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第2話 モンスター

 Cチームがダンジョンに進入してどれだけ経っただろうか。ついにその時が来た。


「Dチームの方はダンジョンへ進入してください」


「よし! それじゃあ張り切っていこうか!」


 ヒグラシさんが気合いを入れる。

 タセキさんとウサミミさんの雰囲気も変わった。


 俺は息を呑んで頷いた。


 先頭を歩くヒグラシさんの隣にはタセキさん。その後ろにウサミミさん。最後尾で孤立するわけにはいかないと、ウサミミさんの隣に並び立ち──そしてダンジョンの中へと歩みを進めた。







 そこはやはり森の中だった。

 靴の裏で踏み締める土、石ころ、木の枝、落ち葉、そして吹き付ける風、自然の香り──そのどれもが地球にあるものと相違なく、否応なしにここは現実なのだと突き付けられる。


「Aが前方、Bが右方、Cが左方に向かったみたいだから、僕達は後方を探索しようか。きっともうどこかのチームが交戦してる。モンスターは鼻が利くからね、ある程度は血の匂いに釣られてそっちに寄ってるはず」


 手負いやら討ち漏らしやらの話はどこへいったのかと思ったが、どうやら前のチームの軌跡を辿る戦術はD〜Cランク以上の危険度が高いダンジョンから採用される戦術らしく、低級のモンスターしか出現しないこのFランクダンジョンでは手分けして効率良く探索するのがセオリーらしい。

 とはいえ、森林のような風が吹く地上ダンジョンではやはり血の匂いが広がり、モンスターがそちらに誘引されるため、後続が安全なのには変わりない。


「なんだけど、風上だからなぁ……」


 風は俺達の進行方向──ダンジョンの入り口の後方から吹いていた。俺達の匂いは風下にいるモンスターに筒抜けというわけである。


「うーん、後続の痛いところだよね」


 ヒグラシさんは困ったように頭を掻きながらも、意を決したように小さく息を吐くと、まだ誰の軌跡もない森の奥へと歩き出した。







 歩き始めてどれほど経っただろうか。

 モンスターの襲撃はなく、今のところ平穏な道程が続いているが、私語はなく空気が重苦しい。

 隠密性を保持するためであろうが、匂いに敏感なモンスターの領域を風上へと進み、私語を慎んだところで大して意味はないだろう。


 そう判断するが、声量は絞って口を開く。


「そういえばみなさんはどのぐらい探索者活動されてるんですか?」


「僕と弟はもうじき半年になるかな。ランクはEだよ。田中くんは今日が始めてなんだったよね。ウサミミさんは?」


「1か月。ランクはF」


「へぇ! たったの1か月でFランクに? なにかスポーツとかしてるの?」


「……なにも」


「じゃあやっぱり若さゆえなのかな。エネルギッシュでいいよね〜……僕らみたいな30手前のおじさんは1日ダンジョンに潜っただけで次の日は筋肉痛で全身バキバキだよ。そういえばみんな何歳なの?」


「俺は今年で17になります」


「じゃあ高校……2年生だ! ウサミミさんは?」


「…………高1」


「いやー、みんな若いねぇ。なんか若返りの秘薬とかないのかなぁ……こんなダンジョンみたいなのがあるんだし、あってもおかしくないよね?」


「宝箱……」


 ヒグラシさんのボヤきにやや食い気味に反応を示すウサミミさん。


 宝箱とはその名の通り価値のあるものが入った箱のことで、どういったわけかダンジョン内にはそういったものが配置されていたりする。


 宝箱にはグレードがあり、それは宝箱の材質から判断できる。低いものから、木製、鉄製、銅製、銀製、金製となっている。……もしかしたらそれ以上のグレードもあるのかもしれないが、日本国内だけで28万ものダンジョンが発見されていて未だに確認されていないのだから、ない可能性が高いだろう。


