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マスター不適合者  作者: やmだ
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三章 【天才的な采配】 二

 ギルド【オーディン】はマグス家と呼ばれる貴族家と現在の皇帝ギレン・ファランクス・レイル・アルシスの出資により成り立っている。同時に皇帝から信頼厚いこのギルドは帝国内部の情報を容易に仕入れることが可能だった。

 ギルドリーダーという地位にもなれば貴族間との敵対関係や皇帝を敵視する貴族、あるいは皇帝の信頼厚い貴族など嫌でも知る機会が多く、サリアは以前よりとある貴族についての情報を探していた。

 それは先日逮捕されたというアドワ・ゲドルフ伯爵という男の情報だ。

 帝国には一つ絶対的な法、あるいは掟が存在する。皇帝には皇帝の血を引く人間しかなれないというものだ。これは皇帝が引き継ぐ究極の魔法を途絶えさせないための策である。故に皇帝には多くの側妻があり、それは貴族の令嬢から選ばれる仕組みだ。

 現在の皇帝には大きく四つの貴族が取り入っており、その側妻から生まれた七人の皇子と皇女が存在する。次の後継もそこから選ばれる。

 こうした絶対的な血統主義に反発するのが、実力主義を唱え皇帝の座を狙う貴族派閥と、皇帝に味方する貴族らの宮廷派閥の内部分裂が起こっているのが現状である。中立もまた現状維持とい意味合いで貴族派閥からは皇帝側と認識されていることから二分されていると言える。

 しかしながら帝国における皇帝の力は絶対的であり、実質貴族派閥は烏合の衆となっているの現状だ。彼らは皇帝を狙うが故に表立って皇帝とは敵対はできず、彼を追い落とす工作をちまちまと繰り返すことしかできてない。それが発覚すれば蜥蜴の尻尾切りとも言える裏切り行為を働き同じ派閥を売り渡すことから統率力もなく、皇帝による独裁政権も血統主義も変わることはないだろうと予測されている。

 アドワ・ゲドルフはこの中で宮廷派閥に所属する者でありながら闇ギルドと関係を持ち、国家転覆を狙っていたという容疑がかけられている。その真意は不明。帝国内の情報でもこれ以上のものはなかった。

 サリアがなぜその伯爵の情報を集めているのかといえば先日の依頼。アーサーが討伐したミズガルズオルムの特殊個体の出現と討伐。その後の伯爵の容疑発覚があまりにもタイミングが良く、何処か偶然に思えなかったためだ。

 話によると伯爵は生物兵器の開発を進めていたという話もあり、その詳細な情報と繋がっている闇ギルドの情報がサリアの欲するものだった。

(あの化け物が人工的に生み出されたとしたら)

 サリアの最悪の想定はそこだ。そして同時にマスター、アーサーが何かに気がついているのではないか? そしてそれを自分は知るべきであると考えたのだ。

 ミズガルズオルムを人工的に生み出すということが可能であるならば共食いという性質を持つ奴らは必然的に進化を果たすことができる。調べたところ共食いを繰り返した先に生まれたミズガルズオルムはヨルムンガンドと呼ばれているらしい。

