二章 【ギルドマスターの憂鬱】 三
「それでさ〜どう思う?」
「どう思うって……まあお前は悪くないけどさ」
「何その歯切れの悪い言い方。なんかダメだった?」
「距離が近いんだよ。あと無防備なんだ。だから男が勘違いする」
「え〜そんなつもりないんだけど」
なんの話か——と問われれば色恋沙汰だ。なぜアーサーがギルドの内の女性とそんなことを話しているのかと言えばこれがアーサーの仕事だからだ。
アイリスの件を何とか解決したアーサーはそれから確信を得て「ギルドマスターになんでも気軽に相談しよう」計画を実施していた。
執務室を応接用にソファーや机を設置、さらにはハーブティーなどを常備し相談者を迎える態勢を万全ななものへと変えていた。
設置された家具や食器はそれぞれが帝国貴族御用達の超高級品である。材質はもちろん、職人が丁寧に作り上げ、施された装飾や刺繍に至るまで全てが拘り抜かれた逸品である。
なぜそんな高級品をわざわざ揃えたのか? と問われればこの執務室を基準として職人に依頼したら最高級品が提供されたという訳だ。実際の金額を見れば田舎者のアーサーでも法外な値段だと理解できた。
恐らく常人ならば目玉が飛び出す、腰を抜かすと称するに相応しいがギルド内の蓄えた財布には随分と余裕があったので購入しておいた。もちろんそれが最高級品だと気がついたのは購入後の話なのだが。しかしながら最高位の冒険者ギルドとして、そういった体裁を整えることは必要だということはアーサーの足りない脳みそでも理解できる。ここが難しいところだ。
あのリーシュですら「オーディン」を御三家と呼ばれるギルドに成長させた上でこうした拠点の外装や内装、ギルド内の給付金や補助金、保険金、提供される料理や酒などの質に至るまで様々なことに気を使っているとマスターになってアーサーは知った。
これもマスターとしての務めなのだから、アーサーがやるしかないのだ。それでも投資というのは非常に心臓に悪いのでアーサーは必要経費以外は二度としないと心に決めた。
そうして同じギルドとはいえ客を迎える体勢を整え、さらにクエストボードへ依頼書と同様に張り紙を用意した。任せた受付嬢は気を遣ってくれたのか宣伝の張り紙はクエストボードの中心に貼られていた。これに関しては少し申し訳ないという気持ちもあるが、宣伝も万全。これでアーサーの相談室はギルド内の人間は一度は目にするものとなっている。
しかし子供の発案にも等しいアーサーの浅知恵がそれほど上手く運ぶはずない。
この計画を始動してから一週間、相談者は一切現れずアーサーは途方に暮れていた。これでは金を無駄に使って自室を豪華にしただけの成金マスターという噂が立ってしまう。それは別に構わないがギルドの金を私欲のために使ったようで罪悪感がすごい。
がようやく待望の相談者が現れた。それこそがアーサーの対面ではなく隣にいる少女、ターニア・ソルロードだった。
サラサラの金髪を靡かせる美少女はその真紅の瞳でアーサーを見上げる。少年のような中性的な容姿はサリアとはまた別の方向の美だと言えた。ギルドのプロフィールで見た限りではサキュバス——淫魔の血が混じっているようで実際には小さいツノが頭から生えているらしい。
ターニアとはすぐに打ち解けることができた。アーサーはギルドにこんな子も居ると知ってかなり安堵したものだ。しかしそんな彼女も相応の悩みを持ってこの場にやってきたのだ。
その悩みとはズバリ「恋」である。冒険者と一見関係ないようなこの「恋」は実際には冒険者と密接に関わっている。というより切っても切れないと言うべきか。
冒険者という存在はチームを組む。ギルドという所属とは別に活動を共にするチームを編成し活動することは至って普通のことであり、チームを組まずにソロで活動する冒険者の方が珍しい。
バランス良くチームを組めば状況対応力は上がり、様々な依頼を達成ことが可能となる。特に魔導士や賢者などは戦士などの前衛がいなければその能力を発揮できない。逆に戦士などは優秀な後衛がいれば危険性は大幅に下がる。自分より強いモンスターなどもチームを組めば討伐することができるようになり、そのメリットは多い。
チームを組むことにメリットは多い。しかしながらデメリットももちろん存在する。
