第2話 よし、城はくれてやろう。ただしお前が自分で作れ!
『ヴァルゼン公家歴10年 6月16日 晴れ ヴァルゼン公本陣にて』
【グレン視点】
戦後の論功行賞は、まさに嵐のようだった。
俺、グレンは、つい先日までただの雑兵だったにもかかわらず、主君であるヴァルゼン公の目の前に引き据えられていた。
「――よって、此度の殊勲第一等、グレンには男爵位と、ヘルデン丘陵一帯の土地を与えるものとする!」
公の宣言に、居並ぶ将たちがどよめいた。
雑兵から一足飛びに貴族へ。まさに夢物語だ。俺は感激に打ち震え、深く頭を垂れた。
「は、ははっ! ありがたき幸せにございます!」
だが、ヴァルゼン公はニヤリと口の端を吊り上げて、とんでもない言葉を続けた。
「うむ。して、その土地にはまだ城がない。よし、城はくれてやろう。ただし――お前が自分で作れ!」
「……は?」
思わず、俺は素っ頓狂な声を上げていた。
将たちのどよめきが、今度は失笑に変わる。
「グレン男爵よ、ヘルデン丘陵は長年、敵との係争地であった故、人も住まぬ荒れ地だ。それを切り拓き、街を作り、城を築いて初めて、貴様は真の城主となれる。励むがよい!」
(無茶苦茶だ! つまり、名前と荒れ地だけやるから、あとは全部自分でやれってことか!)
俺の人生は、どうやらとんでもない方向に舵を切ってしまったらしい。
与えられたのは「男爵」という肩書と、一枚の羊皮紙に書かれた土地の権利書だけ。
資金も、資材も、人もない。あるのは、ヘルデンの戦いで鹵獲したカレドン侯の豪華な金の鎧と、俺自身の野心だけだった。
「――本当に、貸していただけるので?」
俺は、ヴァルゼン公国の首都で一番の大商人、ダリオ・ボラーニの館にいた。一見にも関わらず応接室へ通された。そこで俺は、主人であるダリオに深々と頭を下げていた。
ずんぐりとした体に、派手な縦じまの装飾の服。目の前の男は、値踏みするように俺をじろじろと見ている。
「ふむ……グレン男爵殿。貴殿が『ヘルデンの奇跡』の立役者であることは、この街の者なら誰でも知っております。ですが、担保も無しに大金をお貸しすることは……」
ダリオは、わざとらしくため息をついてみせる。
俺は懐から、あの落書きが彫られた矢を取り出した。
「これが、俺の『運』の証です。そして、俺の担保は、ヴァルゼン公その人だ」
「ほう?」
「公は俺の器を試しておられる。俺がこの事業を成功させれば、必ずや公は俺をさらに重用するでしょう。そうなれば、ヴァルゼン公国はさらに発展し、商人であるあなたにも莫大な利益がもたらされるはず。これは、あなたにとって未来への投資だ!」
我ながら、とんでもない詭弁……もっと言えばハッタリだった。
だが、ダリオ・ボラーニは、その狐のように細い目をさらに細めると、やがて腹を抱えて笑い出した。
「くっくっく……面白い! 気に入った! 雑兵上がりとはとても思えぬ胆力だ。よろしい、このダリオ・ボラーニ、貴殿の『運』に賭けましょう!」
こうして俺は、城と街を作るための莫大な借金を背負うことになった。
(よし、まずは人を集めないと始まらないな。腕の立つ職人に、戦で食い詰めた傭兵たち。金さえあれば、野心を持った連中はいくらでも集まるはずだ!)
俺は、商人ダリオから受け取った金貨が詰まった革袋の重みを確かめる。
それは、俺の未来の重さそのものだった。
後に『自由都市グレンフィルト』と呼ばれることになる伝説は、名も無き雑兵の、とんでもない借金から始まったのである。
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