三章 【天才的な采配】 一
ラウ・マグスはギルド【オーディン】における七人しか存在しない虹の冒険者である。その名から分かるように彼は前マスターであるリーシュの血縁の者。正確には彼の孫にあたる人物。
リーシュの家系マグス家は皆、ドルイドと呼ばれる精霊の血を引く特殊な人種であり生まれつき皆特異な肉体と才能を有していた。それ故にマグス家の人間はリーシュを筆頭にその力を人のために使おうと冒険者になる傾向が強かった。
ラウもまた偉大なる祖父に憧れ、優秀な父や姉の背中を追い冒険者となった。彼の父は御三家の一つ【トール】のギルドマスターであり、姉は【ロキ】のギルドリーダーを務め、誰もが冒険者でかなり地位を築いている。
だからこそラウが【オーディン】における次期ギルドマスターの地位に見知らぬ男が就いたことは認め難い事実だった。故に彼はアーサー・クラウズがマスターになった後でも反抗を続けている。
(俺もまだまだガキだな。爺ちゃんが見たら笑うだろう)
心の中でそう思いながらも本能的な衝動は抑えることはできない。
ラウはギルド内でも孤高かつ気難しい性格で知られるが別に問題児という訳ではない。どちらかといえば協調性は高く、率先して問題を起こすどころか解決する側の人間だ。それは彼の血筋故の誇りだ。
今回の場合はその誇りが邪魔をしていると本人も理解している。しかし誇りを譲ることはできない。結果ラウはアーサーとの感情に決着を付けるために分かりやすく勝敗を決めることにした。
自分の目で見て認めればラウの負け。これはそういう戦いだ。
「手筈通りか?」
ラウはギルドの会議室で待つ人物に対し声をかけた。厳かなこの空間にある七つの席は現在は埋まっていない。この場には彼以外に二人——サリアとアイリスの姿がある。こうしてアイリスの姿を見るのは珍しいが、表情を仏頂面から変えることはなく、ラウは同じ表情をしたサリアの答えを待つ。
サリアは肯定を示すように小さく頷く。
「概ねあなたの希望通りに進みました」
ラウはサリアを敵のように睨みつけながらも「感謝する」と一応の礼儀を通す。
アーサー・クラウズの適正を見る。かつてサリアが行ったことであり、ラウもそれに同意した。しかし帰ってきたサリアは別人のようになっていた。既に第三者という立場を失った彼女をもはやラウは信じてはおらず、アーサーへの評価は過大なものだと判断している。そして策を用意した。
アイリスという信頼できる斥候をアーサーの元へ潜り込ませることだった。これに関しては成功。彼女ならばサリアと違い一方的な評価にはならないだろうと。しかしながら結果は芳しくない。なぜならその報告の全てがサリアとほとんど変わらないからだった。
「ラウ。これを」
サリアは冷徹な表情のまま一枚の書類をラウへ手渡す。それを受け取り目を通すとラウは目を細めた。
なんだこれは? という疑問が思いついた瞬間に口から溢れ出た。
「チームの編成です。あなたには次の依頼でターニア・ソルロードをリーダーとしたチームで行動してもらいます」
サリアが見せたのは仮とはいえチームの編成だった。その内容は彼女の言うとおりターニアがリーダーとなっておりラウの名前もあった。そしてもう一人、この場にいるアリスの名もあった。
「聞いてないが」
「マスターの意向です。拒否権はありますが、マスターの能力を見るのならば丁度良いと思いまして。問題ありますか?」
なるほどとラウは強い口調のサリアに黙らされる。
実際ラウはサリアという人物の持つ独特の雰囲気を苦手としていた。特にその冷淡な瞳は自分以外の全てを見下しているようで恐ろしい。直接戦闘においてもサリアの方が一歩も二歩も上手だろう。現在の敵対とも言える立場はラウにとってすぐにでも脱したい状況だった。
「いや、むしろ好都合だ」
「それは結構。チーム名はスレイプニール」
「また大層な名前だな」
スレイプニールはギルド名にもなっている最高神オーディンが騎乗した八本足の馬だ。軍神馬とも呼ばれる伝説的な騎獣。即席のチームには勿体無い。
チームを組むことはやぶさかではない。しかしラウが次に疑問に思ったのはそのメンバーだった。
「なんだこのチームは?」
ラウは腹から溢れるような笑いを堪えきれなかった。
素人が組んだようなチームだ。等級はバラバラでそのバランスも偏っている。
