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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第22話 ユニテス教会、東を睨む

『ヴァルゼン公家歴10年 12月上旬 浄火の都 小雪』


【教皇イグナティウス視点】


 私は、大神殿の広大なバルコニーから、静かに降り始めた雪を眺めていた。今年は例年よりも早いだろうか。

 眼下に広がる純白の中庭には、この小雪にもかかわらず、私の祝福を求めて無数の信徒たちが集結し、祈りを捧げている。

 私は、彼らの熱狂的な視線を一身に浴びながら、ゆっくりと両腕を広げた。慈愛に満ちた、完璧な笑みを浮かべて。


「おお、我が愛しき子らよ! 皆に、かの黎明の女神アウローラのご加護のあらんことを!」


 広場から、地鳴りのような歓声が上がる。

 私は、いつもの締めの言葉を彼らに与えると、厳かに踵を返し、重厚な扉の奥――大神殿の私室へと戻った。


 扉が閉まった瞬間、私の顔から笑みは消える。

 私室では、燃えるような深紅の衣をまとった男が、すでに私を待っていた。

 異端審問官にして枢機卿、セラフィヌス。私の最も有能な「道具」の一つだ。


「……待たせたな」

「いえ。猊下のお言葉、信徒たちの心に深く染み渡ったことでしょう」


 セラフィヌスは、表情一つ変えずにそう言った。


「それで、報告とはなんだ」

「はっ。猊下、お耳に入れたき事が……どうやら、公都アイゼンブルクへ送り込んでいた助祭が、殺されたもようです」


 その言葉に、私は思わず眉をひそめた。


「なにっ! それは真か!? あのヴァルゼン公めが、ついにやりおったか!」


「はい。我らの集会所がヴァルゼン公の兵に襲撃され、助祭は、そこにいた信徒もろとも皆殺しにされた、と。……さらに、アイゼンブルク全土に、我がユニテス教会禁止令が出されたとのことにございます」


「くそっ……! あの蛮族どもめが! 北方にあの忌々しいアードラー帝国の残党軍さえいなければ、今すぐにでも『浄火の騎士団』を送り込み、アイゼンブルクごと殲滅してやるものを!」


 そうなのだ。

 権威も実質的な領地も失ったアードラー帝国ではあったが、いまだ大陸の統治者としての正当性を掲げ、その残存兵力は各地で厄介な火種を燻らせ続けている。

 我らが『浄火の都』も、北方の帝国軍と睨み合っている以上、大軍を東へ割くわけにはいかない。


 だからこそ、我がユニテス教会の常套手段は『間接侵略』であった。

 敵の都市の住民を、まず我らの教義で染め上げる。やがて、その中から為政者や支配者層をも教徒とし、内部から乗っ取る。これこそが、血を流さずに「神の統一」を成し遂げる、最も効率的な侵略の完成形であった。

 ヴァルゼン公は、その芽を、力ずくで摘み取ったのだ。


 セラフィヌスが、その冷たい目で私を見据える。


「猊下。私めが、アイゼンブルク方面へ出向き、指揮を執りましょうか? これ以上の弾圧を防ぐため、せめて防備を固めたいと存じます」


「……うむ。頼めるか? だが、守りだけではつまらんぞ」


「心得ております。弾圧されればされるほど、信仰の炎はより強く燃え上がるもの。必ずや、信徒の数を増やしてみせましょう」


「くっくっく……頼もしい限りだ」


 私とセラフィヌスは、聖職者にあるまじき、獰猛な笑みを互いに浮かべた。


 セラフィヌスを下がらせた後、私は寝室の鐘を鳴らした。

 すぐに、純白の修道服に身を包んだ若い修道女たちが、二人、部屋に入ってきた。彼女たちは、慣れた様子で、何の感情も浮かべぬまま、自らの服を脱ぎ始める。

 そして、私のまとっていた分厚い法衣をも、手際よく脱がせていく。


(ああ、これだ。これがなくてはな)


 私は、彼女たちを連れて、そのまま豪奢なベッドへと雪崩れ込んだ。

 一晩中、彼女たちの柔らかい肌を貪り、神聖な教皇としての務めで溜まった鬱憤を晴らす。

 これが私の日常だった。


(もしも、この娘たちの誰かが妊娠したら、その時は『神の子を授かった聖女』として祭り上げてやれば良い)


 信徒たちは、涙を流してその奇跡を崇めるだろう。


(宗教とは、なんと扱いやすいものか)


 私にとっては、この地位も、教義も、あのセラフィヌスという男も、この修道女たちも。

 すべてが、私の様々な欲望を満たすための、都合の良い『道具』に過ぎなかった。


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