 貴族が闇ギルドと繋がるというのは意外だが荒唐無稽でもない。裏家業をやらせる上であれほど使いやすい駒はない。もちろん捨てることも前提として。

 伯爵を尋問するのが楽だがそれはサリアの役目ではない。然るべき機関に任せるべきだろう。

 本来ならばここで解決する話。しかしサリアの脳裏には違和感が残り続ける。その正体は未だ掴めないが答えはあの依頼にある。

 北方都市パルネ周辺に出る盗賊の討伐。このありふれた依頼に隠された意味を探っているのだ。

 虹の冒険者であるラウを向かわせるほどの依頼。

「まさか北方に隠れ蓑がある?」

 確かに北方には王国への国境線もある。踏み越えてしまえば冒険者とて追うには面倒な手続きが必要だ。下手な真似をすれば王国の反感を買いかねない。

 十分に可能性はあるとサリアは考える。

「やはりマスターほど知略を巡らせることはできませんね」

 それは烏滸がましいか——とサリアは自戒した。今の考えは不敬だった。自分如きがアーサーの考えに追いつこうなどと。しかし追いつくための努力はするべきだ。

「まずは伯爵と面会できるかどうか」

 サリアはギルド内で得られる情報には限界があると判断する。より詳細な情報はやはり宮廷に近い場所、あるいは宮廷でなければ収集できない。

 中央区画——その名の通り東西南北四つの区画の中央にある。そこには外壁と同じかそれ以上の強固は城壁で守られており、周囲を巨大な水路が通っていて入り口が一つだけ存在し一部の人間のみ立ち入ることが許される。

 より厳重な兵士による警備と幾重にも施された魔法障壁により宮廷の守りは絶対とされる。この魔法は皇帝が代々受け継いできたもので帝都を守ってきた。障壁を越えるには皇帝の直接的な許可がいる。

 皇帝は秘術と呼ばれる魔法を所持している。全てが帝国領内でしか効果がないという制限の代わりに非常に強力な効果を持つ神域の魔法、防御に特化した障壁は誰もが知るところだ。実際に空を見上げれば薄らと帝国周囲は青い空に混じったような色の膜のようなものが肉眼で確認できた。

 障壁を越えるには皇帝の認識内でなければならない。それ以外は敵対者として物理的に弾かれる。障壁は魔法の転移すらも無効化する。故に関所が存在する。宮廷周囲となれば身分証明のために幾つかの手続きが必要だし、事前の約束も無しに入るのは難しい。つまり今日中に宮廷に入るのは困難だ。

「ゴリ押し、できますかね」

 サリアの身分を利用すれば数十分の手間を取るかもしれないが可能だと考えた。それに先ほどの伯爵関連の話をすれば入ることもできるだろうと。


 ・


 帝都東区画は商人が経営する商店が多くあり商業区画とも呼ばれている。故に住宅よりもそうした店が多く並んでいる。帝都は冒険者が多くいることからも特に武具やアイテムを扱う店が多い。

 並んだアイテムは消耗品から希少価値の高い魔法の付加されたものなど様々であり店舗によって売りは異なる。

 アーサーはそれらのアイテムを売るよりも買い取ることに特化した店、帝都内でも利用するのは冒険者くらいの特殊な万屋と呼ばれる店の常連だった。

 万屋では主にモンスターの素材や壊れた武具などの回収を行っており、場合によっては高値で捌けるので冒険者は重宝している。

 アイリスの情報から物を仕入れるにはここと教えられたアーサーは試しに来店。すると瞬く間に虜になってしまった。

 その目的の大半が帝国中から集められた様々な煙草だ。現在のアーサーにとっては七色に輝く宝石よりも価値があるように見える。

 煙草はその地域ごとに生産されている煙草が異なる。他の地域の物を入手するのが困難であり、金もかかることから、全てを収集をする商人など滅多にいない、だが万屋の店主は一種の収集癖のようなものがあって各地で生産された煙草を収集し販売していたのだ。もちろん売ることもできる。

「旦那。いつもので良いですか?」

 アーサーと同じかそれ以上の年の主人がぶっきらぼうに言う。これはいつものことで口数が少ない店主とのやり取りだった。

 店主は髭を蓄えた老人にも見えるが体の方ははちきれんばかりに鍛えられており一見何者なのか不明だ。

 ああと短く返事をしたアーサーに対し店主は小さく頷くと飾られた棚の中から煙草の箱を用意した。その間にアーサーは料金を置いておく。もはや何度も繰り返された行為で動きには淀みがない。金額を言わないのもその証拠だろう。

