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マスター不適合者  作者: やmだ
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一章 【伝説が語られる】 二

 アガルガ大樹海。大を付けるかどうかは呼ぶ者によるが樹海というのは基本的に大きいものでそこらの森と区別するために樹海とそこは呼ばれていた。

 ユグドラシルの苗木と呼ばれる巨大かつ鉄に匹敵する硬度を持つ樹木を中心に数千種類の植物が自生する土地であり、同時に多くの動物、それらを捕食するモンスターが共生する場所でもある。

 樹海は無限と錯覚するほどに帝国西方に広がる。深部にはミッドガルと呼ばれる巨大な湖があると言われるがそこまで辿り着いた者はおらず眉唾だと言われている。しかしそこから出でるという超級の怪物——ミズガルズオルムはその存在を実際に確認されており帝国の歴史上数百年に一度という頻度で目撃、あるいは討伐したという記録が残されていた。

 以上の情報を踏まえて樹海へ踏み込んだサリアは自身の前を歩く男を睨むように見据える。

 アーサー・クラウズと呼ばれる謎の男。見たところは普通——それより劣る中年男性だ。それは彼から感じる気配や覇気、見ただけの情報である装備、歩き方や姿勢などを総合的にサリア自身が評価した結果に下した決断だった。

「なあ? ミズガルズオルムってどんな奴なんだ?」

 緊張感なく聞くアーサーに対しサリアは視線を鋭くした。しかし内側から漏れそうになる敵意を抑えて努めて冷静に彼女はその問いに答える。

「巨大な漆黒の鱗を持つ竜にも似た大蛇だと聞いています」

「見たことはないのか?」

「残念ながら。しかしその姿は一目瞭然でしょう」

 ふーん——とアーサーは興味あるのかないのか分からないような返事をする。

 ミズガルズオルムのレベルは推定八十前後とされる。人間があらゆる修練と鍛錬の果てに辿り着く境地が同じ八十であり、万全の装備を整えても単騎での討伐は不可能だ。しかしサリア・グラスナーは単騎で討伐が可能。彼女のレベルは九十を超えており今回の目標を一体だろうが複数体だろうと殲滅できる。

 このレベルというのは実際に数値として見えるわけではなく、冒険者らの中で指標とされる数値であくまでも参考程度の数値だ。自身レベルと相対する危険を照らし合わせ依頼を選ぶことは冒険者にとっては日常であり常識だった。

(やる気があるのかないのか……皇帝陛下の勅命という依頼に対しプレッシャーはないのでしょうか?)

 そんな疑問がサリアの中で浮かんだ。

 アーサーの行動はどこまで行っても日常の延長のような余裕を感じる。まるでこれから命を懸ける必要などないと断言しているかのように。それは自身の力を信頼しているのか、それともリーシュというギルドマスターを信用しているのか、残念ながらサリアには分からない。

(まあいいでしょう)

 サリアは元からアーサーを守る気は皆無だった。同時に目標であるミズガルズオルムに対しても興味はない。そもそもこの依頼などついでに過ぎない。

 本来ならばサリア一人で足りる依頼を目の前にいる男に任せるのにはもちろん深い理由がある。

 それは裁定だった。アーサー・クラウズという男が次期ギルドマスターに相応しいかどうか。

 リーシュ・マグスはギルド【オーディン】の創設者であり数十年に渡ってギルドを運営し、帝国において御三家と称されるギルドへ成長させた人だ。しかしながら彼は歳老いて今まさに引退を表明している。

 その後任はどうするのかという話になるのは必然だった。ギルド内から選ぶという意見を無視してリーシュが指名したのはアーサー・クラウズという名も知らぬ男だったというわけだ。

 リーシュの引退に関しては仕方ないという意見が多数だった。しかしながら後任が冒険者でもない男だとするならば反対意見が多数になるのは目に見えている。しかしリーシュはそれでも彼を推した。確固たる決意を持って。その言葉にギルド内のメンバーは黙らされてしまった。最後まで抵抗したサリアはリーシュに対し条件を出した。それはサリア自身がその目でアーサーという男を見定めること。