それは主に人間関係による部分が大多数を占める。複数の者が同じ行動する以上はある程度の指標は必要であり、それらに従えない場合はチームは組めない。例えば嫌いな者が居たり苦手な人物と居たりするとチームは組めないだろう。報酬を分配しなければいけないという問題も発生する。こう言った他にも無数の要因が絡んでチームを組むことにはメリットと同等のデメリットがある。
ここで話が最初の恋に戻ってくるのだが、多くの人間関係による問題の中で最たる要因が色恋であるのは確かな事実だった。
吊り橋効果という言葉があるように命の危機を感じるような場面において、人は恋に落ちる確率が高くなる。命の危機のドキドキを恋のドキドキと混同するとかなんとか。そんな効果はさておいて背中を預けて信頼し合う仲間との絆が異性として好意に変わる可能性は確かにあるだろう。アーサーだってそんな冒険者をよく見てきた記憶がある。
ターニアもまた色恋沙汰によるトラブルを抱えてチームが解散してしまったらしい。
正確に言えばターニアが率いていたチームの男性から告白されたが特に異性として好きではなく断った。さらにチームの女性はターニアに告白した男が好きだったようで険悪な雰囲気になり、トドメと言わんばかりに最後の男性がターニアに告白し玉砕。結果としてターニアのチームは木っ端微塵に崩壊したのだった。こうして以前のギルドに居づらくなって彼女はオーディンに入ってきたらしい。
ターニアの身に起こったことは別に珍しいことではない。生々しいが冒険者家業には本当に良くある光景だった。チーム崩壊の要因の三割くらいがその色恋沙汰、さらに三割がチーム同士の方針の違い、残った四割がメンバーの怪我や死亡による離脱だ。
「色恋って面倒だよね。あたしよく分からないんだけど、マスターは経験ある?」
「まあ居たな……冒険者ではなかったけどな」
「へえ〜。あー冒険者以外で恋人を作れば良いのか!」
言っている間にもターニアの距離は異常に近い。
アーサーはターニアがどうやって男を勘違いさせる要因を理解した。やはりこの距離感や言葉の端々にそう匂わせるのだ。これはサキュバスとしての血がそうさせるのか、それとも単純に彼女の性格がそうなのか。
(これは若い奴は勘違いするわな)
ターニアほどの美人が無防備な姿を見せていれば大体の男は勘違いする。自覚がないのが一番タチが悪いので、最初に言ったように彼女に原因がないわけではない。
「ってことはマスター結婚してるよね?」
「え? してないけど……ああ」
これか——とアーサーはターニアの言葉の意味を理解した。
アーサーは左手の薬指に指輪をしている。これは寝ている時も風呂も肌身外さず装備しているので、その存在をアーサーは忘却してしまっていた。
「これは魔法の指輪だ。製作者の嫌がらせで左手の薬指に着けないと効果が発動されないようになってんだよ」
アーサーも自分で言っていてどうかと思う、だが事実だ。結婚もしてないのに指輪している痛い奴と見せつけるためだけにこれを造った奴の神経を今でも疑っている。
「どんな魔法なの?」
「解呪だ」
解呪と言ってもこの指輪は今この瞬間でも発動し続けている。指輪型の魔法のアイテムは装備者にのみ恩恵があるタイプが多く。装備者が任意で発動させるタイプは少ない。アーサーの指輪の前者が該当し装備者の呪いを無効化する破格の能力がある。しかし装備後にかかった呪いは例外だ。
「へえー便利だね!」
「ああ、制約付きだけどな。助かってるよ」
この指輪がなかったと思うとゾッとする。未だにアーサーの身体を蝕む呪いを相殺できるアイテムはこの世界でもこれくらいだ。左手の中で唯一光る青い輝きをアーサーは懐かしむように見た。
「ちょっと見せてもらっていい?」
ちゃんとアーサーの返事をもらってからターニアは両手でソッとアーサーの左手を持つとまじまじと指輪を眺める。
「マスターの手、意外とゴツゴツしてるね。男の人の手って感じ」
「そういうとこだぞ」
「何が?」
やはりターニアは自覚はないらしい。指輪を見るはずがもはやそっちのけでターニアはアーサーの手を触っている。
(こんな所、誰かに見られたら勘違いされるだろうな)
そんなことをアーサーがぼんやりと考えていると執務室の扉は既に開かれていた。
「……何をなされているんですか?」
「うわっびっくりした!」
入ってきていたのはサリアでどこか虚ろな瞳でアーサーを見下していた。別にやましいことをしていた訳ではないのに、サリアの纏う雰囲気にアーサーは言葉を失っていた。
