第二話 友だち、かいます(4/4)
あなたは「友達」を買いますか?
その日、桜からのメッセージは来なかった。
昨日の夜から大雨は続いていて、大雨洪水警報が出るほどであった。
「まぁ、こんなに降ってたら許可も出ないか」
学校もあの人同じように、休校の知らせが届いていた。仕方がないので、スマホを手に取る。
「いいぜ、やろーぜやろーぜ!」
電話越しの羽島は楽しそうで、僕もやることがなかったので助かっていた。友だちが居れば、予定の潰れた休日も暇が潰せる。
オンラインゲームを楽しみ、つくづくモニターとゲーム機を段ボールから取り出して良かったと思わされた。
その日は他にやることもなく、羽島とオンラインゲームをやり尽くして一日を終えた。
翌日、雨が止んだので桜に会いに行こうと思った。しかし、メッセージに返信はなかった。
「なんだよ」
自分から友だちになりたいと言っておいて、その次にやることがこれとは。羽島を見習ってほしい。
「仕方ねえなぁ」
なんとなく、歩いて桜の家に向かうことにした。
いつも通りの、アスファルトの道。水溜りが散らばり、雨上がりの匂いが残っている。時々浅く小さい水溜りを踏み締めて、いつもより暗い色をしたアスファルトの上を歩く。ある角を曲がって、少し歩いた先にあるのが桜の家だ。
「ん?」
桜の家の前には、見知らぬ車が駐車されていた。恐らくはこれが、桜の母の車なのだろう。
メッセージに返信がないので、仕方なくインターホンを押した。しかし、反応はなかった。
「うん?」
すると、家の中からうさぎが鳴いてくれた。
「ワン!」
どうやら、玄関の向こう側に居るらしい。
「うさぎ〜? 桜は?」
「ワン!」
犬には通じていそうだが、生憎と犬語を解読はできなかった。
「出かけてるのか? そうか……」
それっぽいことを返して、仕方なくその日はアパートに帰ることにした。
◇◆
次の日の日曜日。今日も返信は来なかった。
「……流石に心配だな」
今はもう、友達じゃない。あの日、確かに桜とは友だちになったのだ。
「……会いに行くか」
外出の準備をして、いつも通りの道を歩く。水溜りは消えており、夏の暑さと蝉の鳴き声が戻っていた。
インターホンを鳴らす。すると、インターホンから声がしたのだ。
「はい……?」
桜の声ではなかった。恐らく、これが桜のお母さんなのだろう。
「すみません、田中聞葉です。桜は居ますか? その、友だちなんですけど……聞いてませんかね?」
その次の瞬間、インターホン越しに女性の泣き声が聞こえた。
「えっあの――」
「お入り下さい……」
女性はそう言ってインターホンを切り、少しすると玄関の鍵が開く音がした。
「……お邪魔、します?」
◇◆
僕は、桜の部屋ではなくリビングへと通された。そして、初めに伝えられたのは――桜の死の知らせであった。
「――は?」
「……あの子……病気で……余命もあと少しで……私……最後くらいはと思って……仕事辞めて、家に帰ってきたんです……そしたら……桜が――」
目の前に居る女性は、桜の母であること、桜は体を病に蝕まれていたこと、友だちが居なかったこと、体力もなく、外に出ることがなかったことを教えてくれた。
「これを……読んであげて下さい……」
女性が出したのは、白い一枚の手紙であった。
「あの子……私の腕の中で……それを……聞葉いう子に渡して言うて……それで……」
心の整理はついていない。今にも、心の奥にあるものを吐き出しそうになっていた。だけど、それを堪えて、僕は手紙を開いた。
「聞葉へ。黙っていて、ごめんなさい。さっきから、呼吸が辛くて、力も入れにくくて。でも、メッセージじゃなくて、手紙で伝えたくて。だから、読みづらいけどごめんね。最後まで、読んでほしい。まず、一つ目に、カフェに連れて行ってくれてありがとうって伝えたい。私の夢だった。中々外にも出られないから、連れて行ってもらえて嬉しかった。チョコパフェも美味しかった。ありがとう。二つ目に、うさぎの散歩を手伝ってくれてありがとう。風邪って嘘をついてごめんなさい。本当は、症状が悪化してて、辛かった。だから、聞葉が居てくれてよかった。ありがとう。三つ目に、私の友だちになってくれてありがとう。私、友だちが居ないから、本当はお母さんに側に居てほしかった。でも、お母さん私の話は聞いてくれなくって、私のためだってお金を稼ぐために海外行って、ずっと寂しかった。でも、最後に聞葉に会えてよかった。聞葉の友だちになれてよかったと思ってる。最後は、聞葉も居ないけど。そばに、うさぎが居てくれてる。私の友だち第一号だから、いつだってそばに居てくれる。うさぎの毛が良くって、あたたかいの。心配そうな声で鳴いてくるの。でも、もう会えないから。だから、お願いがあるんだ。私のたった一人の友だちに、頼みたい依頼があるんだ。だから、お願いします――。どうか――私の友だちを、飼ってくれませんか?」