 今回の依頼にはそういう意図が含まれている。というよりかはそちらがメインであり、ミズガルズオルム討伐依頼はアーサーの適性を見るために過ぎない。だからこそサリアは出会い頭からずっとアーサーを凝視、その一挙手一投足に注目し、自分の中で彼を裁定してた。

 樹海へ入って推定二時間ちょっとが経過したとサリアは判断する。それくらいだ。

 現状アーサーは失格だ。この男はカリスマ性や覇気などを含めても上の立場の人間には相応しくない。それは敵意を持ったサリア以外が見ても同じ感想を抱くだろう。しかしそれはあくまでもギルドマスターとしての評価。冒険者であるサリアは彼をあらゆる面——特に戦闘能力——において未知数と評価している。

 アーサーは樹海に入った後もその態度を変えない。リーシュと再開し、村を通過して樹海に入ったがそれまでの彼の表情や態度は本当に何一つとして変わってないのだ。これは異常なことだった。環境に応じて人はそれなりの反応を示す。家の中ではリラックスし、この樹海のようなどこに危険があるか不明な場所ではストレスを感じる。それは表情に出るとも限らないが手足などの癖に少しは出るはずだ。サリアも警戒を厳にしているには違いない。

 何よりもサリアがアーサーに感じている不自然さはその装備の薄さ。彼は本当に何も持ってきていない。冗談抜きでだ。その異様さが未だサリアが彼の裁定を続けている理由だった。

(ん?)

 見落としがないようにアーサーを凝視していたサリアは彼が唐突に足を止めるのを確認する。

 アーサーはどこかキョロキョロと森を見渡した後に上の一部分を注視している。

(何を……見ているのです?)

 その後もアーサーの視線は森の中を一定の間隔で立ち止まり見渡しては一点を注視する。その不可解な行動の意味をサリアは理解できなかったがようやく理解に至った。

(まさか……気がついているのですか!?)

 この樹海には同ギルドの潜伏と諜報を得意とする斥候を数人忍ばせている。それは目標の確認など様々な意味合いがあるが最も重要なのはサリアと共にアーサーを監視し戦況などによっては撤退なども視野に入れるためだ。

 樹海に入るにあたってこうした森の知識がある者や感知能力の優れた者を配置するのは常套手段だ。無数の危険があるこの地においてサリアも単騎で侵入するという愚策は犯さない。アーサーはその不自然さに気がつき、斥候の存在を探しているのだと彼女は確信した。

(まさか見えているとでも言うのですか?)

 正直な話、サリアは感知能力が特別高いわけではなく彼女ですら斥候の姿を確認できない。斥候の代表である者とは耳に装備したピアスに嵌め込んだ意識共有の魔法石——同色の石を装備した者同士の遠隔での通話を可能とする特殊な魔法石——による通信が可能で、それが唯一その場所を知る手段だった。しかし流石にそれはないとサリアも高鳴った心臓を鎮めるように呼吸を静かに整えた——瞬間。

『目標に見つかった。即座に撤退する』

 鈍器で殴られたような衝撃がサリアの心臓へ走った。もちろんそれは彼女自身の心臓が放った最大級の鼓動だった。あまりのことに彼女も冷静さを欠いてそんな錯覚を起こしてしまう。

(バカな。どうやって見たのです? スキル? しかしそんな素振りは一度も)

 アーサーの視線の先を自然とサリアは追っていた。不可視の存在である斥候は見えない。恐らく先ほどの通信からきっとこの場にはいない。それを現すようにアーサーも興味をなくしたように視線を正面に戻して歩き始めた。

(やはり見えている……あるいは感知できているのですか。索敵系に特化したジョブ? だとすれば装備が脆弱過ぎる! いや落ち着けサリア)

 こちらの意図が気づかれた? サリアの脳内に様々な憶測が浮かぶ。

(最初から気がついていたとしたら……)

 マスターリーシュの依頼から不自然な点に気がついたアーサーは既に自身が試されていると気がつき、逆に弄んでいる? 装備を極端に少なくしたのも、即座にここへ入ったのもこちらの動揺から位置を把握するため。

(私も遊ばれている?)