ラウのジョブは戦士でありターニアと被っている。さらにそこにアイリスがいるのは良いが後衛となる存在がいないのはチームとして欠点を抱えていると言わざるを得ない。
しかしサリアがこのチームを確認し、マスターであるアーサーに何も提言しなかったというのは気になる点だった。
「お前は疑問に思わなかったのか? 俺を含めるのは都合が良いから無視するにしてもあまりにもバランスが悪い」
ラウの言っていることは正論である。しかしながらサリアはそれを理解していた。理解した上でそれを良しとしたのだ。
「思いました……ですがマスターがお作りになった編成ならば何か意味があると思い。そのままにしました」
それにとサリアは続ける。ここからが本題とも言いたげに彼女の宝石のような瞳がラウを見つめた。
「私はあなたを——ラウ・マグスをここに編成するように一言も言ってません」
「バカな! ならばなぜ俺が選出される?」
ターニアのチームがかつて解散したことはラウも知っている。それはいつものことだし彼女は次のチーム編成について慎重になっていたことも。だがそれがマスターに相談され、なぜラウがそこに入ることになっているのか。一つの理解できなかった。
というのもラウはこれまでチームに所属した経験を持たない。それにターニアとは等級が二つも離れている。本来ならばチームを組むことはあり得ない。これはターニアの能力が劣っているというわけではない。
サリアがチームに無理やりにねじ込んだというのならまだ理解できる。それならばバランスの悪さにも一応の説明がつくからだ。
「しかしこの人選は間違ってはいないと私は思います」
サリアが言う。確かに色恋沙汰でチームが崩壊するというのならばこの三名で組むとそういった問題は起こらない。彼女はそういう確信がある。
その理由を薄々理解しながらも「どういう意味だ?」とラウは確認せざるを得なかった。
「あなたは姉君にしか興味ないでしょう?」
言うと思っていたが実際に言われると腹が経つ。ラウは家族を敬愛している。中でも姉は歳が近いのにより高みにいるので彼自身、特別な目で見ている自覚はある。しかしながらそれが男女として意識していると誤解されれば腹も立つというものだ。
「好きに言ってろ」
ラウは冷静さを装う。腹の中ではさまざまな理由や姉の存在について、そして自分がどう思っているのかが言葉になって今にも出てきそうだが耐えているのだ。
同時にラウは思う。ターニアのチームを組むという面ではこのメンツは悪くないと。
「そうなると主人はあらゆる事情全て看破しているのかもな」
言ったのはアイリスだった。可愛らしくも男のような口調で放たれた言葉にラウは一瞬硬直する。背筋が凍るような錯覚、それが気のせいだと首を振った。
「ぐ、偶然だろう」
かろうじて声は出た。だが得体の知れない恐怖は拭えないままだ。脊髄に直接刃を刺し込まれたように本能に突きつけられた感覚は異常なほどに生々しく、ラウの神経に障った。
「かもしれません。しかしマスターがこのようなチームをただ組むとは到底思えません」
「それはお前の過大評価だ」
「それを試すのがあなたの依頼ですから。私はこのまま続行するのが良いかと」
ここで全てが偶然とするならばアーサーはマスターとしての適性がないことを知らしめられるかもしれない。ラウの脳裏にそんなことが浮かぶ。
「それとも辞退しますか?」
ラウは全てを読まれているかもしれない。そんな恐怖を抱えながらもサリアの提案に首を振った。
「いや、やるさ」
結構です。そう言ったサリアは次に依頼書をラウヘ渡す。
今回チームで受ける依頼ということは理解できる。だがやはりラウにはその意味が理解できなかった。
「これも何が意図があるというのか?」
「そうだと私もアイリスも考えています。ただこればっかりは私も読めないのが現状です」
「お前ほどの頭脳でもか」
依頼内容は至って普通。推奨レベルはラウ一人でも十分なくらいだ。チームの試運転にしても少し簡単すぎる。お粗末と言ってもいい。
ラウにはただ間抜けなマスターの仕事にしか見えない。やはりサリアの思い違いだ。チームも、依頼も、そして樹海での件も全てがアーサー・クラウズという人間の地位を向上させるように見えせているだけの単なる偶然。それを曲解したサリア。これで全て説明が着くだろう。
(そんな偶然が本当にあると思っているのか?)