「サーちゃんだ。おはよー」
萎縮したアーサーと違い能天気にターニアは挨拶をする。サリアの冷たい視線はゆっくりと声の方向を確かめるように見る。その姿はどこか獲物を確認する猛禽類のようだった。
「ターニア。あなたでしたか」
アーサーと戯れているのがターニアだと知るとサリアは纏っていた異様な気配を鎮めた。「やれやれ」とため息を吐いた彼女はようやくこの状況を理解した。
「それで何をなされているんですか?」
「いや……ターニアが俺の指輪を見たいって言うから」
一瞬だけ「指輪」という言葉に反応してサリアの眉が少しだけ動いたような気がしたがアーサーは気のせいということにした。
なるほど——と呟いたサリアはターニアの方を向く。
「ターニア。マスターに失礼ですので相談でしたら対面で話してください。それが一応の礼儀というものですよ」
「そっか。ごめんごめん」
ターニアは「あはは」と、反省しているのかどうか分からない無邪気な笑みを浮かべたまま飛ぶように向かいにあるソファーへと移った。
サリアの存在は大きいとアーサーは思う。ターニアの持つ独特な雰囲気と距離感に感覚が狂わされていたが、これがギルドマスターとメンバーのあるべき距離だろう。しかしこれはこれで親しまれているマスター感があって悪くない気分だった。
実際こうして考えてみるとターニアとサリア。二人の接し方は対極的。どちらがマスターとして相応しいのかと。サリアは少し重い——というより帝国兵士もビックリするほどの丁寧かつ礼儀正しく仕えるという感覚だ。
対してターニアは過去を彷彿とさせる仲間という感覚が強い。前者の方が周囲からは侮られることはなく組織としてちゃんとしているが、後者の方が圧倒的に気が楽だ。しかしギルドマスターであることを考えると決めるところは決めないといけないか。
ここからはギルドマスターとしての雰囲気を優先すると、アーサーは自分の中で気持ちを切り替える。
アーサーとターニアはようやく机を挟んで対面に座り合った。よく考えればお茶の一つも用意してなかったが、それは先回りしたサリアが三つ分を用意してくれた。本当に頼れる存在だ。
自然とサリアはアーサーの隣に腰掛けるがアーサーはあまり気にしなかった。
途中から参加したサリアにこれまでの内容を掻い摘んで話すとサリアは「またですか
」と言いたげにため息を吐いて全てを言う前に理解した。
「もしかしてこれまでもあった……のか?」
「マスター。彼女の異名はチームクラッシャーです」
「それはまた不名誉な」
サリアの話では今回のチームで三回目らしく、帝国の冒険者の中でも彼女は有名な存在だった。しかもターニアが冒険者を始めた五年間の間にだ。その度に彼女はギルドを転々とし、ここに流れ着いたということだ。流石にこれではチームクラッシャーと呼ばれても仕方ない。
「ほんとだよ〜」
「確かに彼女は男漁りをしているという訳ではないのでまだマシな方ですが、自覚がないので余計にタチが悪いとも言えます」
サリアのターニアへの評価は概ねアーサーと同じだった。ターニアは「えー」と不服そうだがそれは事実だ。
まあ今はそれは本題ではない。
「それでターニア。俺に相談したいのはそういうことじゃないだろ?」
アーサーは無理矢理に話を軌道修正する。「あ、そうだ」と呟いたターニアは本題に移る。
ターニアの本題はまだ彼女の口から言われていない。チームが解散したとなればその内容は容易に推測可能だが、相談者本人から聞く必要があるだろう。
「マスターに新しいあたしのチームを編成してほしいんだ」
「なるほどな。了解した」
分かっていたはいたがアーサーはその依頼をギルドマスターとして承った。しかし一つの疑問が残る。
「ターニア、女性だけとチームを組もうとは思わなかったのか?」
これが単純な疑問だ。男女の人間関係の拗れを解消する手っ取り早い方法、それらを完全に分断することだ。そうすれば男女の友情は恋愛へと発展しない。このアーサーの考えは多分、一つの仮説によって否定されるとなんとなく予想していた。
疑問に対しターニアは「あー」と思い出したように微妙な顔をした。それ苦い思い出というか、忘れたい過去を思い出している顔だと感じる。
「それも考えたんだけどねぇ」
やはりとアーサーは呟く。それは仮説が当たったということだ。