 サリアの中でアーサーの評価が著しく上昇した。それは警戒に変わり、同時に視線の色が変わった。

(マスターが言っていた見れば分かると言うのはこのことだったのですか)

 あそこまでリーシュが推す理由を今更に理解しサリアは後悔した。

「どうかしたか?」

「い、いえ」

 サリアは努めて平静を装った。ここで焦燥を悟られてはいけないような予感が彼女の心の中で叫んでいる。

(試されているのは私ということですか)

 あまりらしくない態度を見せれば幾ら実力があろうとギルドリーダーという地位を剥奪されるかもしれない。もはやアーサーの底を見ること——裁定などは不可能だ。その行動はサリアには読めず、僅か一手で格の違いを見せつけられた。端的に評するならば化け物。

 サリアはアーサーを試すのではなく自分が試されているという前提に変え、集中力を高める。

『リーダー緊急事態だ』

 再びピアスの意識共有の魔法石を介して声がサリアに届く。その声音から先ほどとは違うものだと分かる。サリアは魔力を捻出し心の中で斥候である彼女へ問いかける「何があった?」と。しかしその回答は得られなかった。

 この場合考えられる可能性は二つ。火急の要件で通信している暇がない場合、既に通信できない程の傷を負った場合だ。落としてしまった場合も考えられるがピアスに嵌め込んだ魔法石が外れるという事態は考え難い。もちろん耳を切り落とされた可能性もないとは断言できないが彼女に限ってはないとサリアは推測する。

(目標と接触したと考えるべきですが、彼女がそれでこんなに焦るでしょうか?)

 斥候の一人は白金等級の冒険者であり、サリアが知る限り最高の暗殺者だ。相手が如何にミズガルズオルムと言えど発見できたとしても追跡は困難だろう。

「ん?」

 刹那——樹海全体が意思を持つかのように揺れた。それは地面も木々も全てだ。天変地異の前触れと言われてもおかしくない地響きが次第に大きくなるのをサリアは感じる。間違いない。

(来るっ!)

「アーサー!」

 サリアが無意識に叫ぶ。なぜか敬称は抜け落ちていたが気にしてる暇はない。

 必要はないと思いながらもサリアの体は反射的にアーサーを守るために動いていた。大きくアーサーを抱き抱えるように飛んだ彼女の横を何か途轍もない速度と重量が過ぎ去っていく。

 竜巻が過ぎ去るように木々を薙ぎ倒した巨体は先ほどの速度とは比べ物にならないほどにゆったりとした動きで体勢を整えるとサリアとアーサーの二人を見据えた。周囲の大木は全て薙ぎ倒され転げ落ちており、二人が下敷きにならなかったのは奇跡的だった。

 それは間違いなく目標——ミズガルズオルムのはずだった。

 サリアが視線を移すと数十メートル離れているにも関わらず見上げるほどの巨体がこちらを見下ろしている。

「なっ!?」

 その顔が一つであるならばサリアはこれほど驚愕することはなかっただろう。しかしあまりにも異様なその姿に彼女は顔を歪めた。

 悍ましいというのが正解か。それとも夥しいというのが正解か。どちらも間違いではない。漆黒の鱗に覆われた大蛇——正面にいる化け物は間違いなくミズガルズオルムであった。しかし一つの胴体に無数の顔がまるで枝分かれする大木のように生えておりその全てが一斉に矮小な人間を見下していた。

 少なくとも十以上はある頭部はそれぞれが意思を持つように独自に動いているが、視線だけは決して獲物から外すことはない。一つの頭が少なくとも五メートルはある大きさ、それが一つの異常なまでに長い胴体から生える姿はもはやグロテスクであり、場合によって一体の首からまた違う顔が出ている。

 異常事態だ。これはサリアの知識にある生物ではない、彼女の手に負える生物である可能性も低かった。こういう場合は即座に撤退を選択し、可能な限りの情報収集を行うのが鉄則だがそれすらも不可能かと思考をフルで回転させる。

