ウェイン 1
「ここに来るのは久しぶりだな」
見渡す先には雲一つない青く澄んだ空が広がり、その空の下には活気にあふれた街が見えて来た。
魔王討伐から五年がたった。魔王軍と世界連合軍との戦争、いや生存競争と言うべきか。規模の大小はあるがこの世界に多くの影響を与えた。
ここ、小国リブセレも例外じゃない。
三方を険しい山々に囲まれ、わずかばかりの平地に人々が暮らすこの国ではあるが、武勇に長けた王の指揮の元、少数精鋭の部隊を率い魔王軍との戦いで世界にその存在感を示した。
リブセレは小国だ、それ故大部隊の編成や維持は難しい。必然と部隊の規模は小さくなる。しかし強き王の元には有能な者が集まり少数精鋭の部隊が出来上がった。もちろん武勇だけでなく王が人格者であったことも大きい。
そんな小国に俺は呼ばれてやって来ていた。
「さて、ルークに会いに行くか。あそこまで行けば会えるだろう」
街は活気にあふれ道行く人々の表情は穏やかで平和そのものだ。俺にとっては少々退屈な世界になってしまったけれども。
大きく欠伸をしながら街を歩き、ひときわ大きな建物の前にやって来る。
「よう、ちょっと中に入りたいんだがいいか?」建物の前に立つ男達に声を掛けてみた。
「これより先は王城だ許可の無いものは入ることは出来ない、立ち去れ」
手に持つ槍をこちらに向けてゆく手を遮られた。
まあそうなるよな、面倒だな。
「ルークに呼ばれて来たんだ、取り次いでくれ」
「ルークだと? 貴様、王を呼び捨てにするとは不敬だぞ」
衛兵としては正しい対応だ、やっぱり面倒だな。
「俺の名はウェイン、ウェイン・バークレストだ」
「ウェイン・バークレスト! まさか勇者ウェイン・バークレスト様?」
「そうだ、その勇者様だ。まずは俺に向けられているその槍を下ろしてくれるか」
出来るだけ優しく、笑顔まで作って見せたんだが目の前の衛兵たちは明らかに困惑している。さてどうしたものか。
「衛兵、その槍を納めよ」
開かれたままの城門の奥からよく通る声が語気強く聞こえてきた。
「殿下!」
その声に反応して衛兵たちが槍を納め、直立不動の姿勢を取る。
「ウェイン様お久しぶりです、キースでございます。ご無礼大変失礼致しました」
深々と非礼を詫びる青年に昔の面影を感じる。
「おお、キースか。大きくなったな、ルークは居るか?」
状況が分からない衛兵たちが相変わらず困惑している。
「ご連絡いただければこちらからお迎えに上がりましたのに。どうぞ父の元にご案内いたします」
「自由気ままに旅をしてるからな、迎えを待つのは性に合わない。すまんな、案内助かるよ」
衛兵の肩にポンッと手を乗せ「ご苦労さん」と声を掛け、キースの案内で城門を進んで行く。
「先程は申し訳ありませんでした、よく言って聞かせておきます」
「気にするな、門番やってるんだあれは当然の対応だろ、責めてやるな。フェルロとアドネも元気か?」
「はい、おかげさまで弟達も元気にやっております」
久しぶりの再会に話を弾ませ王城へと入って行く。
城内は華美な装飾こそ無いものの石造りの城は王の居城としては申し分ないものだった。
「どうぞこちらでお待ちください、父を呼んでまいります」
案内された部屋をぐるりと見渡しキースに問いかける。
「この飾ってある剣ってルークの趣味だろ? もっと良い物くれてやったのに」
変わらない昔の知人を思い出し思わず頬が緩む。
「ウェイン様から頂いたものならさぞ良いものなのでしょうね」
「まあそれなりにはな。後、昔みたいにウェインでいい、堅苦しいのは好きじゃない」
ドカリとソファーに座り背もたれに身を預ける。
「わかりましウェイン、それでは後程」
昔の様にたずらっぽい笑顔を見せ、キースは部屋を後にする。
しばらくしてメイドが運んできた紅茶に口を付けくつろいでいると部屋の外から何やら騒がし物音が聞こえる。
そして部屋の扉が大きく音を立てて開いたかと思うと一人の男が入り口に立ち、良く通る声で話しかけてくる。
「久しぶりだなウェイン、思ったより早かったじゃないか」
「よう、久しぶり。元気だったかルーク? 今じゃあ王様かよ、世も末だな」
「お前が勇者っていうほ事の方がどうかと思うけどな」
旧友を見止め思わず破顔する。ルークも昔と変わらない屈託のない笑顔を浮かべている。
ドカドカと部屋に入って来るとルークは向かいのソファーに腰を下ろす。
