エピローグ 永遠にご一緒に
マジ怖い執着至極……いや執着地獄?
あ、作中ちとグロ注意です。
異界の悪魔であるアルキオに、異界の人間であるローズマリーの魂を再び転生させる事は、あくまでも(もういい)不可能であった。
しかし強欲の悪魔であるアルキオに、欲したものを諦めるという考えはない。
そこでアルキオが取った行動とは、
ローズマリーが住むこの異界で生命の理を司る月の女神に転生を願い出ることであった。
悪魔が神に願うなどと、前代未聞である。
異界とはいえ対極する者同士。
光と闇の、それぞれ名のある高位な存在が取り引きの天秤の上にて対峙した。
月の女神がアルキオ(アモン)に問う。
「異界の72柱にして炎の侯爵よ。其方は私に何を望む?」
天秤は女神の方へと傾いた。
「生命と運命を司る異界の女神。吾は最愛の者の転生を願い出る」
「ほう。悪魔がただの人の子の生を望むのか」
「ただの人間ではない。吾が求める唯一の者だ」
「面白い。して、その願いを叶える対価は?」
「汝の望むままに」
傾いた天秤がゆらりと揺れる。
「ほう。では其方の世界の、東方の首座の頭を」
「アスモデウスか。……殺したところですぐに蘇るぞ?」
「べつに構わぬ。ただ、一度だけでもあの胸糞悪い顔を地面に叩き落として土をつけてやらねば気が済まぬのじゃ」
「……なんだ痴情の縺れか。アスモデウスの奴、異界の女神にまでちょっかいをかけていたとは」
「何が“色慾の悪魔”じゃっ!単なる助平の女誑しではないかっ!」
天秤は徐々にアルキオ側に傾いていく。
「わかった。アスモデウスの首を汝に捧げよう。その代わり、」
「わかっておる。娘ひとりの魂を転生させれば良いのじゃな。しかし死んですぐに受肉はよくない。悪魔に穢された魂なら尚更じゃ。機を待て」
「承知した。かまわぬ、どうせ我々にとっては一瞬だ」
いつの間にか天秤は水平を保たれている。
それは公平な取り引きの成立を意味していた。
そうしてアルキオは元いた世界に戻り、ひと柱の悪魔の首を落とし、サッカーボールのように足で蹴りながら女神に捧げた。
「ほらよ。首を落として望み通り顔に土をつけておいてやったぞ。まぁ今頃は復活してまた何処かで女と遊んでいるのだろうがな」
「べつにどうでもよい。其奴の情けない顔が見れて妾の溜飲が多少は下がった。其方の望みを叶えよう。しかし力を貸す以上、最後まで見届けさせてもらう。これは絶対じゃ。こちらから監視者を送るゆえ、常に側に置くように」
その監視者が“見届ける者”モニタであったという。
モニタという名はアルキオが勝手に付けた名前らしい。
こうして、茉莉とローズマリーの魂は転生し、マリー・ルゥとして生を受けたのだという。
自分の生まれ変わりに際して、女神と悪魔の痴話喧嘩(?)に巻き込まれていたとは。
マリー・ルゥは“事実は小説よりも奇なり”という言葉を実感した。
その後はアルキオ自身がマリー・ルゥに語って聞かせた。
ローズマリーがマリー・ルゥとして誕生したのを知り、アルキオは子どものいないオルタンシア伯爵夫妻の元に潜り込んだ。
夫妻を周囲ごと記憶操作を施し、アルキオは何食わぬ顔でオルタンシア伯爵令息の身分を手に入れた。
もちろん、ご丁寧に子どもの姿に身を変えて。
そして秘密裏にオルタンシア伯爵を動かし、マリー・ルゥの生家であるヘリオット子爵家に縁談の打診をさせ、シレッとマリー・ルゥを婚約者にしたのだ。
マリー・ルゥ誕生にあたり、ローズマリーでの失敗と同じ轍は踏まぬようにアルキオは細心の注意を払った。
ローズマリーの時のように生まれてすぐに庇護するのではなく、今回は表立っては不干渉を貫くつもりだったらしい。
だがもちろん水面下では過干渉。マリー・ルゥの周囲に眷属を配置して監視と護衛をさせておいての表面上の放置だ。
成人して妻として迎え入れるまで、彼女には世間の荒波とやらに揉まれて、是が非でも頑丈な精神を培って貰いたい。
囲い込んで愛でるだけではダメだとアルキオはローズマリーで学んだのだ。
だからマリー・ルゥが後妻に虐げられても、実父に見捨てられても、フォローはすれどあえて手出しはしなかった。
その状況を見たエイダが、
「貴方の意図するところはわかります。わかりますが……この悪魔め。あ、失礼。本当に悪魔でした」
「マリー・ルゥには負の感情を知っていて貰わねばならん。吾の魔力を受け入れられる器をつくらねばならんのだ。……まぁかつてのお前ほど闇深い人間になる必要はないがな」
「でも、犬のふりをして時々マリー様のご様子を見に行ってますが、あの方は恐ろしく前向きで逞しく、貴方が言うような闇を抱える人間にはならないかと」