ラウ自身がそれらの仮説を頭ではなく本能で否定していた。あり得ないと。しかしそれでも信じるしかなかった。
「私たちも刮目しましょう。マスターの采配を」
やってやる。心の中で静かに呟いたラウはここには居ないギルドマスターの姿を見据えて「見極める」と意気込む。
・
帝都は通称、城塞都市とも呼ばれる。多くのモンスターなどの襲来に対して万全の対応ができるように巨大な城壁によって囲われた帝都へは周囲は見晴らしの良い平原ということもあり鉄壁の守りを誇る。これまでに城壁を突破した存在はなく、同時に他国からの侵攻もここへ到達したことはない。
城壁には四つの関所があり、そこからでしか帝都への出入りはできない。ここは帝国の専業兵士である帝国兵士が厳重に守っており、城壁の上からも常に監視の目を光らせていて身分の定かでない者は決して通ることはできない。だが上位の存在ともなれば簡単に通過できる場合がある。主に帝都の冒険者だ。下げたプレートが証明となり、それを見せるだけで相手は会釈し、面倒な手続きも無視で通過が可能だった。
ラウもまたそうした身分であり、オーディンのメンバーはほとんどがそのような扱いを受ける。
関所を抜けるとラウはそこまで待つ二人を見た。
一人は漆黒の装衣に身を包んだ暗殺者アイリス。軽装に見えるが全身に毒などを細工したアイテムを隠し持っている。小柄な少女であるがその腕は一流であり、ラウは次に虹へ来るのは彼女だと踏んでいる。それくらいに認めている相手ではあるが彼女の方針からしてチームを組むのは初めてだった。
もう一人は見ただけでは戦士とは思えない服装の少女ターニア。彼女の服は特殊な衣類で編まれたもので下手な鎧よりも防御力が高い。そして何よりも魔法に対する防御耐性を持つ。戦士にとって最も必要な敏捷性を損なわないという意味でも優秀な装備だ。そして少女の腰には二振りの剣、かなりの逸品であるロングソードの二刀流こそが彼女の戦闘スタイルだ。サポート用のポーチも下げており万全の準備だと言える。
二人の背後には輸送用の馬車があり、旅の準備は十分だった。
ターニアはラウの到着に「おーい」と手を振ってパタパタと駆け寄ってきた。ラウは遅れたことを謝罪するが二人は気にした様子はない。時間には少し早めに来たがそれでも最後なのだから言うべきだとラウは判断したのだ。
「今日はよろしくね! ラウ」
「ああ、俺らの方が等級は上だが今回のチームリーダーはお前だ。お前の指示に従うぞ。よろしく頼む」
「心強いねぇ!」
バシバシとターニアはラウの背中を叩く。今、ラウは全身を覆う鎧に身を包んでいるのだから相当痛いはずだが彼女は上機嫌で気にしていない。
「完全武装とは珍しいな」
アイリスがラウの装備を見て言う。
ラウは真紅に染まった全身を覆う全身鎧——フルプレートを着用している。兜は視界が悪くなるので装備してないが魔法のピアスにより、頭部は飛び道具への耐性などを得ており、見た目より脆弱ではない。この鎧はオリハルコンと呼ばれる最高級の素材を帝国一の鍛冶師に造らせたもので、物理や魔法問わずあらゆる防御耐性を持つ虹の冒険者に相応しいものだ。
しかしそれよりも目を引くのはラウの背負う武器。彼の等身を超えるほどの氷でできたような大剣だ。
魔獣、フェンリルの牙より生み出されたという大剣は氷属性の魔法を宿す。振えば周囲は瞬く間に凍土に変わり、回数制限はあるが強力な魔法も打ち出せる。マグス家に伝わる宝具の一つだった。
これらの武具は本来ならば名指しの依頼。つまりラウの力でしか解決不可能と判断された依頼でしか使用しないものだ。今回の依頼で使うような代物ではない。しかしそれでも用意したのはサリアが「何か起こるかもしれない」と忠告を入れたからだった。
懸念。ラウはサリアの言葉を信じて装備を万全なものへ変えた。
「じゃあ行こっか!」
まるで休暇でも楽しむようにターニアは鼻歌混じりに馬車へ乗り込んだ。それを追いかけるようにアイリス、ラウと順番に続く。
帝国北方は比較的に安全な土地だ。平原が広がっており、街道沿いに進めば幾つかの都市がある。そこにも冒険者ギルドがあり周囲にはモンスターなどの姿が少ない。それでも全くないという訳ではないので商人などは護衛を雇うのが基本だ。