「ウサミミさんはなにか、目当てのお宝がある感じ?」


「……別に。お金が欲しいだけ。価値があるならなんでも」


「田中くんは? なにか欲しいものとかある?」


「俺もウサミミさんみたいな感じです。来月の生活費が危ういのでお金が手に入るのなら、それこそ鉄クズとかでもありがたいですね。本当に切羽詰まってる時は食べられますし」


「「え?」」


 ヒグラシさんとウサミミさんが振り返る。

 黙々と歩いていたタセキさんも俺の方を見ている。


「あ、えっと、俺は『悪食』っていう、なんでも食べられる異能(スキル)を持ってるんです。もっとも、食べられるってだけで味は最悪ですし、肝心のダンジョン攻略には何の役にも立ちませんけど」


「なにそれいいなー!」


 と、ウサミミさんが今日一番の感情を見せる。


「お腹壊したりとかはしないの?」


「しないです、したことないです。今朝も消費期限切れのパンを消費期限切れの牛乳で流し込んできましたけど、今のところ体調不良とかは……」


「うわ、うわ……消費期限を考えなくていいんだから、自分だけタイムセールがバーゲンセールになるってことでしょ? いいなぁ〜……ねえ、何をどこまで食べられるの?」


「毒キノコや寄生虫つきの肉や魚、ダンボールや食材の包装に生ゴミ……あとは土や小石とか。『悪食』の効果で胃袋や歯も特別仕様になってるので、食べようと思えば本当になんでも食べられます」


「え〜! い〜い〜な〜!」


 なんだか……ウサミミさんの様子がおかしい。


「これが彼女の素なのかな……?」


 ヒグラシさんの耳打ちに「たぶん?」と返す。


 さきほどまでとは一転して和やかな弛緩した空気が流れるが、ここで漸くタセキさんが言葉を発した。


「モンスターだ」


「「「……!!」」」


 ヒグラシさんも、様子のおかしいウサミミさんも──少々及び腰ながら俺も臨戦態勢を取り、タセキさんの視線を追う。


 そこには2体のモンスターがいた。


 背中に雑草や苔を生やし草陰からの奇襲攻撃を得意とするフォレストウルフと、分厚い脂肪に太く鋭い牙を生やしたワイルドボアだ。


 おそらくフォレストウルフが先制攻撃を仕掛けた直後なのだろう。フォレストウルフがワイルドボアの横腹に喰らい付いており、懸命に振り払おうとワイルドボアが手近な木々に体当たりをお見舞いしている。


 鈍痛に耐え兼ねたフォレストウルフがワイルドボアからその牙を離すと、素早く体を転換したワイルドボアがその鋭い牙を以てフォレストウルフに頭突きを繰り出し、突き上げた。


 ちょうど心臓部を貫かれたのだろう。

 鮮血を撒き散らしてフォレストウルフは息絶えた。


 ワイルドボアは頭を振ってフォレストウルフを振り落とすと、おもむろに貪り始めた。


「……モンスター同士でも争い合うんですね」


「モンスターはモンスターに宿る魔石を喰らい、オドの濃度を高めることでその力を増すんだ。それは単純に空腹を満たす行為でもあるけど、力を得て脅威から身を守り生き抜くための行為でもある。人間と違ってそこには憎悪も怨恨もない。その姿形もさることながら、在り方としては自然界で生きる野生動物に近いだろうね」


 体内に宿るオドも体外を漂うマナもどちらも等しく魔素だ。マナは、モンスターが生息していて宝箱が配置されていたりもするダンジョンを創り出すほどのエネルギーを秘めている。であれば同じ魔素であるオドにも相応のエネルギーが備わっているのは道理。


 そんなオドが凝縮された物体である、モンスターの第二の心臓──魔石(・・)には、当然ながら相当なエネルギーが濃縮されている。言うなれば魔石は力の結晶。モンスターにとっては、喰らうだけで強くなれる黄金の果実も同然だろう。

 殺すだけでその肉で腹を満たせて、さらなる力をも獲得できるとなれば、野生動物のように本能で生きるモンスターがモンスターを狩るのは摂理だ。


 しかし魔石はモンスターのエネルギー源であると同時に、電池のような使い切りの動力源ではあるものの、魔石のエネルギーを用いることで風力や電力、火力などを大幅にカットすることができるため地球にも優しく、人類にとっては重要な資源でもある。


