 浄火の都の北側防衛線より、一兵たりとも(こちら)へ増援を送ることは不可能、と教皇庁より……」


「……下がれ。苦労であった」


 伝令を下がらせた後、私は小さく舌打ちをした。

 またか。あの『アードラー帝国』の亡霊どもめ。

 崩壊したはずの帝国が、いまだに北の地で軍団を維持し、我らユニテス教会の「神の統一」を妨害し続けている。あの者どもさえいなければ、ヴァルゼン公ごとき、一ひねりにしてやれるものを。


(だが、良い)


 限られた手勢だからこそ、やりようがある。

 大軍による直接侵略が叶わぬなら、この地の内側から腐らせればよいのだ。


 数時間後、私たちは目的の小都市『ザンクト・ブリギッタ』に到着した。

 ここはアイゼンブルクからわずか二日の距離にある、ヴァルゼン公国の喉元とも言える場所。そして、我らの助祭たちが長年かけて「間接侵略」を成功させた、信仰の街だ。


 私たちが市の門をくぐると、ヴァルゼン公による禁止令に怯えていたはずの市民たちが、どこからともなく現れた。

 彼らは、私の深紅の衣と、「浄火の騎士団」の紋章を見ると、最初は恐る恐る、やがて熱狂的な歓声を上げて、私の前にひれ伏した。


「おお……! 枢機卿様が、我らをお救いに!」

「女神アウローラよ! 感謝いたします!」


 私は馬から静かに下り立つと、彼らに向かって厳かに両手を広げた。


「恐れることはない、子らよ。ヴァルゼンという名の異端者が、神の教えを禁じようとも、我らの信仰は消えぬ。この地こそ、東の異端者を浄化する、聖なる砦となるのだ!」


 私は、その日のうちに街の長老たち(もちろん、熱心な信者だ)を集め、即座にこの街の「要塞化」を命じた。


「だが、枢機卿様……我らには兵も武器も……」

「武器など不要。我らの信仰こそが、最強の武器であり、城壁である!」


 私は、熱狂する信者たち(市民たち)を自ら監督し、街のあらゆる場所にバリケードを築かせた。古い家屋を壊して資材とし、アイゼンブルクへ続く街道には深い堀を掘らせる。

 凍える吹雪の中、信者たちは「殉教は名誉である」と歌いながら、喜々として土を運び、監視塔を組み上げていった。


 数日のうちに、ザンクト・ブリギッタは、ただの小都市から、ヴァルゼン公国に対峙する「信仰の要塞」へと変貌し始めていた。


 私は、新しく築いた土塁の上から、東――アイゼンブルクの方角を冷ややかに見つめた。


(ヴァルゼン公よ。お前が東の雑兵(グレン)にかまけている間に、お前の喉元に「信仰の棘」を打ち込んでやる)


 神の裁きの時は、来たのだ。


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