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【完結】夫の心がわからない  作者: キムラましゅろう


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感じた視線

「マリー、大丈夫?疲れてない?」


宴も(たけなわ)となった頃、アルキオがマリー・ルゥを気遣いそう言った。


「平気よ。それよりまた喉が乾いたわ」


「わかった。給仕が持っているドリンク(もの)にする?それともドリンクコーナーで何かカクテルでも作ってもらう?」


アルキオが会場内の一画にある、バーテンダーがいるドリンクコーナーに視線を向ける。


「素敵ね。でもどんなカクテルを頼めばいいのかわからないわ」


「それじゃあ任せてもらおうか。マリーにピッタリなカクテルを頼んでくるよ。そこの休憩用のソファーに座って待っててくれる?」


今日は散々目の当たりにした氷点下スマイルとは対極の、いつもの優しいアルキオスマイルに安心感を得ながらマリー・ルゥは頷いてみせた。

そしてマリー・ルゥをソファーに座らせてから、アルキオはドリンクコーナーへとひとり向かう。


それを見送り、マリー・ルゥは「ふぅ」とひと息()いてソファーの背もたれに身を委ねる。

不思議と疲労感はないが、久しぶりの外出のせいかずっと気が昂っている。

アルキオが戻ってくるまでに少しでも心を落ち着かせようと思ったその時、ふいに声をかけられた。


「急にお声かけをしてごめんなさい。あの……覚えておいでかしら?女学院で同じクラスだったのだけれど……」


「え?」


声の主に視線を向けると、そこには確かに数ヶ月前まで同級だった女性がいた。


「まぁ……!お久しぶりね、もちろん覚えてるいるわ」


そりゃ覚えてますとも。

アルキオが婚約者でもない別の女性を同じ屋敷に住まわせていると教えてくれたのは、今目の前にいる彼女なのだから。

でもそこに悪意はなく、彼女はただクラスメイトを心配して手にした情報を共有してくれたのだと、マリー・ルゥは理解している。


その彼女……元クラスメイトが言った。


「卒業後すぐに結婚してしまって心配していたけれど、お幸せそうで良かったわ。体調も崩されたと聞いて心配していたの」


「その節は気遣ってくれてありがとう。私もあの時はてっきり婚約解消になるものと思っていたのだけれど、あれよあれよと挙式となって……。でもおかげさまで元気に暮らしているわ」


マリー・ルゥの返事を聞き、元クラスメイトは笑みを浮かべて頷いた。


「本当に良かった。それに、旦那様との仲も良好そうで何よりだわ。これからは社交にも出られるのでしょう?」


「それはまだわからないけれど、夫の許しが出るならそうしたいと思っているわ」


出版する本の宣伝も大いにしたいし。

と内心思いながらマリー・ルゥがそう言うと、元クラスメイトは会場内にいる他の女性たちの方へと視線を巡らせた。


「皆あなたに興味津々よ。あなたのドレスの素晴らしさで盛り上がったいたの。どこのドレスメーカーなのか、デザイナーは誰なのか、皆さまオシャレな方ばかりだからそれをお知りになりたいみたい。もちろん、ドレスの持ち主であるあなた自身にもね」


元クラスメイトの視線の先にはマリー・ルゥと同世代や少し年長の若い女性たちがいた。

流行のドレスを身にまとい、今が盛りと美しく咲き綻ぶ花のような女性たちだ。

マリー・ルゥは彼女たちを見てぽつりとつぶやいた。


「本当に美味しそうな女性(かた)たちね」


「え?」


「え?」


(なぜ美味しそうだと思ったのかしら?)

マリー・ルゥは心の中で小首を傾げながら元同級生に言う。


「私ったら間違えたわ。美しい方たちね、と言いたかったの」


「ふふふ。そうよね、そうだと思ったわ」


そして「ぜひ今度ご一緒にお茶でもしましょうね」と言って、元クラスメイトは去って行った。


その姿を見送り、次にマリー・ルゥは

(アルキオ様はまだかしら?)とドリンクコーナーの方へと視線を向ける。


アルキオはドリンクコーナーの前で、年嵩の男性と話をしていた。

バーテンダーがカクテルを作っているのを待つ間に声をかけられたのだろう。

「先日の会合では挨拶が出来なかったから声をかけさせてもらったよ。今日は可愛らしい細君の初お目見えかい?」

と男性が言っているのが聞こえた。


そしてその時、マリー・ルゥはまた不思議に思う。


(あら?どうしてあの男性の声が聞こえるのかしら?)


ドリンクコーナーは、マリー・ルゥがいる休憩スペースからわりと離れた場所にある。

にも関わらず、アルキオと話をしている男性の声がハッキリと聞こえたのだ。


(……なぜ?)


じゃあアルキオの声は?とマリー・ルゥは耳をすませてみる。

だけどアルキオの声は聞こえない。

口が動いているのだから会話をしているはずだ。

それなのに聞こえてくるのは「奥方が快復されてなりよりだ」とか「ワシの若い頃は」とか年嵩の男性の声ばかり。


(どうしてかしら?)


不思議でたまらないマリー・ルゥは、今度は会場にいる他の人間たちに意識を集中させてみた。

するとどうだろう。

先ほどまではガヤガヤと雑多な音でしかなかったのに、ありとあらゆる人間の会話が聞き取れるのだ。

普通では絶対にありえない遠く、隔たれた場所に居る者の声もハッキリと聞こえる。


(ふ、不思議だわ……)


頭の中が疑問符でいっぱいになりつつも、マリー・ルゥが意図的に意識を張り巡らせ続けたその時……


「……!?」


まとわりつくような視線を感じ、マリー・ルゥはビクリと肩を震わせた。


誰かに見られている。

自分の一挙一動、心の内側まで覗かれているような、そんな感覚がしたのだ。


(誰……?誰が見ているの?……視線を感じるのは……こっち?)


今まで会場の人間に向けていた意識を視線の元を辿ることに集中させる。

するとある方から視線を感じることに気付き、マリー・ルゥはそちらの方向を見た。


そしてその視線の先で、あの黒髪の女性の姿を見つけたのである。


(あ、あの人はっ……!)


アルキオがモニタと名を呼び側に置く女性。

銀の瞳を持つ、あの黒髪の女性が会場から庭園に出られるテラスの出入口に立ち、マリー・ルゥをじっと見つめていたのだ。


そしてマリー・ルゥと視線が交わり、しばし二人は互いに見つめ合う形となった。

しかし徐にモニタがくるりと身を翻し、庭園の方へと歩き去って行く。


「ま、待って……」


マリー・ルゥは無意識に彼女を追いかけた。

なぜかモニタが呼んでいる。そんな気がしたのだ。


そうしてマリー・ルゥもテラスから庭園へと出て、モニタの後を追ったのであった。




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