「それも心のどこかにすでに影を落としている証だろう。負の感情を抱えながらも負けじと生きる。心が鋼の如く強くなっているという事だ。」
「……たしかに」
その後もアルキオは静観を続ける。
どうしてもマリー・ルゥに会いたくて、甘やかしたくて仕方のない時は夜に会いに行き、思いきり遊んでやった後、夢を見たと思わせた。
やがて父親役にして裏で使っていたオルタンシア伯爵が病で亡くなり、アルキオは伯爵位を襲爵した。
(夫人はすでに鬼籍入り)
「元々子がいない伯爵が後継を得たんだ。本人は何も知らずに、何の憂いもなく死んでいったよ」
そう言ったアルキオを、“見届ける者”モニタが冷ややかな目で見る。
「貴様は本当に悪魔なのだな」
「知らなかったのか?まぁオルタンシア家にはゆくゆくは何かで報いてやろうとは考えている。それに、これからはお前を公然と側に置けるぞ。もう影でこそこそ監視するのではなく、吾の隣で堂々と見ればいい」
「それが私の役目だ。言われなくてもそうする。しかしいいのか?」
「何をだ」
「父伯爵が亡くなって爵位を継いですぐに婚約者ではない別の女人を側におく。要らぬ憶測が飛び交うぞ。貴様の大切なマリーとやらが誤解するのではないか?」
「それもまた、マリーの心の影となるなら丁度いい。もちろん、彼女に会う時は思い切り大切にするよ。両親からは得られない愛を沢山捧げよう。そうしてどんどん吾に依存すればいい」
「やはり貴様は悪魔だ」
モニタにどれだけ誹られようとも、アルキオは意に介さない。
(言いたい奴には言わせておけばいい。
いずれマリーを手に入れたら奴らの記憶を全て淘汰してやる)
アルキオを待っていた。
様々な物事の転機を。
そのひとつがマリー・ルゥの女学院進学であった。
全寮制の寄宿学校である女学院に入れば、もう彼女の両親は必要ない。
マリー・ルゥに必要な影を落とすという、奴らの役目は終わった。
今まで散々マリー・ルゥを冷遇した二人を、アルキオはいずれ制裁を与えると最初から決めていたのだ。
そしてアルキオは、事故に見せかけて父親と継母をこの世から消したのである。
「人でなし。あぁ、人ではないのだったな」
「ふ、」
モニタの誹りを賛辞として受け取り、アルキオは微笑んだ。
もうすぐ。
もうすぐだ。
あと少し。マリー・ルゥは悪魔の花嫁になるに相応しい人間に成長している。
千年近くに及ぶ、アルキオの大願は三度目にしてようやく成就されようとしていた。
(今度こそ。今度こそ未来永劫、キミを大切に。そして幸せにする)
そして、とうとうマリー・ルゥを妻としたアルキオは初夜で契りを交し、血を与えて彼女を眷属とした。
まさか意識を失いその後初夜の記憶だけを失うとは予想外であったが、とにかく無事に目を覚ましてくれて良かった。
しかし大切なのはこれからだ。
マリー・ルゥが何事もなく眷属となれるか。
無事に変態を終えて陽の光を克服できるようになるか、それが肝心だ。
蛹であるマリー・ルゥを外界から隔絶した別邸にて大切に囲い込む。
もちろん少ない使用人全員が眷属だ。
陽の光に当たらぬよう、昼間は意図的に眠らせて昼夜逆転の生活を徹底させた。
そしてアルキオはローズマリーの時の失敗を踏まえて、干渉せずに静観を続けた。
この時期に愛を得てはならぬ。
負の力に拮抗する負の感情がマリー・ルゥの身を守るとアルキオは確信していた。
会いに行かないことが、
別邸という名の鳥籠に閉じ込めることが、
別の女性を側に置き続けることが、
マリー・ルゥの中で負の感情となればいい。
そうして無事に生まれ変わって欲しい。
アルキオは只々、それだけを願っていた。
やがて少しずつ、マリー・ルゥの体に変化が訪れる。
魔力が高まり、外に出たいと思うだけで転移ができるようになった。
悪魔と眷属だけが話す異界の言葉も聞き取れるようになっている。
そして属性はどうやらヴァンパイアらしく、血の滴る食べものを欲し、香味野菜を嫌がるようになった。
いずれ銀製品もダメになるだろう。
逞しく育ったマリー・ルゥは、眷属となる資質をきちんと培い、それを見事に開花させたのだ。
そこで漸く、“見届ける者”モニタが行動に移した。
いい加減、結果を知りたくて痺れを切らしていたらしい。
マリー・ルゥが完全変態を遂げたのか否か、自ら確かめ見定めることにしたようだ。
そして今、目の前に燦然と朝日を浴びて輝くマリー・ルゥの姿がある。
その姿を見て、モニタは自らの役目が終わった事を悟った。
悪魔が願い、モニタの主である女神が叶えたひとりの女人の転生は、無事に眷属になることにより成就し、果たされたのだ。
