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異界屋敷不思議譚  作者: 吉岡果音
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第八話 宇宙を駆けるリス、そして山吹さん

 え、どゆこと?


 翔太は、目を丸くした。


「翔太。これからお別れ会よね。七時過ぎころ『ふしぎや』さんにお迎えに行くからね」


 それがおかえりなさい、と言ったあとの母の第一声だったのである。


 どうしてお母さんが、これから俺が「ふしぎや」さんに行くこと知ってるの!?


 翔太が、スベスベマンの滞在先の「ふしぎや」さんに行くことを決めたのは、学校内でのことであり、つまりついさっきのことである。母が知っているはずはなかった。


「え、お母さん。なんで……」


「なんでって、そりゃあ『ふしぎや』さんにご挨拶したいし。あ、結斗君のお母さんはお仕事で遅くなるって言ってたから、結斗君もちゃんとお母さんが送ってあげるからね」


 えええ? なに、いったい、なんで、どーゆー話になってるの!?


 結斗君とスベスベマンしか知らないはずの話。結斗君のお母さんとすでに親同士話し合っていたことも不思議だったが、どういうわけか、今日が「お別れ会」ということになっているというのも謎だった。


「お母さん、あの、晩ごはん前には――」


 晩ごはん前に、帰るつもりだった。なにしろスベスベマンと出会ったのもお別れの話もすべて今日のこと、しかも明日会いに行く約束までしていたので、「お別れ会」などということは考えてもいなかった。


「なに言ってるの。『ふしぎや』さんからご丁寧にも家に電話があって、晩ごはんのご用意もなさってるそうで、どうぞご心配なくっておっしゃってたわよ」


 え! ド派手さんから、電話……?


 ぽかんとした。どうしてド派手さんが家の電話番号を知ってるんだろう――。

 ランドセルを背負ったまま、呆然と立ち尽くす翔太に、さらに母は衝撃発言を投げかけてきた。


「須部君、せっかく仲良くなれたのに、転校だなんて残念ね」


 須部君!? 須部君って、誰!?


 突然登場の「須部君」。翔太のクラスに、そんな苗字の子はいない――。


 あ! もしかして! スベスベマンのこと!?


 須部君イコール、スベスベマン、とピンときた。


 もしかして、これは――。


 畳みかけるような母の謎発言。もしかしたら、この不可解な現象は異世界案件。それか、宇宙案件、と翔太は心の中で膝を打つ。

 異世界の不思議パワー、もしくは宇宙ミラクルパワーが母に降り注いだのだ、翔太は驚きながらもそのような考えを導き出した。さすがに最近色々ありすぎて、不思議なことに免疫がついている。

 なんとなく納得してきた翔太に、母は青と赤、二つの小さな紙袋を持ってきた。


「はい。これ『ふしぎや』さんへの手土産。それとこっちが須部君へのプレゼント。須部君へのプレゼント用意してなかったでしょ? 持っていきなさい」


 受け取った二つの紙袋を上から覗くと、どちらもきれいな包装紙に包まれている。青いほうが『ふしぎや』さん、赤いほうが須部君へのプレゼント、とのことだった。


 プレゼントまで、用意してくれたんだ……!


「あ、ありがとう! おかあさん!」


 よかった! すっごい素敵な不思議……!


 翔太は顔を輝かせた。きっと、スベスベマンもド派手さんも、喜んでくれるに違いないと思った。


「車に気を付けて。あまり騒いじゃだめよー」


 はーいと返事をして、家を出た。結斗君とは、公園の前で合流する予定だった。




「翔太君! 不思議なことが起きてる!」


 翔太の顔を見るなり、結斗君が叫ぶ。


「家に帰ったら、テーブルにメモと二つのプレゼントの袋があった! 『ふしぎや』さんと須部君に渡すのよ、って! うちのお母さん、僕が『ふしぎや』さんのとこ行くって、前から知ってたみたいだった!」


「家も一緒だよ!」


 翔太も二つの紙袋を掲げた。結斗君は、ほえー、と変な声を出して驚く。


「プレゼントの用意までしてあるって、いったいいつからお母さんたちは知ってたんだろう」


 自分たちがスベスベマンのことを知ったのは、今日の音楽の授業の前。それなのに、前もって用意してあるプレゼント。どう考えても変だった。計算が、合わない。


 けいさん……。いまさら、じょうしきに当てはめるほうが無理なのかも。


 そもそも一連のことがありえなさすぎて、計算なんてちゃんとしたものが、当てはまるほうが無理なのかもしれない、と翔太は首を振ってため息をつく。


「とりあえず、行ってみよう」


「うん、『ふしぎや』さんもスベスベマンも、待ってるね」


 それにしても、夕ごはんまで一緒に食べられるなんて、すごいね、楽しみだね、と二人は笑みを交わしつつ、歩き出した。




 店は閉まっていた。店の裏手に玄関がある、とスベスベマンから説明を受けていた。


『御用の方は、チャイムを押してください』


 と、達筆で書かれているチャイムに翔太は指を伸ばす。


 ちゃーいむっ!


