第7話
時間がだいぶ空いてしまいました。杉を切り刻むバイトをしていました。更新スピードを上げていきたいところ…。
酒神は、その名の通り酒を司る神だ。しかし、この神は他の神とは大きく異なる点がある。
それはこの世界において、酒という飲み物が神の手と英智を借りず、人類種が自らの手で手に入れた醸造技術によって獲得した経緯に由来する。そのため酒神の神格は、人類種が継承していく特殊な形態の神として存在している。
神魔大戦以降、神々の現世への干渉は激減したが、完全に繋がりが失われた訳では無い。神魔大戦中に土地や神器に施された加護や祝福は未だ健在であり、信仰あつき善き神の使徒には今も尚、誓約による祝福と加護が稀に与えられることがある。
しかし酒神は人類種が継承していくという特性上、神界からの干渉はおろか今もなお、現世に実在する唯一の神である。
善き神と、全ての神と世界を作った名も無き神、中つ空神の子たる人類が自らの力で作る酒を神々は尊び、いつしか捧げられる酒には神と人を繋ぐ力が生じた。
その力と、造酒と酒宴による人々の酒に対する思いはやがて人の身にありながら神の力を宿し、死すればまたその権能を持つ者として、いつの間にか、どこからか現れるようになる。酒神である。
酒神は歴代のソーマと酒造りに携わり、死んでいった者たちが生前に得たあらゆる醸造と造酒に関する技術と経験、そしてマナを酒へと変え、この世界に存在するあらゆる酒を生み出す権能を持ち、身一つであらゆる街へと行商に訪れ、その先で異邦の未知の酒を卸し、その技術を伝えるとされている。このため酒神は、複数の人類国家が存在し、関所による移動の管理が行われているこの世界において唯一、あらゆる土地への移動が無制限に許可されているが、そのほかの地位においては最高神オルカルディナの神託によって一般人と同等に扱うようにと命ぜられている。
そしてその代の酒神が命を落とすと、次の代の酒神がどこからともなく現れる。現れた新たな酒神は、明らかに成熟した大人の姿であるにもかかわらず、どこの生まれか、誰が親かすらも分からず、それもまた酒神の神秘とされている。
外れた左肩をおさえ片膝を着いたまま、猫獣人の女領主ユゥルティアは美しい剣を振り抜いた今代の酒神を見つめ、酒神という存在について教わった知識を反芻しては溢れる疑問に混乱していた。
「あ、あなたは……」
(彼は何者?酒神であるならば戦神の加護は受けられないはず。あの時飲んだ琥珀酒は間違いなく酒神でしか作れえぬ代物。でも、あまりに、あまりに強すぎるわ。もはや酒神の範疇を超えている…!)
視線の先では先程まで莫大なマナを凝集させ、絶望の一撃を放った大型深澱獣の進化態は、巨大な女の形をかたどった砲塔は両断されて地面に落ち、その断面から黒い塵のようなマナとなって急速に崩れ落ちる無残な姿を晒している。
「黄昏分かつ黄金剣。昼と夜、天と地を分ける剣。地に足つけるあらゆる魔を弒する、絶対魔滅の聖剣だ。ただし天と地がわかたれ、且つ昼と夜が交わる時、一片の陽光を手に宿すことで初めて手にすることが出来る。……今日が晴れていて、この戦いが夕刻で良かった。」
その聖剣から放たれた沈みゆく太陽を鋳溶かしたような黄金の光は、限りなく細い斬撃となって地平線まで走り、放たれた光弾ごと大型深澱獣を切断したのだった。
聖剣は、太陽が稜線へと沈みきったのと同時に訪れた夜に溶けるように掻き消えていく。
「酒神。名をロゥグン、と言ったね?」
「ん?ああ、はい。私の名はロゥグンと申します。」
「あなた、今年で幾つ冬至を超えたの?」
「んー……。たしか37、でしたかね。」
「それほどの力がありながら、あなたの名は神魔大戦の英雄として聞いたことがない。最前線で生まれ育った私でさえ。あなた、一体何者?」
外れた左肩を戻し、立ち上がったユゥルティアは、生まれた疑問を確認するように質問し、短く生えた顎の無精髭をさすりながら現人神の男は答えた。
「帰って体を温めますか。なに、私は酒と宴の神。取っておきで祝杯を上げましょう!」
暗くなった夜道を火を掲げ、騎士団は帰路に着いた。無傷のものはいなかったが、歩けぬものも居なかった。騎士たちは致命の一撃を身を呈して防いだ女領主の力量に心酔し、それを上回る絶望を斬り払った酒神に対する微かな恐れと憧れを持って夜の街道を行進している。日々の鍛錬とマナによって鍛えられた戦士たちは、戦闘の直後に凍てついた夜の行軍でさえ、街道を沿って一日で着く場所までであれば問題なく進むことが出来る精強さを誇っていた。
また、フリエリに付けば噂に聞く酒神が自ら酒宴の酒を振る舞うと言うので、疲労の中にあっても騎士たちの士気は非常に高かった。
酒神は、その姿を見た人間に本能的に自らの本質を感じさせることが出来る。そのため酒神を偽物と疑う者はおらず、誰も偽物になることも出来ない。目の前の人の姿をしたナニカが、酒を司る神そのものであることを、神の子である人類種は感覚によって確信することが出来るのだ。
夜が更け、雪雲の隙間から洩れる月明かりが頭の上に差し掛かった頃。篝火を焚き、門を閉ざし、胸壁の櫓の上で夜警をしていた老いた梟人が、帰還した騎士団と、長細剣を掲げて夜警を見つめる女領主をみとめ、鐘を打ち鳴らした。
「おーーい!皆、領主様と騎士団が帰られたぞ!!凱旋じゃ!!」