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窓から眺める背中

「やぁマリー。お利口さんにしていたかい?」


新婚であるにも関わらず離れて暮らす夫アルキオが別邸を訪れた。


やはりアルキオに会えるのは素直に嬉しくて、複雑な思いを抱えながらもマリー・ルゥはそれらに蓋をして微笑んだ。


「いらっしゃいませアルキオ様」


アルキオはマリー・ルゥの手をすくい取り、唇で指先に触れた。

そして上目遣いで彼女を見る。


「そこは“いらっしゃいませ”じゃなくて“おかえりなさい”だろう?キミは俺の帰る場所。キミがいる場所が俺の家なんだから」


「?そうかしら?」


アルキオの言葉に素直に首を傾げるマリー・ルゥ。

そこに嫌味や苛立ちなどの他意はなく、マリー・ルゥには本当に意味がわからないのだ。

だって彼の生活の拠点は別邸(ここ)ではなく本邸だ。

しかもたまにしか会わない妻を帰る場所だなんて言う、アルキオの心がわからない。


首を傾げたままのマリー・ルゥの横顎とコメカミにそっと手を添えて、アルキオが頭を真っ直ぐに戻してくれた。

そして長身の身をかがめ、顔を覗き込んでくる。


「体調はどう?翻訳に力を入れ過ぎてまた寝不足になってるんじゃないだろうね」


目の前に美しい花の(かんばせ)がある。

まるで神が造り賜うた造形物のようだと思うと同時に、()()とはどういうことだろう?とも思った。

女学院時代は確かに睡眠を疎かにしてよく貧血で倒れていたが、それをアルキオは知らないはずなのだが。

まぁアルキオほど有能な人間には何でもお見通しなのだろうと考え、マリー・ルゥは返事をした。


「今はちゃんと眠っているわ。逆に寝過ぎて困っているくらないの。私、すっかり昼夜逆転の生活になってしまって……まるで蝙蝠さんにでもなった気分よ」


「あはは蝙蝠か。頼むからどこかに飛んで行ってしまわないでくれよ?」


「まぁ……!空を飛べたら素敵ね。自由に飛べる翼があるなら、蝙蝠さんになるのも悪くないわ」


「じゃあキミがどこにも行かないように鳥籠が必要になるな」


「蝙蝠が入っても鳥籠と呼ぶのかしら?それとも蝙蝠籠?」


「あはは」


そんな軽口を言いながらアルキオはマリー・ルゥの腰を抱いて、食堂(ダイニング)に向けて歩き出した。

これから二人で遅めの夕食(ディナー)である。


そうして様々な話をしながら共に食事をし、お茶を飲みながらアルキオの土産である近頃王都で大人気だという菓子店のマカロンを食べた。


短い滞在時間は瞬く間に過ぎ、やがて明日も仕事を控えたアルキオが本邸へ帰る時間となった。


エントランスまで見送るマリー・ルゥにアルキオが言う。


「じゃあマリー。また近いうちに会いに来るから、ちゃんと静養しているんだよ」


アルキオの言葉を聞き、マリー・ルゥはダメ元で言ってみる。


「……もう体調はどこも悪くないわ。私はいつまでこの別邸に居ればいいの?」


「まだそんな青白い顔をしてるのに無理はさせられないよ。心配なんだ、また高熱を出して昏睡状態に陥らないか」


「本当にもうどこも何ともないのよ?青白いのは陽の光を浴びてないからだと思うわ?」


「記憶を失うほどの高熱出したんだ。幸い後遺障害は無いが、またその状態にならないとはいえない」


「でも……だって……」


いつまでもこのままでは嫌だ。

そんな不安な気持ちのせいで情けない声が出てしまう。

そんなマリー・ルゥの額にアルキオがそっと口づけを落とす。


「マリー、いい子だから静養に専念してくれ。今が一番大切な時期なんだ」


回復のために大事な時期なのだろうか。

困った表情を浮かべ、諭すようにそう言われしまってはそれ以上我儘は言えなかった。


アルキオは空気のように側に控えていたエイダを一瞥し、「頼んだぞ」と告げて玄関から出て行った。


「お気をつけて……」


マリー・ルゥは窓から歩き去っていくアルキオの背中を見つめる。

彼が向かう先には一台の馬車が停まっていた。

アルキオが近付くと馬車のドアが開き、中から長い黒髪の女性が出てきた。

その姿を見てマリー・ルゥはハッと息をのむ。


彼女がアルキオが側に置くという、共に本邸で暮らしているという女性なのだろか。

……アルキオを迎えに来たのだろうか。


アルキオは黒髪の女性を見るなり小さく頷いて馬車に乗り込んだ。

その後を追うように女性も馬車に乗り込もうとした、その時。


「……!」


(おもむろ)に女性が振り返り、別邸の方へと視線を向けた。

そして窓から覗くマリー・ルゥに気が付いたのだろう、こちらに向けて軽く会釈をしてから馬車に乗り込んで行った。


馬車の中は暗く、彼女がアルキオの隣に座ったのか向かいに座ったのかはわからない。

だけど同じ馬車に同乗させるということは、アルキオにとってよほど心を許した相手であることはわかる。


「……鳥籠を用意するってアルキオ様は言っていたけど……別邸(ここ)が既に鳥籠(そう)なんじゃない……」


ベルベットのような黒髪に、月の光を映し込んだような銀色の瞳が印象的な美しい女性だった。


あの女性との関係を邪魔しないために、自分はこの別邸に閉じ込められているのだろうか。

寄る辺ない哀れな娘を一応は妻に迎えて、アルキオをマリー・ルゥに居場所を与えているつもりなのだろうか。


そんなことをしなくても、マリー・ルゥは一人で生きていけるのに……。


夫の本意はわからないが、もしそうなら本邸に行きたいなんて口が裂けても言ってはいけない。

マリー・ルゥは己の立場を弁えて別邸(ここ)で暮らす方がいいだろう。

そして時期を見てこの別邸から、アルキオの庇護下から出て行けばいいだろう。


「ならそのつもりで行動しないとね」


そのためにどうするか。

色々と考えることがありすぎて、どうやら今夜も眠れそうにない。




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