 チャイムは、元気よく自分の名前を叫ぶような音を立てた。それがチャイム音のようだった。


「ああ、二人とも待ってたよ。おうちの人には連絡しておいたから、安心してゆっくりしていってね」


 笑顔のド派手さんが、すぐに現れた。ド派手さんの後ろから、ぴょこっと顔を出したのはスベスベマン。


「来てくれて、本当にありがとう! 嬉しい……!」


 スベスベマンは、ちょっぴりはにかみながら笑った。

 翔太と結斗君は、


「これ、お母さんから。プレゼントです」


 ド派手さんとスベスベマンに、プレゼントの紙袋を掲げた。


「わあ、僕にもくれるのかい? そんな気を遣わなくてよかったのに。心配しないよう電話したつもりだったんだけど、なんだか、かえって悪かったかなあ」


 ド派手さんは、自分のド派手な金髪に、申し訳なさそうに手を当てて謝る。


「わあ! 嬉しいな! プレゼントまでもらえるなんて……!」


 スベスベマンが歓喜の声を上げた。しかし、受け取ったのはド派手さん。意識体であるスベスベマンに代わり、ド派手さんが受け取っていた。

 そこで翔太は、ハッと気付く。


 あ。そうか。スベスベマンは、こっちの世界の物は、すり抜けちゃうのか――。


 プレゼントを持って帰れないのかな、と翔太は残念に思う。しかもそのことで、かえって寂しい思いをさせてしまうのでは――。


 ド派手さんが、翔太の考えを察したようで、説明する。


「大丈夫。ハザマの世界から、彼の惑星に配達頼めるから」


 あっ、そうか。ハザマの世界はすべての世界に通じてるって言ってたっけ――。


 それならよかった、と翔太はほっとした。


「えっ、惑星に配達!?」


 結斗君は声を裏返させながら、言葉をなぞるようにして問いかけた。結斗君はまだ、翔太と違って「不思議歴」がはるかに短い。不思議ビギナーである。


「うん、そうさ。リスさんがね、他の星にも配達してくれるんだよ」


「えっ、リスさん!」


 ド派手さんの答えにいち早く反応した翔太。結斗君は、「リス」、「星」、「配達」と、まだ頭の中でそれぞれの単語が頭の中で繋がらないようだ。


「もしかして、俺の家に配達してくれた、リスの郵便屋さん……!」


「お。そうか、リスさんを知っているということは、君が『翔太君』のほうか。そうだよ、あのリスさんはね、ずいぶん手広く商売してるんだよ。ワールドワイドを飛び越え、スペースワイドなのさ」


 惑星まで配達……!


 翔太はそのとき、宇宙飛行士の宇宙服に身を包んだリスさんを頭の中に描いていた。想像の中のリスさんは、ニッと笑みを浮かべ誇らしそうに親指を立てる。


 尻尾の部分も、服になってるんだろうな。


 結構、脱ぎ着が大変そうだ、と思った。




 ド派手さんの名が、ついに判明した。


「翔太君。紅ちゃんと(あお)から、君の話は聞いていたよ。野上商店近くのあの道から来たというから、うちの近所、うちのお客さんかもなあとは思ってたけど。でもまさか、先日のアイス当たりの子、しかもスベスベマン君と同じクラスの子だとは思わなかった。世間は案外狭いもんだね」


 と、前置きをしてからド派手さんは、


「僕の名は、山吹(やまぶき)。蒼の友人さ」


 と自己紹介した。


 やっぱり、あっちの世界のひとだったんだあ!


 なるほど、と翔太は思った。雪夜丸(ゆきよまる)のおやつの謎が解けた。

 ド派手さん改め山吹さんは、冷めちゃうから、みんな、料理食べて、食べてと勧める。


「おいしい!」


「うん! とってもおいしいです!」


 テーブルの上のご馳走は、ミニハンバーグ、唐揚げ、手巻きずし、ポテトサラダ、コーンスープと、特に変わったド派手さはなかったが、子どもが大歓迎と思えるメニューばかりだった。


「山吹さんのごはんもデザートも、とってもおいしいんだよ。山吹さんの作ったものは、意識体の俺でもちゃんと食べられるんだ」


 スベスベマンが、きらきらした笑顔で言った。


 そういえば、ほんとだ! お箸もしっかり持ってるし、ごはんも食べてる!


 あまりに自然に食べていたので忘れていたが、すり抜けちゃうはずのスベスベマンが、ちゃんと同じように座って食事をしていた。

 デザートに、アイスが出た。「ふしぎや」さんの当たりアイスではなく、山吹さん手作り濃厚バニラアイスだった。


「翔太君、結斗君、本当によかった。ありがとうね。僕とふたりだけのお別れ会じゃ、ちょっと寂しかったからね。スベスベマン君にお友だちができて、本当によかった」


 山吹さんは、しみじみと述べた。皆それぞれ顔を見合わせ、にっこりとする。


「それにしても、山吹さん。どうして前もって家に連絡できたり、こんなにたくさんのご馳走作れたりできたんですか?」


 結斗君が、はいっ、と挙手して質問した。なんとなくすべてを受け入れてた翔太と違い、不思議ビギナー結斗君は、説明がないとちょっと納得できないようだった。


「僕はふしぎさんだからね。ちょっと頑張れば、魔法が使えるんだよ」


「そっかあ、なるほど! ふしぎさんが、頑張って魔法を使ったからなんですね!」


 素直な結斗君は、ほんのわずかな説明でも説明があったということだけで、すんなり理解した。


 それでいいのか、結斗君!


 と、心の中で翔太はツッコミを入れていた。でも、スベスベマンもにこにこしてるし、結斗君もにこにこしているし、まあいっか、と思うことにした。


「今日は本当にお世話になりました」


 宣言通り、母が迎えに来た。


「いえいえ、こちらこそ大変素敵な品をありがとうございました。そして、『お別れ会』に来てくださって、本当にありがとうございます」


 山吹さんは、深々とおじぎをした。スベスベマンがその隣で手を振っていたが、たぶん、お母さんには見えていないだろうと翔太は思う。

 母、翔太、結斗君と並んで夜道を歩く。まだ明るい空に、星が見え始めていた。


「『ふしぎや』さんのおじいちゃん、本当にいいひとね」


 母が呟く。

 

 そうだ。お母さんには、おじいちゃんに見えるんだな。


 翔太は結斗君と顔を見合わせ、ふふふ、と小さく笑いあった。

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