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第6話 名無しの

「──で、お前はなんなんだ?」


 座卓の向かいに座らせたウサギ人間に問いかける。


「ウサギさんはウサギさんです。あなたこそなんなんですか。わたしのおうちに勝手に入ってきてウサギさんを縛り上げて」


 また暴れられても困るので両手と両足を拘束している。


「まず、ここは俺の部屋だ。俺の留守中に勝手に入ってきて勝手に住み着いていたのがお前だ。このベッドもその服もテレビも、テーブルもクッションも、全部俺が俺の金で買い揃えたもの。不思議に思わなかったのか? なぜこんなものが誰も住んでない空き家にあるんだって」


「……ラッキーぐらいにしか」


 あまりにも酷い答えに「はあ……」と溜め息が漏れる。

 空き家だろうと空き家じゃなかろうとそもそも勝手に住んじゃダメだろう。なにがラッキーか。


「とにかくここは俺の部屋。わかったか?」


「まあ、そういうことにしておいてあげます」


「よし、じゃあ縄を解いてやるからさっさと出ていけ」


「いやです」


「はあ?」


 ここは俺の部屋だと説明した。

 そういうことにしておいてあげますと、不服そうながらも一応はここが俺の部屋だという純然たる事実を受け入れさせたはず。なのになぜ、出ていけという至極当然の要求をきっぱりばっさりけんもほろろに拒否できるのか。


「あなたが自分で言ったんですよ。お金を払うまで逃がさない、出ていくなって。なのでウサギさんにはここに住む権利があるんです!」


「いや、それは……たしかに言ったけど……」


 叩き割られた窓ガラスの修繕費、ポテチを始めとした消費期限ギリギリ──あるいは切れた食料品、テレビや照明などの電気代、風呂やトイレなどの水道代など、払って貰わなければならない金が残っている。だから出ていくなとは言ったが、なるほどそうきたか。


 完全なる屁理屈だが、屁みたいでも理屈は理屈。

 理屈の通ったものを切り捨てるのは俺には難しい。

 なぜなら俺も大概な屁理屈の使い手だからだ。


「あ、もちろんお金は稼ぎませんよ? 払わなければここに永住できるんですから払う意味なんてどこにもありませんよね? ──ということで、これからはわたしもこのおうちに住みますので、甲斐甲斐しいお世話をよろしくお願いしますね、人間さん!」


「…………」


 追い出せないのなら叩き出せばいい。


 しかし、なんだかこの、図太く厚かましくも憎めないおばかなウサギを放り出すのは気が引ける。

 おそらく、この世界──地球の住人ではないこの世間知らずな生き物を野に放ち、なにかしらの不幸な目に、酷い目に遭われでもしたらきっと俺は二度と気持ちのいい朝を迎えられなくなるだろう。そう思わせる愛嬌があった。


 一人暮らしの虚しく寂しいワンルームに華ができたと思えば──なにか、ペットのようなものを飼うとでも思えば、このまま置いてやってもいいような気もするけれど、犬や猫のような小動物ならまだしも人型のウサギを養えるほどの財力はない。


「……あの……だめ……ですか……?」


 涙で潤んだ瞳が上目遣いでこちらを見つめる。


 あざとい。わざとだ。狙ってる。でもかわいい。


 かわいい。

 そう、かわいい。

 so、cute。

 この可愛さが図太さや厚かましさ、ふてぶてしさを帳消しにし、憎めない憎たらしさを──独特な愛嬌を演出しているのだ。


 かわいいは正義。正義こそ絶対。

 逆らえない。抗えない。刃向かえない。拒めない。


「──わかった。わかったよ。ただし金は稼げ。出ていかなくていいから稼いでくれ。自分の生活費は全て自分で稼げとも言わない。だからせめて、いくらかは家に入れてくれ。俺にはお前にタダ飯を食わせられるほどの金銭的余裕がないからな。働かざる者食うべからずってやつだよ。これが俺にできる最大限の譲歩──これが呑めないのなら、お前をここに住まわせることはできない」


「むぅ……しょうがないですね。ウサギさんのお仕事は食べて寝て甘やかされることなんですけど、それじゃあお金は稼げませんからね。非常に不本意ではありますが、ウサギさんは労働の喜びを知ってみようと思います」


 うん、まあ、落とし所としてはこんなものだろう。


 食べ散らかされたパンや菓子類の袋を見るに、贅沢の味さえ覚えさせなければそれほど食費はかからなさそうだし、このウサギの仕事次第ではあるが稼ぎの方が大きくなりそうだ。


 こいつは家が手に入り、俺は収入が増える。

 一先ず上手い具合に話はまとまった──が、ひとつ大きな問題がある。


 本物のウサギ人間であるこいつは社会的にどのような扱いになるのかという点だ。戸籍もなければ住民票もない。社会的な信用なんか欠片もない。


 むしろ迫害されてしかるべきだろう。


 200年前の人類──少なくともHENTAIな日本人ならば「ウサミミ美少女キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」とおおはしゃぎした上で崇め奉っていただろうが、しかしながら時代は変わった。


 兎の耳と尻尾を生やした女の子を尊いと思う文化こそ残ってはいるが、なんせこいつは人の姿を取り、人語を解するほどの知性を持つ、地球上のものではない生命体。

 第三段階の氾濫で溢れた知性を持つモンスター──第四段階、連鎖の発端となった〝最悪〟の同類として扱われる可能性が高い。……俺ひとり仕留められなかったこのウサギが人類を脅かせるとは思えないが、こいつの間抜けさ加減を知らない人間にそんなことは関係ない。


 社会的な身分に関しては少しアテがあるけど、そんな人間がいったいどこでどう働けるというのか。


 そう頭を捻っていると、ウサギが話しかけてきた。


「あの、人間さん」


「ん?」


「いえその、まだお名前をお伺いしていなかったなと」


「ああ、そういえばそうだったっけ。俺は七篠彼方」


「かなたさんですか。かなたさん、かなたさん、ななしのかなたさん……はいっ、ばっちり憶えました! じゃあ今日からわたしは、ななしの──ななしの……? ななしの……ななしの……あれぇ、おかしいですね、ちょっと待ってくださいね? えーっと、えっと? わたしの名前……わたしの、名前?」


 どさくさに紛れてしれっと俺の名字を名乗ろうとしているのはさておき、まさかこのウサギ。


「お前、まさか……」


「あ、あれ……あれれ、あれあれ……!? ちょっ……ど、どどど、どうしましょうかなたさん!? わたしの頭の中、物凄く空っぽです!?」


 空っぽウサギは目を回し、かつてないほど狼狽している。


「もしかしてわたし、記憶喪失ですか!?」


 俺は捻っていた頭を抱えた。

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