「しかしいっつもこれですね? うちには色んな銘柄が揃ってるんだ。たまには他のも買ってみては?」

「悪いな。こいつが一番お気に入りなんだ」

「この銘柄、良い葉使ってるから高いんだよ。生産地も少ないし」

「金は言い値で払うから勘弁してくれ。こいつじゃなきゃ満足できない体にされちまってさ」

「映えあるオーディンのギルドマスターから頼まれちゃあねえ。承った。また入荷しとくよ旦那」

「助かる」

 まあ俺もこいつは好きだからね。と店主は付け足して煙草に火を着けた。アーサーのよく知る香りが狭い店内に充満すると満足そうに店主は煙を吐いた。

「また来るよ」

「まいど」

 狭い路地にひっそりと佇む万屋から出るとアーサーはギルドを目指して歩き出す。

(ターニア達はもうパルネに着いている頃合いか)

 陽の高さからアーサーは北方へ向かった新チームの動向を考える。何もなければ幸い、いや滅多なことがない限りは大丈夫だと思うが他人のチームを編成したことはないので不安ではある。

 未だにギルドマスターという自覚がない。というよりかは現実感がない。そう呼ばれると危うく無視しかけてしまうのはその証拠だ。

(無事に戻ってきておくれよ)

 そう願ってアーサーは薄暗い路地を歩く。

「ん?」

 身分と地位が高まったことでアーサーは良く注目される身となった。しかしあまり街の中で注目されることはない。サリアを共に連れていれば話は別だろうが、誰もこんなおっさんがギルドマスターなどと思わないだろう。

 実際プレートも下げてないので気がつく人間もいない。しかしこんな路地裏で視線と気配を感じる。

 アーサーは見られることが多くなり、それらの気配に敏感になっていた。逆に見られてないことに非常に安らぎを覚える。見られている間はギルドマスターとして恥ずかしくない振る舞いをする必要があるからだ。

 確実に見られているという感覚がアーサーの中にあった。それに気が付かないフリをして歩き出す。しかしギルドの方向ではなく逆へ。監視されている、あるいは尾行されている確信を得るために適当に泳がせるのだ。

 相手がアーサーの命や身柄が目的ならば人通りのところに行けば手を出すことはない。派手なことは目につくところでは行わないだろう。しかしここで逃すことは得策ではないとアーサー自身は考える。目的は撒くことではなく、可能な限り相手の情報が欲しかった。

 だからこそアーサーはわざと人気の少ない道を選んで相手の出方を待つ。

(やはり追いかけてきてるか)

 アーサーの狙いを知って誘いに乗っているのか。追跡者はアーサーの歩行に合わせて追ってきている。しかも一つではない。静かではあるがスキルや特殊な技能は感じさせない——言うなれば追跡に関しては素人だ。

 この時点で暗殺者という線は消えた。目的は分からないがアーサーに用があるのは確実だろう。

 もう良いだろう。とアーサーは足を止める。そこで先ほど買った煙草を加えて火を灯した。

「俺に何か用か?」

 アーサーが止まったのと同時に足を止めた者へ声をかけたつもりだ。しばらくの沈黙の後にようやく追跡者は姿を現した。ぞろぞろと姿を現したのは冒険者風の若い男女四人。そしてアーサーを挟み撃ちにするように前方からも同じく若い男女四人。随分と大所帯だ。

 前後の者達はチームなのか視覚情報だけでも戦士、魔導士、賢者、シーフとバランスの良い構成。今からモンスター退治をするかのような出立ちはやはり冒険者なのだろう。それを証明するように先頭に立つ男の首からは銀色のプレートが確認できた。

 しかしアーサーはその顔に覚えがないことからオーディンに所属する者ではないと断定した。ギルド内の人間ならばアーサーはかろうじて名前と顔を記憶している。その中には彼らの情報はない。

「アーサー・クラウズだな?」

 戦士の男が言う。それは問いかけというよりかは最終確認に近いと感じるがアーサーは「ああ」と短く返答しておく。それに対し追跡者達は「そうか」と呟くとその瞳に敵意を滲ませた。