 そもそもあの速度で動いたこの化け物から逃げられるのか? というのがサリアの最も懸念する部分だった。まるで放たれた弓の初速のような速度で動くあれは突進だけで樹海を蹂躙できる存在だ。掠っただけで即死するかもしれない。

 あまりにも未知数ゆえに経験を多く持つサリアさえも動くことを躊躇っていた。しかし不意に横を見た瞬間にサリアはまた別の異常さを目にする。

「は?」

 声に出てしまった。その間の抜けた声の主は他でもないサリアだった。それも仕方ないだろう。なぜなら彼女の隣にいたアーサーは何を考えたのかこのタイミングで喫煙を開始していたのだ。まるで日常の一コマを見せられているような気分になったサリアの思考は一瞬だが完全に停止していた。

 アーサーはこの状況でさえ変わらなかった。ずっとサリアの感じている異常さがここに来て本格的に恐怖へと変わった。もしかしたら目の前の化け物よりも怖いかもしれない。

「アーサー何を!? あれは目標とは違います。違う次元の生き物です! 早く撤退をしましょう」

 再びサリアは敬称をつけ忘れ、その名前を呼び捨てにした。だが彼女はそれどこではない。今この状況を説明することだけに集中していた。

「え? なんで? ミズガルズオルムってあれじゃないの?」

 その声はあまりにも普通だった。上擦ったわけでも吃ったわけでもなく、ごく普通の会話のトーンというやつだ。ミズガルズオルムを見たことないとはいえ、あの異常な生命体が違う存在ということくらい分かるはずだ。叫ぶのをサリアはギリギリ我慢した。

「違います! あれは!」

 全く次元の違う化け物です——そう言いかけてサリアの動きは止まった。疑問が一つ浮かんだ。「なぜあれは襲ってこないのか」と。

 ゆっくりとミズガルズオルムと思われる特殊個体。仮称アンノウンとしてそれへサリアはもう一度視線を向けた。

 アンノウンは止まっている。ただ一点。全ての頭がそれを睨みつけたまま硬直している。その視線の先が自分ではないことをサリアは知っている。だとすればその目標は一つしかない。

「なんだ? 来ないのか?」

 そう言う男——アーサーをアンノウンは警戒するように、威嚇するように見つめるだけだった。

 煙草を吸いながらもアーサーはゆっくりと歩き出した。これまで同様に散歩をするような軽快な足取りで。

 サリアは声を出そうとしたがその瞬間に何かが壊れるような気がして躊躇した。

 アンノウンは首をゆらゆらと動かしたままアーサーの接近を見守っている。だがそれがいつまで続くが予想はできない。サリアの呼吸は無意識に荒くなる。

「来いよ」

 その声に反応したのか。それともアーサーが吸い終わった煙草に警戒したのか不明だがアンノウンはようやく動いた。頭の一つが顎を大きく開いてアーサーへ迫る。生えた牙は鋭く、大剣の如き大きさだ。口の中全体は見て分かるレベルの猛毒で溢れ返っていた。人の大きさくらいならば即座に牙を使うまでもなく飲み込める。

 しかしそれはできない。

 蛇とは思えない獰猛でありながら奇怪な声を上げ、アンノウンの頭の一つはアーサーに到達する前に何か見えない壁のようなものに弾かれて地面へ転げた。その速度は速すぎてサリアですら目で追うことはできなかった。

(何が……起こった?)

 アーサーもまた速すぎる一撃を加えたのか? しかしその手には何も握られていない。サリアは前方に確かに存在する男を見据える。やはり彼は丸腰のままだ。だがその周囲には何か浮遊する物体が見えた。

 それは盾だった。重戦士が持つような人一人を覆うことができるほどの巨大な盾。遠目から見えてもその装飾の荘厳さは伝わってくるようで、不思議な光を放つそれが自分の持つ剣と同類だとサリアは確信した。

「聖遺物!」

 神が残した遺産——聖遺物と呼ばれる究極の武具やアイテムがこの世界には現存している。サリアの持つレーヴァテインのその一つだった。

 聖遺物は人間が造った武具とは比べ物にならない性能を誇り、決して破壊されることのない未知の材質と製法により生み出されている。故に模倣は不可能でありその武具に宿るスキルや魔法も唯一無二のものだ。しかしながら神が扱うことを前提に創造されたその性能を人間は完全に引き出すことはできない。