それでもこのチームならば周囲で脅威になるモンスターは皆無と言っていいだろう。ラウは警戒を解く。アイリスの索敵と探知能力があればあらゆる事態へすぐに対応できると考えたのだ。気を張るのも疲れる。
ラウはこれまでチームを組んだことがなかった。それは彼が天才と呼ばれる部類であることと、彼がリーシュ——前マスターの孫という意味もある。入団当初より破格の能力を有していたラウの周囲には人は集まらず、ストイックで負けず嫌いな性格も相まって同等の強者と組むという行為をしなかった。
ラウの姉でありギルド【ロキ】に所属するギルドマスター、チルダ・マグス。彼女もソロでの活動が多かったのでラウも冒険者が一人で活動することは普通だと思っていた。
こうした積み重ねがラウがチームを組まない理由だ。特に誇りとか主義とかではない。ある意味、洗脳とも言える。
だからこそラウは初めてのチームでの活動に少しばかり緊張していた。というより他人のいる環境に気を遣っている。
同じくそうした経験のないアイリスは平然として馬車の中で眠るように瞳を閉じていた。実際に眠っている訳ではないが彼女は気を遣うことも無さそうで羨ましい限りだ。
馬車はかなりの代物で三人を乗せてもあまりある広さだった。揺れが少なく北方までの快適な旅路が約束されている。
この馬車はオーディンが所有しているものの一つだ。御三家である帝都を拠点とするギルドは帝国中への冒険者の派遣を円滑にするためにこうしたものを国から貸し与えられている。あるいは格安で馬ごと購入している。その馬車にはギルドの証を装飾として彫って一眼で分かるようになっていた。
冒険者の移動手段は大きく分けて三つ。このような馬車と徒歩、そして転移だった。
転移魔法は発動できる人間がほぼ存在しない希少な魔法だ。しかしながら魔法石の上位に位置する魔結晶に込めることはできる。それでも数は非常に少なく、帝国内でもかなりの金額で取引される。
それ故に転移という移動手段は緊急事態の場合にのみ使用される。ここ数年では使われてない。もっとも使われないことが一番なのだが。
帝国における北方の領土はかなり広い。いくつかの都市が点在し、今回ラウ達が向かう都市パルネは領土の端にあり、隣国であるハーバット王国との国境近くにある。
国境沿いは森に覆われているために派手な戦争などは起こったりしないが、ここらには王国から流れた犯罪者や密入国者が多く、治安があまりよろしくない。故にこうした場所には野盗などが都市をターゲットに動いている場合がある。同時にモンスターの数も多くそれらの野盗が潰されるという話も良く聞く話だが。
ラウ達が今回ターゲットとするのはそれらに該当する盗賊なのだろう。詳細を聞くと数も多くないようだし、組織的にもそれほど脅威に感じない。やはりサリアの言葉はマスターのことを買い被りすぎた結果なのだろうとラウは思う。
しかし油断はできない。依頼が終わるまでは気は抜けないな——とラウは改めて気を引き締めた。
そんなラウは一つの違和感に気がついた。
「ターニア。その指輪はなんだ?」
ターニアの左手の薬指には見慣れない青い宝石が埋め込まれた指輪が嵌められていた。そんなものが彼女についていればちょっとした騒動になると簡単に予想ができる。
ラウの質問に対しターニアは嬉しそうに笑った。
「これね。マスターの真似をしてみたんだ」
真似の意味がラウには理解できなかったが話を流す。
「こうしておけば既婚者に見えるでしょ? これまでみたいなトラブルが減ればいいかなぁって」
腑に落ちた。確かにターニアほどの女性が指輪をつけていれば手を出しにくくなる。つまりは牽制の意味があったのだ。
「しかし無用な誤解はされないようにな?」
「多分大丈夫だと思うけど」
ラウは小さく溜息を吐いた。もしかしたらこの情報がどこかの誰かが知って、かつてターニアに告白した者達が暴れているかもしれない——なんて妄想をしてしまう。流石にそんなことにはならないと思うが。
「ま、ほどほどにな」