つまりはかつてのターニアのチームは女性のみで編成された——しかしそれでも色恋沙汰が発生したということだ。異種族が多い故にそれらの枠組みも常識外だとアーサーは思っていたが予想が当たったらしい。
「彼女の二つ目のチームは四名全員が女性でしたが、チームの一人がターニアに告白。その後、関が壊れたように全員の感情が爆発。結果チーム全員がターニア狙いだと発覚し、ギスギスし始めてその後は依頼もままならずに崩壊という流れになりました」
「まさにチームクラッシャーだな」
「いやぁ〜それほどでも〜」
褒めてない——アーサーは心の中で叫ぶ。いや性別問わずにモテるというのは本来ならば照れるのが普通の反応か。しかしながらそれが冒険者家業の最大の障害になっているのでは世話がない。
「まあ冒険者ではよくある話だが」
しかしながら問題は思ったよりも単純ではないらしい。アーサーは問題に対し軌道修正を試みる。
「マスターだったら何か良い案とか、違うチームを組んでくれそうでさ。ここまで来たら一度他人を頼りにしてもいいかもってね」
てへっと丸投げしたことを照れて誤魔化すターニアにアーサーは突っ込まない。これもマスターとしての務めなのだから真摯に向き合うだけだ。
「それは良い判断ですね」
なぜかサリアの方が満足げだ。恐らく彼女は「マスターならば見事解決してくれる」と思っているのだろう。もはや解決したも同然というその期待はアーサーにとって重圧でしかないのだが。
「そういえば恋人にしても良い人はいなかったのか?」
ふと頭に浮かんだ疑問をアーサーは口にしていた。まあ、いたらこんなことにはならないと思うが。
アーサーの予想通りターニアにはそういった人は現れなかったらしい。それが「あー」という気まずそうな声音と表情から察することができた。
「そうなるねぇ」
「偏見だがサキュバスだし、誰かと恋したいとか思わないのか?」
「うーん、よく分からないんだよね……あ!」
言いながらターニアはアーサーをジッと見る。その視線の意味が理解できずにしばらく彼女の口が開くのを待っていた。
「マスターあたしと恋人になってくれない? 愛人でも良いんだけど」
超高位の魔法に「時間制御」と呼ばれる魔法がある。これは生物のみの時間を自由に操るものなのだが、それを発動されたと錯覚するほどにピタリとアーサー、そしてサリアの時間が止まった。
「…………は?」
「はあ!?」
アーサーよりも驚愕したサリアの声は叫ぶようになっており、反射的に立ち上がりターニアに掴み掛からんととする勢いだった。
「それはどういう意味だ?」
「いやぁ、恋人がいるフリをすれば、そういうことに発展しないのかなと思って」
なるほど。と先ほどの唐突な告白の意味を理解する。サリアは「失礼しました」と言い残してもう一度ソファーへ腰掛けた。
唐突な提案であったが
「確かに悪くないな」
アーサーはそう思う。つまり不貞になってしまうという状況を作れば人はなかなか手を出す状況にならず、告白に対しても大義名分ができるというわけだ。これで相手に好意を抱かせてもターニアには恋人がいるから、と諦めがつくかもしれない。要はターニアに恋人がいないから問題なのだ。
チームの再編成は抜本的な問題解決方法ではない。そういう意味ではターニアに偽の恋人を用意することは悪いことではない。
「はぁ!?」
落ち着いたはずのサリアが再び声を上げた。
「落ち着けサリア。何も本当に恋人になるわけじゃない」
「ダメです」
「えー」
即答だった。
吐息がかかりそうなくらいの距離に顔を寄せたサリアはアーサーへ言う。その気迫は瞳を見るだけで伝わってくる。
「マスターがなる必要はないかと」
それに——と付け足したサリアはゴホンと一度咳払いをした。
「二人に本当の想い人が現れた場合、この疑似恋人関係は大きく足を引っ張るでしょう。それにマスターもそろそろ結婚を考えるお歳とはいえ、ターニアとの歳の差は周囲から少なからず良くない噂が立つでしょう。それはオーディンのギルドマスターとして相応しくないと存じ上げます」
凄い早口で捲し立てた。これにはアーサーも「あ、はい」と敬語を使うほどに圧倒されてしまった。
「ではターニアの意見は却下でよろしいですね?」
