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第3話

「 ユゥルティア・フォン・ヒューガルド辺境伯閣下。拝謁致します。643代目酒神ソーマ、ロゥグンと申します。」


「いやはや、酒神ソーマに我が辺境まで足労いただくとは。私はヒューガルド辺境伯領領主、ユゥルティア・フォン・ヒューガルドだ。あなたの来訪を心から歓迎するよ。」


先触れを出してから程なくして、領主の館にて応接間に通されたロゥグンは、辺境伯の歓待を受けていた。


「ありがたく。……さて辺境伯閣下、早速本題なのですが、私は、自らの持つ酒神ソーマとしての技術と製法を人々に広めたいと思っております。そして私の琥珀酒は、我が権能が無くとも作ることが出来ると確信しております。そのためにはこの地と、ここを治める辺境伯閣下のご助力が必要なのです。」


ロゥグンの来訪した理由を告げられた辺境伯は、その桔梗ききょう色の猫目を細め、耳を横に倒して見定めるようにロゥグンに尋ねた。


「……ほう、今代の酒神ソーマはいつにも増して奇人であるという噂は誠だったようだ。なにゆえ自らが保有するその琥珀酒の製法を世に広める必要があるのかい?それは今代|酒神)ソーマ)であるあなたが開発し、今や瓶ひとつで大型深澱獣ナラク・ベスティアのマナ輝石と同等の価値を持つ代物。そのような金の成る木をわざわざ余人よじんに分け与えても、あなたに利などないのではなくて?」


領主でありながら、優秀な経営者としての才も併せ持つ猫獣人ケットシーの女領主には、自らが独占している情報と富を分け与えようとするロゥグンの目的を測りかねていた。


「……我ら酒神ソーマは、先代の持つ権能と経験を継承します。私の開発した琥珀酒は、次代の酒神ソーマもまた作ることが出来るでしょう。しかしそれではこの琥珀酒は、人類のものにはならないのです。」


「人類のものにならない?」


「はい、閣下。ご存知の通り、この世に存在するあらゆる酒は、我ら酒神ソーマが作り出したものです。しかし今ではあらゆる人々がその製法を用い、酒神ソーマからもたらされた酒からその土地独自の地酒を作るに至っております。私は酒神ソーマとして、この琥珀酒が人の手によってどのような進歩を辿って行くのかを見届けたいのです。そしてそのために、この地を私は選びました。最初の人造琥珀酒をこの地で作るために。」


「……なるほど、あなたの望みは分かった。しかし、それでも解せないことがあるね。何故わざわざこのような辺境の我が地でする必要があるのかどうか。そして人の作りし琥珀酒に、濃密なマナが含まれているのかどうか。仮に琥珀酒の味を再現できたとしても、マナが含まれないのであれば偽物とのそしりは免れないわけだからね。」


この世界のあらゆる生物は、食物を摂取することによって大気や食材に含まれるマナを取り込み、その一部を自身の力とする。食事は修行や生死をかけた戦いによって励起れいきした器魂刻路きこんこくろに新たなマナを取り込み、世界への干渉をより強く、効率的に行うことが可能になる。


そして食事の質が高いほどにマナの吸収効率は上がるため、貴族は幼い頃から質の良い食事を続けることによって、強力な器魂術きこんじゅつの使用を可能にしている。貴族の役割は質の高い訓練や食事を保証されることと引き換えに澱獣ベスティアから領民を守ることであり、かつての魔王との最前線であったこの辺境を治める、女領主の猫獣人ケットシーは、貴族の中でも一線を画す強さを持つものの1人だった。


20年前の魔王との戦いで戦死した父親から一人娘であった彼女は若くして家督かとくを継ぎ、戦後の荒廃したヒューガルド領を建て直した。領地を魔王の手から守った父親と、その地を栄えさせた娘は領民からの支持は絶大であったが、この女領主はこの地を更に栄えさせるための方策を貪欲に調べあげ、酒神ソーマの来訪を取り付けるに至った傑物けつぶつである。


「琥珀酒を作るためには、良い水、良い木、そしてよい麦が必要です。このヒューガルド領に流れる川は美しく、その川が流れる肥沃ひよくな山は下流へと土砂を運び、農村地域での豊富な麦の生産を可能にしております。この地にはその全てが揃っているのです。そして閣下はご存知かとは思いますが、旧魔王領との境界には、泥と枯れ草の広がる泥炭でいたん地帯がありますね?」


泥炭とは、寒冷な気候によって堆積した植物の腐敗が遅くなり、堆積したものだ。非常に軟弱な地盤であるため、家屋や道路を敷設することも出来ない厄介な代物だ。


ヒューガルド領は、旧魔王領との国境付近に存在する泥濘地帯を澱獣ベスティアと魔王軍の侵攻を阻む天然の要害としていたが、魔王が討伐された今、その泥濘地帯はヒューガルド領にとって、増加しつつある人口を維持するための開拓を阻む、自らの足枷となって辺境伯と開拓者の頭を悩ませていた。


「ああ、確かに存在するね。あそこで取れる泥は乾燥させてよく燃える優秀な燃料になるが、いかんせんあの泥濘地帯はかなりの広さを持つ。あれが琥珀酒を作るのに関係あるのかい?」


「はい。琥珀酒の濃厚で芳醇な香りと味わいには、あの泥炭ピートは必要不可欠なのです。そしてあの泥炭は、長年蓄積した植物が変化したもの。豊富なマナを内包しているはずです。この地で生まれる琥珀酒は、間違いなく濃密なマナを内包した、私のものとも遜色のないものになります。閣下にはそのための人足の手配と、琥珀酒の販路拡大をして頂きたいのです。私は琥珀酒の製造技術とノウハウを閣下に提供いたします。」


「……よろしい。私の目に狂いは無かったようだね。侍従長、酒神ソーマ殿の酒造りにあたって具体的な計画を詰めるよう農林産課に───」


「お話中のところ申し訳ありません!火急の用にて失礼いたします!」


「どうしました?水でも飲んで落ち着きいてから報告なさい。」


息を切らしながら部屋に乱入してきた狼獣人の男は、侍従長に水を渡されると一気に飲み干し、伝令を伝えた。


「フリエリより北東の泥濘地帯の監視部隊より、澱獣ベスティアの大群が確認されたとのこと!大型深澱獣ナラク・ベスティアの情報もあります!このままでは早晩泥濘地帯を突破され、領内へと侵入されてしまいます!」


その知らせは、魔王が滅び、平和を享受しようと歩み始めたフリエリの街を揺るがした。

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