 我慢ならないと言わんばかりに戦士が武装解除する。背中からロングソードを抜くと盾と共にそれを構える。同時に背後の者たちも武器を構え戦闘準備に入った。アーサーの前後全員がアーサーを敵として見据える。

 アーサーは焦ることなく煙草の煙を吸う。彼にとって戦闘準備は必要のないものだ。それは彼自身が強者ということもある、しかしながらそれは地形的な意味合いが最も大きい。

 この狭い路地でいかに数名が徒党を組もうとアーサーに危害を与えるために接触できるのは精々一人が限界、剣を持ってそれを満足に振るうことも難しいだろう。魔法による攻撃もこの距離感では味方に被害が出る。前衛がアーサーを捕まえて自爆覚悟で魔法を撃ち込まれたら面倒だがそんなことができるとも思えない。挟み撃ちなのは厄介ではあるがアーサーにとってはあまり関係ない。総合的な要素から脅威にはならずアーサーは警戒も武装もせずに喫煙を続けていた。

「んで? 俺の質問には答えてくれないのか?」

 何の用だ? その質問の答えは未だに返ってこない。答える気がないわけではないようで戦士がハッとなる。

「お前を倒しにきた」

「なんじゃそりゃ」

「お前は禁忌を犯した!」

 声はアーサーの後ろから聞こえた。前後で別々に喋らないで欲しいと思いながらも前後を目線だけで終えるようにアーサーは壁にもたれかかるようにして集団を左右で見据えた。

「俺なんかしたか? というかお前らは何者なんだ?」

 謎が謎を呼ぶ。彼らが言っている意味が一つも理解できないままだ。

「我々は同じ想いを持った同志」

 そんな前置きをしてここにいる集団全てが声を合わせて発した。その名を。

「ターニア親衛隊!」

「は?」

 何を言っているんだこいつら——とアーサーは硬直してしまった。謎は結局一つも解決されないままに進行する。

「では参る!」

「ちょちょ、ちょっと待て!」

 即座に戦闘を開始しようとする決起盛んな者達にアーサーは思わず待ったをかけた。やはり一つも理解できないのだ。

「なんだ? 命乞いか? お前の命を差し出すならば勘弁してやる」

「勘弁してねえじゃねえか。そもそも聞く気ないだろ!」

 ここまで純粋な敵意と殺意を向けられたのは久しぶりだとアーサーは感じる。

「ではなんだ?」

「そもそもターニア親衛隊ってなんだよ?」

 そんなことも知らないの? と言いたげにアーサーは嘲笑の的になった。何がそんなに面白いのかやはり理解できないが彼らにとっては常識のようで、それを知らないアーサーは笑われるに値する行為をしてしまったらしい。

「そんなのターニアに愚かにも告白しフラれた者達で結成された組織に決まっているだろ」

「決まってねえよ。なんだその悲しい集団。そもそもそんな奴らが親衛隊を名乗るなよ」

「やかましい!」

 とアーサーの言葉は否定される。そんな正論は聞きたくないとも言いたげに皆の殺意が高まった。ジリジリと剣を構えたまま戦士が前進してくる。

「我々はターニアにフラれたことで気がついたのだ。ターニアは誰かのものになるべきじゃない。彼女は偶像なのだ。世界全ての女性の理想を詰め込んだようなターニアを我々は手にすることができないのは当然であり、そんな行為を行う愚か者を処断することが我々の存在理由だ」

(要は抜け駆けされるのが嫌だから阻止しようってことだろ)

 あまりにもくだらない組織の説明をされた所為でアーサーはなんとも言えないままなんとも言えない表情になっていた。

「でもそれでなぜ俺がお前らに狙われるんだ?」

 それが見えない。アーサーとターニアはそんな関係ではない。

「とぼけるな! 我々はターニアの情報を常に仕入れているのだ。彼女は昨日からお前のつけている指輪と同じデザインのものを左手の薬指に嵌めているのだ! これは貴様とターニアが……こここここここ! こ婚約しししししたとととと」