サリアは笑顔だ。しかしその笑顔が貼り付けたようなもので眼が全然笑ってない。最初はその圧に黙っていたアーサーとターニアだった。だがもう一度念を押すように言われた「よろしいですね?」という言葉。これには了解するしかなかった。
「もー別に取らないよ?」
「ターニア!」
サリアはターニアを一瞥した。それだけで理解したのかターニアは「はいはい」と呟いてそれ以上は何も言わなかった。
アーサーにその会話の意味を理解することはできなかった。それを考えるよりも前にターニアは「話を戻そっか」と言った。
「では新しくチームを編成するという方向で」
「お願いね。マスター」
そうだったとアーサーは今回本題。ターニアの新チームの編成について頭を動かす。
「承った。今日のところはとりあえず帰ってくれて問題ない。新たなチームを検討し近日中に報告するとしよう」
はーいと能天気に答えたターニアは笑顔で手を振ると執務室を後にした。
客が居なくなったことを確認するとサリアは慣れた手つきでカップなどの食器を片付ける。その間に「全くあの子は」と何やらぶつぶつと言っている。
アーサーも執務用の机に戻ると、ソファーよりも座り心地が良い椅子に腰掛け、背中を預けた。
「さて」
と声を出したアーサーは早速と言わんばかりに、幾つかの書類を机の引き出しから取り出す
ギルドマスターとしてアーサーは頭を捻る。会って話したことでターニアの人となりはそれなりに理解した。
人を惹きつける才能とでも言うのか。ターニアにはそういうものが溢れているのだ。美しい容姿に加えて親しみやすい性格。好感を抱けば、それはやがて恋心に変わっても仕方ないと言えるだろう。
だとすれば選抜すべきは性別関係なく、そういったことに興味のない人物——と言うのは簡単だ。だがギルドメンバーのステータスを把握しても性格まで完全に把握していないアーサーにとっては至難の技だろう。
アーサーの先ほど言った「さて」というのは「さてどうしよう」という意味が強い。
ターニア・ソルロードは金等級の冒険者。ジョブは純粋な戦士のようだが幾つかの魔法も使いこなせる器用なタイプ。彼女自身の実力はそれなりのものだがチームの安定性に欠けるために難易度の高い依頼の成功率は思ったよりも高くない。これがターニアが金等級に甘んじている理由だ。それを証明するようにターニアはこれまで自分よりも低い等級の者と組んで、そのフォローに回る役目の方が多いようだ。
アーサーはそこで思いつく。同等かそれ以上の者と組ませる方が良いか? しかしそれではチーム全体の方針にばらつきが出る可能性が高い。
チームを組む上で最も必要なのはチームワークであり信頼関係、利害の一致などだ。等級は可能な限り同じ者を選抜することが推奨されるが、同時に既にチームを組んでいない——という条件と色恋沙汰に発展しない可能性が高く、尚且つ同等の等級でバランス良い人選でチームを組む。
(え? 無理じゃね?)
パッと条件を出してみたらもの凄い複雑でアーサーは脳内で「無理」という言葉が過ぎった。閃光にも似た瞬きが走るとそれは彼方へ消える。
はい無理でした——と言うわけにもいかない。
「うーん」
唸りながらアーサーは候補となり得る人物を挙げていく。
(いや……むしろこれは)
アーサーは候補を絞る中で一つの結論に至る。これは賭けにも近い。しかしターニアの実績の一つは十分に賭ける価値があると判断する。
それは生存力。彼女の組んできたチームの死傷者はゼロだった。つまりこれは彼女の指揮能力の高さ、特に状況判断能力の高さを示していた。
(ならメンバーは思い切って、これはこうして、さらに踏み込んで。うーん、若干バランスが悪いがターニアのポテンシャルなら問題ない。支障が出るなら修正すればいいか。とにかく今は試験的な情報が欲しいと言ったところか)
「マスター、その候補なのですが」
「ん? 何か問題があったか?」
後ろで見ていたサリアが口を挟む。普段彼女はそういう行為をしないのでアーサーは「え? なんかミスった?」という不安に襲われる。冷静な顔をしているが実際には冷や汗が滴っている。
「いいえ……なんでもありません」
サリアは何か言いたいようだったが何故か黙った。それがむしろアーサーには怖かった。
「何か意見があるなら聞くが?」
「問題ありません。ただ……」
何か含みのある言い方をした後にサリアはフッと口元を綻ばせた。
「全てお見通しなのですね。と」
(は?)