 需要はかなりあるが、なにせ全てのモンスターが持っているものだ。エネルギーの含有量にもよるが、供給される大抵の魔石はその価値に見合わない値段で取り引きされている。


「ヒグラシさん、どうしますか?」


「血の匂いに釣られてモンスターが集まってくるだろう──けど、魔石を喰らって力を付けたモンスターを放っておくと、のちの探索に響きかねない。ここで討伐するよ」


 魔石をひとつ喰らったところで劇的に強くなるわけではないが、その軽微な増強を無視し続けると強力なモンスターの誕生を招く。だからそうなる前に倒さねばならない。


「……! わかり、ました」


 俺は体を強張らせながらも短剣を握り締めて頷いた。


 ヒグラシさんの指示に従ってタセキさんとウサミミさんは草叢に潜み、ワイルドボアを囲むように展開する。俺は短剣を鞘から抜き放ち、ヒグラシさんの合図を待つ。


「いくよ、後に続いて……!」


 草叢から飛び出したヒグラシさん。

 俺はその斜め後方を走り、ワイルドボアへ接近する。


 背後の物音に顔を上げて振り返ったワイルドボアは、モンスターらしく躊躇などせずヒグラシさんをめがけて突進する。

 フゴッフゴッと獰猛な鼻息が数メートルほどの距離があっても聞こえてくる。


「受け止めるからその隙を!」


「え!?」


 受け止める?

 文字通り猪突猛進しているワイルドボアを?


 一瞬、呆気に取られるが、もりのくまさんにならできるのかもしれないとすぐさま考えを改め、ヒグラシさんとワイルドボアの衝突を見届ける。


「ふんぬぅっ……!!」


 ヒグラシさんはワイルドボアの太く鋭く発達した牙を掴み、突進の直撃を防ぐが少し押し負け、その場から押し退けられる。それでも掴んだ牙は手放さず、ワイルドボアをその場に縫い留めた。


「いまだ!」


 モンスターどころかただの野生動物すら傷付けたことはない。人間同士で取っ組み合いの喧嘩をしたこともない。始めて振るう暴力に躊躇や恐怖がないわけではない。だからこそ考えることをやめて、どうにでもなれと駆け出した。


「うおおおあああああ!!」


 短剣は斬り付けるよりかは突き刺した方が殺傷能力が高い──刃物を手にした体は自然と最適な形をとっていた。


 逆手に持った短剣を振り上げ、無防備なワイルドボアの背中に突き立てた。外皮を、筋肉を、脂肪を、繊維を断つような、気色の悪い感覚が全身に浸透する。


「──ッ!!」


 身の毛がよだつその感覚を掻き消すように、俺は何度も何度もワイルドボアの背中に短剣を突き刺した。

 さながら、ドラマに出てくる怨恨殺人犯のように。

 停止していた思考は凍結しているようだった。


 返り血が顔に飛び、ハッとする。


「田中くん、やりすぎ」


「ご、ごめんなさい……ああ、素材が……」


「まあ、それもそうだけど、目の前のものを見失わないようにね。刃物を持った人間がパニック状態に陥ってると味方もカバーに入れないからさ」


 言われて見てみれば、タセキさんとウサミミさんが居心地が悪そうに武器を握って立ち尽くしていた。


「でもまあ、気持ちは良く分かるよ。刃物を握って、モンスターとはいえ紛れもない生き物を殺そうっていうんだから。パニックになって当然だと思う。僕も最初はそんな感じだった。大丈夫、少しずつ慣れていけばいいよ。慣れていいものではないけどさ」


「はい、すみません……ありがとうございます」


 初めてのモンスターとの戦闘。

 モンスターを殺して勝利こそおさめたが、成功か失敗かと言われれば間違いなく失敗だろう。


 こうして俺は探索者とは何なのかを思い知ったのだった。

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