「落ち着け」

 ターニアがそのようなことをしていたとは予想外だった。恐らくだが先日の恋人のフリの延長で指輪をつければ少しは男避けになるだろうと考え、実行したのだろう。彼女のそういう努力は認めるがタイミングは最悪だったようだ。あとせめてデザインは変えて欲しかったとアーサーは心底思った。

「とにかく! お前がターニアと不純な関係を持っていることは掴んでいる。これはターニア純血基準法の第五条に抵触する。よって貴様を惨殺する!」

 もはや言葉は無用——と言わんばかりに戦士はロングソードを両手に持つと大上段から斬りかかってくる。

 言いがかりにも等しい理由で話せばなんとかなるはずなのだが。頭に血が上った彼らは話を聞くこともない。戦士には魔導士や賢者が能力向上系の魔法を重ねがけている。つまりは本気でアーサーを殺しに来ていると見ていいだろう。

 戦士の前進を合図にしたのか。ターニア親衛隊全員が動く。そして片側から強化された戦士が突貫してきた。

 上段から振り下ろされた剣はアーサーに届くことなく弾かれる。まるで岩盤を斬りつけたかのような衝撃が戦士の手に走って強制的に手から武器が溢れ落ちた。戦士は自分が攻撃したものが本当に人なのかどうかを確認した。

 戦士の目の前には巨大な盾があり、それを自分自身が殴ったのだとようやく理解した。そして理解した時には彼の意識は刈り取られた。

 側から見れば戦士は唐突に吹き飛ばされ仲間の元へ跳ね返された。一人の武装した男が飛ばされると後ろで待機していた親衛隊は成す術なく薙ぎ倒されて地面に転げた。

 アーサーの持つ盾。スヴェルには攻撃に対し自動的に反撃する機能が備わっている。正確には攻撃が当たった瞬間、その者に対し目には見えない衝撃波が放たれる。あの戦士くらいならば気絶どころかあのように吹き飛ぶのは当然だった。

 もう片側から突っ込んできた戦士も全く同じ要領で吹き飛ばされ、結果的に味方を薙ぎ倒す。そうしてターニア親衛隊は瞬く間に全滅——自爆——した。

 ふぅとアーサーは息を吐く。親衛隊は死んだわけではないだろう。戦士は恐らくスヴェルのカウンターによりダメージを負っているだろうが他の三人ずつ、計六人は無傷のはずだ。ただし前衛となる戦士が倒れたので戦闘の続行はできないと判断してほしい。

「くっそぉ、覚えてろよ!」

 立ち上がった一人。魔導士が声を上げる。他二人が戦士を抱えるとターニア親衛隊は「認めるものかぁ!」と、そんな負け犬(二つの意味で)に相応しい声を上げて無防備に背中を見せた。

「なんなんだあいつらは」

 最近はギルド内の期待値が高く胃が痛い思いをしていたアーサーだったがこれで頭が痛い要因が生まれてしまったようだ。

 まああれは放置しても構わないか、などと判断するとアーサーはもう一本の煙草を取り出すとそれに火を灯した。

 再び歩き出す。今度こどギルドへと向かう道に出るためだ。いつまでも人気ないジメジメとした場所にいるのも気が滅入る。

 ここらには帝国中に流れる地下水道への入り口がある所為に湿気を帯びている。路上の端には少しだけカビや苔が生えているので衛生的にもあまり長居はしたくなかった。

 丁度その地下水道への入り口の前をアーサーは通り過ぎようとする。だが何か違和感に気がついて足を止めた。

 普段は閉ざされた水道への入り口は錠前が破壊されており開かれていた。そこから階段が広がっているのだがそこを慌ただしく降りていく音が聞こえた。

「なるほど」

 あのターニア親衛隊は恐らくここから出入りしていたのだろうと推測できた。まあまあな犯罪行為である。

 また頭が痛くなる。

「ああ、頭痛が痛い」

 言語もおかしくなってきた。

 親衛隊とやらが私怨でアーサーを襲うならば黙認できたのだろう。しかし地下水路の侵入、と扉の破壊は見過ごせない。つまりアーサーは彼らを追いかけなくてはいけない立場になってしまった。