アーサーを完全に置いてきぼりでサリアは何故か勝手に納得していた。さらに賞賛をくれるのだからもう意味が分からない。
混乱するアーサーは「まあな」とそれっぽい返答をするので精一杯で彼女が何を思って、何を考え、何を言おうとしたのかは推測すらできない。
(今はこっちに集中するか)
考えても仕方ないとアーサーは割り切って仕事に戻る。
「こんなところかな」
アーサーは自身の編成したチームにそれなりの手応えを感じる。よし、と拳を密かに握りたくなるほどだ。
しかしこのチーム。試運転しないことにはどんな結果を招くかは分からない。危険な依頼を受ける可能性を加味して慎重に依頼を選定する必要があるか。
(あーそういや)
思い出すのはいつしかアーサーがたまたま見ていた依頼書だった。銀〜金等級向けの依頼。確か内容は盗賊の討伐だったか。
丁度いいと思う。試運転にはうってつけか。
チーム編成直後はそのチームの適正。メンバー同士の相性、連携、そういったものを確認したいので少し依頼の難易度を下げるのが定石だ。今回アーサーが選出したメンバーならば多少連携が崩れても、いや最低個人であろうと遂行可能だろう。しかし念には念を入れるべきだ。
「サリア、これを」
アーサーはチーム編成。そして受ける依頼を指定した。こうした依頼をチームに推薦、命令をするのとはギルドマスターの特権だ。適正を加味して派遣することもマスターに求められる能力の一つなのだ。
この依頼が適材適所だとはアーサー自身は思わない、だがこれは相談に対する返答ということで我慢してもらおう。
まあ、ターニア以外のメンバーの許可をまだ取ってないので絶対にチームが成立するのかは不明なのだが。
「かしこまりました。マスター」
アーサーはまたサリアが何かを言いたげにしているのを見た。それを見てまた不安に襲われるのだが、やはりサリア自身がそれを告げることはない。
(俺ってもしかして息を吐くように失敗してて、サリアはそれをさらに息をするようにフォローしてくれているのでは?)
サリアの態度からそんな気がしてならないアーサーだった。
執務室を後にするサリアを見送ったアーサーは大きくため息を吐く。
「あぁ……胃が痛い」
ついでに腰も痛い。
・
執務室を出たサリアは幾つかの書類を手に拠点一階にある受付と事務室を目指す。その間にも彼女の頭は常に回転し続けている。
(マスター……一体、何手先まで読んで行動されているのでしょうか? 少なくとも私やラウの行動などは全ては看破され、先読みされ、その上で策を用意されていると見て良い)
サリアはアーサーが考案したターニアを中心としたチームを見る。それは相談者であるターニアの要望を最大限叶える形であり、尚且つ他の意味合いを持つように思えた。アーサーという人物の底が見えずにサリアは驚愕を隠せないでいた。もちろん表情は動かないように努めていたが、バレてしまっただろうと彼女は反省する。
極め付けはこの依頼だ。サリアはその依頼をアーサーが見ていたことを思い出した。(この依頼……やはり何かあるのでしょうか?)
北方都市近辺に出没する盗賊の討伐。一見は通常の依頼。しかし今回編成したチームでは明らかに過剰戦力。何か裏があるのではとサリアは睨む。
(これに関しては探りを入れた方がいいかもしれませんね)
自分が気が付かない点をアーサーという男は神の如き眼で見据えている。ギルドの名前にもなっている最高神オーディンは万象全てを見据えるという特別な眼を持っていたと語られているが、まさにそれだ。
測ろうするのが間違っているのかとサリアは思う。
(今回の依頼は何かが起こるかもしれませんね)
どちらにせよと呟きながらサリアはここにいない人物の顔を思い浮かべる。同時にアーサーを試そうとした過去の自分を思い出し、己の愚かさを思いしる。
無知は罪だとはよく言ったものだと感じるのだ。
(ラウ。どうやら試されるのはあなたの方です)
全ては仕組まれたことである。しかしながらそれを知った上でマスターの掌で踊らされているのだ。自分さえも盤上の駒とするから同じ駒ではそれには気が付かない、いや気がつけない。盤上を支配する駒、それこそがアーサーという男。
サリアにとってアーサー・クラウズはもはや神に等しい存在に昇華されていた。