「さっきキースに会ったぞ、みんな元気そうで何よりだ」
「キースは誰に似たのか聡い子だ。色々助かってるよ」
「お前に似なくてよかったな、ところで俺を呼びだしたってことはリブセレにもアレが出たのか?」
先程までとは打って変わって鋭い眼差しをルークに向ける。
「ああ、察しの通りだ。リブセレにもダンジョンと思しき物が出現した。その調査を依頼したい」
「まったく魔王が居なくなったと思ったらあちこちでダンジョンなんてものが出やがる。まあそのおかげで俺は退屈しなくて済んでるんだがな」
「知っての通り、魔王討伐後にその居城近辺から各地にダンジョンが出現しだした。各地の報告によるとダンジョンには魔物が生息してはいるが外に出てきた例は今のところない。だが出てこないという保証もない。そしてダンジョンには珍しいアイテムや希少な鉱物が存在している」
「まあお前ら国家にとっては貴重な収益源になるってなると調査は必要だな」
「そうだな、高位の魔物が生息するダンジョンなら素材目当てに冒険者が集まる、そうなれば冒険者相手に商売を始めるものも出る。人が人を呼び国の経済が豊かになる、今この復興の時期には有難い」
「まったく、これが魔王の影響による物って臭いがプンプンしてるのに今度は有難いとか人ってのは勝手なもんだな。死んで崇められるなら魔王も本望だろうよ」
「まあそう言うな、生きるためには人は藁をも掴むもんなんだよ」
呆れ気味に天井に向けていた顔をルークに向ける。
「普段ならある程度調査が進んで難易度の高そうなところしか行かないんだがルークの頼みなら仕方ないな。よし、早速向かうとするか。お前も早く用意しろ」
「はっ? 何言ってるんだウェイン、俺は今王様ってやつをやってるんだぞ!」
声を裏返しながらルークが答える。
「おいルーク、前に剣が得意だって言うからやった剣あるだろ? あれ持って付いて来い」
「持って来いってお前あれは国宝物だぞ、そんな物持っていけるか」
「付いてくるのは了承したってことでいいんだな? 後な、剣ってもんは大事にしまっておくもんじゃないんだよ。お前も国王の前に一人の剣士だろうがよ、思いっきり振るってやって剣の本望を遂げさせてやれよ」
ルークは押し黙り顎を手で擦りだす。
「いいかルーク、お前は今まで剣に命を預けて戦ってきたんだろ? なら今からまた剣に命を預けろ。、国王の命を預かるってんなら国宝引っ張り出してくる理由になるだろうが」
「そうは言ってもな、いやしかし……仕方ない、キースを呼んでくる。ウェインが説得しろよ」
観念したように立ち上がり部屋を出ていくルークの後姿を、久しぶりの友との冒険を思い浮かべつつ見送った。
しばらくして、ルークに連れ立ちキースが部屋へとやって来ると、ルークと並んで向かい側に腰を下ろす。
「ウェインから話があると聞いたのですが?」
「キース、ちょっとルーク連れてくぞ、留守の間よろしく頼む。リブセレには国王の不在に反乱起こすようなやつはいないよな?」
「突然ですね、大丈夫です。兄弟仲良くやってますよ。ウェインが言い出したら聞かないってのはよく知っていますし、ウェインと一緒なら心配もありませんしね。わかりました父をよろしくお願いします」
「物分かりが良いな、キースは本当にルークの息子か? 戻りはいつになるか分からないだろうからダンジョンから出てきたら合図を送る。お迎え頼むよ」
「わかりました、いつでも向かえるように準備しておきます」
あまりにあっさりと話が進むのを見ながら何とも言えない表情のルーク。
「えーと、王様いなくても大丈夫なものなのか?」
一国の王の言葉とは思えないか細い声。
「父上、あなた方先人が居たおかげで今の平和があります。これからは我々の世代がその平和を維持し発展させてまいります。どうか戦いで失われたあなた方の時間を今、謳歌してください。私たちにはまだ時間がありますから」
最後にいたずらぽく笑みを浮かべ、キースが次期国王としての威厳を見せる。
「ルーク、もう王位譲っちまえ」そう言うと腹と口を手で押さえ必死に笑いをこらえる。
困惑と期待の入り混じった表情でルークがこちらを見ている。
「まあいい、出発は明日の朝だ。それでいいなウェイン?」
「ああ、俺なら今すぐにでも出れる、問題ない。じゃあ今夜はここに泊まらせてもらう、うまいもの食わせろよ」
上機嫌でそう答えるとキースが口を開く。
「もちろんそのつもりです。勇者ともなれば国賓ですからね」