字は、かろうじて読めるくらいであった。紙の至る所に、水の乾いた跡があった。それは、恐らく海水のように塩っぱかったはずだ。
「……」
「私……それを読んで……私……バカだって……あの子のためになること考えすぎて……あの子の言葉を……あの子の思ってることを……叶えてあげられんかった……私のエゴで……あの子の願いを……潰してしまった……ごめんな……桜……さくら……」
二階から、四本の足音が聞こえてきた。椅子に座る僕に近付き、寂しそうな表情で僕を見つめるうさぎを、僕も見つめていた。
「……ありがとうね……桜のそばに居てくれて……ごめんね……こんな……こんな人で……」
その言葉が、どちらに向けられたものなのかは分からない。うさぎに向けたものか、僕に向けたものか。
桜のお母さんに、何かの言葉を返すことはできなかった。ただ、一つのみ。たった一つだけ、言葉があった。それは、その人への返事であった。それ以外は、吐き出せそうにもなかった。
「……よかったら……あの子のお願い……うさぎちゃんを、飼ってあげてくれませんか……?」
涙にぐちょぐちょになった顔で、僕に向かってそう言った。
「クゥーン」
手紙は片手に、椅子から降りる。寂しそうな顔のままのうさぎに、両手を広げる。視界が狭く感じた。黒いモヤが、視界を額縁のように囲っている。
うさぎは、僕に近寄ってきては頭を腕に擦り付けてきた。今にも溢れそうな声で、僕は伝えた。
「――友だち、飼います」
◇◆
あれから、一ヶ月が経過した。
先生には無理を言ったけど、ペットを飼うことのできるところに引っ越すことになった。
「うさぎ〜」
ご機嫌な様子で僕の方に駆け寄ってくるうさぎに、ドッグフードを入れた皿を目の前に置いた。
「たらふく食えよ」
幸い、餌代には困らないだけの金が僕にはあった。勿論、生活費はバイトもしながらとなったが。先生や羽島のサポートもあり、今のところはなんとかやれていた。
昨日は疲れててごめんな。今日は休みだし、たらふく食ったらクッソ散歩するぞ。
「ワン!」
うさぎは返事をして、自分のご飯へ戻った。
「ふぅ……そうだ」
まだ昼飯を食べていないことに気付いた僕は、一つ思いついたことがあった。
「すまんうさぎ、途中で散歩相手変わるかも」
「クーン?」
「心配すんな、羽島だから」
そう言うと、スマホを取り出して羽島に連絡する。快く引き受けてくれることになった。
昼過ぎになって、散歩途中に羽島と合流した。
「よっ元気してるか?」
「なんとか」
「いやいや、うさぎだようさぎ」
「僕の心配もしてくれないか?」
「冗談だよ」
羽島はそう言って笑った。僕も笑い、うさぎのことを任せた。
「よろしく」
「おう」
羽島と分かれた後、僕はとある店に向かっていた。散歩を任せている今しか、行くタイミングはないだろう。
鈴の音が鳴り、店内にはあの時と同じ雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいませ」
今日はカウンター席に座り、メニュー表を見た。
「……沢山あるな。食えるだろうか」
あの日、桜が他のメニューを見ようとしなかった理由が分かった。新作ゲームの話を好まなかった理由も。余命が分かっていて、新しい情報や物を入れたくなかったのだ。後悔を残さないように。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、じゃあ――」
だから、僕が食べてみることにした。余命を宣告されていない僕が、彼女に変わって食べてみるのだ。
「いちごパフェと……抹茶のかき氷――」
頭が痛くなるか、お腹を下すか。どちらが先か、試してみよう。後悔の――ないように。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
残りの二分割は一気に放出となりました。もしかしたら今後も、分割された回は一気に投稿されるかもしれません。そしてまた、私のストックは消えるのです。また、もうしばらくの間だけ、続きが投稿されるのをお待ち下さい。では、また次回お会いしましょう。