幕間
その部屋の中央には漆黒の黒曜石でできたような円卓がある。そこに三つの席があり、席は既に埋まっていた。カーテンによって窓は閉め切られており外の光は室内には届かない。部屋は天井からぶら下がる魔法石のみによって灯されている。部屋の雰囲気は薄暗い照明に引っ張られるように非常に暗く、円卓を囲んだ男たちは睨み合うように互いを見ていた。しかしその口元は少し緩んでいる。
「計画は最終段階に入った」
この場を取り仕切る男——ギルドマスターであるペッシェ・アルミカラスは警戒をしたまま口にした。
この会話を部外者に聞かれることは許されない。魔法的な結界により会話内容を盗聴することは難しいと分かっているが、それでも重大な機密事項を口にすることに警戒を隠せなかった。その視線は真っ直ぐに仲間である二人に向けられており、二人はペッシェに同意するように静かに頷いた。
このような定例報告会は彼らでは良くあることだ。特にここ数年間は隙間なく情報共有を行なっていた。
「こちらの資料をご覧ください」
言ったのはデケンという男。計画における中核を担う彼は一枚の紙を手に取って二人へ配った。
「ヨルムンガンドは最終調整に入ってます。テイマーの職業を収めた者十名でようやく突撃と撤退を命令できるレベルはありますが支配下に置いたと言えるでしょう」
その名を聞くだけでペッシェはブルリと身を震わせた。それは他の二人もそうだった。一度だけその姿を見たことがあるペッシェはその異形を今も鮮明に思い出せる。
ヨルムンガンドはミズガルズオルムと呼ばれるアガルガ樹海のみに生息する伝説級の大蛇、その特異な個体の名称だ。共食いという性質を持つミズガルズオルムはその果てに食った分の頭を増やし、より強力で歪な個体となる。恐らく歴史上で初めて確認されたヨルムンガンドをその手中に収められたのは幸運だったと言える。
「ようやくか」
ペッシェは安堵したように息を吐く。ヨルムンガンドはあまりにも強力な存在であり、モンスターを使役することに特化したジョブを持つ者——中でも優秀な、レベル六十はある人間が十名同時に命令することでようやく二つの命令を聞く程度には使役できたのだ。
しかしながら完全に安全というわけではない。主人不在のような状態であり本能に訴え防衛行動を取らせる形であり、命令に絶対に従うとは限らない。例えばあれよりも強者と戦わせようと命令してもヨルムンガンドは逃走を優先するだろう。そんなことはあり得ないが。
「伯爵はなんと?」
「数日中には実行に移すと言っております」
もう一人の男、ブラウが告げた。彼は計画において協力者、もとい依頼人である男、アドワ・ゲドルフ伯爵との連絡役を務めており、同時に伯爵の護衛の役目を持っている。
「ならば我らも動くとしよう。各地にいる仲間を集めてくれ」
「了解しました」
彼らはアルシス帝国における闇。冒険者が光ならば彼らは影とも呼べる存在。
帝国軍務部と呼ばれる組織によって冒険者は管理されている。帝国全土にそれぞれ拠点を持つ冒険者にはもちろん幾つかの憲法に基づく規律や制限がある。主な例を挙げれば違法薬物売買、密輸、暗殺などは検閲され依頼として発注すらできない。
そこでそれら闇の家業を請け負う冒険者が存在する。しかし帝国より認められない冒険者はその証であるプレートを与えられない。故に彼らはノープレートと呼ばれた。
ノープレートは冒険者同様にギルドを組む。それは闇ギルドと呼ばれ帝国中に蔓延る暗部であった。
ペッシェ・アルミカラス率いる闇ギルド【ヨトゥン】は帝国内部でもかなりの規模を誇る。メンバーは危険な仕事を生業とする上で鍛えられた精鋭であり、その総数は四十名以上。帝国貴族アドワ・ゲドラフの私兵に近い彼らは一定の情報統制、隠蔽が容易で帝国の脅威となっている。そして彼らは現在進めている計画によりさらに盤石な体制を手に入れる。
順調過ぎる計画にペッシェは破顔する。もはやこの段階で計画を瓦解させることのできる存在などない。そんな慢心とも言える絶対の自信を抱いてペッシェは同士らと笑い合う。
「さあ、行こうか」
指揮官に相応しい態度を腹の底から湧き出る笑いを噛み殺しながら維持してペッシェは計画の最終段階をその目で確認するために西方、アガルガ樹海を目指す。