キースの言葉に更に機嫌が上向く。
その夜旧知の者を含め夕食会が開かれた。そして賑やかで、穏やかな時間が流れた。
夕食会が終わり、人のいなくなった大きな食卓でルークと二人静かな時間を過ごす。
「しっかりと息子を育てたみたいだな」
酒瓶に口を付け喉を鳴らす。
「あれは勝手に育ったんだ、俺の手柄じゃないよ」
グラスのワインを見つめルークが答える。
酒を酌み交わしながら静かに何かを思い、そして答えていた。言葉は少なくともその空間では全てを分かり合えた。
「明日に備えてそろそろ寝るか」
「そうだな、じゃあ明日な」
そう言葉を交わし、静寂に包まれた食卓を後にしそれぞれ寝室へと向かう。
翌日キースの計らいでダンジョンまで馬車で向かうこととなった。
国王の内密な行動のためキースが御者を務める。
馬車の中のルークは王としての煌びやかな甲冑ではなく、よく使い込まれ手入れの行き届いた皮鎧に不釣り合いな国宝の剣を腰に携えていた。その姿をニヤニヤと眺める。
当のルークはその視線に気づきながらもどこ吹く風と目を合わせようとしない。その態度が更におかしくニヤニヤが止まらない。
ちょっとした暇つぶし程度に思っていたが、昔を思い出し追憶にふける。こういうのも悪くないな、そう感じているとルークと目が合う。何か言いたげだったがルークはまた目をそらす。
しばらくして馬車が速度を落としゆっくりと止まる。
「ウェイン、父上着きました。衛兵の者と話してきます、少しお待ちを」
そう言うとキースは馬車を降り、ダンジョンの前に立つ衛兵と少し言葉を交わし戻って来る。
「これから見聞きすることは私の許可が下りるまで一切口外しないよう申してきました。さあ行きましょう」
「ほんとに王位譲っちまえば?」
「うるさい、早く行け」
ケラケラと笑い声を上げながら入口へと近づいていくと片手を衛兵にあいさつ代わりに軽く上げて見せる。そしてそのまま王を引き連れダンジョンの中へと悠々と入って行く。
「キース様、今のはルーク国王と……勇者ウェイン様ですか?」
「内緒だからね」
キースが指を軽く口に当て念を押す。そして何かあればキース宛にすぐに連絡を入れるよう言い残すとまた馬車を駆り、来た道を戻って行った。
「さあ楽しくいこうぜルーク」
「当たり前だ、楽しくなけりゃ冒険じゃない」
ルークの言葉を受け、まっすぐ前を見据えると頬が緩むのを感じる。
ダンジョンの中は周囲を岩肌で囲まれ洞窟のような作りになっていて、ダンジョン内には光は無く闇に包まれている。
入ってから直ぐに、手のひらを上に向け灯りを作り出すと頭上から辺りを照らしながら進んでいく。
少し進んだところで二人同時に足を止め剣を鞘から抜く。
「ルーク、二匹居る、一匹任せたぞ」
「左をもらう」
かつて共に旅をした仲間である、短い言葉のやり取りで状況に合わせ対応する。
ルークは飛び掛かりくる魔物の攻撃を受け流し様に剣で一薙ぎ、こちらは魔物より先に一足に飛び込み上段からの振り降ろしで斬り伏せる。
「ようやくそれらしくなってきたな」
「ああ、そうだな。今倒した魔物も消えたな、ダンジョンで決まりだな」
普通の者であれば危険が身に迫り緊張するものだが、俺達は未知への好奇心で溢れていた
簡易のマッピングで地図を作りながらダンジョンの一層目を隈なく、意気揚々と進んで行く。その間も魔物と遭遇しながら戦闘を難なくこなし、枝道の先にある突き当りの少し開けた場所で休息を取ることにする。
「やっぱり実戦の方がいいな。鍛錬は怠ってないがやっぱり緊張感が違う」
「そら命のやり取りするんだから違うだろうよ。使い物にならなきゃ置いていこうと思ったんだが余計な心配だったみたいだな」
「無理やり連れてきたくせに無茶苦茶言いうな」
命のやり取りが行われる場所とは思えないほど穏やかな表情のルーク。俺も同じような顔しているのだろうな、そう内心で独り言ちる。
「そういえば二人っきりってのは初めてだな」
「そうだな、昔は俺達のパーティーと一緒だったからな」
「良いパーティーだったな」
「魔王を倒した奴に言われるとは光栄だな」
「強いだけが良いパーティーってわけじゃないさ、まあうちのパーティーは最強で最良だけどな。そんな最強で最良なパーティーのお手本にさせてもらったのはルーク達のパーティーだと言うことだ」
フッと鼻で笑いやり過ごすルークを横目に、ルーク達との出会いを思い出していた。