 サリアは自らの知識の中にある聖遺物の情報を引っ張り出す。盾の形状で最も有名なのは太陽の前に立つものと称される。

「スヴェルの楯」

 スヴェルはアーサーの周りをまるで自由意志を持つかのように浮遊する。その存在を確認したアンノウンは無数にある頭をそれこそ雪崩のように次々と突進させて物量で押そうとする。しかしたった一つの盾を前にそれは完全に防がれた。衝撃すらもアーサーの背後にいるサリアへ伝わらないほどにその力を押し殺しているのだ。

 スヴェルが持つスキルによる結界。目に見えない領域へアンノウンは立ち入ることが許されず攻撃はアーサーへ決して到達することはない。しかし如何に防御に優れていようとそれだけではアンノウンを討伐することはできない。

 サリアは自身も力になろうとようやく立ち上がり剣を抜く。しかしすぐにその必要はないと知る。

 瞬きした刹那に盾の他にもう一つ武器が出現する。スヴェルと同じようにそれはアーサーの周囲を浮遊するもピタリと引き絞られた矢のように止まった。永遠に続くかのようなその静止から目を離すことしなかったがサリアは見失った。白銀に輝く槍を。

 すでにそれは放たれた。まるで矢のように射出された槍は目には追えない。だがアンノウンが首がバタリとその場に倒れるのを見て攻撃を仕掛けたのだとサリアは理解した。しかもそれは一回ではない。二つ、三つ、五つ、七つと次々に首を落としていく。

(速すぎて見えない)

 槍の動きは光の速度にも似て目で追うことはまず不可能だった。ハーフエルフとして人間よりも遥かに優れたサリアができないのだ。まず人間が見ることは叶わないだろう。

 伝承に聞く限り、それはグングニルと呼ばれる魔槍だとサリアは考える。これほどの威力と速度を兼ね備えるのはそれしかない。

 グングニルの驚くべき点はその破壊力だ。まるでスライムを切り裂くかのように鋼鉄より遥かに硬いだろう鱗を持つアンノウンの首を落とすのだ。断末魔を上げる間もなく絶命する顔は地面に倒れて虚ろな視線を空へ投げている。しかしそれでもアンノウンはアーサーへ襲いかかることをやめない。退けば一方的に蹂躙されることを知ってかは分からないが利口な選択だった。だがそれに勝機はない。なぜならアーサーは未だに一歩も動いておらず、またアンノウンからの攻撃を受けてないからだ。

 勝負になってない。土俵が違う。アンノウンの行為は時間稼ぎにしかならない。それしか奴には打つ手がないのだ。

(帝国で最強の存在)

 リーシュの言ったもう一つの意味。そして不確定だった要素の確信をサリアは得た。

「っ?」

 この戦いはサリアが参入することはできない。彼女ではアンノウンに太刀打ちする術がないからだ。しかしアーサーはそれを軽く凌駕する。でも勝負は着かない。なぜか? それはアンノウンが首を落とされた側から驚くべき速度で頭部を再生させているからだ。

 時間の巻き戻しにも見えるアンノウンの脅威の再生能力。頭は死ねば交代するように襲いかかり、絶命すれば再生し、また襲いかかるを繰り返している。しかも本体へ攻撃が届かないように頭で防御もしている。その証拠にグングニルはアンノウンの頭を殺すことができても本体へは擦り傷も負わせられてない。

 勝負が見えなくなってきた。

 アーサーの持つ聖遺物は恐らく魔力を込めて遠隔操作しているものだ。これだけの卓越した技術と聖遺物の恐るべき能力だがもちろん魔力には底がある。使用を続ければその分だけ消耗していくだろう。

 対してアンノウンの再生能力もまた無限ではない。しかしこの樹海にてアンノウンは体力の回復手段を幾らでも持っている。最悪頭を数本犠牲にしてでも撤退するかもしれない。

 サリアの焦りはアーサーも同様なのか彼は溜息を吐いた。

「埒があかねえ」

 次にしゃあねえ、と呟いたアーサーはグングニルを一旦自身の周囲まで戻した。

(何をする気? まさかまだ切り札が残ってるとでも言うのですか?)