「長かった……短くもあり、ウンザリするほど長かった……」
モニタはそうつぶやいた。
そうして、
「後は好きにしろ。悪魔の顔など二度と見たくない」
という捨て台詞を残して消え去った。
おそらく主の元に戻ったのだろう。
何百年も共にした者が消えたとしても、アルキオには何の感情も湧かない。
(見届ける者の記憶を、後で人間たちの記憶から消しておかねばな)と思うだけであった。
はじまりの茉莉の時はあんなにも心を掻き乱されたというのに。
つくづく茉莉は、ローズマリーは、そしてマリー・ルゥは特別な存在なのだと、アルキオは思い知らされた。
そのマリー・ルゥは、話すだけ話してさっさと消えてしまったモニタが立っていた場所をじっと見つめている。
「……長い間、ご苦労さまでした。としか言いようがないですわね……」
マリー・ルゥがそうひとり言ちると、彼女を腕の中に閉じ込めたままのアルキオが言う。
「そうだね、長かった。一瞬だと思っていたけど、こうやってキミをこの手に取り戻してみるとよくわかる。キミを失っていた期間の長さが……。そしてもう二度とそれを味わいたくない」
マリー・ルゥは顔を上げてアルキオを仰ぎ見た。
「もう私は大丈夫なのよね?」
「うん」
アルキオが頷くのを見て、マリー・ルゥの中の茉莉が言う。
「あー様。ありがとうこざりんした」
「……なぜ、礼を言うんだい?」
アルキオの言葉を聞き、ローズマリーが答える。
「だって……アル様はずっと、私を諦めないでいてくれたもの」
「っ……うん」
そしてマリー・ルゥが三人分の想いを込めて言った。
「アルキオ様、私の素敵な悪魔さん。もう二度と離れませんよ。永遠にご一緒しましょうね」
「うん、うん。マリー……未来永劫、ずっと一緒だっ……」
そう言ってアルキオは、マリー・ルゥを抱きしめる手に力を込めた。
人ひとり。三世分の生を経てようやく叶った願い。
長い時をかけてようやく結ばれたことに、マリー・ルゥの心が震えた。
エイダはアルキオの愛が強欲な執着であると言ったが、それでも確かにマリー・ルゥはそこに愛を感じたのだ。
こんなにも愛してくれるアルキオにどう報いようか。
マリー・ルゥはそれを考える。
まぁいい。
焦って考えずとも時間は無尽蔵にあるのだから。
ずっとずっと、一緒にいられるのだから。
そう思うと嬉しくなり、マリー・ルゥも愛しい悪魔を抱きしめ返した。
____________了
◇後日談エピソード
「ヴァンパイアになって、吸血衝動はあるのよ?温かで新鮮な血を飲みたいなぁと思うの。でもね、私の中に残る人の心がそれは嫌だというのよねぇ……困ったわ」
別邸から本邸に移り住んだマリー・ルゥが、変わらず専属侍女として側にいるエイダにそう言った。
「何が困ったですか、何もお困りじゃないでしょう。私が作ったブラッディオレンジトマトジュースをがぶ飲みされて、よくもそんな事が言えますね。そのジュースで吸血衝動が満たされているとご存知で……。それに、一日に何度も作らされる私の身にもなってくだいよ」
「だってぇ。このブラッディオレンジトマトジュース、本当に美味しいんだもの。『花芯から滴り落ちる愛蜜でできた愛液』が入っているのが堪らないわ」
「奥様、今は濡れ場を翻訳中でございますか。作中に用いた言葉を日常会話に入れるのはおやめください。普通に蜂蜜が入っていて美味しい、で良いではありませんか」
「ごめんなさい。ついね、つい」
「わざとでございましょう?」
「あら、バレた?」
「もうブラッディオレンジトマトジュースを作ってあげませんよ」
「あーんごめんなさい!だって、かつて自分が書いた官能小説を自分で訳すなんて面白いと思わない?」
「まぁそんな人間、どの世界を探しても奥様だけでございましょうね」
「でしょう?だからつい、面白い表現があったら口に出して使いたくなるの。これは記憶を取り戻す前からだったから、私の中の茉莉がそうさせていたのね」
「いえ、茉莉様は慎み深い方だとお聞きしておりますし、ローズマリー様は無垢なお方でしたから、間違いなく奥様オリジナルの性格でございますね」
「もぅ、エイダったら容赦がないわね。まぁいいわ。ブラッディオレンジトマトジュースおかわり!」
「……はいはい」
エイダはため息をつきながら、魔術で血液と同じ成分に変えた、ブラッドオレンジとトマトジュースを混ぜた特性ドリンクを作りにキッチンへと向かった。
────────────お終い
これにて完結です。
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