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第5話 ウサミミさんとは違うウサギさん

 あれから数日後、俺は退院した。


 入院費用は姉が払ってくれていたため、支度金や素材の売却金などもあって収支はプラスだが、お医者さん曰く肋骨が何本か折れており軽微だが臓器もいくつか損傷していたらしく、俺と同じくあまり裕福でない姉には多大なる負担をかけることになった。


 そんな結構な怪我にも関わらずたったの1週間と数日で退院できたのは、オドの量が増え、身体能力や肉体強度、自然治癒力などが向上していたおかげだろう。……もっとも、それも今ではすっかり元通りだけど。


 病院からの帰路に就く俺はポケットからスマホを取り出し日時を確認する。


 ──4月20日、15時24分。


 高校2年生の春。進級早々、怪我で入院。


 退院の解放感よりも明日が憂鬱だ。

 幼稚園から続く腐れ縁のような友人ともクラスは別。

 しかも明日は金曜日。せっかく登校しても土曜、日曜と休み。クラスに馴染めない微妙な空気を2日も寝かせることになる。なんて間が悪いんだ、俺が何をした。

 バイトに復帰するにしても色んな人に謝って回らないといけないし、病み上がりの人間にいったいどれだけ鞭を打つつもりなんだこの世界は。


「はぁ……」


 お金は手に入ったのに心が貧しい。

 こんな時は家でゆっくり休むに限る。


 俺は歩みを早め、帰路を急いだ。







 自分の部屋の鍵で自分の部屋の扉を開けた。

 この年季が入ったワンルームは俺の部屋だ。


 玄関を入って左手にトイレ、その隣に洗面所。右手に風呂、進んで右手にキッチン。洗面所に面した洋間の壁にクローゼット。部屋の中心にある机を挟むようにベッドとテレビ。真正面にはベランダ。


 高校入学直前から付き合いのある見慣れた部屋。


 そのはずなのに、見知らぬウサギが寛いでいた。


 勝手に人のベッドで寝たのだろうか、長い白髪は寝癖でボサボサ。隣人への配慮が欠けた音量で放送されるテレビを見つめる桃色の瞳。ヘビーローテーションでクタクタになった俺の部屋着に身を包み、休日の中年親父のように寝転がって非常食代わりのポテチをボリボリ貪っている。


 髪の色と同じウサミミに、ちょこんと丸い尻尾を生やしたその女は、見覚えのある私物の中であり得ないほどの生活感を醸し出していた。


 俺は間違っていない。念のために表札も確認した。

 ちゃんと七篠だった。ここは俺の部屋だ。


 ここが自分の部屋であることを確信し、不法侵入者──というか、不法滞在者に声をかけようとしたその時、桃色の瞳が付け耳を揺らしながらこちらに向けられた。


「なんです? ここはわたしのおうちですよ! 出てってください! パンチされたいんですか! それともキックがお望みです!? わたしのキックは痛いですよ〜、なんてったってウサギさんですから!」


 ぴょんと身軽に跳び上がり、フットワークとファイティンポーズで威嚇する人型ウサギ。


「ここは俺の部屋だ、お前が出ていけ。というかお前どこからはいっ──ああーっ!?」


 そこで気付く。ベランダの窓ガラスが叩き割られ、破片が部屋の中に散乱していたのだ。


「何してくれてんだお前ぇ!? 気が変わった、やっぱり出ていくな! 弁償しろ! 窓の修繕費もポテチの代金も! テレビの電気代もその服を洗濯する水道代も全部払え! 払うまで逃さないからな!」


「ウサギさんは人間のお金なんて持ってません! それより早く出てってください! ほんとにパンチしてキックしますよ! わたしだって痛いんですからね! やらせないでくださいお願いします!」


「ふざけん──」


「とりゃあ!」


「──ぬぁあ!?」


 狭い部屋の中で器用に助走を付け、天井に頭をぶつけないギリギリの跳躍で放たれた渾身の跳び蹴りを間一髪で回避し、自分の部屋へと踊り込む。


「な、なにしやがんだ!」


 バッと振り返り叫ぶと、2日に1回のペースで何年も着回された部屋着の裾がはためいていた。


 ひらめく裾からは、まんまるの尻尾のように可愛らしいお尻──は見えなかったが、3日に1回のペースで穿き古していた俺のトランクスが覗いている。


「(あんなよれよれのパンツまで……!? どんな神経してんだこいつ!?)」


「わたしは言いました……出ていかないなら殴って追い出すと! なのになんで避けるんですか! 大人しく蹴り出されてください!」


「ちょ、ちょっと待て、玄関先でその格好はまずい、いろいろと問題がある! とりあえず中に入れ!」


「言われなくてもそうします──よっ!」


 無神経ウサギはハイキックを繰り出した。


「あっ──ぶねぇ、な!?」


 キック、キック、さらにキック。

 怒涛の華麗な蹴撃が俺を後退させる。


「えい! とお! とりゃあ! 避けられると当たりません! とまってくださ──いっだああああ!?」


 変態無神経ウサギは真っ白な足を強打した。

 左手にトイレ、右手に風呂。ワンルームの狭い廊下でしなやかな足をぶんぶん振り回せばそりゃあそうなる。


 足を押さえて蹲りゴロゴロ転がって悶絶する、変態無神経コスプレおばかウサギの長い耳を掴む。


「(……ん? なんかあたたかい? すごいふわふわだ)」


「ひぎゃあああああっ!?!? なななっ、なん──なにするですか!? わたしの大切なお耳をそんな乱暴に鷲掴みするなんて!? 鬼畜! 外道! 悪魔! ひとでなし!」


「人ん家に勝手に住み着いてた奴にそんなこと言われる筋合いはない。とにかく、窓ガラスの修繕費、ポテチとその他の食料品の代金、電気代やら水道代やら、きっちり払ってもらうからな。警察はそのあとだ。金がないのな──ら……?」


 バイトなりなんなりして稼げ、そう言おうとして言いようのない違和感を覚えた。


「(……なんだ?)」


 なにか──なにかがない。なにかが足りない。

 金が足りないのは俺もこいつもそうだけど、そうじゃない。本来そこにあるべきはずのものがどこにも見当たらない。……やっぱり金か?


「いだだだだっ! 痛い痛い! 痛いですって!」


 俺は目の前のウサギ女を凝視する。

 凝視して、凝視して──ギョッとした。


「み、耳がない!?」


「はいぃ!? つ、掴んでる! あなたがいまガッチリ掴んでますよねー!? めちゃくちゃしっかり握り締めてますよねー!? うわーん、足も耳も痛いです! こんなのひどいよー! わたしがいったいなにをしたってんですかぁ!」


 まさか、まさか。


「お前……本物のウサギ人間……!?」

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