 アーサーの表情はサリアからは見えない。だが彼はいつも通り面倒くさそうな顔をしてあの化け物を見据えているような気がした。その顔をなぜか彼女は知っていた。

 アーサーはここに来て初めて体を動かした。天に向けて手を翳したのだ。そして彼の頭上にはグングニルが浮遊している。神々しい魔槍はまた動きを止める。しかし先ほどは違う気配をサリアは感じた。

「まさか!」

「……限定解除」

 言葉は言霊となって魔槍の真の力を引き出す。大地が、森が、空が祝福するようにこの地一体が震えた。歓喜に震えた——最高神の持つ槍の再来を。

 グングニルへ光の粒子のようなものが集まっていく。赤、青、緑、黄、様々な色が集合しやがてそれは交わり全てが黒に塗りつぶされた。瞬間、風が吹き荒れる。それは力の奔流であり、力の具現そのものだった。

 そう——神の力の具現。

 限定解除とは本来ならば人間が立ち入ることが叶わない神の領域へ踏み込む禁呪だ。そんなことができるのは人間ではない。だが目の前の男はそれを可能としている。

 グングニルはやがて黒を全て吸収するとゆっくりとアーサーの手へ吸い寄せられるように落ちる。アーサーはそれを右手一本で握る。彼の身長よりも遥かに巨大な槍だが重量は感じさせなかった。

 アンノウンは目の前の現象に時間を止められたかのように静止して見ていた。それはきっと刃向かってはいけないと悟ったのだ。圧倒的な力の前に己の生命を諦めたのだ。いやもしくは感謝したかもしれない。これほどの力によって敗れるのは仕方がないと。モンスターにそんな思考があるのかは知らないが弱肉強食は世の常だ。それを最も理解しているのは多くの弱者を屠ってきたこの大蛇だろう。

 アーサーは手に持ったグングニルを振り下ろす。あまりにもゆっくりな動作だった。

 刹那——視界が白く塗りつぶされた。否——あらゆる物質が存在を許されずに消滅したのだ。果てしない衝撃と破壊を持って神の鉄槌は下された。アーサーの振り翳したグングニルの力は数キロ先まで樹海ごとアンノウンを消し飛ばした。

 サリアはそれを後ろから見ており、ここが元から荒地だったのかと錯覚するほどだった。残骸すら残さず綺麗に槍を中心とした半径十メートル程度が綺麗に抉り取られており、それら全てを転移魔法でどこかへ飛ばしたと言われた方が納得できた。

(私は愚かだ)

 これがアーサー・クラウズという男を見たサリアの総評だった。

「さーて帰るかね」

 振り返ったアーサーの笑顔にサリアは見惚れた。「ああ、これが私の目指すべき冒険者のあるべき姿だ」だと。

 一仕事を終えたと言わんばかりに煙草を一本取り出したアーサーはそれを咥える。彼がそれに火を着ける前にサリアは駆け寄る。

「どうぞ」

 最小出力の火属性魔法を使って煙草に火を灯す。慣れないことをしたが上手くできただろうかとサリアは上目遣いでアーサーの様子を伺った。

「あ、ありがと」

 少し戸惑ったようにアーサーは煙を吸ってそれを吐いた。

(この方こそ【オーディン】のマスターに相応しい。リーシュ様の後を継ぐ逸材であり、私が命を賭して忠義を尽くすお方。私が初めて心から側に居たいと思った男)

「じゃ、じゃあ帰るか」

「はい! 我がマスター!」

 歩き出したアーサーの半歩後ろへサリアは続く。このお方に相応しい冒険者にならなくてはと意気込んでいる。

 知謀、策略、武力。どれをとってもアーサー・クラウズは最高のマスターだった。納得するしかない。認めないなんて選択肢はない。それほどまで心を動かされてしまったのだから。


「え? ごめん今なんて言った!?」



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