第15話 ミュラー伯爵、どちらにつくか決められない ~そうだ! 王にお伺いをたてよう~
『ヴァルゼン公家歴10年 10月中旬 ミュラー領 曇り』
【どちらにつくか決められないミュラー伯爵視点】
『アードラー帝国』が事実上崩壊し、群雄割拠の時代が始まってから、私の悩みは尽きない。
私の治めるこのミュラー領は、あろうことか、東の『カレドン侯領』と、西で勢力を増す『ヴァルゼン公国』の、ちょうど中間に位置していた。
つい先日も、両陣営からの使者が立て続けにやってきたばかりだ。
ヴァルゼン公からの使者は、切り取ったカレドン領の地図を広げ、暗に「次は貴殿の番だぞ」と言わんばかりの圧力をかけてきた。
かと思えば、カレドン侯ライナルト様の使者は、酒にやつれた主君の悲壮な親書を手に、「先代からのよしみ」を盾に助力を求めてくる。
私は、どちらの使者に対しても「よしなに計らう」と曖昧な返事をし、冷や汗をかきながら頭を下げて送り出すことしかできなかった。
「ああ、もう! どちらにつけば良いのだ!」
使者が帰った後、私は執務室で側近たちに当たり散らした。
ヴァルゼン公につけば、カレドン侯の残党に背後を突かれるやもしれぬ。カレドン侯につけば、あの『戦神』ヴァルゼン公に真正面から攻め滅ぼされるのがオチだ。しかもヴァルゼン公の兵は日に日に増えつつある。カレドン候側も、ゲルハルト伯が尽力していると聞く。
臆病者と罵られようと、生き残るのが領主の務め。私はただ、この嵐が過ぎ去るのを待ちたかった。
その夜、私は自室にこもり、広大な大陸地図を眺めていた。
西のヴァルゼン、東のカレドン。その間に挟まれた、ちっぽけな我が領地。
私は指で地図をなぞり、ため息をつく。
(いっそ、誰かにもっと上の者に決めてもらえれば……)
私の指が、遥か遠く、大陸の中央に位置する『アードラー帝国』の帝都を指した。
(皇帝陛下……。いやいや、恐れ多い! 疫病で衰えたとはいえ、天にまします皇帝陛下に、このような田舎の小競り合いの裁定を仰ぐなど、とんでもない!)
私はブルブルと頭を振った。
だが、その時、ある一つの妙案がひらめいた。
私の指が、帝都の手前、かつてこの地方一帯の中心であった都市を指す。
(そうだ! 『レグナリア王家』だ!)
かつて皇帝陛下の元で、この広大な地方王国をまとめておられた、由緒正しきレグナリア王家。
帝国が崩壊した今も、かの王家はその権威を失ってはおらず、いまだ「正統性」の象徴として、旧王都『レグニス』に鎮座しておられるはずだ。
(皇帝陛下に直接お会いするより、よほど現実的だ! 王家のお墨付きさえ頂けば、ヴァルゼン公もカレドン侯も、大義名分なくして私を攻めることはできまい!)
うんうん、と私は一人頷いた。
問題は、どうやって王家に取り入るかだ。
「……献上品、だな」
かの王家の方々は、戦乱の世にあっても、雅なこと、美しいものに目がないと聞く。
私はすぐさま部隊長を呼びつけた。
「よいか、これから領内の村々を回り、『献上品』を集めてこい。王家に献上するのだ、粗末なものでは許されんぞ。……ああ、そうだ。この際だ、村一番の『美女』を集めてまいれ。王家の方々も、きっとお喜びになられよう」
部隊長は一瞬ためらったようだが、私の有無を言わさぬ視線に気づくと、深々と頭を下げて部屋を出ていった。
その日の午後から、私の領地では「人狩り」が始まった。
武装した兵士たちが平和な村々に踏み込み、家々を物色する。
帝国が崩壊してからというもの、重税と不安に喘いできた村人たちは、もはや領主に逆らう気力もなかった。
兵士たちが「伯爵様への献上品だ」と告げると、村長たちは諦めたように首を垂れ、泣き叫ぶ親たちの手を振り払って、村一番の美しい娘を差し出すのだった。
数日後、城の中庭には、十数台の檻馬車が並んでいた。
中には、恐怖に震える娘たちが詰め込まれている。
「うむ、上出来だ! これだけ揃えば、レグナリア王家も必ずや私を歓待してくださるだろう!」
私は、意気揚々と鼻歌交じりで馬にまたがった。
檻に入れられた美女たちを手土産に、目指すは旧王都『レグニス』。
まるで、これで全ての悩みが解決するとでも言わんばかりの、晴れやかな気分だった。
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