 仕方ないとアーサーは呟いて階段を降りていく。先は暗闇でライターを明かりの代わりにして先へ進んだ。その間にもアーサーは溜息をまるで呼吸をするかのように吐いていた。

「なんで俺が」

 指の先ほどの大きさである魔法石だけでは水路全体を照らすことはできない。視界は悪いままだ。

 宮廷あたりまでこの水路は続く。帝都中に張り巡らされた地下水路は最も安全に帝都を移動する手段かもしれない。しかしながら宮廷近くに行ったとしても障壁に阻まれて侵入はできない。だからここを使って皇帝暗殺などは不可能だ。

 帝都内を流れる水路と違いこちらは生活排水が直接流れ出て帝都の外へ流すものなので非常に不潔かつ不衛生だ。それに集るネズミや虫なども湧いており、それらと接触すれば未知の病原菌に感染する可能性もある。そういう意味では脅威は少ないが安全ではないかもしれない。

 鼻が曲がりそうになる異臭が水路全体を包んでいる。アーサーは顔を歪めながら服の裾で口と鼻を覆った。一瞬、帰ろうかとも思ったが

「うぁあああああああああああああ!」

 耳を劈く悲鳴が水路全体に響き渡りアーサーはそれをしなかった。

「ったく」

 どうやら進むしかないようだ。アーサーは異臭に耐えながらゆっくりと進んでいく。手持ちの灯りがライターしかないので走るわけにもいかない。下手に走って水路に落ちたら最悪だ。

 水路の先から音が響き渡る。それは明らかな戦闘のものだ。金属がぶつかり合う音が鳴り、やがてアーサーの視界でもそれを認識できた。

 幾つかの明かりが灯され複数の人間の声が聞こえた。だがアーサーが辿り着いた時には静寂が訪れていた。

 親衛隊が仲間割れをしたという訳はないだろう。ならば謎の第三の勢力があると見るべきだ。しかも親衛隊八名を僅かな時間で倒せるほどの者が。

 アーサーは目を細めて前へ出る。考えながらも恐れはなく歩みは止まらない。

 ランプで灯されたであろう大きな光が近くなると転がる者達とそれを見下す者の姿がようやく見えた。

 戦士風の男が一人、暗殺者のような姿をした者が一人。そして戦闘には向かなさそうな温厚そうな男が一人。しかし視界が悪いせいか武装などを正確に測る余裕はない。


 倒れているのは親衛隊で間違いないらしい。装備やシルエットからそれが予想できた。しかしそれらを倒した三人が何者なのかは不明なままだ。そもそもなぜ水路にいるのか。

「新手か?」

「そのようだ」

 声が鮮明に聞こえる距離まで来た。何やら呟いているがその意味は不明だ。

 アーサーは明かりはもう必要ないだろうとライターの火を消した。残った敵と思われる者達のランプだけで視界は十分だ。それでも姿がかろうじて見える程度なのだが。

「こいつらの指揮官?」

「やはり情報が漏れていますね」

 またタイミングが悪い。これでは転がる者達の仲間か上司と見られても仕方ないだろう。戦闘準備を整えた戦士の姿を見てアーサーは「やれやれ」と呟いた。

「とにかくこいつを殺しましょう。時間がありません」

「そうですね」

 一人の男の姿がまるでランプの明かりと同じように消えた。あまりにも自然に消えたのでアーサーは何度も瞬きをする。

 次の瞬間、声が背後から聞こえる。

「あばよ」


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